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共通編:真実

◆続く戦い

アニュラスデッキが「本当の輪」になってからも、リアルトランプゲームでの対戦は続いた。話し合ったように、4人のスートは勝つときは共に勝ち、負けるときは共に負ける成績を収めた。勝利の際は、喜びが、敗北の際は、「次」へのお互いへの励ましがデッキ全体に訪れた。デッキ全体の成績としては、勝利先行で、E.E.233年8月。エルネスト、フェリクス、テオ、ラモンのスートレベルは共に8となっていた。


◆いつものトレーニング

そんな中、8月24日に、アニュラスデッキは、初の「フリースタイル」での対戦が組まれた。

その前の8月17日、アニュラスデッキは、トレーニングルームに集まっていた。そこでソラナは言った。

「『フリースタイル』、みんな、頑張ってね!!」

対戦相手のデッキは、「ルチルデッキ」。ソラナは、スートたちの気合いの入った返答を聞きながら、思い出す。まだ入寮して間もない時に、共用キッチンにて隣同士で朝食を作ったセシリア・フェレールの事を。そして、誰にも聞こえない小声でソラナは言った。

「ここで対戦するなんて、あの時はこんな事になるとは思わなかった。」

ルチルデッキのジョーカープラス、セシリア。あの時は、ほほえましい気持ちで話していたが、当日は緊張感をもって対峙しなければと思った。

隣に目をやれば、あくびをしているルシア。

「寝不足?ルシア。」

「あ、見られちゃった。違う、ジョーカーマイナスとしては、暇で暇で、『幸せ』だってこと。」

「えっと、どう言っていいかわからない。」

ルシアは大きな口を開けて笑った。ソラナもつられて笑う。そして、その光景をトレーニングしながらスートたちは見て、それぞれ微笑んだ。


◆総力戦の前に

そして、8月24日が来た。その日の最終戦の第3戦目にアニュラスデッキとルチルデッキの対戦が組まれた。

アニュラスデッキは入場前に、「輪」を作ってからやり始めた恒例の円陣を組み、全員でこんな掛け声を上げていた。

「アニュラス!!」

簡易な物ではあったが、戦意高揚の効果は抜群であった。

競技場に入場すると、「フリースタイル」のため、いつも対戦している際のリングは出ていない。広大な床部分を目いっぱい使って四対四で戦うのだ。

いつものように端にあるジョーカープラス用の椅子にソラナが、その一段下にあるジョーカーマイナス用の椅子にルシアが着席した。アナウンスは、こう案内した。

「マトゥーレイン、授与。」

エルネスト、フェリクス、テオ、ラモンは、ソラナの周りに集まる。ソラナはいつものように呟いた。

「みんなに、力を。」

ソラナは光をまとい、その光は、等分され、エルネスト、フェリクス、テオ、ラモンに吸収されていった。

エルネストはこう言った。

「では、行ってくるね。」

フェリクスはこう言った。

「精一杯戦ってきます。」

テオはこう言った。

「気張って来るで!!」

ラモンはこう言った。

「見てでくんちぇね?」

ソラナは、底なしの明るい笑顔で、力強く頷き、4人を送り出した。その後、こう言った。

「なんだか、最近いっぱいみんなにマトゥーレインをあげられてる気がする!今日は、特にね!!」

「あ、そ。運営が言ってる、『仲間を思う心が強くなった』からなんじゃない?」

ルシアがそれに返した。ソラナは心の底から喜びを感じた。

一方、スートたちは、黒や赤と色濃く染まったバングルの自らのスートマークをそれぞれ見せ合い、気合いを入れた。エルネストはこう言った。

「また、一段と今日は、色が濃いね。」

テオが言う。

「誰のが一番濃いんやろなぁ?」

フェリクスがそれに返した。

「優劣、決められませんね。」

ラモンが言った。

「誰のだっていいべぇ。」

そうやり取りしていると、4人は競技場の真ん中にたどり着く。ほぼ同時に到着した相手のスートレベルはスペードスートは8、ハートスートは7、ダイヤスートは9、クラブスートは8だった。

スペードスートの2人は、ボウアンドスクレープにて、

ハートスートの2人は、星の半合掌にて、

ダイヤスートの2人は、最敬礼にて、

クラブスートの2人は、軽い会釈にて、

対戦相手に敬意を表する。

場内アナウンスは、2組のデッキ名や「プレイヤー」の名前を読み上げる。それが終わると、こう案内を続けた。

「ゲームスタートまで、後10秒。9、8、7、6、5、4、3、2、1。ゲームスタート!!」

一斉に8人のスートたちが四対四の戦いを始めた。


◆総力戦

アニュラスデッキの4人は、次々に武器を手にした。それは、相手も同じであった。

フリースタイルは、「総力戦」だ。まずは、肩慣らしと言わんばかりに、同スートの相手と相対した。

エルネストは、こう言った。

「今日はよろしく。」

剣を交えながら相手はこう返す。

「エルネスト・イベール!君と戦えて光栄だ!!」

フェリクスは、こう言った。

「お世話になります。」

間合いをはかりながら相手はこう返す。

「フルーメン、お会いできて嬉しいですよ。」

テオは、こう言った。

「よろしく頼むで!」

至近距離で銃を向け合いながら相手はこう返す。

「『グリッター』の店長はんとやれるとはなぁ!ええ日やなぁ!!」

ラモンは、こう言った。

「どーもなぃ。」

棍棒で打ち合いながら相手はこう返す。

「ジスカールんとこの跡取りだな?いやー、すげぇ人ど今日は会っだなぁ!」

戦いの中ではあるが、その緊迫した雰囲気とはミスマッチな穏やかな会話が繰り広げられた。8人の笑顔が溢れる中、次第に相手は別スートとの戦いに移る。その中で、アニュラスデッキのスートは、タイミングを見計らいこう唱えた。

「死の城より、サーバント・フェアリー召喚。ジェミニ。」

「慈愛の海より、サーバント・フェアリー召喚。キャンサー。」

「価値の館から、サーバント・フェアリー召喚!ヴィルゴ!!」

「知識の森から、サーバント・フェアリー召喚!アリエス!!」

一方、ルチルデッキのスートもタイミングを見計らってこう唱える。

「死の城より、サーバント・フェアリー召喚。アクエリアス。」

「慈愛の海より、サーバント・フェアリー召喚。スコーピオ。」

「価値の館から、サーバント・フェアリー召喚!タウルス!!」

「知識の森から、サーバント・フェアリー召喚!サジタリウス!!」

テオのヴィルゴに、相手のスートたちは、一瞬たじろぐ。そのうちに、ラモンのアリエスが動きを鈍らせる。それを認めた後、フェリクスのキャンサーが切りつけに行き、それと共にエルネストのジェミニで出現した分身が剣を振るいに行く。

