クラブスート・ラモン編
◆震える手
1月13日。アニュラスデッキは、2年目の初戦を迎えていた。相手は、9年目の「ウーベルデッキ」。
アニュラスデッキの面々は、ソラナからのマトゥーレインの「真実」を知ってから初めて臨む戦いにめいめい心の整理をしようと静かな時間を過ごしていた。
特に、ソラナはずっと自らの右手首に収まっているデッキバングルの赤い星を見つめていた。
そんな中、この日の第1戦の舞台である競技場にアニュラスデッキが入場する時間が迫っていた。が、誰も動こうとしない。ラモンは、そんな様子をきょろきょろ見て、こう言った。
「んだぁ?いづもの円陣やらねぇのが?」
ソラナはようやく顔を上げ、こう返す。
「そうだね。みんな、やろう?」
そして、エルネスト、フェリクス、テオ、ルシアもそれに続き、控室に声を響かせた。
「アニュラス!!」
と。
競技場に入場した後、努めて明るい表情でソラナはマトゥーレインをスート4人に授与した。
エルネスト、フェリクス、テオ、ラモンはそれぞれ気合いを入れ、リングへと向かって行った。それをソラナは、ルシアと共に見送る。その右手は、明らかに震えていた。それを抑える為に、ソラナは左手を自らの右手に添えた。
「こ、こわかった。」
マトゥーレイン授与1回毎に失われていくと言われている自らの命。恐怖でその瞳は曇った。
「で、でも、みんな、頑張って。」
ソラナの消え入るような声は、どこにも届かなかった。
◆クラブに向けられる羨望
ゲームは始まる。ラモンの相手は、アダン・ブリオ。アダンは、こう言った。
「いやー、今年の初戦で噂のラモン・ジスカールと当たると、思わなかったなぁ。」
ラモンは、多少警戒した。昨年、自らの悪評を直接、もしくは間接的に耳にした事から、また何か言われるのではないかと身構える。そして、こう返した。
「そうらしな。もっどまともな奴と当たりたかったけ?」
「おお!とんでもねぇ!!おめと戦える事、嬉しいんだぁ。」
「ん?なして?」
「いやー、まずは戦うべ!ここはそんな所だがらなぁ!!武器を我が手に!クラブカドル!!」
「んだない。よーぐわがんねぇけんども、そう言う事なら、こっちも行くど!武器を我が手に!クラブカドル!!」
2人の右手に炎の棍棒が出現。お互い、炎からの熱に耐えつつも、棍棒を打ち合う。辺りに火の粉が撒き散らされる戦いは、しばらく続いた。
そんな中でも、アダンの表情は、終始明るかった。ラモンは、首を軽く傾げつつも、こう尋ねた。
「なしてそんなに嬉しそうなんだぁ?」
「んだって、おめは、俺の『目標』って言うが、なんて言うんだっぺな?農民として、こうあるべきっつー、そんな感じなんだな。そんなおめと、こんなに近くで話せる事が嬉しくでたまんねぇの。」
「喜んでもらっでるようだけんちょも、なして?なして俺をそんな目で見でんだぁ?」
棍棒の応酬が続く中、アダンは言った。
「ジスカールの親父さんもそうだけんちょも、優しいなぁって思っでんだ!フィステリスのどうしようもない連中に、手を差し伸べ続げでんだっぺ?」
「そう、面ど向がっで言われだの、初めてかもわがんねぇな。何だか照れるど。」
「ほんとけ?しかし、立派だよな?おめとおめの親父さんはよ!!俺は、おめと同じくれぇの歳だど思ってんだけんども、憧れなんだぁ。俺も、おめもいつ殿堂入り出来っかわがんねぇけんど、いつかオセルスティでまだ会わねが?おめのフィステリスへの野菜売り、手伝わせてくんちぇ!!」
「大変だど?色々。」
「頑張っがら、短い間でも、一緒にやらせてけろ?」
「わがった。いつか、やっぺね?」
「おー!うれしな!!」
アダンは、改めて棍棒を握る手の力を強くした。そして、こう言った。
「その日の為にも、勝たねぇどな?ここからは、憧れを捨てて全力で行ぐど!!」
「受げで立づ!!」
ラモンも、棍棒を握る手の力を改めて強くした。そして、お互いに再び熾烈な打ち合いを始める。
しばらくそれが続いた後、ラモンは唱えた。
「知識の森から、サーバント・フェアリー召喚!アリエス!!」
それと同時にアダンも唱えた。
「知識の森から、サーバント・フェアリー召喚!レオ!!」
ラモンの羊型のアリエスはひと鳴きし、アダンの動きを鈍らせる。一方、アダンの獅子型のレオは大声で吠え、ラモンに痺れを与えた。
お互いの動きは、格段に悪くなった。それでも、ラモンは痺れ、アダンは鈍る体の動きに耐えつつ、棍棒を振り回す。
ラモンが言った。
「サジタリウスにすれば早ぐ戦い、終わっだなぁ。」
「んだない。けんちょも、おめと長ぐ戦える。」
「そうけ?」
お互い、心穏やかに戦いを繰り広げるが、体力が限界に近くなる。お互いに苦しそうな顔を見せ合う時間が訪れた。ラモンは、潮時だと思い、こう言った。
「そろそろ終わっぺ?ファイアー・ストライク!!」
「あー、やっぱりおめ、優しいなぁ。こっちも行くど!ファイアー・ストライク!!」
相手の棍棒から放たれる炎に包まれるラモンとアダン。燃やされ尽くされそうな熱に2人共耐えたが、アダンが先に力尽きる。
そんな中、運営のカウントが始まる。
「勝敗確定まで後5秒。4、3、2、1。」
運営は、こう宣告。
「勝者、アニュラスデッキのクラブスート、ラモン・ジスカール。敗者、ウーベルデッキのクラブスート、アダン・ブリオ。」
ラモンは、こう言った。
「許してくんちぇ。けんども、ソラナの力を『勝ち』に使えだ。」
それを見たソラナは自らの席で言った。
「ラモン、頑張ってくれた。」
◆一縷の望み
その後、エルネスト、フェリクス、テオも勝利を手にした、アニュラスデッキは完全勝利を背に控室へ戻る。
ルシアは、言った。
「上々の滑り出しじゃん?2年目にして、予定としては、ラストシーズンの。」
エルネスト、フェリクス、テオは、それに穏やかに頷きながら、運営から渡された「状態回復の魔法石」にて速やかに状態回復をする。
しかし、いつまで経っても状態回復をしないスートが。ラモンだ。ラモンは、右手に乗せた薄緑色の魔法石を見つめ、思案しているようだった。
状態回復の真っ最中のスート3人、どこか心ここにあらずといった様子のソラナは気づかなかったが、ルシアは首を傾げた。
「ん?ラモン?あんたさっさと状態回復したら?」
「あ?ああ、んとな?」
ラモンは次第に口ごもる。流石にソラナも気づき、ルシアと共に首を傾げた。そんなソラナを見て、ラモンは何かを決心した様子で、ソラナに近寄る。
「ルシア、今がら、状態回復してくっから。」
「そうしな。」
「ソラナ、ちっと一緒に来てくんちぇ。」
「え?」
疑問の目をラモンに向けるソラナの手をラモンは引き、控室を後にする。そんな様子に戸惑いの声を上げたルシア。
「あ?え?どこ行く?あいつら?」
その声と共に状態回復が終わったスート3人もルシアと共に戸惑った。
一方、ラモンはある「場所」を探していた。そんなラモンにされるがままのソラナ。ソラナは、短く尋ねた。
「ど、どこ行くの?」
その声と共にラモンはお目当ての「場所」を見つけたようで、そこにソラナを連れていくとやっと足を止めた。そこは人気のない廊下の端だった。ソラナはそんな光景をきょろきょろ見る。
「ラモン?どうしたの?」
「歩かせっちまって悪りぃな。俺、考げぇだんだ。この魔法石、もしかしたら、おめの命も戻してくれっかもって。」
「ええっ。でも、それ、私が使っちゃったらラモンの怪我、治らないんじゃない?」
「だがら、こうするんだ。ちっと我慢してくんちぇ。」
「えっ?」
そのソラナの声は、ラモンの胸の中に消えた。そう、急にラモンはソラナを抱き締めたのだった。
「ラモン?えっ?」
突然の事にソラナはラモンの腕の中でもがく。
「嫌が?すまね、本当にちっとだけの時間だがら、我慢してくんちぇ。これ、動いちゃなんねぇみだいだから、動くなよ?ソラナ。」
「う、うん。」
ソラナはラモンの言うとおりにしてみた。それを確認すると、ラモンは唱えた。
「ステータス・リカバリー。」
ソラナとラモンは、霧に包まれた。霧の中、2人きりになるソラナとラモン。そんなソラナにラモンのぬくもりが次々に移る。ソラナの体から緊張感の固さが抜けていく。それと同時にラモンの全身に蔓延っていた「火傷のような皮膚」が正常な物になっていく。そして、状態回復の霧は晴れた。すぐにラモンはソラナを解放した。
「すまね、気持ち悪がったべ?」
ソラナはどう返答していいかわからず、ただただラモンを見つめた。それを受け入れつつラモンは言葉を続けた。
「いやー、こうするしかねぇけんども、男と女が抱き合ってる所、いくら仲間の目の前でも見せんのちっと恥ずかしからな。こんな所に来てもらっだんだ。すまね、帰っぺ?」
「う、うん。あ、ありがとう。ラモン。」
ソラナは、混乱の中、礼を言った。ラモンは、こう付け足すと、ソラナより一足早く寮に戻って行った。
「効くかわがんねぇけんども、これがら、こういう事、よがっだら、またやらせてくんちぇね?」
取り残されたソラナは、全身に残るラモンのぬくもりを撫でた。
◆胸の高鳴り
それから、何度もソラナとラモンの2人きりの状態回復が対戦後に繰り広げられた。
その度に控室を出て行く2人を他の仲間4人は始めこそ疑問の目で見たが、「何か」があるのだろう、そして、「それ」は、アニュラスデッキにとって悪い事ではない筈だと信じ、黙って見送る日々が続いた。
一方、1回目と同様にソラナとラモンは人気のない所を探しては状態回復の霧の中抱き合う。その回数が重ねられるにつれ、ソラナの胸は高鳴るようになっていた。
ある日の状態回復の後、寮に「帰宅」したソラナは、呟く。
「ラモンのぬくもり、もっと欲しい。ああ、どうしよう?」
幸い、同室のルシアには聞こえなかった言葉だったが、ソラナは自らの呟きに激しい感情が全身を迸った。そして、ソラナは、体に残るラモンのぬくもりをその両手で探した。
「ラモン。」
ソラナの愛おしい吐息が寮の部屋に消えていった。
◆想いの相違
ラモンの行動のおかげなのか、ソラナのマトゥーレイン授与の不安は取り除かれていく。それに呼応するように、アニュラスデッキは、勝利を重ねていく。
そんなある日、ソラナは、状態回復の抱擁の後、思いきってラモンに告げた。
「ラモン、私、あなたが好き。」
先ほど抱き合ったばかりのラモンに再びソラナは抱きついた。ラモンは、戸惑った様子を見せた。
「え?好ぎって、どういう事でぇ?」
「出来れば、恋人になってもらいたいなって。」
ラモンの目が丸くなる。赤面するソラナ。ラモンは尋ねた。
「す、すまね。何でだぁ?何で俺なんだぁ?」
「こうやって、私の事大切にしてくれたから、好きになっちゃった。駄目?」
ラモンは、目を泳がせながらこう答えた。
「あー、仲間が命危ねぇがら、放っておげねぇってやっだ事だけんちょも、どうすんべ?俺、『そう』なるどは思わねぇでやっでだ。すまね、ソラナ。」
「そ、そうなの?」
ラモンの曖昧な頷きにソラナは「告白の結果」がわかった。そして、こう言って寮に走って行ってしまった。
「ご、ごめん、変な事言って。わ、忘れて?こ、これからは、私の『状態回復』は、しなくていいよ?や、やっぱり、その魔法石は、ラモンの物だよ。独占していいからっ。」
走るソラナの目には涙が溢れていた。
「さようなら、私の初恋っ。」
◆与えられなくなる物
ソラナが失恋した直後の対戦の時だった。ラモンに与えられるソラナのマトゥーレインは、弱い物だった。ラモンのデッキバングルのクラブは、ある程度の濃さはあったが、黒とはいかず、濃い灰色に留まった。
それは、ソラナとラモンの心の繋がりが薄れた事を意味していた。
ラモンは、その灰色のクラブを見て、対戦開始直前に呟いた。
「まずい事言っちまっだなぁ。仕方ねぇ、やれるだけやるべ。」
力が弱いラモンは、苦戦を強いられた。なんとか勝利を収める事は出来たが、対戦後のラモンは控室に戻る体力が残っていなかった。見かねたエルネスト、フェリクス、テオがラモンを代わる代わる支え、控室まで連れて行ってくれた。ラモンは言った。
「エルネスト、フェリクス、テオ、すまね。手数かけちまって。」
3人は、「仲間だから。」と言い、それぞれの状態回復をし始めた。ラモンもこの年初めて控室にて状態回復をする。
そんなラモンを見ていられず、ソラナは先に寮へと帰って行ってしまった。ルシアは首を傾げ、ラモンの状態回復が終わった後、尋ねた。
「あんたとソラナ、なんかあった?」
ラモンは、口ごもり返答が出来ない。ルシアは眉間に皺を寄せたが、こう言って、ソラナの後を追うように寮へと帰った。
「まぁ、答えたくなければ答えなくてもいいけど。」
◆グラデーションの如く
それ以降も、ラモンに与えられるマトゥーレインは薄い物であった。その結果、ラモンは時折敗北を喫するようになっていく。
そんな中、ソラナには、心境の変化が訪れていた。ある日の夜、就寝前にソラナは呟いた。
「私が悪いんだ、私が。私のせいで死んじゃったセシリアさんの事を考えないで、ラモンに恋なんてしたから、罰が当たったんだ。」
涙がソラナの目に浮かんでは枕に落ちる。
「私、ラモンをこれからは仲間として見ていくから、セシリアさん、許して。」
止めどなく流れるソラナの涙は、ソラナを眠りの国に誘った。
一方、同じ頃、ラモンもベッドの上で呟いていた。
「『あれ』は出来なぐなっちまったけんども、『これ』でいいべぇ。結果的に、俺にソラナのマトゥーレインが来ねぇっで事は、ソラナの命がソラナの所に少しでも残るっで事。俺は戦うの辛れぇけんちょも、ソラナが1日でも長生きしてくれれば、それで俺は報われる。」
延々と呟かれたラモンの言葉は、同室の仲間3人の耳に届いてしまっていた。テオがそれに反応した。
「何をぶつぶつ言っとるんや?ラモン、お前さんとソラナ、今年に入ってからずっとおかしいで?」
フェリクスもそれに続いた。
「あなたたちに何があったのわかりませんが、何か危機的な事が起こっているような気がしてならないんですが、どうでしょうか?」
ラモンは、口ごもる。しかし、3人の心配の心がこもった厳しい視線に事の次第を説明し、こう締め括った。
「こんな事だ。まぁ、ソラナには、『次』好ぎになっだ奴ど幸せになっでもらいでぇ。その為に、ソラナをこのゲームから救う。」
エルネストがそれに返した。
「高尚な考えだね。けれど、君は、致命的な事を犯しているよ。ソラナの心の傷を作り、それを放置している。まぁ、君が『このままでいい』って考えなら、このままでいいけれど、僕は、君がその道を選んだのなら、君と仲間になった事を一生の恥としようと思う。いいかい?」
ラモンの顔が青くなる。
「す、すまね。俺、考げぇ直す。」
エルネスト、フェリクス、テオはそれぞれの言葉で「そうすればいい。」と返し、就寝した。
◆遅すぎた萌芽
ラモンはそれから必死でソラナの事を考える。そして、ある日、ラモンの口からこんな呟きが漏れた。
「ソラナのあのぬくもり、また感じたぐなっできた。」
ラモンの腕には、状態回復の抱擁をしていた頃のソラナのぬくもりが残酷な程に襲来していた。
「今更、こんな気持ちソラナに向げるなんで、俺、なんて最低な男なんだっぺね?」
ラモンの涙が落ちる。こんな言葉と共に。
「好ぎだ、ソラナ。」
しかし、そのソラナを拒絶してしまった。もう、あの時のソラナの気持ちは消えてしまっただろう。
その事を知らせるが如く、対戦やトレーニングの時に見るソラナの顔は、「ラモンに恋する女性」ではなく、「アニュラスデッキのジョーカープラス」の物であった。
その度に、自己嫌悪の夜を過ごすようになるラモン。
「ソラナ、すまねぇ、すまねぇ、すまねぇ。ああ、好ぎだ、好ぎだ、好ぎだっ。」
ラモンへの恋心に蓋をしてしまったソラナとソラナへ恋心を向け始めてしまったラモンの心は以前とは違ったすれ違いを生み、引き続き、ラモンへ与えられるマトゥーレインの薄さを引き起こした。
ラモンは、そんな中での戦いを強いられた。しかし、それは自業自得とラモンは捉え、精神をすり減らすような戦いに身を投じていった。
◆未定
ラモンが苦戦を強いられる中ではあったが、アニュラスデッキのスートは、スートレベル10を手に入れた。
よってそれが実現した8月、アニュラスデッキに「フォーティーフラッグ」が授与された。その旗を6人で見ながら、「レベルリセット」の申請を出す。
運営は、その申請を受け、混乱した。2年連続の「レベルリセット」は、前例がなく、その上、対象者がエルネスト1人だった昨年より人数が増え、スート全員が対象と言うのだから、尚更だった。
やがてその話はアニセトの耳に入る。アニセトは、こう言った。
「簡単な事だ。やればいい。」
運営の混乱は、その一言で収束した。1人になったアニセトは、呟く。
「わけのわからない事を。アニュラスデッキ。まぁ、少しだけ付き合ってやろう。『逃げ』の話ではない。これからもソラナ・アルシェの命を削るゲームにはいるという事だろうしな。低いスートレベルで、私の駒となれ、アニュラスデッキのスートたちよ。」
後日、アニセトは単独でアニュラスデッキとの面談の場を設けた。
「『レベルリセット』は許可しよう。しかし、何を思ってこんな事を申請してくるのだ?」
ラモンがこう返した。
「何だっていいべぇ。その、去年の貴族様の真似さしたぐなっだんだぁ。」
アニュラスデッキ側からしたら、ラモンの言い分は「嘘」だ。しかし、「真意」を隠せる事からフェリクス、テオもそれに続き、「嘘」を言った。アニセトは嘲笑を浮かべ、まったく心のこもっていない言葉をアニュラスデッキにかけた。
「仲間愛か?諸君、それはいい事だぞ。」
アニセトは、スタッフを呼び出し、レベルリセットをさせた。
「アニュラスデッキのスート4人のスートレベル、エース。それを宣言する。」
目的を達成した事から、アニュラスデッキはアニセトの部屋を退出した。
そこで、ルシアが言った。
「『レベルリセット』は、うまくいったけど、肝心のキングとかになる人、誰になんの?」
エルネストがそれに返した。
「いずれ決まると思うよ。」
フェリクスが続く。
「そうですね。時が決めてくれそうです。あまり時間をかけたくはありませんが。」
テオがこう締め括った。
「まぁ、誰が変身するか、もう決まってるような気ぃするけどなぁ?」
テオの視線は、ラモンに注がれるが、ラモンは気づかない。そして、ラモンは話題を変えた。
「それはそうと、俺の『嘘』に付ぎ合ってくれて、ありがとなぃ。」
ソラナは、それに反応した。
「私の為に、『嘘』までつかせちゃったね。ごめん。」
◆謝罪と
それからもアニュラスデッキの戦いは続く。そんな中で、ラモンのソラナへの想いは日々大きくなり、ある日限界を迎えた。ラモンは、自らのスマートアニマルのハタリスを見つめた。
その後、ラモンは、ダメ元でソラナをサクセスコロシアム前の広場にメールにて呼び出した。すると、ソラナはそのメールに応え、来た。ラモンは、驚き、ソラナに届かない呟きをその口元で消した。
「来てくれるどは、思っでねがっだ。」
ソラナは、そのラモンの呟きは聞こえなかった。そして、こう尋ねた。
「今日は、どうしたの?」
相変わらず、ソラナの顔は、「アニュラスデッキのジョーカープラス」の物だった。一抹のさびしさを抱きつつラモンは頭を下げた。
「ソラナ、すまねぇ。」
「ラ、ラモン?」
「もう、話すら思い出したