共通編:選ばれ選ぶ
◆成人の日
E.E.231年4月9日。大国エテルステラの首都チェントーレにて、ソラナ・アルシェは、15歳となった。そんなソラナは、午前中から買い物に出掛けていた。ソラナは買い物をしていた先で店主の男性に声をかけられた。
「今日はどうしたんだい?いっぱい買うね?」
「今日は、『成人誕生会』だから、近所の人たちをおもてなししないと。」
「ソラナちゃん、そうだったのかい!料理、ソラナちゃんが作るんだ?『外』に頼む人が多いのに。」
「私が作りたいの。」
「じゃあ、特別に負けるよ!安く買ってってね!!」
「ありがとう!!」
ソラナは笑顔でそれに応えた。その後、大きな手押し車に買い込んだ食材などを入れ、自宅に足を向けた。その最中、こう呟いた。
「よかった。『パパ』を少しでも多く私の所に残せた。」
そうしていると、ソラナは自宅に到着。薄緑色の外壁の自宅をわずかな時間見回した後、玄関の鍵を開け、入って行った。
「ただいま。」
その声に、応える者はいない。ソラナは、それを「日常」とし、キッチンに向かった。
「今日は、いっぱい作らないと。」
エプロンを着け、ソラナは気合いを入れた表情になる。綺麗にした手に握られたナイフは、小気味いい音を立てながら食材たちを切っていった。やがて、食材たちは鍋に入れられたり、ボウルに入れられたりした。煮込まれていく食材を見つめ、ソラナは一言。
「やっぱり、シチューにしよう。」
それから、必要な作業をし始めるが、その合間にソラナはパンをひとつ口にする。本日の遅い昼食だ。
そうしていると、シチューが出来上がる。ソラナは、一口だけ味見をした。
「駄目だなぁ。」
ため息をつくソラナ。
「ミニハンバーグ、追加しよう。」
その一言の後、ハンバーグたちはソラナの手から生まれていった。
「出来た。」
そう言った後、ソラナは外を見る。夕焼けがほんのり空を染め始めていた。いそいそとソラナはリビングやダイニングに料理をある程度配膳した。
それが一段落した時だった。
「ソラナー?」
「お母さん!」
ソラナは玄関へと行った。ソラナにとっての「お母さん」、この年で49歳となったラウラ・エストレは、ドレスのようなワンピースを手に持っていた。
「どうしたの?これ。お母さん?」
「ソラナが着るのよ。当たり前じゃない。」
「ありがとう。でも、お料理とかみんなに配らなきゃいけないのに。」
「いいの、いいの、最初だけやって後は適当で。」
「わかった。」
ラウラは、ダイニングに入ると、感嘆の声を上げた。
「さすがね!立派な料理だわ。」
「そう?」
「『最初』の『もてなす誕生会』、上出来よ。」
「ありがとう。」
ここエテルステラでは、「大人」になったら「誕生会」は、「祝われる」物ではなく、「感謝を示す」物となる。殊更に、「成人」となる15歳の誕生会は、誕生日を迎えた者が主催する盛大な会を開催し、「大人として認めてもらう」のだ。
ソラナは、ラウラに言った。
「じゃあ、着替えてくるね。」
「そうしてらっしゃい。」
程なくして、ソラナは着替えを終わらせ、ラウラにその姿を見せた。
「思った通り!似合う!!」
水色を基調としたそのワンピースは、まるでソラナの為だけに生産されたと言っても過言ではない物だった。
「素敵なワンピース、ありがとう。」
その胸には、大人の雰囲気をまとったペンダントがあった。
「『それ』も本当に似合うわ。」
ソラナは少し、さびしそうな表情をした。
「やっぱり、パパとママにも来てもらいたかったから。」
「いいわよ。」
「で、でも、『最初』だけはエプロンで隠しちゃうけど。」
◆成人誕生会
やがて、ソラナの自宅には近所の人々が集まり始める。ソラナは、招待客が来る度に笑顔で応対する。そして、招待客が揃う。ソラナは、温かくしたシチューを皆に配膳し、ワインなどの飲み物をグラスに注ぎ終わると、エプロンを取る。
その後、ソラナは「会」としての第一声を上げた。
「皆さん、今日は来ていただいてありがとうございます。私、今日で15歳になりました。『ひとり』になってから4年間、皆さんにはお世話になりました。これからは、大人として皆さんへ少しでも恩返しをしたいと思ってます。よろしくお願いします。」
ソラナは頭を下げる。すぐに頭を上げた後、ソラナは元気にこう言った。
「感謝を込めて、乾杯!!」
20名近くの老若男女が一斉に「乾杯!!」とそれに返した。そして、めいめいソラナの手料理を食べ始めた。口々に「美味しい!」とか「美味い!」などと声が上がる。
そんな中、保温しながら置いてあった「おかわり用」のシチューは、あっという間に無くなった。
ソラナは、招待客のひとりひとりとその時間の長短はあれど、言葉を交わした。
そんな「ソラナの成人誕生会」は、終わりを告げた。「成人を認めた証」として、客たちは祝儀を置いていく。全員分の祝儀がソラナの手に残された。そんな光景を見たラウラは、こう言った。
「成人、おめでとう。ソラナ。」
「ありがとう。お母さん。」
少し、ソラナは何かを噛み締めている様子だったが、すぐに気合いを入れた表情を見せた。
「さて!後片付けしなきゃ!!」
残り物などなく、そういった意味では綺麗な皿等をキッチンに下げ、洗い物を始める。その手は、シチューが入っていた鍋に。ソラナは、小声で呟いた。
「納得いってないシチュー、出しちゃってごめんなさい。でも、みんな食べてくれた。」
◆終わる誕生日
片付けが終わって、ソラナがリビングへと行くとまだラウラはいた。
「お母さん。」
「お疲れ。完璧な誕生会だったわ。」
ソラナは、ほっとした表情を浮かべた。
「これで、『職』にソラナが就いているか、『大学生』だったらもっと完璧だったんだけどね。」
と、ラウラが「冗談」とはっきりわかる口調でそう言った。ソラナは笑った。
「そうだね。来年こそは、『大学生』になるよ。お母さん。」
「勉強、頑張んなさいよ。」
「うん。」
そう言うと、ソラナは天井を仰いだ。そして、胸にまだ残るペンダントに触れる。
「パパとママ、おじいちゃんとおばあちゃんも、今日は来てくれたかな?」
「来てくれたわよ。ソラナが一番信じてやらなきゃ。きっと、大霊皇ヤファリラ様に、『今日だけは、帰らせてください!!』って頼み込んでさ。」
「そうだよね。」
今度は、ラウラが天井を仰いだ。
「アルシェさん、ブローさん、今日、あなたの娘さんは立派に成人しましたよ。私の親としての役目は終わりました。」
「さびしい。」
「え?」
「ねぇ、お母さん、ずっとずっと私のお母さんでいてもらう事って出来ない?今日、私は大人になったけど、ずっとずっとお母さんをお母さんって思いたいよ。」
ラウラは少し考えた後、こう返した。
「仕方ないわね。」
「ありがとう、お母さん。」
ソラナとラウラはお互いを優しく抱きしめた。
「今年こそ、大学受験頑張る。」
「そうしなさい。」
そう言うと、ラウラは隣の自宅へと帰っていった。ソラナはそれを見送った後、自らのスマートアニマルであるアマガエルに機能維持用の魔法石を食べさせ、日付が変わる時間帯に就寝した。
◆勉強
それから、ソラナはこの年の大学受験の勉強に本腰を入れ始めた。
「や、やっぱり、駄目。」
科学全般の参考書を手に取るが、小刻みに震える手に負け、違う教科の参考書に手を伸ばした。
「地理学にしよう。」
そんなソラナの脳内には、ルクセンティアにあった祖父母の「ヴェルテックス魔法科学研究所」が。子供の頃の楽しかった思い出も連れて来たが、「曲がった風船」や、破壊し尽くされた建物、そして、6体の遺体が矢継ぎ早に流れて行く。
「駄目、駄目。」
ソラナは頭を激しく振った後、それを振り切るように参考書を音読し始める。
「首都、チェントーレは、ここ。が、学園都市、ルクセンティアは、ここ。」
地図をなぞるようにして場所も確認。
「フィステリス。」
北の外れにあるその地方名の説明に書かれている事に、こう感想を持った。
「こわそう。」
◆誘い
E.E.231年は8月下旬。ソラナはとある店で買い物をしていた。
「すみません、スマートアニマルの機能維持用の魔法石、どこですか?」
店の女性は、「そこ」に案内した。
「ありがとうございます。」
少し、ソラナは考え、こう呟いた後、それを購入。帰宅していった。
「高いけど、いっぱい入ってるこっち買っちゃおうかな?ううん、やっぱり安い方にしよう。」
帰宅するなり、早速機能維持用の魔法石をアマガエルに食べさせた。アマガエルは、ソラナから差し出される白の魔法石を次々と食べていく。
「機能維持ゲージ、100パーセント。」
そう、アマガエルの機械音声が流れた。
「さて、勉強、勉強。」
そうソラナが言った瞬間だった。外から車が停まる音がした。それをソラナは気のせいとしていたが、玄関の呼び鈴が鳴る。
「はい。」
ソラナは玄関に行った。すると、男性2人が立っていた。子供の頃、1回捜査当局の捜査員が来た思い出がよみがえり、一瞬緊張したが、その2人の中の1人、派手な模様の仮面で目元を隠した男性に驚いた。
「え?『リアルトランプゲーム』の『ゲームマスター』さん?」
「そうです。あなたは、ソラナ・アルシェさんでお間違いないでしょうか?」
「はい、そうです。どうぞ上がってください。」
ソラナは、2人を家の中に招き入れた。
「失礼します。」
ソラナは、仮面で隠れていない口元にこの男性の重ねられた年齢を感じた。また、テレビ生中継でよく見ていて、8歳の頃、「サクセスコロシアム」にて遠目で一方的に見たその男性に別な緊張感を抱いた。
リビングに通したその男性は、仮面をおもむろに外した。ソラナは、先ほど感じた男性への「年齢感」が間違っていなかったと感じたが、その男性が始めた自己紹介を聞いた。
「はじめまして、ご存知かもしれませんが、私は、『リアルトランプゲーム』の主催をしている『ゲームマスター』、アニセト・デフォルジュです。」
エテルステラの「国技」である「リアルトランプゲーム」。国民から絶大な人気を博しているそのゲームの主催者の代表が、目の前にいることがソラナは信じられなかった。その気持ちや緊張感でうまく言葉が出なかったが、ソラナも自己紹介をした。
「私は、ソラナ・アルシェです。」
「よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
アニセトの随行員の男性共々3人で頭を下げる。それが終わると、アニセトはこう切り出した。
「実はですね、あなたに『リアルトランプゲーム』に参加していただきたくてこちらに参りました。」
「え?」
「是非とも、『ジョーカープラス』として参加して欲しいのです。」
「は、はい。」
突如降ってきた話に、ソラナは返す言葉がなかなか出なかった。
「な、なんで私を?」
「あなたの話をさる筋から聞きまして、あなたのような方を私の『リアルトランプゲーム』に受け入れたいと思うようになりました。」
「そ、そうですか。」
ソラナは、少し考えた。しかし、返答が決まらない。
「あ、あの、少し時間が欲しいです。」
「そうですか。わかりました。」
アニセトは、随行員に目配せし、連絡先を提示させた。それを確認すると、アニセトはこう言った。
「あまり待てませんが、こちらにご連絡ください。」
「は、はい。」
ソラナは、その連絡先を手にしつつこう続けた。
「今日は、来てくれたのに、答えられなくてごめんなさい。」
「いいんですよ。アルシェさん。」
アニセトは、そう言いながら立ち上がり、こう返した。そして、こう続ける。
「『良い返事』をお待ちしています。今日の所は、失礼します。」
「はい。」
アニセトはそう言葉を返すと、仮面を着け、随行員と共にソラナの自宅から帰って行った。ソラナは、それを見送ったが、近所の年配の女性が興奮しつつ話しかけてきた。
「あれ、『リアルトランプゲーム』の『ゲームマスター』だったわよね?どうしたのよ?ソラナちゃん?」
「な、なんだか知らないんですけど、私、『ジョーカープラス』に選ばれました。」
女性は、更に興奮した様子になる。
「えー?凄い!凄い!!近所から『リアルトランプゲーム』の『プレイヤー』が出るなんて!!」
「あ、あの、まだ決まってなくて。『保留』なんです!」
女性は、そのソラナの言葉を聞かず、ラウラの所へ行ってしまった。
「お、おばさん。」
やがて、ラウラが外に出てきた。
「何?ソラナ、『リアルトランプゲーム』に出るって?」
「まだ、まだそんな話にはなってなくて、ただ、『参加しませんか?』って言われただけ。」
「なんだ。そうだったのね。」
「ごめん、お母さん。心配かけて。」
「いいわよ。」
そんな「母子」の会話を女性は、残念そうに聞き、こう言った。
「あれ、なかなか『やりたい』って言っても参加させてもらえないのよ?それを、『選ばれた』なんて、凄い事なのに。」
ソラナは、「それ」もなんとなくわかっていたが、「大学受験」の事を考えたら、即答は出来なかった。
「ごめんなさい、おばさん。ちょっと迷っちゃって。」
「うーん、私としては、ソラナちゃん、「リアルトランプゲーム」に出て欲しいけどね。」
女性は、多少肩を落として帰宅していった。そんな様子を見送りながらラウラはこう言った。
「何、迷ってるの?」
「『大学』と『それ』、どっち取ればいいかわからなくて。」
「そう。まぁ、よく考えて決めなさい。」
「うん。」
◆学生になるかプレイヤーになるか
ひとりになったソラナは、こう呟く。
「どうしよう?」
戸惑いの中ではあったが、アニセトをあまり待たせたくないと、答えを出すまで最長1ヶ月とソラナは決めた。
そこから、悩みの1ヶ月が始まった。
色々考えを巡らせた所、ここ数年、「夢」を見つけるために「大学入学」を望んでいたのが、いつの間にか、「大学入学そのもの」が目的になっていた自分に気づいた。
折しも、「マトゥーレイン」と呼ばれるエテルステラの魔法に対する魔法科学の教科はどうあっても学習出来ない。今年の大学受験を受けたとして、不合格は目に見えていた。
「『大学』、諦めよう。」
こうして、ソラナは「リアルトランプゲーム」の「ジョーカープラス」になる決意を固めた。そう決まると、ソラナ最大の夢である「生きる」事に彩りを添えてくれそうな気がし始めてきた。
「やってみよう。やってみたい。」
その事を、ソラナはラウラに告げた。
「よく、決めたわね。やってらっしゃい。」
「お母さん、頑張ってみる。」
ラウラは柔らかい表情で頷いた。
その足で、1ヶ月前来たアニセトの随行員に連絡を取ろうと、アマガエルに視線を落とした。
すると、自らが8歳の時に撮影した映像を思い出した。早速観てみると、とても短い映像だったが、ソラナの決意を後押しした。
「通話モード。ダイレクトダイヤル。」
あの時もらった連絡先へと通話を始める。
「ソラナ・アルシェです。『ジョーカープラス』、やります。やらせてください。」
それを受け、ソラナは後日詳細な説明を受けることになった。
◆契約
その日、アニセトは多忙とのことだったので、ソラナがアニセトの元に訪問することになった。10月頭の出来事だった。「リアルトランプゲーム」が行われる「サクセスコロシアム」の程近くにある銀色の高層ビルに入館。受付の男性にソラナはこう言った。
「ソラナ・アルシェです。アニセト・デフォルジュさんとお約束があって来ました。」
程なくして、案内の女性が来る。ソラナは誘導についていき最上階に昇っていった。
「ご足労をかけてしまいまして、申し訳ありません。」
相も変わらず仮面を被ったアニセトは開口一番そう言った。ソラナは、こう返した。
「こちらこそ、お待たせしてすみませんでした。」
「『リアルトランプゲーム』については、ご存知ですよね?」
「はい。」
「ならば、多少説明を省きますが、アルシェさんおひとりでの参加はできないことはお分かりだと思います。」
ソラナは頷く。
「なので、ほかの『プレイヤー』をこちらで選ばせていただきます。通常ですと、『プレイヤー選定手数料』として、1人あたり10万タドンを頂いています。」
そうアニセトが言った瞬間、ソラナが慌てたように言った。
「と、言うことは、『ジョーカーマイナス』と『スート』4人を選ぶのに、50万タドン必要なんですか?」
「そうです。」
「そんなお金は出せません。」
「でしょうね。」
ソラナの慌てぶりは、収まりを見せなかった。
「じ、自分で選んだら、0タドンですよね?」
「確かに。」
「なら、またお待たせしてしまいますが、自分で選んできていいでしょうか?」
アニセトは戸惑ったような表情をしたが、すぐにこう答えた。
「わかりました。必ず参加されるという条件で、探してきてください。ただ、待てるのは、1年とさせていただきます。来季は間に合いませんから、その次のシーズンには参加していただきたい。よろしいでしょうか?」
「はい。よろしくお願いします。」
ソラナは頭を下げた。
「では、予定にはなかった事ですが、『誓約書』にサインをいただきましょう。必ず参加していただくためにね。」
「わかりました。」
アニセトは急遽簡易な「誓約書」をその場で作成し、ソラナの自署を求めた。ソラナは自らの名前を書き、「誓約書」を完成させた。
そして、ソラナはE.E.233年1月スタートのシーズンから「リアルトランプゲーム」に参加することが正式に決まった。
アニセトは、去っていくソラナの姿を見送った後、こう言った。
「特別に、『プレイヤー選定手数料』を免除する、と伝えたかったのだがな。まあ、1年くらいは、待てるだろう。『今まで』を思ったらな。」
◆報告
ソラナがアニセトの元へと話に行っていることは、近所の人々に伝わり、ソラナが帰宅すると数人の人々が集まっていた。特に、最初にアニセトを見た年配の女性がそわそわしていた。そして、ソラナの姿を見るなりこう言った。
「それで?どうなったの?」
「正式に決めてきました。」
小規模ではあるが、歓声が上がった。
「再来年からの参加になります。」
「え?来年じゃないの?」
「私には、『ジョーカーマイナス』と『スート』がいませんから。」
「なるほどね。」
「だから、これから探さなくちゃいけないんです。」
「わかったわ。ああ、再来年まで長生きしなくちゃね。」
「そんな。もっともっと長生きしてください!」
「わかったわ。ソラナちゃん。」
ひととおりソラナは近所の人々への対応を終わらせると、ラウラの元へと行った。
「お母さん、決めてきたよ。」
「そう。」
「それでね、他の『プレイヤー』5人を探すことになったんだ。」
「大変じゃない。」
「だって、50万タドンかかっちゃうんだもの。」
ラウラは、少し頭の中で情報を整理した。
「それって、自分で選んでもお金はかかるんじゃない?」
「え?」
「まぁ、『近場』で選ぶことができるんならいいけども、『ちゃんとした形』をとるんだったら、遠出しなきゃいけないでしょう?」
「あ。」
ソラナは、固まった。ラウラはそんなソラナに言葉をかけ続けた。
「7千万タドンあるんだから、使っちゃってもよかったんじゃない?50万タドンくらい。」
ソラナは、下を向く。
「だって、あのお金使っちゃったら、パパがいなくなっちゃうような気がして。少しでも『お金』の『パパ』を遺しておきたくて。」
「ああ。」
今度は、ラウラが固まった。ソラナはそんなラウラに言葉をかけ続けた。
「本当は、銀行にも預けたくなかった。けど、家においておけないから『パパ』を預けたの。」
「そこまで思い入れがあったとは思わなかったわ。ごめん、訂正させて。あの7千万タドンの中の2千万タドンは私のお金よ。追加してソラナに『返した』の。実際ソラナのパパからもらったのは、5千万タドン。だから、2千万タドンは無駄遣いしなさい。」
「それも嫌だよ。お母さんが気を使いながら投資で稼いだお金だし。」
「ソラナのパパも私もソラナに使って欲しいからお金、渡したっていうのに。困った子ね。わかったわ。その代わり、いろいろ工夫しないと、旅費とかで50万タドン使っちゃうわよ?頑張ってね。」
「うん。」
その後、ソラナは自宅の方に戻ろうとしたが、ラウラは大きな声を上げた。
「あ!ソラナ!あなた『貴族』に知り合い、いる?」
「あ、いない。」
「それじゃ、どう頑張っても『スート』の1人を集められないじゃない!!」
「どうしよう。」
「『どうしよう。』じゃないわよ。うーん、投資家仲間のつて、探ってみるわ。『貴族』と繋がっている人がいたら紹介してもらうわ。」
「ごめん、お母さん。」
「もう。でも、いいわ。ずっとずっとソラナの『お母さん』だものね、私。『迷惑』だろうが、なんだろうが全部受けるわ!!」
「ありがとう。」
「その代わり、『聖職者』、『商人』、『農民』と、『ジョーカーマイナス』を選ぶのは、一切手伝わないから。いいわね?」
「うん。」
◆マイナスへの旅
それから、ソラナは最初の目的を、「ジョーカーマイナス」を探す事に決めた。
E.E.232年11月、ソラナは宛もなくまだ見ぬ女性を探しに出発した。
「いってきます、お母さん。」
「『貴族の件』は、色々決まったら連絡するわ。いってらっしゃい。気をつけて。」
「うん、お願い。」
ラウラに見送られながらソラナは雲を掴むような旅へと出た。
「うーん、私がしっかりしてないから、しっかりしてる人がいいなぁ。」
そう言いながら、チェントーレの一番の駅に着く。生前の父母とよく帰省の時に使っていた駅だと少しの時間、感傷に耽ったが、「今」はそんな時ではないと、駅の中へと入って行った。
「どこに行こう?やっぱり、ルクセンティアにしようかな?」
祖父母と両親との思い出の地を、今度は1人で訪れるのもいいかもしれないとルクセンティア行きの列車に飛び乗った。東に向かう途中、少しだけ北寄りの方を経由するこの列車が動き出すと、すぐに気持ちは挫けた。
「やっぱり、駄目。」
思い返せば、ラウラ同伴でも一度しか行った事のない地に、1人で行けるわけがなかった。そして、思わず途中下車した。
「えっと、ここは。」
駅名を見たところ、「テネブラフト」と書いてあった。
「確か、工業地帯だ。」
駅の外に出ると、たくさんの煙突が遠くに見える。駅前には、少しの商店はあるものの、工房のような佇まいの小さな建物の方が多かった。
「初めて来るなぁ。」
これ以降に行く予定の所も行ったことがない所だが、その中でも最初の地故にこんな感想がつい口に出た。ソラナは、ひたすら工房を回ってみようと思い立ち、見学が出来そうな所を探しに歩を進めた。そして、家具や小物等を作る工房を見て回った。
「ここは?」
そんな見学も、10箇所に届くかという所で、今までとは雰囲気の違う工房を見かけた。看板には、はっきり「工房」とあるのだが、完成品がどこにも展示されていない。
「こ、こんにちは。」
「いらっしゃい。」
少し、つっけんどんな女性の声が響いた。
「あ、あの、ここは何の工房なんですか?」
「秘密よ。」
「えっと、そうなんですか。け、見学いいですか?」
「駄目。」
「ああ、それはごめんなさい。お邪魔しました。」
その後も、ここ工業地帯テネブラフトに来た目的を忘れたように、工房を見学し続けるソラナ。
「えっと、『ジョーカーマイナス』を探しに来てたのよね。」
そう言いながら、今まで回ってきた工房の職人たちを振り返った。1人を除いて、全員男性だった。
「女の人を選ばなきゃいけないのよね。」
すると唯一の女性を思い出した。ソラナは意を決して交渉に行くことにした。
「すみません。」
「ん?またあんた?」
「そ、そうです。あの、ちょっとお話いいですか?」
「都会風情の女の子が、あたしに何の用なの?」
「えっと、私と『リアルトランプゲーム』、参加してみませんか?」
「は?は?何それ?急に?知り合い同士で志願して参加するっていう話は知ってるけど、見ず知らずの人に普通そんな事言う?」
「急ですよね?ごめんなさい。」
「胡散臭い。嫌だ。」
「そ、そうですか。」
ソラナはうなだれた。しかし、自分より少しだけ年上と思われるこの女性を見れば見る程「仲間」にしなければという思いが沸き上がった。
「あ、あの、自己紹介まだでしたね?私、ソラナ・アルシェです。今年、成人しました。」
「じゃあ、あたしより2個下だ。」
「やっぱり、あまり年が離れてない。」
その事実を知り、ますます「仲間」にしなければ、という思いが溢れたが、無理強いもよくないと、こう言った。
「今日は、急に来てしまってすみませんでした。その、お尋ねしたいんですが、ここの近くで、泊まらせてくれそうなお家ってありますか?」
「ないよ。宿に泊まればいいじゃん。」
「あの、お金をあまり使いたくないので、お手伝いとかするので、どなたかのお家に泊まって『ジョーカーマイナス』を探そうと思ってるんです。」
その女性は、眉間に皺を寄せつつ少し考えた。そして、こう言った。
「野郎共の所に泊まったらあんたみたいな子、何されるかわかんないから、あたしの所に泊まっていいよ。」
「ええっ?いいんですか?」
「特別だよ。」
「ありがとうございます!」
そうソラナが言った瞬間だった。ソラナのアマガエルの機械音声が流れた。
「機能維持ゲージが、10パーセントです。魔法石にて、機能維持をしてください。」
「あ、『充電』しなきゃ。」
そう言いながらソラナは、家から持ってきた機能維持用の魔法石をアマガエルに食べさせ始めた。
「そんな悪い石、使ってるの?『充電』がすぐなくならない?」
「え、よくわかりますね?そうなんです。」
その女性は、口を自らの左手で塞いだ。そして、観念したようにこう言った。
「内緒よ。あたし、魔法調整師やってんの。その延長線で魔法石、作ってる。一発で『それ』は悪い石だってわかるよ。」
そして、その女性は、自らの機能維持用の魔法石を譲ってくれた。
「1個試してみな。」
それを与えると、すぐにアマガエルの機械音声がこう言った。
「機能維持ゲージ、100パーセント。」
「凄い。」
「どうせ、『安物』の石、買ってるんでしょ?」
「正直。節約になると思って。」
「ある程度高いの買った方が、結果的に『節約』になる。今度からそうしな?」
「ありがとうございます。」
ソラナは、少し躊躇したが、こう尋ねた。
「あの、あなたは?あなたの名前は?」
「別に大それた名前じゃないけど、秘密。」
「ええ?その、泊まらせてもらう間、どう呼べば?」
「好きな名前で呼んで。」
ソラナは困惑したが、必死に「仮の名前」を考えた。この工房を見回すと、茶色を基調とした空間だった事から、とある名前を思いつく。
「ぶ、ブラウンさんでいいですか?」
「ブラウン?いいよ。」
◆望まぬ独占
そんなやり取りをしていると、夕方となった。
「さて、帰るか。」
ソラナは首を傾げた。
「ここがお家じゃないんですか?」
「違う。歩いて行ける所に家はあるけど、『ここ』じゃない。」
今度は、「ブラウン」が首を傾げ嫌味のようにこう言った。
「『都会』じゃ、仕事場と家が同じ人ばっかりなのかな?」
「偶然かも、です。祖父母も、親も、自宅で仕事してたから。」
「ふーん。」
そう言いながら、「ブラウン」は、工房の施錠を確認し、歩き始めた。ソラナはそれについていく。「ブラウン」の言った通り、歩いて10分未満の所に「ブラウン」の自宅はあった。白い建物が林立する集合住宅の一室だった。2階のその部屋に2人で入室すると、ソラナはこう尋ねた。
「一人暮らし?ですか?」
「そうだよ。もう、成人したらすぐ『自立』したからね。」
「私は、『自立』してないかもしれないけど、一人暮らしです。同じですね?」
「あ、そ。」
そう言うと、「ブラウン」は少し雑然とした部屋中を回り、何故か自らの貴重品の類いを集め始める。
「え?どうしたんですか?」
「『ここ』は、あんたが使いな。あたしは、工房の方で寝泊まりする。部屋狭いから。」
「ああ、やっぱり私、お邪魔ですよね?」
「あたしが使っていいって言ったんだから使いなよ。『都会』の女の子には気に入らないかもしれないけど、ここの部屋にある物は好きに使っていい。あたしの大事な物は全部持ってくから、ご心配なく。これ、鍵ね。じゃ。」
そう言って、ソラナの返答を聞かずに「ブラウン」は出ていってしまった。
「どうしよう。怒ってるよね?」
ソラナは、途方にくれた。しかし、「ブラウン」の好意を無駄にしないように、ここを「ジョーカーマイナス」を見つける拠点とした。
それからと言うものの、「ブラウン」の部屋とテネブラフトの町を往復し、「ジョーカーマイナス」になれそうな女性を探した。しかし、この一言だった。
「ブラウンさんを、超える女の人、いない。」
◆打診と
ソラナが「ブラウン」の部屋を拠点にしてから、2週間が経とうとしていた。ソラナは、「ブラウン」の工房に顔を出す。
「こんにちは。」
「どした?」
「やっぱり、ブラウンさん、『ジョーカーマイナス』やってください!!」
ソラナは頭を深々と下げた。「ブラウン」は、困惑の表情を浮かべた。
「何?見つかんなかったの?で、あたししか見当たらないから戻って来たのかな?」
「むしろ、あなたがよくて、他の人に『頼もう』って気になれなくて。」
「何それ。」
そう「ブラウン」が返した瞬間だった。ソラナのアマガエルからこんな機械音声が流れた。
「ラウラ・エストレから通話。ラウラ・エストレから通話。」
ソラナは、「ブラウン」に軽く頭を下げた後、こう言った。
「通話、クローズサウンドで繋げて。ソラナだよ、お母さん。」
すると、ソラナの頭の中に直接ラウラの声が届く。
「『貴族』の件だけど、1週間後に会える手配がついたわ。今どこにいるかわからないけど、チェントーレに帰って来なさい。これ、逃したら次はないからね?」
ソラナは、自分の声をアマガエルに聞かせる。
「お母さん、ありがとう。少ししたら帰るよ。」
「あまり遅くならないようにね。」
「うん、わかった。」
そして、通話は切れた。
「ごめんなさい、話してる途中で。」
「別に、いいけど?」
「やっぱり、駄目、ですかね?」
「迷ってる。」
「そうですか、わかりました。諦めて、別の所に行って探してみます。無理なお願い言っちゃってすみませんでした。」
「気にしないよ。」
「私、帰らなきゃいけなくなったんで、あさってくらいに帰ります。」
ソラナは、少し考えた。
「そうだ。明日のお夕飯、ご馳走したいんですけど、いいですか?」
「え?」
「お部屋、2週間も借りてしまったのでお礼です。」
「ふーん。わかった。明日、どこに?」
「ブラウンさんのお部屋で。私、作りますから。」
「はあ。久しぶりに家に帰れるって事ね?」
「はい。」
◆発つ前の夜
翌日の夜、「ブラウン」は「帰宅」した。
「ええ?」
2週間前には、雑然としていた「ブラウン」の部屋は、綺麗に掃除され、物はわかりやすいように整理整頓されていた。
「綺麗になってる。あんたがやったの?」
「はい。」
「仕事で疲れてて、あんまり『こういう事』出来なくてさー。」
「大変ですね。」
そう言いながらソラナと「ブラウン」は、部屋の奥まで行った。小さなテーブルには、サラダなどの料理が並んでいた。
「うわ、凄い。」
「そうですか?」
そう言うと、ソラナはキッチンスペースに行く。そして、スープをあたため直し始める。
「少し、待っててくださいね。」
「いいけど?」
そう返した「ブラウン」は、部屋の隅々まで見て回った。そうしていると、ソラナはスープを配膳した。
「食べましょうか。」
「う、うん。」
ソラナと「ブラウン」は、多少ずれて「いただきます。」と言った。そして、「ブラウン」は、ソラナの手料理に口をつけた。
「うまっ。」
「そうですか?」
ソラナは笑顔になった。「ブラウン」は、その後も料理を夢中で食べた。そして、「お礼の食事会」は、終わりを告げた。
「ごちそうさま。まさか、こんな美味しい物食べさせてもらえるなんて思ってなかった。」
「気に入ってもらえてよかったです。」
そうソラナが返すと、「ブラウン」は急に頭を下げた。
「ごめん!」
「え?ブラウンさん?」
「あんたがあまりにも胡散臭かったから、試したの!あたしの部屋にあえて1人でいてもらって、盗みとか変な事したら、捜査当局に突き出してやろうと思ってた!」
「そう、だったんですか。無理はないですよ。頭を上げてください。」
「許してくれる?」
「許すも何も、私は嫌な思いしてませんし、その、逆にお世話になったんですから。責めません。」
「ありがと。」
そう短く言った「ブラウン」は、意を決したように続けた。
「胡散臭い人に名乗る名前なんてないって思ったから、名乗らなかったけど、こんなに美味しい料理作ったり、ちゃんと掃除とかする人が悪い人とは思えない!今まで疑っててごめん!!」
再び頭を下げ、すぐに頭を上げた「ブラウン」は、名乗った。
「あたし、ルシア・セルトン。よろしくね?」
「改めて、私はソラナ・アルシェです。よろしくお願いします。」
「ね、ねぇ、あんたの願い、まだ有効?」
「え?」
「『ジョーカーマイナス』の事。」
「えっと、大丈夫です。」
「じゃあ、受けるよ。」
ソラナは一気に明るい笑顔を浮かべた。
「本当ですか?ありがとうございます!じゃあ、スマートアニマル、繋げませんか?」
「いいよ。」
ソラナのアマガエルとルシアのクロハラハムスターを見つめ合わせる。すると、2匹から同時に「連絡先情報交換完了。」という言葉が発せられた。
「これで、完璧だ。」
◆スペードへの旅
翌日、ソラナとルシアは、テネブラフトの駅にいた。
「じゃあ、再来年、よろしくお願いします。」
ソラナは頭を下げた。
「そんな、堅苦しい!『再来年、よろしく!』でいいよ。」
「よ、よろしく?ありがとう、ルシア、さん。」
「どういたしまして。ソラナ。」
「また、会おうね?ルシア。」
2人は、手を振り別れた。ソラナは、列車に乗り込み、テネブラフトを後にした。
「チェントーレに戻ったら、どんな貴族さんと会えるんだろう?」
そうしていると、程なくしてチェントーレに着く。ソラナは自宅に一旦帰り、隣のラウラの家に帰宅の報告をしに行った。
「お母さん、ただいま。『ジョーカーマイナス』、見つかったよ!そして、『貴族』さんと会えるようにしてくれて、ありがとう!」
「おかえり、ソラナ。よかったわね。『ジョーカーマイナス』見つかって。」
「うん!」
「でね?その『貴族』の事だけど、私の投資家仲間のコンラド・ブルデルっていうおじさんが貴族と関係があって、ちょうどお茶会に呼ばれてたんだって。」
「そうなんだ。」
「下級貴族の集まりらしいから、あんまりいい貴族が集まる所じゃないけども、もうこれしかないから、そこにソラナが行けるようにしたわ。」
「ありがとう。ブルデルさんにも、感謝しなくちゃ。」
「うん。そのブルデルおじさんの特使っていう事で、ソラナが行くことになってるから、よろしくね。」
「うん。」
そして、ソラナがコンラドの特使として貴族のお茶会に行く日が来た。
「そろそろ迎えの車が来る時間よ。」
ラウラがソラナに声をかけに行った。
「うん。」
ソラナは、成人誕生会と同じ格好で準備を終わらせていた。
「やっぱり、貸衣装でもいいからもっと上等の服、用意すればよかったかな?」
ラウラは悩みの表情を浮かべた。
「大丈夫だよ。『これ』が私にとって『一番の服』だよ。」
「そんな事言って、『パパ』を使いたくないって思ってるでしょ?」
「う、うん、正直。」
「もう、仕方ないわね。」
「ごめん。」
「いいわよ。」
そんな会話をしていると、ソラナの自宅前に高級車が停まる。無人だった。
「自動運転、か。」
ラウラは呟いた。ソラナは、それに乗り込んだ。
「じゃあ、行ってくるね。」
「いってらっしゃい。」
ソラナは、車の中に置いてある赤い魔法石を手に取った。自動運転用の魔法石だ。ソラナはそれにこう指示をした。
「自動運転開始。行き先は、『ハイダウェイ屋敷』。」
車は、発進した。そして、30分程度の1人でのドライブの時間を過ごすと、ハイダウェイ屋敷に到着した。夕焼けの中、それと同じ色の豪華な建物がソラナを迎える。ソラナは、緊張しつつもその建物に入り、出入口でこう言った。
「コンラド・ブルデルの特使、ソラナ・アルシェです。」
◆貴族の中で
「お待ちしておりました。」
従者の男性がソラナに一礼し、会場に案内してくれた。「お茶会」とは言えども、夜間開催という事で、酒等も準備されていた。そんな豪華絢爛な会場に、贅沢な服を着た男女が多数集まり、談笑をしていた。ソラナはどうしていいかわからず、ぽつんと会場の出入口付近に立っていた。
「どうしよう。男の人に話しかけなきゃいけないのに。」
ソラナの焦りの呟きがその場に消える。すると、女性に声をかけられた。3人組の女性だった。
「あら、あなた、見ない顔ね。」
「初めてここに来ました。」
ソラナがこう返すと、女性たちは、代わる代わるソラナに話をし始める。はじめは、軽い自己紹介のような話だったが、ソラナが貴族ではないという事がわかったその瞬間から、こんな話題を投げ掛けた。
「あなた、寒くないの?そんな薄い生地の服なんて着て。」
「だ、大丈夫です。」
「なぁに?このペンダント。お若いあなたには不釣り合いだわ。」
「そ、そうですか?」
「それに、あなたのスマートアニマル、カエルなのね。随分ユニークね。」
「え、えっと変ですか?」
「何もかもこの場の雰囲気を乱してくれるわね。みすぼらしい。」
ワンピースをくれたラウラや、ペンダントをくれた両親、そして、アマガエルをスマートアニマルにするのに協力してくれた祖父母を否定されたような気がして涙が出そうになるソラナ。無理しても貸衣装を借り、アマガエルを家に置いて来るべきだったと悔やみつつ、こう謝罪した。
「ご、ごめんなさい。」
その時だった。鳥のノスリがソラナを含めた4人の輪に入り込み、バタバタする。ソラナはじめ、皆驚いた。そこに声をかける男性がいた。
「驚かせて申し訳ない。僕のスマートアニマルが『暴走』して。」
その男性は、頭を下げる。ノスリは男性の右腕に飛び乗った。女性3人が口々に、「エルネスト卿。」と言った。そして、はじめに話しかけてきた女性が、
「気にしませんわ。」
と、言いつつ2人を引き連れ去っていった。まだノスリの衝撃に動揺しているソラナに「エルネスト卿」と呼ばれた男性が近寄って来る。男性は、小声でこう言ったような気がした。
「『雰囲気を乱す』のは、どちらだ。」
男性は、ノスリを右肩に移動させ、ボウアンドスクレープをソラナに見せた。
「はじめまして。僕はエルネスト・イベール。」
「あ、わ、私は、コンラド・ブルデルの特使、ソラナ・アルシェです。」
「それは。ブルデル氏には、世話になっているよ。先ほどは、見苦しい所を見せてしまい、申し訳なかったね。」
「いいえ。」
ソラナは、「イベール」という名字にあることを思い出した。コンラドがエンリケ・イベールという人物への手紙をソラナに託していたのだ。
「あ、あの、エンリケ・イベールさんという方は、ご存知ですか?」
刹那の間を空け、エルネストはこう答えた。
「それは、僕の父だよ。何かあるのかい?」
「ブルデルからの手紙を預かっていまして、お渡ししたいんです。」
「なら、僕から父に渡しておくよ。」
「いいんですか?」
「うん。」
ソラナは、手紙をバッグから取り出した。そして、エルネストに引き渡す。
「よろしくお願いします。」
「確かに、預かったよ。」
◆頼るもの
ようやく貴族の男性と話ができたソラナ。少し、ほっとした。その勢いでエルネストに「仲間」となって欲しいと言いたかったが、女性たちに囲まれていたところを助けてもらい、手紙を渡してくれるとまで言ってくれたこのエルネストにこれ以上物を頼むのはどうかと思ったためその場を去ろうとした。
「あの、助けてくださってありがとうございました。」
「どういたしまして。」
エルネストは笑顔で応えた。そして、こう続ける。
「少し、話、いいかい?」
「え?いいんですか?」
質問に質問で返してしまったソラナ。
「あ、すみません。私は、その、大丈夫です。」
「よかった。」
エルネストは、ソラナにこう尋ねてきた。
「差し支えなければ教えて欲しいな。君は、ブルデル氏とどのような関係なんだい?父に手紙を渡す時に、君の話もする事になるから。」
ソラナは、言葉に窮した。「本来の目的」を話さねば話は進まないからだ。
「その、ブルデルは、投資家の母の仕事の仲間で、えっと。」
次第に口ごもるソラナ。エルネストは首を傾げた。その様子を見たソラナは、怪しまれてはいけないと、すべてエルネストに打ち明けることにした。
「その、実は、私『リアルトランプゲーム』の『ジョーカープラス』に選ばれたんですけれど、『スート』になってもらう『貴族』に知り合いがいなくて、ちょうど、ブルデルが貴族の方と知り合いだったもので、母に協力してもらって無理言ってここに来させていただくことにしたんです。」
「そうだったのかい。けれども、折角来てもらったのになんだけど、『ここ』から選ぶのは、止めた方がいいと思うよ。」
「え?でも、私には『ここ』しかないんです。」
「君は、感じてないかもしれないけれど、『ここ』は、優秀な貴族が集まっているわけではないんだよ。ほら、さっきの3人みたいに、『下』を作る事で、自分は『下』ではないと自分自身に言い聞かせる『下級貴族』の集まりだから。まあ、僕自身もその『下級貴族』なんだけどね。」
ソラナは困った顔をする。
「そう、なんですか。」
「だから、日を改めてもらうけど、『上級貴族』に会えるようにしてみるよ。」
「そ、そんな!大変じゃないですか!」
「『リアルトランプゲーム』はエテルステラの国技。そんな国技のために力を尽くさせてはくれないかい?」
「あ、ありがとうございます。」
その「日を改める」為に、ソラナとエルネストはスマートアニマルを「繋げる」事にした。
ソラナのアマガエルとエルネストのノスリを見つめ合わせる。すると、2匹から同時に「連絡先情報交換完了。」という言葉が発せられた。
「近日中に、連絡するよ。」
「ありがとうございます。」
その後、ソラナは帰宅した。時間も遅かった事から、ラウラへの報告は翌日と決め、ソラナは就寝した。
◆上級貴族
翌日、ソラナは事の次第をラウラに報告した。
「そんな話に発展したの!」
「そうだったんだ。お母さんとブルデルさんのおかげだよ。」
数日後、ラウラと共にいたソラナのアマガエルがこう言った。
「エルネスト・イベールからメールが届きました。」
「開いて。」
すると、アマガエルのホログラムに文字が。
「ソラナ・アルシェ様。上級貴族の乗馬会に、共に行ける事になりました。」
そのメールは、こんな書き出しから始まり、日程や場所等が明記され、こう締め括られた。
「では、『スート』が見つかることを願って。エルネスト・イベール」
そして、ソラナはこうアマガエルに言う。
「メール起動。」
アマガエルのホログラムに宛先一覧が出る。ソラナはエルネストの名前に触れた。
「音声認識モード、文字入力モード、選択してください。」
「文字入力モード。」
「文字を、入力してください。」
アマガエルのホログラムは、文字一覧を出す。ソラナは、エルネストへの返事を書き始める。「是非、伺います。」等と書いたその返事を、ソラナはこう言って、エルネストへ送った。
「メール送信。」
そんな様子を見守っていたラウラは、穏やかに笑った。
「遂に、ね。」
ソラナは微笑みで答えた。
そして、「乗馬会」の日がやって来た。12月だと言うのに、穏やかで暖かい日だった。ソラナは、普段の出で立ちで徒歩とバスにて「集合場所」の「ハイダウェイ屋敷」にたどり着く。これは、すべてエルネストの指定であった。ほぼ時を同じくして、そのエルネストもそこに到着。若いメイドを1人連れて来ていた。
「エルネストさん、こんにちは。」
「こんにちは、ソラナ。」
「今日は、お世話になります。」
エルネストは、軽く頷いた。すると、メイドがソラナに話しかけてきた。
「アルシェ様、お着替えを。」
「えっ?」
「折角だから、乗馬も楽しんでもらいたくてね。女性用の乗馬ドレスを持ってきたんだ。」
「ありがとうございます。」
ソラナは、メイドの先導にてハイダウェイ屋敷に入り、着替えをする。メイドに手伝ってもらいながら緑を基調としたドレスに包まれたソラナ。
「素敵。」
「お似合いですよ。」
「ありがとうございます。」
その姿をエルネストに見せた。
「わぁ、思った通りだ。母が若い頃着ていてしばらく着ていなかったドレスだけれど、とてもいい。」
エルネストの顔に笑顔が訪れた。そして、こう続けた。
「では、行こう。」
「はい。」
ソラナは、エルネストとそのメイドと共に自動運転の車に乗り、乗馬会の会場へ行った。会場の「シルバリーヒルクラブ」に着くと、お茶会の時より優雅な雰囲気の人々がいた。
「この方々が、『上級貴族』。」
ソラナは、男性の多いその「上級貴族」に息を呑みながら呟いた。エルネストは、こう言った。
「少し僕も緊張しているけど、『スート探し』を今日は頑張ろう?」
「はい。」
そして、「上級貴族」の男性とエルネストを介し話をし始める。様々な話をその男性とする。そして、その合間の事だった。エルネストは、こうソラナに提案する。
「馬に、乗ってみるかい?」
「はい。」
と、返したのはいいものの、馬に乗った事がなかった事を思い出す。
「あ、あの、でも、お馬さんに乗るのは、初めてで、乗り方がわからないです。」
「そうかい。」
すると、エルネストはひょいと馬に乗った。
「僕がついていってあげよう。一緒なら、大丈夫だろう?」
「は、はい。」
ソラナに差し出されるエルネストの手。それをソラナは取った。エルネストはソラナを馬の背中まで引き上げ、自らの前に乗せた。
「わあっ!高いっ!!」
ソラナは声を上げた。
「行こう!」
エルネストは、馬に前進の指示を出した。馬は、ゆっくり歩き出す。ソラナは、歓声を上げる。
「わあー!!」
「楽しいかい?」
「はい!」
「それはよかった。お茶会の時は、『下級貴族』が君に不快な思いをさせたからね。お詫びの『お遊び』だよ。」
「そうだったんですか!ありがとうございます!」
そして、その日の日程は終了した。
「今日は、ありがとうございました。」
「どういたしまして。」
再びハイダウェイ屋敷にて着替えを済ませたソラナとエルネストはそう言葉を交わした。エルネストは、こう言った。
「何度か、こういう事をして、見つけていこう。君の『スート』をね。」
「色々、ご負担をかけてすみません。」
「構わないよ。」
そんなやり取りをし、その日は終わりを告げた。それから、年を跨ぎながらエルネストの紹介で「上級貴族」と接触し続けたソラナ。とある思いが沸いていた。その思いを1人呟いた。
「ここまでエルネストさんには色々やってもらったのに、見つけられなかった。『スート』。」
◆依頼
E.E.232年2月。ある日の昼下がり、ソラナの姿は、イベール邸にあった。事前に約束した訪問で、ソラナは、エルネストと応接間にて対面した。
「今日は、どのような用件だい?」
ソラナは、少し申し訳なさそうにこう切り出した。
「たくさん、いろんな『上級貴族』さんたちと会える機会を作ってくれてありがとうございました。でも、ごめんなさい。そこで『スート』になってもらいたい、いい人は見つけられませんでした。」
エルネストの表情は、わずかに曇った。
「駄目、だったのかい。」
「その、あなたが、エルネストさんがいいんです。」
曇ったエルネストの表情が一転衝撃を受けた表情に変わった。
「僕かい?駄目だよ!僕は、『下級貴族』だ。貴族の中でも卑しい身分なんだよ?」
「優しくしてくれたエルネストさんは、私にとっての『上級貴族』です。改めて言います。エルネストさん、私と一緒に『リアルトランプゲーム』に出てもらえませんか?」
ソラナは、エルネストを少しの時間見つめ頭を下げた。
「参ったな。そんな事を言われてしまったら、この気持ち、抑えられない。」
「え?」
「その、最近、心のどこかで君と共に『リアルトランプゲーム』に参加する未来を見てしまっていたんだ。その未来を掴んでいいって事だね?」
「はい!是非!!」
「では、両親と話をする。共にいてくれるかい?」
「勿論。」
「では、両親を呼んでくる。ここで待っていてくれ。」
「わかりました。」
程なくして、エルネストの父、エンリケ・イベールとエルネストの母、ビアンカ・シャトレがエルネストと共に入室してきた。
エンリケがこう言った。
「エルネスト、改まって何の話だ?」
「父上、母上、僕は『リアルトランプゲーム』に参加したくなりました。このソラナ・アルシェさんと共に。」
ソラナは、自己紹介をした。
「はじめまして、ソラナ・アルシェといいます。」
そして、ソラナは事情を話してこう締め括った。
「とてもお優しいエルネストさんを『スート』としたいんです。お願いします。」
ソラナは、頭を下げた。それに、ビアンカは返す。
「あなたに『熱意』はあるのかしら?エルネストに『箔』を付けて返してもらう『熱意』は。」
エルネストは、一瞬苦々しい顔をしたが、その様子はソラナの目には入らなかった。そんなソラナは、こう返した。
「ここ数ヶ月、エルネストさんにはよくしてもらいました。恩返しとして、それを約束します。」
エンリケは、ある事を思い出し、こう返した。
「確か、君はコンラド・ブルデル氏の特使だった娘だね?」
「はい。」
「わかった。その縁も鑑みて、許可しよう。だが、エルネストに何かしらの事があったら君には責任を取ってもらう。」
ソラナは、その言葉の重さに一瞬躊躇するが、それを振り切り再び頭を下げた。
「わかりました。許してくださってありがとうございます。」
エルネストもソラナに続いた。そして、緊張の時間は終わった。
「エルネストさん、では、来年の1月からよろしくお願いします。」
「こちらこそ。よろしくね。」
エルネストは、ソラナに握手を求めた。ソラナはそれに応え、再会を固く誓った。
その後、ソラナはラウラに2人目の仲間が確定したと伝えた。
「よかったわね。後は、本当にソラナ1人で探すのよ?」
「わかった。ありがとう、お母さん。そして、頑張る。」
◆中断
その翌日。ソラナは、ここ数ヶ月、「仲間探し」とはいえ身の丈に合わない面会を続けてきたことから一気に疲れが出て、その日夕方まで眠ってしまった。そんなソラナを心配したラウラがその夕方、ソラナの自宅に来た。
「いるはずなのに、洗濯物干してないから、どうしたのかと思っちゃったわよ!」
「ごめん、お母さん。今まで寝てた。」
「でしょうね。髪の毛ボサボサだもの。」
「正直、疲れちゃった。」
「もう。昨日『頑張る』って言ったばっかりでしょう?辛いなら、辞める?」
「そんな事しないよ。また、休んだら今度は、『聖職者』の所に行く。」
そう言ったソラナ。少し、間を空けこう言った。
「でも、『疲れる』のも、『生きてる』からだよね?私、生きてる。夢、叶えてる。これからも、夢、叶え続ける。」
「うん。その意気よ、ソラナ。」
再び、ソラナに眠気が訪れはじめる。そんな中、ソラナは呟いた。
「『聖職者』の所に行ったら、パパとママ、おじいちゃんとおばあちゃんの弔い、してもらおうかな。」
ソラナの瞳は、閉じられた。ラウラは、テーブルに突っ伏して眠りはじめたソラナに毛布をかけてそこを後にした。
「ソラナ、頑張んなさいよ。夢、ちゃんと叶えなさいよ。」
そんな言葉を残しながら。
◆ハートへの旅
ソラナが、「聖職者」探しに出掛けたのは、それから1週間後だった。十分な休憩と、準備が必要だったからだ。何故なら、ここから「聖職者」、「商人」、「農民」の3人のスートが揃うまでチェントーレには帰らない事にしているからだ。
「えっと。」
その日の朝早く、ソラナはそう言いながら家の中の戸締りをひとつひとつ確認していった。
「うん、大丈夫。」
そして、玄関を施錠した。大きめの荷物を持ちながら、隣のラウラの家を訪れた。
「お母さん、いってきます。」
「ちょっと待って。」
ラウラは、出掛けるような出で立ちだった。
「お、お母さんも出掛けるの?」
「そうよ。ソラナを駅まで送るんだから。」
「えっ、聞いてないよ。バスで行く予定だったのに。お母さんも知ってるでしょ?」
「気が変わったのよ。さあ、私の車に乗りなさい?」
「わ、わかった。ありがとう。」
ソラナは、荷物と共にラウラの車に乗り込む。ラウラは車のエンジンをかけ、運転し始めた。こんな時は、自動運転は使わない。見知った道だからだ。駅までの20分程度のドライブ中、ラウラはいつにも増してソラナに話しかけた。ソラナは、それに返し、車内には「母子」の話の花が咲いた。
やがて、チェントーレ駅に着く。
「本当に、送ってくれてありがとう。」
「いいのよ。」
「なんで、気が変わったの?」
「ほ、ほら、あなた『疲れた』って言ってたでしょう?最初から疲れちゃ大変だと思って。」
「そ、そうだね。ありがとう。」
「気をつけていってらっしゃい。ソラナ。」
「うん、いってきます。お母さん。」
そして、「母子」は駅前で別れた。そして、ソラナは駅舎へと消えていった。
「長く離れるなんて初めてだから、ギリギリまで一緒にいたくなったなんて、素直に言えないわよ。」
ラウラは涙を浮かべながらそう言った。ひととおり涙を流し、それが落ち着くと、再び自らの車を運転し、自宅に戻って行った。
一方、ソラナは最初の目的地、メリディサーム行きの切符を買った。
「なんとか、1万タドン使わなかったけど、各駅だから、時間かかりそう。」
運賃の高い高速列車であれば、早めに着くだろうが、ソラナはそれをしない。これから1日がかりの列車の旅を予定している。そして、ホームに入ると、ちょうどチェントーレ発メリディサーム行きの列車が到着した。ソラナは、早速それに乗り込んだ。
「前、テネブラフトに行った時は風景見てなかったから、今度はそれ見ながら行こう。」
ソラナは窓側の席に着き、呟いた。チェントーレ始発の為、しばらく列車は停車していたが、時間となり、発車した。ゆっくり南方面に向かって走り出す列車。
車窓には、都会の風景。しかし、しばらくすると、だんだん住宅街が多くなってくる。そして、列車は、チェントーレを出た。ひたすら南に、南にと列車が進むにつれ、広大な大地が視界を支配する。日も高くなってきた。朝作ってきたサンドイッチを昼食にする。食べ終わった頃、ちらほら建物が見えてくる。特に目を引くのは、白く厳かな出で立ちの建物。その屋根の上には、星形の飾りが取り付けられていた。だんだん建物の密度が高くなって行く。空を見ると、夕焼けが。その夕焼けは、各地に点在する白く厳かな建物を朱く染めた。
そんな夕焼けも空から去り、夕闇が迫った頃、列車はメリディサーム駅に到着した。
「ふうっ、着いた。あれ、噂の海?」
高台にある駅舎を出ると、遠くにわずかながら海の気配を感じた。残念ながら暗く、はっきりとわからなかったが、首都チェントーレではない所に来たという気持ちをソラナに与えた。また、ほんのり漂う嗅いだことのない匂いに戸惑ったが、ソラナはこう言った。
「今夜は仕方ないから、宿を探そう。」
そうして、駅から歩いて少しした所にある落ち着いた雰囲気の宿に一泊することに。
「あ、そうだ。」
ソラナは部屋に着くなり、アマガエルにこう指示した。
「通話モード。」
通話の相手を選択。程なくして、通話は繋がった。
「ソラナ?」
「お母さん、今、メリディサームの宿に着いたよ。」
「よかった。」
すると、アマガエルの目から涙が出てくる。ソラナはラウラに思わず尋ねた。
「泣いてるの?お母さん。カエルちゃんが。」
「そうよ!さびしくて。」
「お母さん。」
「でも、ソラナは笑ってるようね?イエスズメがニコニコしてるわ。」
「そうだよ。」
そこから、「母子」は長話をした。
「明日からが、本番ね。」
「うん、そうだね。お母さん。」
「しっかり休んで頑張るのよ?」
「ありがとう。じゃ、おやすみ。」
「おやすみ。」
通話は終了した。その後、夕飯や諸々の作業を済ました後、ベッドに入ると、程なくしてソラナは眠りの世界へと誘われた。
◆聖地での第一歩
翌日、朝日がソラナを起こした。
「よく寝た。」
起きがけの背伸びをしつつ、ソラナは呟いた。宿から出される朝食の時間まで多少間が空いていたことから、少しの時間、周辺を散策することにした。
「何の匂いなんだろう?」
昨晩も感じた匂いをよくよく嗅いでみると、塩水のような匂いだった。
「塩水?どこにあるんだろう?」
そうしていると、メリディサーム駅まで「戻った」。昨晩確認出来なかった「海」を今度は確認出来た。
「わぁっ。」
わずかしか見えなかったが、「初めての海」に胸が高まった。
そうして、宿に戻り、朝食を摂った後、宿から出た。
「さ、行こう。」
目指すはエテルステラの国教にして唯一の宗教、「正騎士教会ウヌス」の総本山、「ノーブル本教堂」だ。
広大な岬に建てられたそのノーブル本教堂にたどり着くと、ちょうど結婚式が終わったところで、新郎新婦が参列者に祝われながら教堂の外に出ていた。
「幸せそう。」
ソラナは呟いた。その呟きは、続く。
「パパとママも、こんな結婚式、したのかな?」
しかし、その言葉の途中で、「それは無さそう」との思いがソラナの心に訪れた。両親の日記によれば、祖父母に連絡も取らずに結婚した。「普通」の結婚ではなかった事から、結婚式はしてないだろうと。
そんな物思いに耽っていると、後ろから男性が声をかけてきた。
「どう、されました?」
「あっ。」
教堂の門前で立ったままだったソラナは、邪魔をしてしまったと慌てた。
「ごめんなさい。あまりに素敵な結婚式だったので、見とれてしまいました。」
「いいえ。新しいご夫婦を祝ってくださっていたんですね?あなたにも祝福が訪れるよう、祈ります。」
純白の装束に、緑色の長いストールを首から下げ、スマートアニマルのシャルトリューを傍らに連れていたその男性は、半合掌をした。
「ありがとうございます。」
ソラナも思わず半合掌を返した。それに微笑み、緑のストールの男性は、その場から去り、教堂建物へと入って行った。
その教堂建物は、列車の中から見た数々の教堂と比べ、厳かさが段違いだった。しかし、一方で清らかな感じも確実に見て取れる不思議な建物でもあった。
「入らないと、『スート』に会えない。」
ソラナも、先ほどの緑のストールの男性のようにノーブル本教堂へと入って行った。
すると、思わず歓声を上げてしまいそうな光景がソラナを迎えた。
美しく少し灰色がかった石の床。重厚な茶色の座席。天井を見れば、細かな模様をあしらい、中央は白で外側に向かって虹がかかっているような色のステンドグラスがドーム状に広がっていた。また、柔和な白い壁には、神聖さを感じさせる絵画が数多く刻まれている。
「ここで、さっきの人たちが結婚式をしてたのね。」
ソラナはそう呟いた。呟きつつも、この本教堂の雰囲気に圧倒され、ここに来た目的の「スートを探す事」が何だか俗っぽく感じ、恥ずかしくなった。
「ヤファリラ様に、お許しをいただきたい。」
大霊皇ヤファリラとされるひときわ大きな絵画が、教堂の最も奥にあり、その前に立つ。ソラナは半合掌をし、こう小声で言った。
「大霊皇ヤファリラ様、私は『リアルトランプゲーム』の『ジョーカープラス』に選ばれました。『スート』をここで選ぶ事、お許しください。」
ソラナは気合いを入れ、導師の詰所へと移動した。
「すみません、あの。」
ある人は橙色、ある人は黄色、ある人は緑、ある人は青、ある人は藍色、ある人は紫。6色のストールを首から下げた男女が多数いた。緊張が高まったソラナに門の前で話しかけて来た緑のストールの男性が近づいてきた。
「あなたは、先ほどの。」
「は、はい。」
「また、どうされました?」
「その、私『リアルトランプゲーム』の『ジョーカープラス』に選ばれたんです。『スート』が必要なので、探しに来たんです。それと。」
少し、かなしげな目をしてソラナは続けた。
「5年前に亡くなった祖父母と両親を弔いたいんです。」
「それは、何と。」
緑のストールの男性は目を丸くした。そして、こう返した。
「お差し支えなければ、お名前を教えていただけますか?私は、導師名フルーメンです。」
「私は、ソラナ・アルシェです。」
「大導師に可能かどうか確認してきます。」
「あ、あの、私がお願いすることなので、私が行かなければ。」
「では、共に行きましょう。」
「お願いします。」
フルーメンは、大導師の部屋へ行く。ソラナはそれについていった。
広い部屋だった。年老いた男性の導師が古風で大きな星形の絵画を背にし、座っていた。その導師にフルーメンは、こう話した。
「大導師、この女性がお話があるようで。」
「わかりました。私は、大導師フランマです。」
「はじめまして、ソラナ・アルシェです。」
ソラナが軽く頭を下げると、フランマの赤いストールが目についた。フランマは、穏やかな表情で尋ねる。
「どのような話でしょうか?」
ソラナは、ここに来た2つの目的を包み隠さずフランマに話した。そして、こう締めくくった。
「『スート』の件だけでもご負担なのに、祖父母と両親の事もお願いして、すみません。」
そんな言葉に、フランマは一片の不快感なくこう返した。
「いいんですよ。『スート』は、よく輩出しています。志願して導師たちは『リアルトランプゲーム』に参加しに行っています。」
「そう、なんですか。」
「ですから、ご自分の納得いく導師をお選びください。」
「ありがとうございます。」
「まぁ、珍しい話ですが。『選ばれたジョーカープラス』が『スートを選びに来る』というのは。」
そう言い終わるとフランマは、かなしげな表情になり、こう続けた。
「そして、心が痛むのは、あなたのご家族の事。お名前と状況を聞いて思い出しました。5年くらい前にルクセンティアの教堂にて、我々『ウヌス教』の者が6名の方を親族の参列がないまま丁重に弔わせていただいたお話を。私は、その場に立ち会うことはありませんでしたが、大変、衝撃的な葬儀でした。そして、今日『筆頭者』のカルロス・アルシェさんから見たお孫さんとお会いできるとは、思いませんでした。」
「そ、その節は、ありがとうございました。お礼が遅れてすみません。」
「いいえ、構いませんよ。それで、我々の誰かが、ルクセンティアまで同行すればいいのでしょうか?」
「い、いいえ。その、まだ私、ルクセンティアにはどうしても行けないんです。ここで、メリディサームで祖父母と両親を弔いたいと思ってます。」
フランマは顎に右手をつけながらこう返した。
「そのような事は、前列にありませんね。」
「難しいですか?」
「どのような事が出来るか、検討します。少し、お待ちいだたけないでしょうか?」
「わかりました。よろしくお願いします。」
ソラナは、頭を下げ、大導師の部屋を後にした。
◆葬儀への検討と
フランマは、大導師の部屋に残されたフルーメンにこう指示した。
「フルーメン、あなたが考えませんか。アルシェさんの葬儀の件。」
「私ですか?」
「これも、導師としての修行と思って事にあたってください。」
「はい、わ、わかりました。」
フルーメンは、戸惑った様子だったが、すぐに気を引き締めた表情になった。
「最善を尽くします。」
それから、ソラナはフランマの計らいで、出家導師扱いの女性として導師の寮に葬儀やスート選びが終わるまでの間、泊まらせてもらうことになった。
「何から何まで、ありがとうございます。」
ソラナは最大限の謝意を示し、寮に入った。多少狭く質素な部屋だったが、ソラナは「いい部屋」としてそこを拠点に「ノーブル本教堂」だけではなく、許可を得ながら近隣の教堂にも足を伸ばし、男性導師と話をした。また、女性導師とも交流を深めていった。
一方、フルーメンは、どんな葬儀がいいか通常の修行と平行して考えた。そして、決定した。5月下旬の事だった。
「アルシェさん、よろしいでしょうか?」
フルーメンは、そんなある日、こう声をかけた。
「はい。」
「ご家族の葬儀の件、決まりました。」
「本当ですか?」
「ルクセンティアの教会に問い合わせた所、ご家族の命日は6月23日とお伺いしました。もし、お時間が大丈夫なら、来月までここにいらして、命日に合わせて葬儀をしましょう。」
「わかりました。後1ヶ月ですね?よろしくお願いします。」
ソラナは頭を下げた。それを見届けた後、フルーメンはこう提案してきた。
「折角ですから、葬儀の時に、正式な半合掌をアルシェさんにはしていただきたいので、伝授してよろしいですか?より確実にご家族へと祈りが届くように。」
「はい。」
そして、「正式な半合掌」の伝授が始まる。
「アルシェさんの利き手は、どちらですか?」
「右です。」
「では、右手は使わないでくださいね。」
「いつも左手でやってるので、正解だったんですね。」
「そうですね。正式な半合掌は、全身を使います。」
「そうなんですか。」
「最初は、左肩を左手で触れてください。次に、右肩、次は、左脚。体勢はそのままで、届く範囲で構いません。そして、額に触れてください。その後、右脚に触れてください。これも、届く範囲で構いません。終わりに最初に戻ります。左肩に触れてください。それが終わったら、『いつもの』半合掌をしてください。その間、まばたきは構いませんが、決して目を瞑らないでくださいね。」
ソラナは、ゆっくり言われたとおりにやってみた。すると、あることに気づく。
「星だ。星ですね?」
「そう、そうです。全身を線で繋ぐと、星型になります。ですから、我々はこれを『星の半合掌』と言っています。『星の半合掌』は、腕、脚、頭、そして、線で囲まれた体のすべてを込めて祈りを捧げたい時に行ってくださいね。」
「そんな意味が。『星の半合掌』。葬儀の日まで出来るようにしてきます。」
「そうしてください。」
「あの、そう言えば、緑のストール、素敵ですね。お好きな色なんですか?」
「ああ、これですか?」
フルーメンは、ストールに軽く触れながら、少々苦笑いした。
「これは、導師としての階級を皆さんに知らせるものです。私は、ちょうど真ん中の階級でして、次に昇格すれば黄色のストールになります。」
「そうだったんですか。何も知らなくてごめんなさい。」
「いいえ。」
そんな話をした後、2人は別れた。それから、右脚に手が届きにくい感覚と、どうしてもその右脚を触れた後に左肩を触れるのを忘れ、「いつもの半合掌」をしてしまう癖と付き合いながら、1ヶ月ソラナは「星の半合掌」を練習した。
◆葬儀当日
E.E.232年6月23日。雲一つない天気だった。フルーメンは、言った。
「雨でなくてよかったです。」
そう言いながら、フルーメンは、黒の喪服を着たソラナを先導する。ノーブル本教堂を出て、ひたすら歩く。そして、教堂の敷地脇にある長い階段を下っていく。そんな2人の後ろには、フランマや、有志の導師の男女が十数人いた。その道中、フルーメンは言った。
「本来ならば、教堂内で葬儀は執り行うのですが、ルクセンティアの方角を『前』とすると、『大霊皇ヤファリラ様』に背を向けてしまうものですから、『外』で行うことにしました。」
「色々、考えさせてしまってすみません。」
「いいえ。」
階段を下り終えると、眼前には砂浜。そして、その先の海が広がっていた。
「海をこんなに近くで見たの、初めてです。」
「そうですか?ここにお連れしてよかったです。」
ソラナはフルーメンとそんなやり取りをしている最中、ここメリディサームに来たばかりの頃に嗅いだ匂いの正体に気づく。
「あれ、海の匂いだったんだ。」
駅前では、ほんのり漂うくらいだったのが、海を目の前にすると、その匂いは強く感じた。そんな感動を抱いていると、葬儀の準備は完了した。海を背に、指定された場所から教堂の方向に体を向けると、教堂の後ろがルクセンティアの方角、北東の方を見る形になった。ソラナは感動の呟きを漏らした。
「ヤファリラ様の向こうに、パパたちが。」
そうして、簡易な葬儀は始まった。フルーメンが主導し、フランマが助けるその葬儀中、ソラナはマスターした「星の半合掌」を見せた。ソラナの全身からの「弔いの祈り」は、ソラナの涙を誘った。度々涙を拭うソラナ。サントス、セラフィナ、カルロス、マヌエラ、ダニエル、グラシアの6人のために久しぶりに涙を流していると思いながら、5年経っても「この件」については「泣き虫」な自分を恥じた。5年前の今日、祖父母の狂った研究を止めるため、両親は命を散らした。愛する者が愛する者を殺し、死んだ。その事実は、改めてソラナの心に刻み込まれた。
ソラナの涙が、この日の空のように晴れた頃、葬儀は終わった。ソラナは、集まっていた導師たちに深く感謝した。
「今日は、本当にありがとうございました。」
導師たちは、一様に微笑んだ。
「特に、フルーメンさんには、お世話になりました。」
その言葉にフランマは、一層優しく微笑みながらこう言った。
「フルーメンには、黄色のストールを贈るとこができるかもしれませんね。」
フルーメンは、驚きの明るい表情を浮かべた。そんな様子に、ソラナはわずかにうつむきながらこう言った。
「フルーメンさんは、立派です。私は、5年経っても『家族』に泣いてしまいます。恥ずかしいです。」
フルーメンは、複雑な表情を浮かべ、こう返した。
「それは、恥ずべき事ではありません。追悼の涙は美しい物です。ヤファリラ様も、その涙に感動されていることでしょう。」
「フルーメンさん。」
ソラナは、決めた。
「あの、フルーメンさんに、『スート』をお願いしていいですか?」
「私?」
「はい。」
そのやり取りに、フランマはこう言った。
「やってきなさい、フルーメン。それも修行のひとつとして。帰ってきたら、黄色、いや、橙色のストールを贈ってもいいかもしれないですね。」
「大導師!身に余るお言葉です。精一杯努めて参ります。」
ソラナはその言葉に、こう言った。
「フルーメンさん、引き受けてくださって、ありがとうございます。フランマさんのお許しにも感謝します。」
そのやり取りに、穏やかな空気が流れた。
◆聖地から
ソラナが「ノーブル本教堂」を後にしたのは、それから2日後のことだった。フルーメンやフランマの他、有志の導師数人が見送りに出ていた。
「では、来年お願いします。フルーメンさん。」
「承知いたしました。」
フルーメンは、少し間を空けて、こう言った。
「フェリクス・ジュアン。それが、私の本名です。『スート』としては、そうお呼びください。」
「わかりました。あ、スマートアニマルを繋げませんか?」
「そうですね。」
ソラナのアマガエルとフェリクスのシャルトリューを見つめ合わせる。すると、2匹から同時に「連絡先情報交換完了。」という言葉が発せられた。
それを合図に、ソラナはメリディサーム駅に向かって歩きだした。
ソラナは、歩いている途中、ラウラに通話をした。
「お母さん、2人目の『スート』決まったよ。」
◆ダイヤへの旅
メリディサーム駅にソラナは到着。次の目的地、商都オデスネゴウムに向かおうと、列車を調べた。
「また、1日がかりね。」
見送りの人々への配慮をしたことから、少し遅めの出発となった。
「到着は、夜だ。」
再び、この日の夜は、宿に泊まることにし、列車の中で食べる昼食を駅の売店で購入。
「列車代と、宿代で2万タドンいっちゃうかも。」
ソラナはため息をつき、列車に乗り込んだ。途中までチェントーレからメリディサームに来た経路を戻って行ったが、途中で線路が北西方向に分岐し、一旦チェントーレのはずれを通る。
その頃、ソラナは、購入した昼食を口にした。何の変哲もないパンだと思って購入したが、中にクリームが入っていた。
「わあっ。クリームっ。びっくりしたぁ。けど、美味しいっ。」
ソラナは、笑顔になった。しかし、すぐに表情を引き締めた。
「あと半年で、2人。頑張ろう。」
やがて、列車は、オデスネゴウムに入る。様々な建物が見えてくる。高層ビルなどがある一方、素朴な商店街などもそこかしこに見えた。
「あ、そうだ。短い間だけど、ここで働かせてもらって、そのお金を旅費に充てよう。」
おそらく、メリディサームのように、寮の類いの所には泊まれない。また、住宅地が少ない印象から誰かの家に泊まりに行くことも難しそうだ。よって、宿代がかさむであろう。それに、その「次」の目的地への列車代も稼いでおきたいと、意気込んだ。
そんな考えを巡らせていると、オデスネゴウム駅に到着。駅舎を出ると、夜空がソラナを迎えた。しかし、暗くはない。四方八方から注ぐネオンサインや電光掲示板の光がソラナを照らしていた。
「なんだか、チェントーレみたい。けど、こっちの方が元気。」
そう呟くと、その日の宿を探した。駅近くの宿をあたった所、空きがあり、そこに決めた。
部屋に入ると、華やかな部屋だった。到着が遅かった事から、レストランは閉店していて、注文可能だったルームサービスにて、簡単な夕飯を摂ることに。
その前に、ソラナはアマガエルにこう言った。
「メール起動。」
そして、「音声認識モード」にて、メールを送った。
「お母さん、オデスネゴウムに着いたよ。」
ラウラは寝ているかもしれない。通話をするのは自粛した。その後、ソラナは夕飯を経て就寝した。
◆働き口
翌朝、朝食前のソラナは、アマガエルにこう指示した。
「検索機能起動。」
「何を調べますか?」
「近くのキッチン付きのホテルで安いところ、探して。」
「検索しています。お待ちください。」
そして、アマガエルから5箇所のホテルが紹介された。
「検索終了。一番、安いところにしよう。空いてるかな?」
そして、朝食を摂った後、ホテルを出た。
「働かせてもらえそうな所、今日中に探そう。」
食料品を売る店、衣服を売る店、薬を売る店。様々な店がひしめき合う中、やはり目につくのは魔法石を売る店。エテルステラでは、生活必需品となっていると言っても過言ではない魔法石。それを売る店は、街の賑わいを一層引き立てているようだった。
「魔法石を売ってる店で働かせてもらおうかな?」
魔法石を作っているルシアの顔を思い出した。その上で、魔法科学に対する苦手意識を少しでも克服出来るかもしれないといろんな店を外から見て回った。
「『グリッター』。」
一際大きい魔法石の店に目が止まった。
「ここ、大丈夫かな?」
そして、その2階建ての店に入店すると、多種多様の魔法石が陳列されていた。多くの客と店員がいて、賑わう店内。ソラナは、1人の女性店員に声をかけた。
「あの、突然の話なんですが、ここ、人を募集してますか?」
女性店員は、驚きながらも、こう答えた。
「確か、あったんちゃうかな?店長に確認してくるわ。」
「あ、色々説明したいので、店長さんにお会いしたいです。」
「ほな、ここで待っとってな。」
「はい。」
しばらくして、女性店員が店長の元に案内してくれた。
「ありがとうございます。」
そのソラナの言葉に一礼して、女性店員は、持ち場に戻った。
「お前さんかいな、ここで仕事したいん言うたのは。」
「はい。はじめまして、私、ソラナ・アルシェです。」
「俺は、ここの店長のテオ・ベルジェや。よろしゅうな。」
「よろしくお願いします。」
ソラナは、深々と頭を下げた。
「話は聞いた。確かに、バイト募集しとるよ?」
「そうですか。1ヶ月くらいなんですが、働かせてもらえませんか?」
「お前さん、ここの言葉やないな?どこから来たん?」
「チェントーレから来ました。」
「都会やんけ。なんでまた。」
「その、私『リアルトランプゲーム』の『ジョーカープラス』に選ばれて、『スート』を探す旅をしているんですけど、旅費にあてるお金を稼ぎたくて。」
「えらい珍しい話やな。」
「そうですか?そうですよね?」
テオは少し考えてこう言った。
「わかった!試しに1週間だけ働かしたる。それで大丈夫なら、期間伸ばして1ヶ月働いてもらうで?ええか?」
「ありがとうございます!」
再びテオは少し考えてこう言った。
「あー、いや、待った!」
「え?」
「ここで働いてもええんやけど、その、『スート探し』の方、どうするんや?」
「その、こちらで働くのが終わった後に、探そうと思ってます。」
「大変な話やな。ま、体に気ぃつけて頑張りや。」
「はい!」
◆アルバイト
早速、品出し等の仕事を任されたソラナ。ひたすら大小様々な袋に入った魔法石を店先に並べた。その仕事をチェックしにきたテオはその仕事の成果を感心して見た。
「ほー!なかなか筋いいやん。綺麗に並べてくれてくれて、おおきにな。」
「ありがとうございます!」
そして、初日の仕事は終了した。他の店員の真似をし、こんな言葉でソラナは店を後にした。
「お先に失礼します。」
テオは、それに返した。
「お疲れさん。」
そして、ソラナは今朝検索したキッチン付きのホテルに行こうとした。
「待って、今日もらえるお金より、高い。」
それでは働く意味がない。という事で、改めてこう言った。
「検索機能起動。近くの安いホテル。」
アマガエルは、こう返答した。
「ここから歩いて2分の所に、2千タドンで泊まれるカプセルホテルがあります。ナビをしますか?」
「お願い。」
アマガエルは、道案内をしてくれた。そして、カプセルホテルに着き、自らの宛がわれた「部屋」に入室する。
「夕飯食べないで寝よう。なんだか食欲ない。」
ソラナの食欲を奪う初勤務の緊張だったようだ。しかし、アマガエルには機能維持の魔法石を食べさせる。
「それでも、ここに泊まったら、今日稼いだお金の半分はなくなっちゃうなぁ。難しいな。でも、明日からはもう少し、長く働ける。今日より、余裕ある。」
そんな呟きをカプセルの中で響かせていると、ソラナはいつの間にか寝てしまった。
◆勤労
翌日、「グリッター」にてアルバイトをし始めたソラナ。昨日は緊張等で気づかなかった事に気づいた。
「2階は、自動運転用の魔法石みたいな高級魔法石の売り場なのね。気を遣わないと。」
更に、2日後の事だった。ソラナはテオに呼ばれた。
「なんですか?店長。」
「あんな?お客さんから苦情きてしもたんや。お前さんの仕事っぷりはええけど、『言葉』が気に入らんて言うてはる。」
「えっ。」
ソラナはクビへの危機を感じた。
「『言葉』?」
「オデスネゴウムの店やから、オデスネゴウムの『言葉』で接客して欲しいんやて。でけるか?」
「えっと、簡単な『言葉』ならやってみます。」
「わかった。それなら頑張ってや。」
「はい。」
ソラナは、戸惑った。どこまでオデスネゴウムの言葉で接客出来るか。試しに、テオの前で他の店員が言っている言葉を言ってみた。
「えっと、『おおきに』。」
「そう!その意気や!!頼んだで。」
「はい!」
ソラナは、それ以降は「言葉」に気をつけながらも働いた。
そして、「試用期間の1週間」が終わったその日、テオから呼び出された。
「いい働きっぷりやったよ。お前さんの仕事は。せやから、明日からも来てや。」
「ありがとうございます!」
「もう、1ヶ月だけやなくて、ずっと働いて欲しいわぁ。」
「そうですか?」
「ほんで、本格的にお前さんを仕込みたいから、明日から副店長に『研修』してもらうわ。」
「そうですか。」
すると、テオは少し大きめの声で「副店長」を呼んだ。
「クストー!」
呼ばれた副店長、セベリノ・クストーがこう言いながら来た。
「なんや?」
「昨日言うた件、よろしゅう頼むわ。」
「アルシェはんの『研修』のことか?」
「せや。」
「わかった、任せとき。」
翌日から、セベリノの「研修」が始まった。そして、昼の休憩の時間になった。ソラナは、本格的な勤務が始まったことから、普段もオデスネゴウムの言葉を見よう見まねで話すことにし、一緒に休憩しているセベリノに話しかけた。
「今日は、色々教えてくれておおきに。」
セベリノは、少し驚いた様子だったが、こう返した。
「ええで。ベルジェが言うた通り、お前さん、筋ええわ。」
「せやろか?えっと、これで、合っとるかな?」
セベリノは、笑った。
「まあ、ちょっと変な気ぃもするけど、それはそれでお前さんの『味』やし、ええことにしといたるわ。」
「おおきに。」
そう言いながら遠くを見ると、店長自ら接客するテオの姿が目に入った。
「おおきにー。」
テオは、綺麗な最敬礼を客に見せ、見送った。その視線に、セベリノは言った。
「ベルジェは、凄い商売人なんや。ここを高校通っとる頃から立ち上げて、あれよあれよという間に、ここまででかくしたんや。」
「そうなんや?」
「俺は、ベルジェより年上やけど、尊敬しとる。」
セベリノもテオを遠目で見つめる。そして、気合いを入れ、こう言いながら立ち上がった。
「さ!休憩は終わりや!仕事に戻るで!!」
ソラナは頷き、セベリノについて行った。そして、この日の勤務は終わった。すると、テオがソラナに話しかけてくる。
「せや、お前さん、チェントーレから来たって言うてたけど、オデスネゴウムでは、どこで寝泊まりしとるんや?」
「か、カプセルホテルに世話になっとる。」
「なんや、訊かなかった俺も悪い気ぃがするけど、はよ言うてな。そんな所で生活しとったら体悪くするんちゃう?」
「せやろか?」
「数日待っとってな。やっすいアパートかもしれへんけど、借りたるから、そこで住みな。」
「えっと、ご迷惑では?それに、そんなにここに長くいないんですよ?私。」
急なテオからの提案に、言葉が戻ってしまうソラナ。そんなソラナを放っておき、テオは言った。
「お前さんを1ヶ月で辞めさせたない。」
「そんな。」
「ギリギリまで長く働いてもらいたくなったんや。せやから、ちゃんとした所で寝泊まりして欲しいんや。」
「あ、ありがとうございます。」
その後、ソラナは店が借り上げたアパートに住む事になった。その翌日、ソラナはテオにこう言った。
「あの、あれから考えたんやけど、働く期間、2ヶ月は伸ばせるで。」
7月いっぱいと決めていたが、9月末まで伸ばした。
「ホンマか?おおきに!」
「アパート、ええ部屋だったで。おおきに。」
8月も末に差し掛かった。ソラナは、働くのに慣れて来た。すると、こんな思いが溢れ、心の中で呟く。
「初めて仕事してるけど、大変だなぁ。長く仕事していたパパとママ、尊敬する。」
しかし、ソラナはこの時、オデスネゴウムに来た本当の目的を実行出来ずにいた。
「それにしても、『スート』選び、どうしよう?」
◆選ぶ時
9月も半ばを過ぎた。ソラナは「スート」を選びそびれて少し焦りが出てきた。しかし、働く事を蔑ろにしたくないという思いもあったことから、最終日までしっかり働くことにし、この店に働いている男性の中から「スート」を選ぶことにした。
「おいでやす!」
ソラナは元気に挨拶した。そして、女性客からこんな声をかけられた。
「アルシェはん、今日もええ声やねー。」
「おおきに!」
そんな様子をテオは遠目で見ていた。そして、こう呟いた。
「あと半月か。」
その表情は、さびしそうだった。
一方、ソラナはその日の帰宅後、考えを巡らせた。「グリッター」で「スート」を選ぶとしたら、どの男性がいいか。そして、浮かんだ顔が2つ。テオとセベリノだった。
「どっちがいいかな?」
翌日、ソラナは通常通りに出勤した。そして、いつもの挨拶をする。
「おはようさん。」
それに、セベリノが返した。
「おはようさん。アルシェはん、ちょっと話、ええか?ベルジェと。」
「なんや?」
そして、ソラナ、テオ、セベリノでの話が始まった。テオが切り出した。
「アルシェはん、もう1ヶ月だけ働いてもらえへんかな?なんやさびしなってな。」
「ええっ?ええんかいな?」
ソラナは驚きの声を上げた。それにセベリノは返す。
「ベルジェが言うとるんやから、ええに決まっとるやろ?」
1ヶ月伸ばすと言うことは、10月末までオデスネゴウムにいるということ。ここオデスネゴウムで1人、次の地で1人「スート」を選ばなければ来年に間に合わない。少し、ソラナは考えた。そして、テオとセベリノの顔を見た。そして、意を決した。
「ええよ。その代わり、お願いがあるんや。テオさん、テオさんが「スート」になってくれへん?」
「せやった。お前さんがここに来たんは『それ』が目的やったな。すまんな。」
セベリノは、それを驚きの表情を浮かべながら無言で見ていた。ソラナは申し訳なさそうにこう言った。
「こっちも悪い思っとる。交換条件みたいなこと言うて。」
「ええよ。」
今度はテオが少し考えた。そして、口を開く。
「確か、あれは賞金出るゆう話やし、その賞金で商売でかく出来るかもしれへんな。よっしゃ!引き受けたる!!」
ソラナは、その言葉に明るく答えた。
「おおきに!テオさん!!」
そして、ソラナは「グリッター」で10月末まで働き、テオが「スート」となることが決まる。ソラナは、それを受け仕事に向かった。残されたセベリノは、同じく残されたテオにこう言った。
「ベルジェ、お前が『スート』になっとる間、店、どないするんねん?あれ、帰って来れへんのやろ?」
「多分、帰って来れへん。せやけど、お前がおるやろ?」
「俺かいな?」
「俺がおらん間の店長は、お前、クストーや。」
「わ、わかった。引き受けたる。」
「ちょうどええやろ。」
「なんや?」
「お前、実のところ、店長をやりたい思っとるやろ?」
「ようわかったな。」
「長い付き合いや。そのくらいわかるで。どんな形でもええ、お前の『グリッター』を俺に見せてくれや。」
◆最後の仕事
10月の最終日となった。ソラナは、いつもの通りに勤務を始める。
「おいでやす!」
「なぁ、ここに建築用の魔法石、あるかいな?」
男性客がそう尋ねてきた。
「2階にあるで。一緒に行こか?」
「頼むわ。」
建築用の魔法石は、この店で最高級品だ。家一軒を建てられる能力を持つ、強い力を持つからだ。これは、鍵のかかったショーケースに陳列されている大きな石なのだ。
「こっちやで。」
ソラナは、そのショーケースの前に客を案内した。だが、ソラナが出来るのはここまで。鍵を管理しているのは、店長のテオと副店長のセベリノのみ。ソラナはこう言った。
「ほな、見とってや。担当を呼んで来るから、待っといてな。」
ソラナは笑顔で客を見る。
「感じええ店員さんやなぁ。」
「おおきに。」
ソラナは、テオやセベリノを探した。そして、テオを見つける。
「テオさん、建築用の魔法石、探してはるお客さんを2階に案内したんや。今、見てもらっとる。」
「わかったで。一応、鍵持って行くわ。」
「よろしゅう頼むで。」
ソラナは、テオと別れ、通常の業務に戻る。テオは客の元に到着し、こう話し始める。
「待たせてすまんな。建築用の魔法石をご所望でっか?」
「せや。どれがええかな。」
テオは、ひとつひとつ懇切丁寧に魔法石の説明をする。やがて、客はこう言った。
「ほな、これにするわ。」
「おおきに!」
テオはショーケースの鍵を開け、茶色の多少重い魔法石を取り出し、梱包をし始める。そんな中、客がこう言った。
「案内してくれはった店員さん、感じよかったわぁ。他の店も見て回ろかと思っとったんやけど、ここで決めたくなったわ。」
「おおきに。せやけど、今日で最後やねん。」
「えー、勿体無いなぁ。」
客は、それから代金の支払いを済ませ、笑顔で帰って行った。テオはソラナにこう言った。
「あのお客さん、アルシェはんを『感じええ』って言うてくれてな、ここで大型売買決めてくれたわぁ。」
「そうでっか?」
「そうや。やっぱり、俺の目は間違うてなかったわ。」
「おおきに。やっぱり、魔法石で家とか建てはる方いるんやね。」
「ん?」
「私のパパ、魔法石を使わんで家とか建ててた建築家やったんや。」
「ほー、そうなんか。それも、職人魂感じてええと思うで。」
「おおきに。」
そうして、ソラナの最後の勤務の日は終わった。ソラナは店の皆の前でこう言った。
「今まで世話になったわ。おおきに。」
それぞれの言葉で店の皆はソラナを労ってくれた。
「いつか、また、今度は客としてここに来たいと思っとるよ。その時はよろしゅう頼みます。」
そう言った後、ソラナは「職場」としての「グリッター」を後にした。
しかし、少しした後、テオが追いかけて来た。
「アルシェはん!」
「ど、どしたん?」
「一応、スマートアニマル繋げとこうと思って。」
「あ!忘れとった!!」
そんなやり取りをした後、ソラナのアマガエルとテオのシェパードを見つめ合わせる。すると、2匹から同時に「連絡先情報交換完了。」という言葉が発せられた。
それを確認したソラナはこう言った。
「これで大丈夫やね。引き止めてくれておおきに。」
「こっちこそ、予定を大幅に超える期間、働いてくれておおきにな。」
「では、来年、よろしゅう頼むで。」
「おお!任しとき!」
「ほなな。」
「ほな。」
ソラナとテオは、別れた。
◆クラブへの旅
翌日の11月1日の朝早く。ソラナは、オデスネゴウムの銀行にいた。
「えっと、いくら引き出そう?」
ソラナは、「グリッター」でのアルバイト代の中から次の最終目的地であるオセルスティに移動するためのお金を少し多めに引き出そうとしていた。
「念のため、10万タドン?うーん、多いかな?」
そんな事を考えているうちに、その半分の5万タドンを引き出すことにした。
「えっと、『引き出し』。」
機械の操作を小声で確認しながら引き出し作業を始めるソラナ。機械からの音声は、こう言う。
「所有者番号を入力してください。」
ソラナは、その番号を入力。更に機械は、暗証番号を求める。それもソラナは入力。その後、機械からの音声は、こんなことも要求。
「虹彩、並びに指紋認証を行います。」
ソラナは両手を機械にかざした。機械は、ソラナの両手と両目を柔らかい光で照らした。
「認証しました。金額を入力してください。」
ソラナは、5万タドンと入力し、紙幣を手にすることが出来た。その足でオデスネゴウム駅の駅舎へと入って行った。
「オセルスティに行くには、チェントーレで乗り換えなきゃいけないんだよね。」
とりあえず、チェントーレまでの列車に乗った。
「何ヵ月ぶりだろう?チェントーレ。」
ほぼ1年ぶりのチェントーレ。しかし、自宅には戻らない。ソラナは、アマガエルにこう指示。
「通話モード。」
そして、ラウラの名前を選択。程なくして、ラウラの声が。
「ソラナ?」
「お母さん、今ね、チェントーレに向かってる。お昼前には着くと思うよ。」
「そう。」
「乗り換えまで、ちょっと時間あるんだけど、会わない?」
「ううん、会わない。折角だけど。」
「ええ?」
「どうせなら、『仲間全員』を集めたソラナの顔を見るわ。だから、今回は『おあずけ』よ。」
「わかった。」
「あと、1人ね。頑張りなさいよ。」
「ありがとう。じゃ、頑張ってくるね。」
通話は終了した。
「お母さんの顔、見たかったな。」
そう呟くソラナ。しばらくすると、おおよそ1年ぶりのチェントーレ駅にソラナは到着。
「久しぶりーっ。」
しかし、故郷には1時間しか滞在しない予定だ。簡単な昼食を購入した後、ソラナははっとした。
「あ、コート買おう。次は、寒そうだし。」
駅舎に併設してある商業施設の衣料品店に入店。ダッフルコートを値札を会計で取ってもらいつつ購入。袋に入ったコートを手に携え、チェントーレ始発、オセルスティ方面の列車に乗り込んだ。すぐに購入したパンを口にする。中にハムが入っているパンだ。
「チェントーレの味だ。うん、美味しい。」
パンを食べ終わった頃、列車は、北に向かって発車した。
車窓からの景色は、都会からだんだん畑が広がる大地に変わる。そんな中で、ソラナの目を喜ばせたのは、「雪」だ。
「あれ、雪だ。」
ちらほら降り積もった雪は、北に行けば行くほどその密度や深さが増す。真っ白な大地をひたすら進む列車の中で、ソラナは歓声を上げた。
「わぁー、雪だー!」
ソラナの瞳は、雪からの光に照らされ、輝く。テレビの中でしか見たことのない雪を肉眼で見た興奮は、ソラナの心を踊らせた。ひたすら車窓にかじりつくソラナ。同時に少々寒さを感じた為、チェントーレで購入したダッフルコートを途中から着用。その後、引き続き白の大地を見続けたソラナ。しかし、その瞳は、オセルスティ手前で閉じられた。
◆痛恨
「お客さん、お客さん!」
男性の声がソラナの頭に届く。
「え?何?」
その声の持ち主は、列車の運転手だった。
「終点ですよ。」
ソラナは、「終点」という言葉に驚きが全身を支配した。
「ええっ!!」
叫び声に近いソラナの声に、今度は運転手が驚く。その様子に、ソラナはこう言った。
「あ、ごめんなさい。起こしてくれてありがとうございました。」
列車から降りざるを得ないソラナ。忘れ物がないように荷物を手にし、列車のドアをくぐる。そんなソラナの目の前には、「フィステリス」の文字が。
「どうしよう。」
乗り過ごしてしまった。しかも、最悪の形で。
「『フィステリス』に来ちゃった。やだ、早く戻らなきゃ。」
エテルステラ最北部の過疎地、フィステリス。ソラナは焦った。一度改札を出て、列車の時刻表を見ると、まだオセルスティに戻れる事がわかった。これ以降2本ある列車の早い方に乗るため切符を買おうとソラナは財布を取り出す。その瞬間だった。ソラナの財布が、男に無理矢理奪われてしまった。
「あっ、返してください!!」
ソラナは声を大にして走り出した。雪に足を取られながら必死にその男に追いすがったが、酷い暴行を加えられ、ソラナは男を取り逃がしてしまった。財布を取り戻せずに。
「あ、あ、嫌だ。」
ダッフルコートでは抗えない寒さをソラナは自覚。震える全身。もう一度、財布を取り戻そうと男が走り去った方向に歩き出す。程なくして財布が見つかった。しかし、3万タドン程度入っていた現金は、1タドンも残ってはいなかった。
「どうしよう、どうしよう。」
そんな声を繰り返し雪原に響かせるソラナ。一縷の望みをかけ、銀行を探す目に、そのような建物は映らなかった。ここは、過疎地。そんな施設はない。
「これじゃ、オセルスティに行けない。チェントーレにも、帰れない。」
自分は何故、あのタイミングで寝てしまったのか。自責の念の中、奪われたお金の事を考えた。あのお金は、テオに受け入れてもらい、セベリノ他「グリッター」の面々と共に稼ぎ出したお金だ。襲って来る激しい後悔の中、ソラナはこう言いつつ泣いた。
「テオさん、セベリノさん、皆さんの好意が、奪われてしまいました。」
涙すら凍りそうな寒さの中、行っても仕方ない駅方面にとぼとぼとソラナは歩を進め始めた。足先は、雪に濡れ、痛みをソラナに与える。それでも、ソラナは歩いた。とりあえず、雪のない駅舎の出入口までたどり着いたが、そこから動く気力を失い、うずくまった。
「私、何てことをしたの?」
そんな呟きを響かせた数分後のことだった。ソラナに暖かいダウンコートが降ってきた。
「んだぁ?おめぇ、こんな『薄着』でぇ?」
と言う男性の言葉と共に。
「へ?」
少々情けない声を上げたソラナは上を見た。すると、先ほどの声の主が首を傾げていた。
「『へ?』でねぇ。とりあえず、その『薄い』コート脱げ。代わりに俺のコートさ着ろ。」
戸惑うソラナ。言われた通りにした。すると、男性はこう尋ねた。
「どうしたんでぇ?」
「あ、あの、お、オセルスティに行こうと思ったんですけど、寝てしまって乗り過ごしちゃって、戻ろうと思ったら、お金、盗まれちゃって。」
「あー、フィステリス名物だな。いっつも誰かやられてっぺよ。」
「『こわい』所だってわかってたんですけど。」
「だっぺな。」
◆救い
その男性は、そう返した後、こう言った。
「俺、これからオセルスティにけぇるから、一緒に行くけ?」
「いいんですか?」
「仕方あんめぇ。」
その男性は、手際よく服の中からお金を取り出し、オセルスティ行きの切符を2人分購入してくれた。
「あ、後でお金は返します。」
「こんくらいは問題ねぇ。」
ソラナと男性は、ホームに向かうが、ソラナは、先ほど雪に濡れた足先の痛みの為、うまく歩けない。
「歩けねぇのけ?」
「さっき、雪の中歩いたら足が。」
「痛てぇの?」
ソラナは頷く。
「だっぺな。」
すると、男性はしゃがんだ。
「え?」
「おぶってやっから。」
「そ、そんな。」
「いいがら。」
「あ、ありがとうございます。」
ソラナは、男性におんぶされながら列車に乗車した。そして、座席に座らせてもらった。
「とりあえず、靴とか脱げ。凍傷になっちまう。」
「はい。」
男性は、向かい合って座り、ソラナの足先を両手で包む。
「おー、ひゃっこいなぁ。」
そう言いながら、男性はソラナの足先を優しく擦った。
「わりぃけんども、今は、これくらいしか出来ねぇ。」
「あったかい。ありがとうございます。」
◆目的
次第に男性の手も冷たくなる。一旦ソラナの足先から手を離し、自らの首などで手を温めた後、ソラナの足先を再び温める。それを繰り返しているうちに、列車内の暖房の温もりも相まってソラナの足先は、無事に痛みを伴う冷たさから解放された。その事をソラナは男性に告げた。
「ありがとうございました。痛み、引きました。」
「そうけ。いがった。」
「あ、あの、私ソラナ・アルシェです。あなたは?」
「俺?俺は、ラモン・ジスカール。」
「ラモンさん、改めてありがとうございました。」
ラモンは、その言葉を聞きながらソラナの手元を見た。
「あ?おめ、手ぇ怪我してんじゃねぇが?」
「あっ。」
ソラナは、手を隠した。
「今更隠しても、遅せぇべぇ。見ちまったんだがら。」
「これ、財布盗んだ人が。」
「やったのけ?」
「はい。」
「はー、いがったなぁ、命あって。フィステリスの連中は、殺してまで金盗む奴もいるがら。」
「こ、こわいですよね。わかってました。」
「じゃ、なしてフィステリスに?って、寝ちまって乗り過ごしたって言ったな。」
「本当は、オセルスティの農民の方にお会いしたくて。」
「ん?なして?」
「『リアルトランプゲーム』の『スート』を探してて。」
「なる程なぃ。」
「そ、その、ラモンさんは?何でフィステリスに?」
「んー、何て説明していいがわがんねけども、野菜売りに行ってたんだ。」
「『農民』の方なんですね?」
「んだ。」
ラモンは、少し間を空けこう言った。
「犯罪三昧のどうしようもねぇ連中だけども、生ぎてっからよ、タダ同然の野菜、食わしてやっでんの。」
「優しいんですね。」
「俺なんか、優しぐね。売りもんにならねぇ野菜を押し売りしに行っでんだがらな。」
◆農村
そんなやり取りをしていると、列車はソラナの本来の目的地である農村のオセルスティに到着した。ソラナは、ラモンのダウンコートを返却し、こう言った。
「あの、ありがとうございました。ここまで来れば、大丈夫です。」
「ん?行ぐ宛あんのけ?」
「いいえ、これから宿を探そうかと。」
「んな、今がら?」
ラモンは、すっかり暗くなった空を見上げ、驚いた後、こう続けた。
「無理だっぺ。それに、おめ、危なっかしいがら、俺ん家泊まれ?」
「そんな、いいんですか?」
「まぁ、大丈夫だっぺ。車、回すがら、待ってろな。」
そこから、ラモンは駅の近くに停めてあった小型のトラックを運転し、ソラナを助手席に乗せた。
そして、小型のトラックは、ラモンの自宅にたどり着いた。ラモンは、一言。
「今けえったどー。」
「おけーりぃ。」
女性の声が響く。それに続いてソラナがこう言った。
「お邪魔します。」
「んん?」
再び女性の声が響く。それを意に介せず、ラモンはソラナを先導しながら素朴な雰囲気の家の中に入って行く。
「なぁ、お袋、今夜、人泊めていいべか?」
「なんだっぺ!連絡もしねぇでぇ?」
「わりぃ。」
「もう、『わりぃ』でねぇ!!まぁ、連れで来ちゃったみてぇだがら、泊めてやっけんども。」
そんな母子の会話に申し訳なさそうにソラナは入って行った。
「お邪魔して、すみません。私、ソラナ・アルシェです。」
「私は、ニルダ・ミション。ラモンの母です。」
「あの、本当に突然ですみません。」
「あんたは、謝んなぐでいい。謝んのは、息子の方だ。」
「さっき『わりぃ』って言ったべした。」
そして、その口論に発展しそうな雰囲気に更に奥の部屋から男性が疑問の声を響かせた。
「あんだぁ?」
足音が近づいてくる。そして、その足音の持ち主がソラナの元に姿を現し、こう言った。
「誰だぁ?この女の子。」
その言葉にニルダが返した。
「急にラモンが泊まらしてって連れで来だんだ。」
「なぁんだべ。」
ソラナはいたたまれなくなり、こう言った。
「あの、お邪魔なら、ここで失礼します。」
すると、その家の家人3人がそれぞれソラナを引き留める。そして、最後に来た男性が咳払いした後、こう言った。
「俺は、ラモンの父のホアキン・ジスカール。」
そうソラナに自己紹介した後、こう続けた。
「おい、ラモン、事情わがんねぇがら、説明しろ。」
ラモンは、父のホアキンに説明をし始める。ソラナも、少しそれに補足し、状況説明は終わった。
「なんだっぺ、ラモン、おめぇ、捜査当局に通報してきたのけ?」
「してねぇ。」
「バカっこの。どう見ても強盗だっぺ。おめぇ、事件があっだら通報すんのが筋ってもんだべよ。」
「通報したって、フィステリスじゃ、犯人も捕まんねぇべし、金も返って来ねぇべよ。通報するだけ無駄だぁ。」
「確かに、そうだけんちょも。」
そこに、ニルダが割って入った。
「まぁ、今夜は遅いがら、ソラナちゃんは風呂入って来な。その間に夕飯、少ないかもしれねぇけんども、用意しとくがら。」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて。」
そして、その後入浴や食事にて体があたたまったソラナは、就寝した。
「あの、今日は色々とありがとうございました。おやすみなさい。」
◆被害の爪痕
翌朝、ソラナは起きれなかった。強盗犯が加えた暴行に抵抗した時の筋肉痛が全身に残ってしまったのだ。
「ど、どうしよう。」
ソラナが昼近くまで起きなかった事から、心配した一家の代表として、ニルダが様子を見に来た。
「起きれねぇのけ?」
「あっ。ごめんなさい。体中が痛くて。」
「仕方ねぇね。食事、部屋に持って来るがら。」
「あ、ありがとうございます。」
そして、食事が運ばれてくる。
「食わっせ。」
ニルダの言葉に、素直にソラナはこう言って食べ始めた。
「いただきます。」
昨晩も食べたオセルスティの料理だが、ソラナは、改めてこんな感想を口にした。
「美味しいです。あ、その、ここの言葉で『美味しい』って何て言うんですか?」
「ん?『美味しい』で十分通じっけども?」
「そ、そうですか。」
ニルダは、他の家事があるため、その言葉を聞き届けた後、ソラナの部屋から退出していった。
結局、夜までソラナの全身の痛みは退かず、今度はラモンがソラナの部屋を訪れた。
「大丈夫け?」
ソラナは、言葉を返せなかった。
「ん?しゃべっちゃくなぐなったんけ?」
ラモンの不服そうな目線がソラナに降り注ぐ。ソラナは、あわてて言葉を返した。
「ご、ごめんなさい。ここの言葉を話せなくて。失礼かな、と。」
「あんだぁ?なしてそんな事気にしてんだ?」
「オデスネゴウムで、バイトしてた時、お客さんを怒らせてしまったので。『言葉が違う』って。」
「なんだ、そんな事か。オデスネゴウムの商人の連中は、ちょっとばっかし自分らが偉いからって人の言葉を矯正してきたんけ?ひでぇ連中だなぁ。」
「あ、あの、その。」
ソラナは世話になった「グリッター」の人々までラモンに否定されたようで悔しくなったが、一方で同じく世話になったラモンの言葉を否定出来ずに口ごもった。それを察してか否か、ラモンは言葉を続けた。
「十分意味は通じてっから、おめはおめの言葉でしゃべっていい。故郷の言葉だべ?誇り持ってしゃべってくんちぇ。」
「あ、ありがとうございます。」
そう礼を返した後、ソラナは言葉を続けた。
「あの、1泊の予定だったのに、今夜も泊まらせてもらうことになってごめんなさい。」
「仕方あんめぇ。体中痛てぇ女の子外にほっぽり出すわけいがねぇがら、治るまでここにいでいい。1週間ぐれぇで治っぺ。ゆっくりしてけろ?」
更に、ラモンは笑ってこう言った。
「まぁ、泊まっていいって決めんの俺じゃねぇけんども。親父もお袋もおめの事締め出しはしねぇべぇ。大丈夫だ。」
◆謝意と
それから、1週間後。筋肉痛はソラナを解放した。ソラナは、居間にて、言った。
「おかげさまで、体の方、すっかり治りました。ありがとうございました。」
ラモン一家は、声を揃えて「いがったな。」と言った。それに対し、ソラナは提案した。
「あの、お礼と言ってはなんですが、今日のお夕飯、私に作らせてください。」
それにニルダが反応した。
「いいのけ?」
「はい。」
「んじゃ、頼んだよ。」
それにホアキンが、反応した。
「んなら、俺らの畑のもん好ぎなの使っていいがら。」
「えっ!是非!!」
「おい、ラモン、案内してこぉ。」
「わがった。」
そして、ソラナはラモンに連れられ、一家の畑にたどり着く。しかし、雪景色なだけで何もない。ソラナは困惑の声を上げる。
「えっと、どこに野菜とかあるんですか?」
「雪の下だ。掘って収穫すんだ。」
「なるほど!」
言われた通り、ソラナは、見よう見まねで雪を掘り、その下にある野菜を収穫。
「これで、お夕飯。何がいいだろう?」
ソラナは、楽しげな表情になった。ラモンも微笑む。家に戻ると、夕方になる。ソラナは、台所へと行った。しかし、調理をする前にこう言った。
「ラモンさん、あの、休んでていいんですよ?」
「おめ、危なっかしいがら、見てでやるんだ。」
ソラナは少し恥ずかしく思いながら、微笑み、調理をし始めた。ラモンは、その様子を見てこう言った。
「ほー、料理は大丈夫そうだな。」
「そうですか?」
多少の苦笑いでソラナは返した。手際よく作業をし、スープ等を完成させた。ずっとそれを見ていたラモンが感嘆の声を上げる。
「うまそうなもん、出来たなぁ。」
「ありがとうございます。苦手な物を避けちゃいましたけど。」
「『苦手』?好き嫌いあんのか?」
「いいえ、『作るのが』苦手な物です。」
「んな、苦手なんてねぇように見えっけども、何が苦手なんだぁ?」
「『シチュー』がね。祖母とか母みたいに作れなくて。」
「おめの料理なんだがら、おめの形で作ればよがんべ?」
「えっと、どちらも亡くなってるので、再現したいんですけど、なかなか出来なくて。」
ラモンは、少しの間沈黙。しかし、こうソラナに声をかけた。
「おめのばあ様と、お袋さん、どこ出身だぁ?」
「えっ?あ、あの、祖母はルクセンティア、母もルクセンティアだけど、チェントーレに住んでました。」
「『シチュー』の作り方ひとつとっても地域によって差があんのよ。ルクセンティアは、ちょっと濃い感じ、チェントーレは、さらっとした感じで作るって話聞いだけんどな。まあ、参考になっかわがんねぇけんども、一応な。」
「ありがとうございます!次作る時、参考にします!!」
そして、夕飯が始まる。ラモン、ホアキン、ニルダは口々に「うめぇ。」と言いながらソラナの料理を食べた。表情を緩ませるラモンを見て、ソラナは決めた。
「あの、すみません。ラモンさん。」
「あんだぁ?」
「嫌じゃなければ、私と一緒に『リアルトランプゲーム』、出てもらえませんか?『スート』として。」
「俺け?」
ラモンの声が裏返る。ホアキンとニルダは驚くばかりだったが、ニルダが口を開く。
「まさか、うちから『スート』が出るとはねぇ。」
それにラモンはあわてる。
「お袋!まだ俺『いい』って言ってねぇべした!!第一、フィステリスに野菜『置いて』くの、俺が留守中誰がやんの?」
それにホアキンが返す。
「あれは、元々俺がやり始めた事で、おめぇが『継いで』くっちゃ事だがら、俺がまた戻れば問題ねぇべぇ。」
ラモンは父を揺らぐ目で見る。
「行ってこぉ。ラモン。そして、近所に自慢させろ。」
ラモンは、わずかに間を空けたが、こう言った。
「わがった。行ぐ。」
ソラナは一家に頭を下げながらこう言った。
「ありがとうございます!!」
◆帰路
翌朝、ソラナは、ラモンの所に行った。
「昨日は、色々とありがとうございました。」
「構わねぇ。」
「あの、ラモンさん、スマートアニマル、持ってますか?」
「あっけども。」
「繋ぎません?」
「ちょっと待ってろ。」
ラモンは、自室からハタリスを持ってきた。
「じゃあ、よろしくお願いします。」
そんなソラナの言葉にラモンは頷いた。ソラナのアマガエルとラモンのハタリスを見つめ合わせる。すると、2匹から同時に「連絡先情報交換完了。」という言葉が発せられた。
その後、朝食を摂り、ソラナはチェントーレに帰る事にした。
「1週間とちょっと、お世話になりました。」
ソラナは頭を深々と下げた。ホアキンはこう返した。
「さびしくなんなぁ。」
ソラナは、それに微笑んだ。ニルダはこう言った。
「来年から、ラモンをよろしくなぃ。」
「はい!」
それを見届けると、ラモンは言った。
「んじゃ、駅まで送る。」
「すみません、最後まで。」
そして、小型のトラックに2人で乗り込み、オセルスティ駅へと30分かけて移動した。到着した先でソラナは言った。
「ラモンさん、本当に色々と感謝してます。ありがとうございました。」
「いいっで、もうお礼とか。それよりも、帰っときは、気ぃつけろよ。」
ソラナは、ここまでの事を思い出し、力強く返事をした。
「はい!無事にチェントーレに帰ります!!」
そして、ソラナとラモンは手を振り合いながら別れた。ラモンは、軽い会釈もソラナに見せた。
その後、ソラナは駅にあった銀行の機械にてお金を引き出し、チェントーレ駅が終点の列車へと乗り込んだ。
車窓から見える風景から雪がだんだん消えて行く。そして、見知った街並みがソラナの目に飛び込んでくる。
「帰ってきた、帰ってきたよ。チェントーレ。」
◆再会
ソラナは、チェントーレ駅の駅舎から出た。そして、自宅付近に向かうバスに乗り込んだ。
「なんとか、50万タドン使わないで5人を見つけられた。行った先の人たちのおかげだよ。」
ソラナは、幸せそうに目を閉じた。まぶたの裏には、ルシア、エルネスト、フェリクス、テオ、ラモンの5人と5人を取り巻く人々の顔が流れて行った。20分程度のバス移動中、記憶の中にあるここ1年の様々な光景を噛み締めた。やがて、バスを降車。自宅へと歩を進める。その足取りは、次第に早まっていった。
そして、遂に自宅にたどり着く。鍵を開け、こう言った。
「ただいま。」
勿論、それに返す声はない。ソラナは、玄関に荷物を置いたまま、隣家に走るようにして自宅を後にした。
「ただいま!ただいま!お母さん!!」
「ソラナ!お帰りっ!!」
ソラナとラウラの「母子」は、抱き合った。
「揃った、揃ったよ。仲間たち。」
「よかったわね!!」
そう言葉を交わした2人だったが、しばらくの沈黙が訪れた。再会の涙が、2人の言葉を奪ったからだ。その「沈黙」はラウラが破った。
「もう、ソラナったら、立派になっちゃって。」
「そうかな?でも、色々あったんだよ。」
「お土産話、今夜みっちり聞かせてもらおうじゃないの。今夜はこっちで夕飯にしなさい?」
「うん!お母さん!!」
ソラナは、一旦自宅の方に戻ると、アマガエルにこう指示した。
「通話モード。」
そう、アニセトに、スートとジョーカーマイナスを無事に揃える事が出来たと報告するためだ。あいにくアニセト本人とは連絡は取れなかったが、後日の面会の約束を取りつけた。
「さて。」
旅の荷物の荷解きをし、ソラナはラウラの自宅に再び行った。ラウラは、夕飯の支度をしていた。
「手伝うよ、お母さん。」
「ソラナはゆっくりしてなさい。旅で疲れてるでしょ?」
「うーん。」
ソラナは少し考えたが、こう続けた。
「わかった。お言葉に甘えるよ。」
ソラナは、ラウラの家事を見守っていたが、次第に眠気が差し、テーブルに突っ伏して寝てしまった。そんな様子をラウラは見て、こう言った。
「やっぱりね。」
しかし、既に夕飯の支度が終了した事から、ラウラはソラナを起こした。
「ソラナ、夕飯よ。」
「わあっ!」
ソラナは弾かれるように起きた。
「寝ちゃった。」
「ほらね、疲れてるのよ。」
「う、うん。」
それから、夕飯が始まった。2人で声を揃えて、
「いただきます。」
と言いながら。そこからソラナは、食事をしつつ、メリディサームで葬儀を執り行ったこと、オデスネゴウムでアルバイトをしたこと、フィステリスまで行ってしまい、強盗に遭った後、オセルスティの人に助けてもらった事をラウラに話した。
「お金、盗まれたのね。それは心底残念だけど、楽しめた?」
「うん!盗まれちゃったのは凄く嫌な思い出になっちゃったけど、生きてるって感じでよかった!」
「そう。よく5人、見つけてきたわね。お疲れ様。でも、これからよ。」
「うん。来年から、頑張る。」
それから数日後。ソラナの姿は「サクセスコロシアム」の程近くにある銀色の高層ビルの最上階にあった。
「1年、お待たせしてしまってすみませんでした。仲間を揃えました。」
ソラナは、アニセトに報告した。
「それはそれは、お1人で大変でした。」
相変わらずの派手な仮面を被りつつアニセトはこう返した。
「確かに、1人でした。けど、たくさんの人たちとふれあえました。あなたが私を『ジョーカープラス』に選んでくれたからです。ありがとうございました。そして、来年から頑張ります。よろしくお願いします。」
「是非とも。」
そして、ソラナは簡単に仲間の紹介をアニセトにした。それに対して、アニセトはこう返した。
「素晴らしい。あなた方の活躍を、楽しみにしてますよ。」
「はい!」
そして、ソラナは退出して行った。それを見送ったアニセトは、こう言った。
「遂に、『始動』間近か。」
◆戦いの前に
E.E.232年は、年末を迎えた。来年の1月15日にその年の「リアルトランプゲーム」が開幕すると発表される。ソラナは、ラウラと共にその報に接し、こう言った。
「いよいよだね。なんだか緊張してきた。」
おおよそ半月後の「デビュー」にそんな感想を述べた。それを受け、ラウラは純粋な自らの気持ちを「娘」に伝えた。
「私は、楽しみ。それしかないわ。」
ソラナは気を引き締めた顔になり、こう返した。
「変わり映えしない言葉だけど、頑張るね。」
ラウラは笑顔で頷いた。それを見つつ、ソラナは続けた。
「ねぇ、私の仲間をお母さんに紹介したいの。来年、開幕前にここに呼んで、泊まってもらっていい?部屋がないから、お母さんの家も借りる事になるけど。」
「いいわよ。それは、絶対にやって。ソラナの『母』として、みんなに挨拶させて。」
「うん!」
その後、ソラナはアマガエルにて「仲間」に一斉メールを送った。
「来年の『リアルトランプゲーム』開幕前に、チェントーレに集まりませんか?1月10日に私の自宅に来てください。」
そのメールにすぐ「仲間」から続々と返信が届く。拒否する者は、いなかった。
そして、E.E.233年は始まった。
ルシアは、工房を一時閉鎖し、チェントーレに向かった。
エルネストは、元々チェントーレにいることから、「顔を出す」為に当日、邸宅をお付きの者と共に出発した。
フェリクスは、メリディサームにて、「ノーブル本教堂」の面々に見送られた。そして、チェントーレに向かった。
テオも、オデスネゴウムにて、「グリッター」の面々に見送られ、チェントーレへの旅に出た。
ラモンは、母親に見送られ、父親に駅に送ってもらいつつ、チェントーレ駅を目指した。
そして、ソラナは、歓迎の料理作りをしていた。
「『シチュー』にしよう。2種類、ちょっとずつ食べてもらおう。成功したらの話だけど。それに、変な話だけどね。」
他の料理も用意しつつ出来たシチューの味見をした。
「わあっ、本当だ。」
ソラナの顔が明るくなった。その直後ソラナの涙が一筋流れた。
「おばあちゃん、ママ。」
そして、気を取り直したソラナの元に1人、また、1人と「仲間」が訪れた。
「いらっしゃい!!」
◆集結
その夜の宴は、始まった。ソラナ、エルネスト、フェリクス、テオ、ラモン、ルシアの「仲間」とラウラとエルネストのお付きの者の男性1名の8名がソラナの自宅のダイニングとリビングの席に着いた。それを確認すると、ソラナは立ち上がり、こう言った。
「皆さん、今日は集まってくれて、ありがとうございます。」
そして、一旦間を空け、こう続けた。
「皆さんは、私の事を知ってるから必要ないと思いますけど、改めて自己紹介します。私はソラナ・アルシェ、E.E.216年4月9日産まれです。大学受験を失敗していた時に『リアルトランプゲーム』の『ジョーカープラス』に選ばれました。よろしくお願いします!」
それを受け、ルシアが口を開いた。
「なんだ、あんた浪人生だったんだ。えーっと、あたしは、ルシア・セルトン、E.E.214年10月10日産まれ。仲間になったって事で、『機密情報』だけど、『開示』する。あたしは、テネブラフトで魔法調整師兼魔法石製造をしてた。ソラナから『ジョーカーマイナス』を指名されたんで、引き受けた。よろしく。」
状況を見て、エルネストが話し始める。
「次は、僕かな?僕は、エルネスト・イベール、E.E.209年1月18日産まれだよ。『下級貴族』のイベール家の次期当主、になるのかな?『スペードスート』を務めるよ。よろしくね。」
静かにしていたフェリクスがそれに続けた。
「では、私からも。私は、フェリクス・ジュアン、E.E.209年11月24日産まれです。メリディサームの『ノーブル本教堂』にて、ランクグリーンの導師、フルーメンとして修行の日々を送っていました。『ハートスート』として、誠心誠意、励みます。よろしくお願いいたします。」
とある「仲間」をちらちら見ていたテオがこう言った。
「流れから言って俺やな。俺、テオ・ベルジェ、E.E.209年7月22日産まれや。オデスネゴウムの魔法石商、『グリッター』で店長やっとったけど、『ダイヤスート』になるっちゅう事でな、皆、よろしく頼むで。」
ラモンがそれに続いた。
「最後は、俺だなぃ?俺は、ラモン・ジスカール、E.E.209年3月17日産まれだ。オセルスティで親父と一緒に農家やっでた。『クラブスート』として、精いっぺぇやっからよろしくなぃ。」
それを聞き届けたラウラは、こう言った。
「皆、若いわねぇ。私も、自己紹介するわ。私は、ラウラ・エストレ、歳は、恥ずかしいから内緒よ。ソラナの『母親』で、投資家をやってるわ。皆、『娘』の為に『リアルトランプゲーム』に参加するって言ってくれて、ありがとう。どうか、これから『娘』をよろしくお願いします!」
ラウラは頭を下げた。その場にいる人々は、拍手した。ひととおり拍手が終わった後、ソラナはこう言った。
「じゃあ、私たちの『これから』の為に、乾杯!」
そして、『結団式』とも言える宴が始まった。保温していた2種類のシチューをソラナは提供。
「あの、変かも知れないけど、2種類のシチュー、食べ比べてみてください。」
それに異を唱える者は、いなかった。美味しそうにそれを口にする面々。その中で、ラモンが言った。
「俺が言った事、やっでみたんだなぃ?」
「そうです。おかげさまで、おばあちゃんとママのシチュー、作れました。」
ソラナがそう返した。その横で、テオがルシアに話しかけていた。
「お前さん、魔法石作っとったんか。もしかしたら、お前さんの作った魔法石、うちの店で扱ってたかもしれへんと思ってな。」
「ん?オデスネゴウムに『出荷』したことないけど?地元のテネブラフトとか近くのチェントーレにしか『出荷』してない。」
「ほんまかいな。『このゲーム』が終わったら、お前さんの作った魔法石、うちの店で売らせてくれへん?」
「考えとく。」
そんなやり取りがあった一方で、エルネストとフェリクスは静かに食事をしていた。しばらくすると、エルネストが口を開く。
「僕ら『スート』は、同じ年の産まれなんだね。」
フェリクスがそれに反応した。
「そうですね。これも、大霊皇ヤファリラ様のお導きかもしれませんね。」
和やかになりつつあった宴の途中、ソラナは、テオを廊下に呼んだ。
「なんや?アルシェはん。」
「テオさんに、謝りたくて。実は、あの後、私、オセルスティに行く途中、寝てしまって、フィステリスまで行ってしまって。」
「ええっ。」
「テオさんの好意で働かせてもらって、いただいたお金、3万タドン程奪われてしまいました。ごめんなさい。」
「そら、大変やったな。せやけど、謝らんでええよ。フィステリスの奴らの事は知っとるし。なぁに、俺らがフィステリスの『通行料』を渡したっちゅう事にしといたるわ。気にせんでええ。話してくれておおきにな。」
「ありがとうございます。」
そして、ソラナとテオは「会場」に戻った。そんな宴は、終わりに近づいた。そんな時、ソラナは言った。
「あの、皆さん、ちょっといいですか?」
皆、耳を傾けた。
「これからは、皆さんに『素』の私として話しかけていいですか?その、『タメ口』って言うんですか?そんな感じで。あの、私の事は、『ソラナ』って呼び捨てで呼んでいいので。」
ラモンが言った。
「いいべぇ、ソラナ。」
ルシアが言った。
「って言うか、テネブラフトでの別れ際、そんな感じで別れたじゃん。何?今更。ソラナ。」
テオが言った。
「せやな。これからは店長とバイトの関係ちゃうし、ええよ。ソラナ。」
エルネストが言った。
「僕は、貴族だけど、今から『仲間』だしね。その方がいいよ。ソラナ。」
フェリクスが言った。
「承知しました。ソラナ。」
5人からの了承に、ソラナは満面の笑顔で、こう言った。
「ありがとう!みんな!!」
そんな様子をラウラとエルネストのお付きの男性が穏やかに見守る宴は、終了した。
エルネストは、チェントーレ在住の為、邸宅へと帰って行った。
ルシアとフェリクスは、ソラナの自宅に、テオとラモンは、ラウラの自宅に泊まる事になった。『リアルトランプゲーム』開幕まで、あと5日の出来事だった。
◆入寮
ソラナたちの「結団式」から2日後の1月12日。ソラナの自宅前には、近所の人の人だかりが出来ていた。その人々の目の前には、ソラナ、エルネスト、フェリクス、テオ、ラモン、ルシアの6人が。そして、その程近くには、アニセトが寄越した自動運転のバスが停まっていた。ソラナは、こう言った。
「皆さん、お見送りありがとうございます!では、いってきます!!」
近所の人々の拍手が鳴り響いている中、ラウラが声を大にして言った。
「いってらっしゃい!ソラナ、そしてみんな!頑張ってきなさいよ!!」
そのラウラの言葉にそれぞれ頷きながら6人は、自らのスマートアニマルと共にバスに乗り込んだ。そして、そのバスは発進していった。「サクセスコロシアム」へと。
その車内では、こんな事をルシアが切り出した。
「そう言えば、『デッキ名』って決まってんの?」
ソラナは、言った。
「あ、言い忘れてた。ごめん。皆がよければ、だけど、『アニュラス』っていうの考えてたの。」
「ええやん。」
テオが真っ先に反応した。それに続き、フェリクスがこう言った。
「『輪』ですか。素晴らしいですね。」
ルシアも続く。
「決まってたの。心配して損した。」
エルネストが穏やかに言う。
「君たちと『輪』か。悪くないね。」
ラモンは、最後に一言。
「『輪』、作れっかな?」
ソラナがそれに返す。
「作ろう!私たちの『輪』!!」
6人と6匹のバスの車内は、穏やかな雰囲気で包まれた。
やがて、バスは「サクセスコロシアム」に到着。全員が降車し、女性スタッフに迎えられた。女性スタッフは、サクセスコロシアム内の一室に「アニュラスデッキ」を案内した。すると、そこにはアニセトがいた。アニセトは、派手な仮面の出で立ちを崩すことなく、こう言った。
「皆さん、よくぞ来ていただきました。私はこれで失礼しますが、ひとときだけでも皆さんが揃った光景を見たかったのでね。あとは、スタッフから説明を受けてください。」
そう言うと、アニセトはそこから退出していった。それから、女性スタッフが話し始める。
「開幕間近の多忙のため、デフォルジュの短い挨拶となりました。ご了承ください。」
ソラナは首を横に振り、こう返した。
「いいんです。」
それを聞き、女性スタッフは、資料を配りつつ話を続けた。
「これから、女性専用の『ジョーカー寮』に、アルシェさん、セルトンさん、男性専用の『スート寮』に、イベールさん、ジュアンさん、ベルジェさん、ジスカールさんに入居していただきます。ジョーカー寮は、2人部屋、スート寮は、4人部屋となっています。」
ソラナとルシアは顔を見合わせ、エルネスト、フェリクス、テオ、ラモンはお互いを見回した。更に女性スタッフの説明は続いた。
「食事、洗濯、掃除、入浴に関する事をお伝えします。運営では、レストラン、共用キッチン、クリーニング、共用ランドリー、ルームクリーニング、大浴場、個別の部屋のシャワールームをご用意しています。そちらをご利用ください。また、清掃に関しては、清掃用具を貸し出していますので、ご自分で行っても構いません。」
6人は、納得したような顔をする。そして、女性スタッフは、こんな言葉で説明を終わらせた。
「何かご不明な点がございましたら、いつでも運営にお問い合わせください。」
ソラナは、その説明にこう返した。
「ご説明、ありがとうございました。」
女性スタッフは、こう言った。
「いいえ、どういたしまして。ところで、デッキ名はお決まりですか?」
ソラナは答えた。
「『アニュラス』です。」
「『アニュラスデッキ』ですね?わかりました。では、あなた方は、ジョーカー寮、スート寮のいずれも305号室に入ってください。今シーズンからのご活躍をお祈りします。」
6人は、荷物とスマートアニマルと共に、寮へ移動。途中で、女性陣と男性陣は別れ、入寮を果たした。
◆ジョーカー寮
「テネブラフトで、あたしがあんたを疑わなければ、こんな感じであの2週間を過ごしたのかもね。」
ジョーカー寮の305号室に入室するなり、ルシアが呟くように言った。
「確かに!」
ソラナは笑顔になる。
「あたし、色々家事苦手だから、みんな運営の物に頼るわ。」
「えっ、私がルシアの分までやるよ?」
「たまにでいい。」
「そう。」
ソラナは、短く返した後、こう尋ねた。
「どっちに寝る?」
「どっちでもいい。寝られれば。あんたが窓際でいいよ。」
「わかった!ありがとう!!」
シャワー室が完備されている上等なホテルのような部屋だった。そこに、病院の病室のようなカーテンが設置されている作りであった。このカーテンは、防音加工がなされていて、閉めれば音が漏れにくいようになっていた。
「この部屋でもよろしくね。ルシア。」
「こっちこそ。」
そして、2人は荷解きをし始める。ソラナは、ルシアの荷物から出てきた小型のスパナ状の物を見た。
「それ、何?」
「あ、これ?魔法調整師の資格証。」
「そうなんだ。」
「これ使って、仕事もする。」
「どうやって?」
「『設計図』を書いて、それをこれに読み込ませて、マトゥーレインの『原料』にかざすと、魔法石が出来上がる。」
「『設計図』。」
ソラナは、実の母、セラフィナが自宅兼事務所で建築用の設計図を書いていた事を思い出す。そんなソラナに気づかず、ルシアは説明を続けた。
「魔法石にこれをかざすと、設計図が見れるようにもなってる。この資格証自体も魔法石で、10年経つと消えちゃうらしいから、その前に、免許更新して新しい資格証をもらわなきゃいけないんだ。」
「大変だね。」
ソラナは、セラフィナを思い出す過去への旅をしてしまったため、返事が「心ここにあらず」と言う言葉がぴったり当てはまる物となってしまった。
「ちょっと、聞いてる?」
「あ、ごめん。」
ルシアは、そのソラナの暗い表情に気づく。
「何かあたし変な事言った?」
「変な事は、言ってないよ。ただ、『設計図』って言葉が懐かしかっただけ。」
「何で?」
「私の死んだママ、建築家で、うちで『設計図』書いてたから。」
「ああ、辛い事思い出したの。って、あんたラウラってお母さんいたじゃん?」
「引き取ってもらったんだ。」
「そうだったんだ。」
暗い顔になっていくソラナ。そんなソラナを見て、ルシアは、話題を変えた。
「話変わるけど、『あっち』今頃どうなってんのかな?」
「え?『あっち』?」
「『スート寮』の方。」
「あ、想像できない。」
「なんだか、ゾクゾクする。『貴聖商農』揃い踏みだけど、お互い、思うところあって喧嘩してたりして。」
「えっ。そんな、みんないい人だから、喧嘩なんて。」
「あたしは、魔法関連の仕事をしてるから、『別枠』で優遇されてるけど、あの4人は、『普通』に『貴聖商農』だから、モヤモヤしてんじゃない?特に、『一番下』のラモンは、『上』の3人に囲まれてストレスかもね。」
「言われてみれば、そうかも。みんなの仲、取り持ちたい。」
「まぁ、私は、しばらくギスギスしてもらった方が面白いけど。『そんな状況』でも、いざ『ゲーム』になれば『ひとつのデッキ』として戦う。これ、面白い。これこそ『リアルトランプゲーム』の醍醐味だわ。そんなステージを『特等席』で見れるのは、ソラナが誘ってくれたから、だね。ありがとう。」
「ど、どういたしまして。確かに、『特等席』かもね。これからルシアが座る所。」
「でしょ?あたしの『ジョーカーマイナス』は、あんたの『浄化』が仕事だけど、あんたは、あんたの力は簡単には穢れなさそうだから、ひたすら暇しながら、間近でスートバトル観戦するよ。」
「そうかな?でも、ルシアに楽しんでもらえるように、頑張る。」
◆スート寮
ジョーカー2人がそんな話をしている頃、スート寮の305号室では、沈黙が支配していた。「貴族」がいる事から、運営の「配慮」で使うベッドは指定されている。こちらもジョーカー寮と同じ設備を備えてある4人部屋だったが、部屋の奥の窓際にエルネストとフェリクスの、部屋の入り口近くにテオとラモンのベッドが用意されていた。
荷解きの音のみが響く4人部屋。その時間が永遠に続くと思われたその時、ラモンが呟くように言った。
「俺、ここさいていいんだべか。」
ラモンは、他に聞こえないように言ったつもりだったが、「沈黙」がそれを許さなかった。それに、テオが噛みついた。
「そう思うんやったら、出ていきなはれ。お前さんの『農民言葉』、耳障りや。」
「そう言えば、ソラナが言っでたな。オデスネゴウムで『言葉』矯正されたって。もしかしておめか?おめが『言葉直せ』って言ったのが?」
「『あの事』かいな。せや。お客さんが『不快や』言うたからしゃあないやろ。」
「おめ、そうだどしても、ソラナの『故郷』を否定したんだど?」
「あーあー、『物を作るだけ』の立場のお人は、気楽でええなぁ。商売っちゅうんは、お客さんに気に入られてなんぼなんや。ソラナには、悪い思たよ?せやけど、店に不利益出えへんようにするんが第一やからな。」
「ちくしょう。勝でね。」
フェリクスがそのやり取りに少々苛立った様子で口を挟んだ。
「『耳障り』?その口論こそが『耳障り』ですよ。やはり、『下』の身分の方々は、野蛮ですね。」
エルネストがぴくりとしつつそれに反応した。
「君は、『聖職者』じゃないか。万人に優しくするのが務めなんじゃないのかい?」
フェリクスは、それに反論した。
「残念ながら、私は『聖職者』の中でも『中途半端』なランクグリーンですよ。そこまで、導師として高みに上っていません。悔しいですが。」
「そうかい。それは、改善の余地があるね。」
「『貴族』の余裕、いただきたいものですね。」
「まぁ、落ち着こう。話しかけた僕も悪いけど、これも『口論』だね。君の『気に障る』。」
フェリクスは、エルネストを不本意ながら睨み付けた。
「導師にあるまじき視線だよ、君。とりあえず、止めよう。あまり話すと、『ルースレス・ディトネイション』まで話を遡ってしまいそうだ。」
エルネストは、自らのスペースに戻り、カーテンを閉めた。ラモンが再び呟いた。
「『ルースレス・ディトネイション』、『マトゥーレイン』の『原点』でねぇか。」
◆前夜
1月14日の夕方。ジョーカー寮の305号室。とある物が届いた。わずかに黄色がかった白のワンピースと、明るい灰色のワンピース1着ずつだった。届けに来た女性スタッフがこう言った。
「制服です。明日の『開幕式』から着用してください。白は、アルシェさん、灰色は、セルトンさんの物です。よろしくお願いします。」
2人は、それを受け取った。ルシアは、一言。
「スカート。あんま趣味じゃない。まぁ、絶対履きたくない訳じゃないけど。」
「そう?私は、ワンピース、好き。」
そんなやり取りをした後、ソラナは、女性スタッフに尋ねた。
「あの、アクセサリーは着けていいですか?」
「ひとつかふたつでしたら構いません。」
「ありがとうございます。」
「『女の子』だねぇ。ソラナ。」
そんなルシアの言葉にソラナは微笑んだ。
その後、ソラナとルシアは、もらった制服を見つつ、眠りに就いた。
一方、スート寮の305号室にも制服が届けられた。その身分に合った雰囲気の衣装だったが、多少「ステレオタイプ」な物で、それぞれ、「本業」の4人だったが、まるで「コスプレ」をしているような気分になる物だった。
エルネストは、
「まぁ、悪くないね。」
フェリクスは、
「多少、道に外れているような?」
テオは、
「こんなん着たことあらへん。」
ラモンは、
「これで、農作業できっぺか?」
それぞれ独り言を自らのスペースにのみに響かせ、後程、眠りに就いた。4人で揃って寝る3回目の夜の話だった。
◆直前
遂に、E.E.233年1月15日が来た。「アニュラスデッキ」は、「サクセスコロシアム」の控室兼トレーニングルームに集合した。お互いの制服姿が新鮮で、それをほめ合っていた。そのソラナの胸には、11歳の誕生日プレゼントであったペンダントが輝く。そんなソラナは、アマガエルに保存されていたとある映像を再生した。
「パパー。」
「ソラナ。」
その声の後、誰もいない競技場が映る。
「ママー。」
「ソラナ。」
そして、最後に8歳の頃のソラナが映る。
「初めてリアルトランプゲーム観るよ!」
その様子に、仲間たちが興味を持ち、覗いてくるが、ソラナはこう返した。
「な、なんでもないよ!あっ!撮影していい?」
5人は、急な依頼に戸惑いながらも微笑みながら頷いた。
「撮影モード。」
ソラナがそういうと、アマガエルの上にホログラムが浮かび上がる。そして、撮影予定の映像が映し出された。
「動画撮影開始。」
アマガエルの録画が始まった。
「ルシア。」
「ソラナ。」
アニュラスデッキのジョーカーマイナスを撮影した。
「エルネスト。」
「ソラナ。」
アニュラスデッキのスペードスートを撮影した。
「フェリクス。」
「ソラナ。」
アニュラスデッキのハートスートを撮影した。
「テオ。」
「ソラナ。」
アニュラスデッキのダイヤスートを撮影した。
「ラモン。」
「ソラナ。」
アニュラスデッキのクラブスートを撮影した。
そして、最後にソラナは自分自身、アニュラスデッキのジョーカープラスを撮影する。
「初めてリアルトランプゲームに出るよ!」
撮影を終わらせた後、アニュラスデッキは、控室兼トレーニングルームに自らのスマートアニマルを託し、競技場へと歩を進め始めた。