しかし、相手のサーバント・フェアリーも、アニュラスデッキに牙を剥く。

タウルスの猛攻、ひっきりなしに飛んで来るサジタリウスの矢、4人を次々に刺してくるスコーピオの毒の尾。そして、繰り返し放出されるアクエリアスの保管されたダメージ。

フリースタイルの際は、各人一度だけマトゥーレインの補充が認められている。バングルがある右手を高く挙げる事が補充の合図だ。

「ソラナ、力を!」

「ソラナ、力をください!」

「ソラナ!力をくれや!!」

「ソラナ!力くんちぇ!!」

次々に挙がる右手にソラナは自らの右手を精一杯伸ばし、補充用のマトゥーレインを光の線で送る。

「みんなに!力を!!」

それは、ルチルデッキも同じで、セシリアからマトゥーレインを補充してもらっていた。

そして、戦いも終盤。サーバント・フェアリーが続々と消滅していく中、アニュラスデッキのスートと、ルチルデッキのスートは、同時に声を揃えてこう叫んだ。

「デッキ・ボンズ・フォー・マトゥーレイン!!」

スペードソードからの風やハートグレイルからの水龍に乗り、ダイヤコインのコインやクラブカドルの炎が相手に向かって飛んでいく。2組のちょうど真ん中にてそれは拮抗する。アニュラスデッキのスートたちは、叫ぶ。

「アニュラスに!アニュラスに勝利を!!」

すると、ルチルデッキのそれが押され、スート4人に直撃。勝負はついた。

アニュラスデッキは、フリースタイルでの初戦を勝利で飾った。

ルシアは無言で右手の拳を挙げた。

そして、ソラナは飛び上がり、喜んだ。

「やったー!みんな!!」


◆異変

アニュラスデッキのスートがソラナやルシアの所に戻るのと同じようにして、ルチルデッキのスートもセシリアとジョーカーマイナスの所に戻る。

ルシアが拍手しつつ、こう言った。

「勝ったね。わかってたけど。」

ソラナは満面の笑顔でこう言った。

「勝ってくれて嬉しいよ!!みんな!!」

その瞬間だった。コロシアム内がざわめく。ソラナたちは一転疑問の目でコロシアム内を見渡した。その6人の目に入って来たのは、遠目でもわかる程ぐったりしたセシリアが、仲間に抱き抱えられている姿だった。

「え?セシリアさん?」

ソラナは、戸惑いの声を上げた。

やがて、セシリアは運営の用意したストレッチャーに乗せられて運ばれて行った。

ルシアは呟くようにこう言った。

「なんなんだろ?」

ソラナや4人のスートは頷いたり首を傾げたりした。

一方、ゲームマスターの自室にてアニセトは、こう言った。

「『試験』は、『合格』のようだ。セシリア・フェレール、いいジョーカープラスだった。」

そう言い終わると、奇っ怪な笑い声が響き渡った。


◆記者会見

翌日、衝撃の発表があった。ルチルデッキのジョーカープラスであったセシリア・フェレールが24歳の若さで死亡したとの事だった。

ソラナは、その知らせを受け、ジョーカー寮の305号室で震えながら泣いた。

「そ、そんな、セシリアさんっ。」

頭の中に去来するのは、共に朝食を作った時のセシリアの姿。そして、最期とも言えるセシリアとのやり取りだった。

「今日は、セシリアさんと話せて楽しかったです。」

「そう、私もよ。お互いに、ゲーム頑張ろうね?」

「はい!」

ソラナは、泣き崩れた。

「嘘、嘘だよ。」

更に、その知らせは続きがあり、この日8月25日の対戦は見合わせ、当面の間の「リアルトランプゲーム」の休止が発表される。

更に、2日後の8月27日、アニセトは、記者会見に臨んでいた。

「恐れていた事態が起きました。ファーストジョーカーからジョーカープラスに変更した際にお断りしていたところですが、死亡事故となりました。ご迷惑、ご心配をおかけして大変申し訳ありません。」

派手な仮面のアニセトは、頭を下げる。

「ついては、緊急にジョーカーコアの総点検と、態勢確認の為、今シーズンの『リアルトランプゲーム』はすべて中止します。来年のシーズンの日程は、決まり次第お知らせ致します。」

その後、ある程度寄せられた記者からの質問にアニセトは答え、記者会見は終了した。

アニセトは、自らのオフィスに行くと、こう言って笑った。

「3年8ヶ月か。なら、E.E.236年が期限か。標的は、その時20歳。若いな。若すぎる。」


◆点検開始

それから、アニセトは自ら1日2人程度という頻度でジョーカープラスのジョーカーコアの点検をし始めた。それと同時にアニセトは、ジョーカープラスを含めたデッキ6人と面談する。決まってアニセトはこう声をかける。

「おそろしい思いをしていることでしょう。しかし、大丈夫です。あなた方のジョーカープラスのジョーカーコアは、異常ありません。ご安心ください。今年いっぱい、そのお心とお体を休め、来シーズンのゲームに全力で取り組んでください。」

その言葉に、多数のデッキは安心し、寮で長い休暇に入った。

そんな中、残念ながらルチルデッキは、セシリアを失ったショックから引退を決意。それを受けアニセトは特別に引退を許可した。それによりルチルデッキはリアルトランプゲームの舞台から去った。

そんな中、ラウラからソラナにメールが送られた。

「ジョーカープラスが亡くなった事、私は心配よ。ソラナ、あなたは大丈夫なの?」

と。ソラナはそれに返信した。

「わからない。わからないけど、きっと大丈夫だよ。心配しないで。お母さん。」


◆アニュラスとアニセト

9月30日だった。アニュラスデッキがアニセトの部屋に呼ばれたのは。アニセトは、開口一番にこう言った。

「アニュラスデッキの皆さん、ようこそ。」

アニセトは、センサーのような光る棒を握るが、それをすぐに手離した。

「一応、『点検』をやろうとは思ったが、茶番は止そう。」

アニセトの冷たい声が、アニュラスデッキの6人に届いた。

ラモンが首を傾げる。

「『茶番』ってなんだぁ?」

テオがそれに反応。

「わからへんなぁ、何や?」

フェリクスがこう言った。

「ゲームマスター、点検をお願いします。」

エルネストがわずかに険しい顔をしつつ言った。

「何か、隠していることがありそうだね。」

ルシアが多少苛立った様子で言う。

「よくわかんないけど、さっさとやりなさいよ。」

ソラナはそれに続けた。

「アニセト・デフォルジュさん?」


◆アニセト・デフォルジュ

アニセトは、ソラナを冷たい視線で見つつ、話し始める。

「ソラナ・アルシェ、アルシェ、アルシェ、アルシェ。カルロス・アルシェ。」

「え?」

ソラナは、アニセトから父方祖父の名前を呼ばれ、驚く。それを見てアニセトは、冷笑を浮かべる。そして、続けた。

「ダニエル・ブロー、マヌエラ・フーリエ、グラシア・ミレー。」

ソラナの顔が更に驚愕の色に染まる。

「な、なんで?おじいちゃん、おばあちゃんの名前を知ってるの?」

「どこから話してやろうか?」

「え?『どこから』?」

ソラナの混乱と、ソラナの仲間にとって知らない名前が羅列されたことに対する戸惑いがその場を支配する。

「『はじめ』から話そうか。」

アニセトは、センサーのような光の棒を再び握り、机を軽く叩きはじめる。

「私の出身地は、ルクセンティア。」

ソラナは、目を丸くしながら言った。

「ルクセンティア?」

「そうだ。私は、ルクセンティアにある、『ヴェルテックス魔法科学研究所』の『人工子宮室』で産まれた。E.E.167年にな。」

ソラナは、「曲がった風船」の事を思い出し、気分が悪くなった。そして、叫ぶようにこう言った。

「待って、待って!待って!!」

「残念ながら、待たない。」

ルシアはじめ、スートの4人も、ただならぬ話とソラナの雰囲気に緊張感が走った。それを放っておき、アニセトは話を続ける。

「ソラナ・アルシェ、聞いたことはないか?『EX1』という単語を。」

「いー、えっくす、わん。」

ソラナは、口を右手で押さえながら答えた。

「知ってるか、知らないか、訊いてる。」

「し、知ってる。」

「なら、話が早い。私は、その『EX1』なのだよ。」

「えっ。」

ソラナの目が虚ろになっていく。

「お前は、どこまで『EX1』の事を知っている?」

「し、死んじゃった人。おじいちゃんとおばあちゃんが駄目な実験をして産まれた人。パパとママが大好きだった『お兄ちゃん』。」

「そう、そうだ。私はね、マトゥーレインの塊としてヴェルテックス魔法科学研究所が産み出した、人工生命体なのだよ。」

ルシアが青い顔をしてそれに反応した。

「ま、マジ?」

「本当の話だ。ルシア・セルトン。消耗してしまうマトゥーレインを、生体エネルギーと直結することで、半永久的に使えるようにするための『魔法人計画』をヴェルテックスは立ち上げた。そして、唯一の成功体として誕生した私は『エクスペリメントワン』、略して『EX1』と名付けられたのだよ。」

エルネストが、それに反応する。

「にわかに信じがたい事だね。」

「信じられないか?だが、事実だ。私が産まれてからと言うものの、ヴェルテックスは、全く成功体を作る事が出来なかった。だから、4人は私を長い間研究の名の下、ありとあらゆる事をしてきた。私は虐げられたのだよ。ヴェルテックスに。」

アニセトは、自らの着衣の袖に手を掛けた。

「研究所の非道な私への仕打ちは忘れない。血を日常的に採り、肉を剥ぎ、ほぼ常時と言っていい電気刺激を与え続けた。そして、私が少しでも抵抗すると、ヴェルテックスの者共は、私を切りつけた。殴打してきた。時には火を当ててきた。」

肘までとはいかなかったが、アニセトの左腕が露になる。そこには、所々の変色が認められるひきつれた皮膚があった。ソラナの顔面は、蒼白になる。

「そんな、おじいちゃんとおばあちゃんが、こんなっ!」

ルシアやスート4人もあまりの惨状に言葉を失う。それを尻目に、アニセトは話を続ける。

「幼すぎて覚えていない時を含めると、25年もの間、私はヴェルテックスの『人形』だったよ。耐えかねて私は激しくヴェルテックスの4人を攻撃した。E.E.192年のある日に、棒きれを使って殴ったよ。その報復が、『私を廃棄』する事だった。」

ソラナは耳を塞ぐ。

「や、止めて、お願い、止めて。」

フェリクスがソラナのそばに行き、アニセトにこう言った。

「黙りなさい。」

「悪いが、黙らない、私は。はじめ、マヌエラが薬物を注射してきた。おそらく毒薬だ。意識がもうろうとしてきた所に、カルロスの殴る蹴るの暴行が待っていた。更に、ダニエルは私の首を絞め、最後にグラシアが私の胸をナイフで刺してきたよ。そこで、私は意識を手離した。」

ソラナ含めた6人のひきつった顔を見ながらアニセトは続ける。

「普通の人間ならば、死んでいたのだろうが、私に、何か奇跡が起こったのだろうな。私は、土の中で意識を取り戻した。私はそこから這い上がり、放浪の日々を送った。その時、飛んで来た新聞にルクセンティアらしく、教員の名簿が載っていた。何の物で、どんな立場の男どもかは覚えてはいないが、アニセト・サルヴェールなる人物と、セバスティアン・デフォルジュなる人物の名前と苗字を拝借して、アニセト・デフォルジュと名乗り、ルクセンティアを後にした。」


◆ゲームの始まり

アニセトは、ソラナを睨み付け、続けた。

「勿論、虐げるだけ虐げ、最終的に殺害してきたヴェルテックスの4人に、いつか復讐してやると心に誓ってな。」

ソラナは震える。テオがたまらず無駄とわかっているがアニセトにこう訴えた。

「なぁ、ゲームマスターはん?もう、勘弁したってくれや。」

アニセトは、言葉でそれを一蹴し、話を続けた。

「それは、聞き入れない。25年間受け続けて来た傷が落ち着くまで、そして、ヴェルテックスの4人どもが老いぼれになり確実に仕留められるようになるまで、私は、雌伏の時を過ごすと決めた。」

アニセトは、センサーのような光る棒を改めて強く握る。

「そんな中だよ、暇潰しに、『リアルトランプゲーム』を思いつき、戯れに始めたのは。E.E.195年だった。マトゥーレインにまみれたこのエテルステラの人間を代表する、貴族、聖職者、商人、農民を私の『人形』にしようと考えてな。」

ラモンは、それに反応した。

「『人間』を『人形』だど?」

「そうだ。意外と参加する者は多かった。そして、E.E.199年、『リアルトランプゲーム』を治安を乱す『いさかい』と認識した捜査当局に私は『いさかいを煽った者』として捕まった。しかし、マトゥーレインを駆使した『戦い』と知ったら、手のひらを返したように、国が防衛予算を投入してまで支援してきたよ。そして、翌年、急転直下で『国技』となった。」

アニセトは、笑いはじめる。

「多忙になっていったよ。ヴェルテックスに攻撃に行けなくなってしまった。そして、そのヴェルテックスは、E.E.227年に爆発事故を起こしたな。」


◆復讐の矛先

ルシアが言った。

「『事故』じゃない。マトゥーレインの技術流出を防ぐために、万が一の時にやる『セルフデストラクション』でしょうね。あたしの工房も、それを義務づけられてる。」

アニセトは、軽く鼻で笑いながらそれに返した。

「『セルフデストラクション』でも何でもいい。私は、復讐の標的を失った。しかし、同時に標的の『孫』の存在を報道で知った。国に情報開示を求めたら、なんと、標的4人の血をすべて継ぐ女がその『孫』と言うじゃないか。」

アニセトは、センサーのような光る棒をソラナに向ける。

「そう、言わなくてもわかるが、ソラナ・アルシェ、お前だ。」

「わ、私。」

「その瞬間、標的をお前に切り替えた。お前1人を攻撃すれば、その血に流れる4人を同時に攻撃出来るからなぁ。」

エルネストは、言った。

「ソラナに攻撃出来る機会を伺っている、という事だね。しかし、君は攻めあぐねているようだ。今の今まで、君は何もソラナにしてきてはいない。」

「『攻めあぐねている』?いや、もう既に私は攻撃を始めているぞ?」

テオが呟くように言った。

「なんやて?」

「ソラナ・アルシェの存在を知ってから、何か出来ないか?と、考えたよ。そして、決めた。私のゲームの中で、死んでもらおうという事をな。E.E.230年の『仕様変更』は、その為だけに行った。」

ラモンが震える声で言った。

「まさか、ソラナのコアが、その『攻撃』って事はあんめぇ?」

「そう、その『まさか』だよ。意図した働きをコアが実行出来るかの確認の為、ちょうどその時ルーキーデッキとして入ったきたセシリア・フェレールに、同じ仕様のコアを埋め込んだ。そして、先月、『試験』は『合格』。見事に命を散らした。」

ソラナは自らの胸に手を当てた。それを見つつ、アニセトは続ける。

「そのコアは、ソラナ・アルシェお前の命をマトゥーレインに変え、ゲームの力とする。そして、スートの戦いで力となった命は消えていく。万が一、お前が私に牙を剥く事があれば、マトゥーレインを作れなくした。負の感情は、ジョーカーマイナスに散らしてもらう。完璧だ。」

アニセトは6人の目の前で高笑いをする。

「お前自身の人格等には罪はないが、その血筋に罪はある。ソラナ・アルシェ、ヴェルテックスの4人の代わりに、私に殺されるがいい。」


◆命乞い

ソラナは声を絞り出す。

「待って、やめて。あなたが『EX1』なら、私のパパとママは、あなたを思っておじいちゃんとおばあちゃんをヴェルテックスで殺したの。『EX2』を作ろうとしたから、苦しい『EX1』の二の舞は駄目だって、命を投げ出してまでおじいちゃんとおばあちゃんを殺したの。それじゃ駄目?」

アニセトは、一旦深呼吸をして、こう言った。

「そうか、サントス・アルシェとセラフィナ・ブローがか。そうだとしても、私の2人への心証は、黒だ。私の獲物をすべて狩り尽くしてしまったのだからな。まったく、その体に実の親からマトゥーレインを日常的に注入されていたことに同情し、よく遊んでやったというのに、不肖の『弟』と『妹』めが。」

「そんな。」

遂に泣き崩れたソラナ。アニセトは、話したいことを話せた事から満足し、こう言った。

「さて、アニュラスデッキのスート諸君、ソラナ・アルシェの命を削るだけ削ってくれたまえ。そして、ジョーカーマイナスのルシア・セルトン、君には私の盾となってもらおう。」

エルネスト、フェリクス、テオ、ラモン、ルシアは、納得出来なかったが、ソラナとアニセトをこれ以上接触させたくないと、その部屋からの退出を決めた。代わる代わるソラナを支えつつ、ドアを開けた。すると、エルネストは振り返る。

「アニセト・デフォルジュ、この事は、僕が世間に公表する。」

「そうするがいい。しかし、エテルステラの『軍部』の長がやっていることと、いち下級貴族の跡取りのひとつの言葉を、国は、民は、どっちを信じるかな?」

エルネストは眉間に皺を寄せた。

「くっ。それもそうだね。」

そうして、アニュラスデッキはアニセト・デフォルジュの元から離れた。


◆動揺

それから、ジョーカー寮、スート寮方面に歩を進める6人。ソラナは、涙に濡れつつ精一杯声を絞り出し、こう言った。

「ご、ごめんね、みんな、ごめんね。」

そして、ソラナはその言葉への返答を聞かずに1人ふらふらと先にジョーカー寮に戻って行った。

そんな背中を見つめ、エルネストが呟く。

「アニセト・デフォルジュっ。」

テオが両手の拳を震わせながらこう言った。

「なんや、冷静に話聞いていられへんかったけど、ソラナは、何も悪くあらへん話やよな?」

ラモンは立ち竦みながらそれに返す。

「んだ、俺もそう思うど。」

フェリクスがうなだれながら言う。

「はっきり言って、私は今、動揺していますが、一番激しく心が痛んでいるのは、ソラナですよね。」

エルネストが再び口を開く。

「ソラナのそばにずっといてやりたい。」

ラモンが首を振りながら言う。

「けんちょも、俺らは、ソラナの所に行げね。」

フェリクスがそれに返す。

「どうしようも出来ない『壁』ですね。」

テオが言う。

「なぁ、ルシア、お前しかおらへん。俺らの分までソラナのそばにいてくれへんか?」

押し黙っていたルシアが、ようやっと口を開く。

「あったりまえでしょ?その代わり、あんたらがソラナを救う方法、考えてよ!!」

4人のスートが頷くのを確認すると、ルシアは駆け出してソラナの後を追った。それを見送りながらエルネスト、フェリクス、テオ、ラモンは自らの寮へと戻って行った。


◆ジョーカー寮での作戦

ジョーカー寮305号室に、ソラナとルシアの2人が揃う。しかし、ソラナは一言も話さない。沈黙の中、夜が来る。ソラナは夕飯も摂らずに就寝してしまった。

「ソラナ。」

ルシアは、やりきれない思いを抱きつつ、一旦夕飯を摂りにレストランに向かった。

「そばにいるだけでいいのか?あたし。」

少なめに注文した夕飯を摂りつつ、思案するルシア。そして、結論が出た。

「これだ。」

部屋に戻ると、ルシアは魔法調整師の資格証を取り出した。

「ソラナ?寝た?」

ソラナのベッドの脇に立ち尋ねたが、ソラナはピクリともしない。

「ごめん、勝手にやるわ。」

資格証をソラナの胸元にかざすルシア。

「出てこい、魔法石の設計図っ。」

しかし、浮かび上がった映像にルシアは怒鳴った。

「プロテクトがかかってる?ああっ!ふざけてんじゃないよ!!」

思わずルシアは資格証を投げた。怒鳴り声と激しい落下音にソラナは起きる。

「ル、ルシア?」

「ああ、ごめん、起こしちゃった。」

「大丈夫だよ。ど、どうしたの?」

「えっと。」

口ごもるルシア。しかし、意を決して話すことにした。

「それも、ソラナのコアも、魔法石だ。それは確定したんだけど、設計変更が出来なくて。」

「ルシア、そんな事出来るんだ。」

「だから、出来ないって言ったでしょ?」

声を荒らげた事にはっとしたルシア。こう続けた。

「あ、ごめん。そのコアの設計図出して『命を削る』部分を削除しようとしたんだけど、プロテクトがかかってて、出来なかった。ごめん。」

「大丈夫だよ。そこまで考えてくれてありがとう。」

ソラナは弱々しく言う。ルシアは、いたたまれなくなり、こう言った。

「起こしてごめん。あたしももう寝るから。おやすみ。」

「うん、おやすみ。」

しかし、2人ともそれから眠りに就くことが出来なかった。


◆スート寮の作戦

スート寮305号室に、エルネスト、フェリクス、テオ、ラモンの4人が揃う。重い空気が漂う。沈黙が場を支配しそうになるのを、ラモンの一言が阻止した。

「なぁ、ソラナをこのゲームから逃がさねぇが?」

他の3人が、弾かれたようにラモンを見つめる。テオがそれにいち早く返した。

「それや!俺らは、どうなってもええ!ソラナが無事なら!!」

フェリクスも深く頷きながら同調する。

「いい考えです。4人で協力して逃がしましょう。」

エルネストが最後に言った。

「怪しまれると危険だ。数日後に実行しよう。ちょうど決めてあるトレーニングを装ってやるのはどうだい?」

頷く3人。代表して、エルネストがソラナに「トレーニングには必ず来るように」という主旨のメールを送った。


◆偽のトレーニングと逃亡

10月3日、アニュラスデッキはトレーニングルームに集まった。ソラナの表情は硬いものだった。そして、いつものようにトレーニングをはじめる。エルネストとラモン、フェリクスとテオの組で模擬戦闘を始める。ラモンがエルネストに言った。

「この棒と、おめの剣、持ち出す事になるな。」

「そうだね。万が一の時の『戦闘』は、僕と君だね。」

テオがそれを横で聞いてこう言った。

「俺の銃も、『武器』になればええんやけど、『これ』は駄目やからな。」

フェリクスがそれに反応する。

「私は、そもそも戦力外、テオ、私とソラナのそばにいましょう。」

その会話を聞いたルシアが話に入ってきた。

「何の話してんの?あんたら。」

4人のスートが微笑みながら頷く。ルシアははっとした。

「なんか、考えついたんだね。やるー。」

その様子にソラナは首を傾げる。そして、尋ねた。

「何?」

スート4人から返ってきた言葉は、「逃げよう。」とのことだった。ソラナは、戸惑いながらもそれを受け入れた。そして、寮への「帰宅」を装い、別方向に6人は歩みを始める。

ソラナのそばにルシア、フェリクス、テオが離れないように歩く。その4人を先導するようにエルネストがトレーニング用の剣を持ったまま歩く。そして、その集団を追うようにラモンがトレーニング用の棒を持ったまま歩く。

夕闇がその空を支配しそうになっていた。その空にソラナ以外の5人は、逃亡成功を祈った。

しかし、その目の前には、絶望の人影。アニセト・デフォルジュであった。サクセスコロシアム前の広場に佇むアニセトは、こう言った。

「『備品』の持ち出しは、ご遠慮いただきたい。」

エルネストは、真っ先にアニセトに対峙。ラモンが集団の後ろから駆け出し、エルネストの隣に立つ。そして、剣と棒でアニセトに攻撃を交互に仕掛けた。エルネストが叫ぶ。

「今のうちだよ!」

追うようにラモンも叫ぶ。

「早ぐ逃げろ!!」

フェリクス、テオ、ルシアがアニセトとソラナの間に立ち、「壁」を作りながらソラナの退路を作る。アニセトは、呟いた。

「諸君、君らは大事な駒だが、今はこうするしかなさそうだ。」

アニセトは、エルネストとラモンに手をかざした。すると、衝撃波が2人を襲う。そして、一瞬にして2人は地面に倒れた。それを驚愕の目で見たフェリクスとテオは、自分たちが行かねばとアニセトの元へと走る。しかし、2人もエルネストとラモンの二の舞になってしまう。テオが苦しげに言った。

「何なんや、この力。」

フェリクスも同じように声を上げた。

「魔法石は、見当たらないのに。」

アニセトは、答えた。

「わからない人々だ。私の細胞ひとつひとつがマトゥーレインなのだよ!」

スート4人は、残る体力を使って立ち上がり、再びアニセトに立ち向かう。ルシアにソラナを連れて行くように口々に言いながら。しかし、再びスート4人は倒される。ソラナはたまらず声を上げた。

「やめて!」

そう言いながら、スート4人とアニセトの間に立ち、こう続けた。

「私の仲間を傷つけないで!みんなが傷つけられるくらいなら、私があなたに殺された方がましだよ!!」

アニセトは、鼻で笑った。

「ここでお前を殺めるのは、造作もないことだろうが、それでは私の気がおさまらない。ヴェルテックスが、私をヴェルテックスの枠組みで虐げたように、私は、お前を私の枠組みで虐げたい。」

アニセトは、ソラナの首に手をかけた。他の5人が「ソラナ!」と叫ぶ中、アニセトは言葉を続けた。

「私のゲームの中で、命を散らしてもらうぞ、ソラナ・アルシェ。逃がさない。逃げたら、お前の集めた『仲間』を全員、私の手で殺してやる。」

そして、アニセトはソラナの首から手を離しながらこう言い、立ち去った。

「なぁに、お前は元々あった寿命にもよるが、20歳くらいまでは生きられるだろう。『セシリア・フェレールの試験』がそれを物語っている。」

アニセトの高笑いが響く中、アニュラスデッキは、逃亡失敗を自覚した。


◆偽情報

10月上旬、「コアの総点検」が終了した。運営から発表されたのは、「すべて異常なし」という事だった。しかし、ひとつ情報が加えられていた。「アニュラスデッキのジョーカープラスであるソラナ・アルシェは、理由もなく点検を拒否した」と。その情報を寮の部屋で受けたスートたち。テオが激昂した。

「何なんや!これは!これは、あれやろ?ソラナが死んでしもても、ソラナのせいやって言うためやろ!!」

ラモンもそれに同調した。

「だっぺな!アニセトの野郎!!」

フェリクスは、こう反応した。

「落ち着きましょう。しかし、卑劣ですね。」

エルネストも続いた。

「まったくだよ。」

一方、ソラナとルシアも、その知らせを寮の部屋にて受けた。ルシアは苦々しそうに言った。

「何なのよ?これは。」

ソラナは、それに言葉を返さなかった。


◆反応

アニセトが提示した偽の情報を受け、ラウラはたまらずソラナに通話をした。しかし、スマートアニマルのイエスズメがこう言う。

「通話、繋げませんでした。」

「ソラナっ!どう言うことなのよ?」

ラウラは、連絡方法をメールに切り替えた。

「ソラナ、今からでもいいから、コアの点検を受けなさい。あなたの命が危ないかもしれないでしょう?何を考えてるの?」

必死のラウラのメールにも、返信は無かった。

「ソラナ、こんな事は、初めて。」

ラウラは途方に暮れた。


◆無言のソラナ

ソラナは、ラウラのメールを何度も読み、その度に涙を流す。しかし、返信する気が起きない。すべて打ち明ける勇気が沸かず、また、偽りの情報に合わせた答えも持っていなかったからだ。

ジョーカー寮305号室のソラナのスペースは、9月30日から、カーテンが閉まったままだった。ルシアは、それを静かに見守る事を決め、12月末までの「休暇」を過ごし始めた。

閉めきったカーテンの中、ソラナは11歳の頃の誕生日プレゼントだったペンダントを見つめる。

呟きの声すら出なかった。

次第にソラナの中のとある感情が、バングルの星を、どす黒い色に染めた。


◆スートの改めての作戦

一方、スート寮の305号室では、アニセトからのダメージから回復したスート4人が顔を付き合わせていた。

エルネストが口火を切る。

「ソラナの件だけど、君らは何か妙案はあるかい?」

フェリクスがはじめに答える。

「あります。しかし、それを実現出来るか、自信がありません。」

テオがそれに続ける。

「なんや、フェリクスも考えとったんかい。俺もあるで。お前さんと一緒で自信あらへんけど。」

ラモンが最後に答えた。

「なんだぁ?気が合うなぁ。俺も自信ねぇ事だけんちょも、ある。」

エルネストが頷きながらそれに返した。

「僕も、当然あるよ。同じだといいね。」

そして、4人は声を揃えて言った。「殿堂入りをする」と。正攻法で、「引退」を果たし、ソラナをアニセトから遠ざけるのだ。

それをお互いに聞いて、少し笑った。

ラモンは言った。

「できっぺか?」

テオがそれに返す。

「ラモンは、そうなんやな?俺は、自信が沸いてきたで?」

フェリクスも続いた。

「私たちの思いが一緒なら、成し遂げられると思えるようになりました。」

エルネストはこう言った。

「アニセト・デフォルジュは、ソラナを自らの『枠組み』で殺すと言った。その『枠組み』とやらの中で、ソラナを救ってみせるよ。」

ラモンがそれに返す。

「エルネスト、おめ、カッコいい事1人で言っで、ずるいど。」

フェリクスは笑った。

「そこに妬みを?」

テオもつられて笑った。

「なんや可笑しなってきたわ。」

エルネストももらい笑いをする。ラモンも恥ずかしそうに笑い始める。しかし、ラモンの目には涙が浮かんでくる。

「おめらと、笑い合えるどは思っでながった。けんちょも、だけんちょも、俺は、去年の今頃さ戻りてぇ。」

テオが首を傾げるが、その言葉の「真意」にすぐ気づき、テオの目にも涙が浮かぶ。

「せやな。去年の今頃なら、ソラナの命は、ソラナだけの物やったもんな。」

フェリクスは、それを受け、涙が伝染する。

「確かに。それにしても、こんな事ヤファリラ様がお許しにならないでしょう。」

エルネストも耐えられず涙を流す。

「駄目だね。今の僕は、無力だ。」

305号室を4人のむせび泣く声が支配した。しばらくそれが続いた後、ラモンが言った。

「恥ずかしな、俺、泣いちまって。一番泣きてぇのは、ソラナだっぺ。」

フェリクスがそれに返した。

「しかし、人を思って涙を流すのは、悪いことではありませんよ。自己肯定みたいで、格好がつきませんが。」

エルネストが軽い笑みを取り戻しながらそれに返した。

「いいんじゃないかい?たまには。」

テオが涙を振り切りこう声を上げた。

「よっしゃ!『殿堂入り』、目指すで!!」

その言葉に他の3人は、力強く頷いた。


◆マイナスの苛立ち

10月26日。アニュラスデッキは、恒例のトレーニングのため集まった。しかし、そこにソラナの姿はなかった。ルシアは、いつも座っている椅子に座り、空席の隣の席を見る。

「ソラナ。」

一方、スート4人は、以前にも増して熱心にトレーニングに励んでいた。時には、怒号が飛ぶ。

フェリクスが叫ぶ。

「エルネスト!その剣さばきでは、隙がありますよ!!」

「君こそ、避けるタイミングが遅いよ!フェリクス!!」

エルネストの叫ぶ声が響く中、それに被せるようにテオの叫びも響く。

「ラモン!お前さん、力入ってへんやろ?なっさけないわぁ!!」

「おめ!そういうおめは、弾が薄くて駄目だっぺ!!テオ!!」

ラモンも叫ぶ。ルシアは呟いた。

「いやに気合い入ってる?」

しばらくすると、4人はルシアの所に来て休憩をし始める。ルシアは、純粋な疑問を投げかけた。

「いつもと、あんたらちがくない?」

フェリクスが微笑みながら言った。

「わかりますか?」

テオが仲間全員を見渡しながら、言う。

「目標、でけたからなぁ。」

ラモンが短くそれに返す。

「んだ。来年な。」

エルネストもそれに続く。

「絶対、このデッキの為になるよね。」

そして、本当は立ち直ったソラナを交えて話したかったとしながら、ルシアに先行して「殿堂入り」の目標を4人は交代交代で説明した。ルシアは、うなだれた。

「立派だねぇ。でも、ひとつ大きな問題、抱えてるよ。」

一斉に首を傾げる4人。ルシアはそれに返した。

「ソラナが戻らなかったらどうすんの?『あれ』からあたし、同じ部屋にいるって言うのに、ろくに顔見てないんだよ。ソラナ、多分『穢れて』る。初めてこのデッキが負けたあの日より確実に強く。」

テオがそれに返した。

「そら、お前さんも大変やろ?」

「あたしの事はどうでもいいでしょ。」

ラモンがそれに返す。

「そんな事言うでねぇ。けんちょも、それでいいべぇ。」

「は?」

フェリクスが言った。

「確かに。マトゥーレインを作れないって事は、ソラナの命は、削られることはありませんからね。」

「それは、そうだけど。」

エルネストが場にそぐわない笑みを浮かべ言った。

「それもいい。僕らは、マトゥーレイン無しで戦うことも視野に入れた方がいいかもね?」

「はっ?冗談でしょ?」

ルシアは立ち上がった。

「『攻撃』のマトゥーレインを生身で浴びたら、あんたらただじゃすまないでしょ?わかってんでしょ?」

4人は、「ソラナを失うよりはましだ。」との旨の返答をした。ルシアは頭をかきつつ、こう言った。

「あったまおかしい!」

そして、ルシアは自らの感情そのままに、トレーニングルームを飛び出して行ってしまった。見送ったエルネストは、他の3人を見つつ言った。

「怒らせてしまったようだね?」

フェリクスがそれに返す。

「ルシアも私たちの事を心配してくれているのでしょう。」

ラモンがそれに続く。

「間違げぇねぇと思うけんども、帰ってくっぺか?」

テオは言った。

「帰ってこぉへんと思うで?さて!『生身』でも戦えるように、トレーニングやるで、俺は!!」

4人は立ち上がり、引き続きトレーニングを始めた。

一方、ルシアは飛び出した手前、4人の元に戻れず、寮に帰る事にした。そして、部屋にたどり着くと、相変わらず窓際のベッド周辺には、カーテンが引かれていた。

「ソラナ。」

ルシアは一旦右手首のバングルを見た。そして、白く輝く星を確認。

「あー、こわい。」

と、言いながら思いっきりソラナのカーテンを全開にした。

「ソラナ!!」

ルシアの目に飛び込んで来たのは、髪の毛はぐしゃぐしゃ、目の下には深い隈、やつれたソラナの姿だった。そんなソラナは、掠れた声で一言言った。

「ルシア。」

「いつまでそうしてんの?あんた!!」

ソラナはうなだれるだけだった。

「あいつら、優しいからさ、なーんにも言ってこないけど、いい加減にしなよ!!」

ルシアは、左手でソラナの右手首を掴み、バングルを見る。

「やっぱり、あんた『穢れてる』。」

ソラナは、どす黒い自らの星をルシアと共に見た。ルシアは言った。

「あー、あー、あんたはずっと『辛いよー。』って言ってればいいさ。来年まで、いや、その先もずっと。」

ソラナは弱々しい視線をルシアに向ける。

「そんな中でも、あいつらは戦おうとしてる。『生身』でもいいからって!!」

「え。」

「『え。』じゃない!わからないなんて言わせない。『生身』であいつらが戦ったらどうなるかって。」

ソラナは下を向く。そんなソラナに声をかけ続けるルシア。

「傷つくよ。」

一転、その目を見開きながらルシアを見つめるソラナ。ルシアの言葉は止まらない。

「あんたはそれでいいの?あんたは、あいつら傷つけるためにあいつらを集めたの?」

ソラナの目に涙が浮かんでくる。

「違う、違う!違う!!」

ソラナは叫ぶ。ルシアはそれに返す。

「本当は、時間もあるし、あんたが『辛さ』を自分で乗り越えるのがいいのかもしれないけど、もう駄目。あたしがあんたを、辛そうなあんたを見てるのが限界。」

ルシアは改めて自分の白い星を見つめる。

「今、あたしが今、あんたの『穢れ』を『浄化』する。こわいよ?あんたの『穢れ』。でも、あんたをもう楽にさせてやりたいし、マトゥーレイン作れなくてあいつらを傷つけるあんたも見たくない。やるよ。」

ソラナは、ためらいの色を見せたが、ゆっくり頷き、こう返した。

「ルシア、ごめん、お願い。」


◆マイナスの浄化

ソラナから差し出されたソラナのバングルにルシアは自らのバングルを近づける。ソラナの黒い星は徐々に赤色を取り戻していく。それと連動するようにルシアの白い星が灰色、黒、と変色していく。ルシアは呻く。

「くっ、強い、辛い。」

ソラナの心は急激に曇が払われた青空のようになっていく。

「ルシア、ルシア、ルシア、ごめん!ごめんね!!」

ルシアの涙が溢れ止めどなく落ちていく。そんなルシアの心に流れ込むソラナが今まで抱えて来た「辛さ」。ルシアは、それをつぶさに自らの心で感じた。

乗り越えた筈の両親の死へのかなしみ。

大好きだった祖父母の事。両親の日記にて道に外れた科学者と言われていたが、改めてそれを突きつけられた。

そんな祖父母を止めるため、いわば自分よりアニセトを取った両親が今回、否定された。だったらこれまでの6年間は、何だったのだろうか?

その後、真意を訊かずに、ジョーカープラスを引き受けた。

旅は、「生きる」事に彩りを加えてくれた。

しかし、その旅で見つけてきた仲間を、自分のせいで傷つけた。

アニセトは、恐ろしい存在だが、そのアニセトと仲間を引き合わせたのは、自分だ。

自分さえいなければ、ルシアは魔法調整師として、エルネストは貴族として、フェリクスは導師として、テオは店長として、ラモンは農家として平和な生活を送れていただろう。

そして、セシリアは、今も優しい笑顔を浮かべていただろう。

自分さえいなければ、自分さえいなければ、自分さえいなければ。憎い、憎い、憎い、自分が憎い。

ルシアは、止まらぬ涙の中、呻くように言った。

「あんた、自分を憎むのが、特技なの?」

もはや謝罪の言葉しか言えないソラナの目の前で悲鳴のような泣き声を上げるルシア。ソラナは、そんなルシアを抱き締めた。

「ごめん、ルシア。ごめん、ルシア。」

「桁違いだわ。辛い、辛いよ!!」

ルシアはソラナの背中をかきむしる。そして、叫んだ。

「でも、越えてやるんだから!!もう、自分を憎むんじゃないよ!!ソラナ!!」

「わかったよ!ルシア!ありがとう!!」

そして、ルシアの星は、白の輝きを取り戻した。

「ほ、本当にありがとう。ルシア。楽に、なったよ。」

「もう、もう二度と『仕事』しないから。」

「うん。」


◆プラスの復帰

翌日、ソラナは、無視してしまったと言っても過言ではないラウラに通話をする事にした。意を決し、すべてを打ち明ける前提で。

「通話モード。」

勿論、ラウラの名前を選択。すぐラウラの声を聞くことが出来た。

「ソラナ!あなた今まで何やってたの?」

「お母さん、ごめんね。色々あって。」

「説明しなさい。」

「どれから話そう?メールの件からにしようか?えっとね、えっと。やっぱり、複雑過ぎて、説明出来ない、ごめん。けれど、これだけは言える。お母さん、ショックな話だけど、いい?」

「何?」

「私ね?死んで欲しいんだって。」

「『死んで』?どういう事なのよ?誰が!何で!!」

ラウラの動揺の声が響く。

「アニセト・デフォルジュさんが、私を。」

ソラナはバングルを撫で、アニセトの真実と復讐の内容をソラナなりの言葉で説明をした。その後、こう言う。

「だからね?メールの事だけど、点検の対象じゃないんだ。」

「そんな、そんな話って、ないわ。」

「けど、本当にアニセトさんは、私に死んで欲しいって思ってる。だから、私の仲間は、人質になっちゃった。」

「嘘。」

「私は、来年からもこのゲームに残るしかないんだ。」

「ソラナ。」

「お母さん、心配かけてごめんね。」

「私が『外から』出来る事、探すわ。だから、ここで謝らないで、ソラナ。」

「や、止めて!お母さん。そんな事したらアニセトさんに酷い事される。もう、巻き込む人を増やしたくないの。1人、死んじゃった。5人、人質になっちゃった。お母さんにどんな事するかわからないけど、お母さんは駄目。お母さんが酷い事されたら私、今度こそ立ち直れない。」

「ソラナ。でもね?私は、あなたが大事だから。」

「その気持ちだけでいいよ。お母さん、その代わり、来年からもアニュラスデッキを応援してね?」

「それだけ?私はそれだけでいいの?」

「うん。お母さんは私を今まで育ててくれた、それだけでもう、いいの。だから、応援してね?」

「わかったわ。」

「ありがとう、お母さん、私の為に。」

そうして、通話は切れた。

ソラナは呟いた。

「お母さん。」

ラウラは泣き崩れた。

「ソラナが死んじゃうなんて、嫌よ。ねぇ、アルシェさん、ブローさん、あなたの娘を守ってやって。」

ソラナは、気持ちを切り替え、今度は4通のメールを立て続けに送った。相手はスートの4人だ。

「私は、ルシアのおかげで元気になったよ!!」


◆メールを受けて

4人のスートのスマートアニマルが立て続けにメール受信を知らせる。エルネスト、フェリクス、テオ、ラモンはそれぞれ呟いた。

「ソラナ。」

と。すると、フェリクスが立ち上がる。

「キッチンに行ってきます。」

テオが首を傾げる。

「何の用や?」

フェリクスがとある紙を見せる。すると、ラモンが言った。

「ソラナのクッキー作ってみんのけ?俺、手伝うど。」

テオもそれに乗ると、エルネストが控えめに言った。

「料理はしたことないけど、僕も何か出来る事があれば手を貸したい。」

3人は、それを快諾した。

それから、共用キッチンにてクッキー作りが始まる。ラモンが粉を選び、フェリクスとテオがメインで生地を作る。そして、用具等をエルネストが指示に従い用意する。最終的にトースターでクッキーを焼くが、少し焦げてしまった。それを受け、笑いながら口々に「ソラナは凄い。」と言った。


◆クッキーを囲んでの輪

10月28日。臨時でトレーニングの時間が設けられた。部屋の空き状況を鑑みて、夕方になってしまったが、アニュラスデッキは久しぶりに6人で集まった。ソラナは頭を下げてこう言った。

「みんな、心配かけてごめんね。もう、大丈夫。」

エルネストは微笑んだ。

「それは、よかった。」

フェリクスも微笑んだ。

「そのお心の強さ、素晴らしい。」

ラモンが言った。

「いがった。おめの顔見れで。」

テオがルシアの方向を見つつこう言った。

「ソラナが立ち直れたのはええけど、余計な事しよったな?ルシア。」

ルシアが反応した。

「は?ソラナがマトゥーレインを作れるようになったから?」

テオが頷くと、ソラナは慌ててテオとルシアの間に入る。

「テオ、ルシアを責めないで?ルシア、とっても辛い思いして私を浄化してくれたんだから。」

ソラナは5人に向き直りながらこう言った。

「ルシアのおかげで、本当に元気になったよ。元気になったから考えられた事、話していい?」

5人は頷く。

「これからどのくらい私が生きられるかわからないけど、その残りの時間、みんなと楽しくゲームしたい。勿論、私の命の事は忘れられないと思うけれど、そうしていきたい。いいかな?」

フェリクスはそれに返した。

「やはり、ソラナはお強い。」

ラモンが続く。

「んでは、精一杯やっぺな。」

テオが続く。

「ソラナがやりたい言う事なら、俺は応援するで?」

エルネストが続く。

「なら、僕らの考えも聞いてもらえるかな?」

ソラナは一旦首を傾げたが、こう返答した。

「うん、聞くよ。」

そして、スート4人は、代わる代わる「殿堂入り作戦」の提案をし、詳細な説明をしはじめる。最初にラモンが言った。

「「ビクトリーフラッグ」は、『レベルリセット』しながら、もう勝ち続けるしかねぇべね。」

それにフェリクスが続く。

「『フォーティーフラッグ』は、私たちが今までやってきたように、共に勝てばいただけると思います。」

更にエルネストが続いた。

「『トランスフォーメーションフラッグ』は、ソラナに負担がかかる。だから、僕らの誰かが1人、変身するだけとしよう。スートレベル10になった時に、その『誰か』を決めよう。」

最後にテオが締め括った。

「『ポピュラリティーフラッグ』は、これが一番難しいと思うんや。せやけど、俺らが楽しんで感じようすれば、お客さんもついてくると思っとる。で、特に、ラモンとルシアに言うとくんやけど、お前さんら、笑顔の練習してきてな。俺の勝手なイメージやけど、笑顔が少ないと思うんねん。」

ラモンは自らに指を指し、ルシアはそれに反応する。

「あたし?」

テオが「お手本」のように笑顔を向けると、ルシアは、観念したようにこう続けた。

「わ、わかったよ。やれるようにする。」

そのやり取りが終わると、ソラナはこう返した。

「ありがとう!みんな、私の事を考えてくれて。わかったよ。その中で、来年は楽しんでいこうね!!」

すると、フェリクスがとある袋を出した。

「来年は、よろしくお願いします。それとは関係ないんですが、試食していただきたい物があります。」

ラモンが続けた。

「俺らでソラナのクッキー作っだんだ。口に合うがどうかわかんねぇけんちょも、食わっせ。」

テオが続けた。

「貴族のエルネストはんも、作るの手伝うてくれたんやで?」

エルネストは多少苦笑いしつつもこう言った。

「足手まといになっていた気がするけど。」

ルシアがそれに返した。

「想像にかたくないけど、どんな物だか興味ある。」

それを聞き終わると、ソラナは明るく言った。

「みんなが作った物なら、美味しそう!」

そして、6人で一部小さく焦げているクッキーを食べ始めた。ソラナはこう言った。

「香ばしい。こんな作り方もあるんだね!私も今度真似しよう!!」

ひととおりクッキーを食べ終わると、ソラナは言った。

「ねぇ、久しぶりに円陣、やらない?」

それを拒む者はいなかった。そして、6人の揃った声がトレーニングルームに響いた。


◆アニュラス2年目の始動

E.E.234年1月10日。昨年休止期間があった事から、例年より少々前倒しで「リアルトランプゲーム」は、開幕を迎えた。開幕式で、アニセトはこう挨拶した。

「観客席の皆様、そして、生中継をご覧になっている方、今シーズンで、40年目となるこの『リアルトランプゲーム』をお引き立ていただきまして、ありがとうございます。ゲームマスター、アニセト・デフォルジュです。昨年は、痛ましい事故があり、ご支援いただいた方々のみならず、プレイヤーの皆様にもご迷惑とご心配をおかけしました。深くお詫び申し上げます。今年は、万全の体勢で運営して参りますので、引き続き、変わらないご支援、ご参加をお願い申し上げます。では、これから『レベルリセット』を致します。ごゆるりとお楽しみください。」

時は過ぎ、アニュラスデッキのレベルリセットの時間が来る。アナウンスは、こう紹介した。

「『アニュラスデッキ』、昨年は、スペードスートはスートレベル9、ハートスートはスートレベル9、ダイヤスートはスートレベル9、クラブスートはスートレベル9でした。ただいまより、レベルリセット。スートレベルは、全員エースとなります。」

そして、運営の担当者がエルネスト、フェリクス、テオ、ラモンのレベルをリセットした。それを近くで見守るソラナとルシア。お互いに視線を交差させ、笑顔を交換した。

この年は、ルーキーデッキが迎えられず、52デッキでの戦いになり、この日の3日後にアニュラスデッキの今シーズンの初戦が組まれた。対戦方式は「セイムスタイル」。アニュラスデッキは、「レベルリセット」が終わり、退場した後、その初戦への気合いを入れる為に円陣を組んだ。そして、響く6人の声。

「アニュラス!!」


「誰を変身させよう?それとも?」

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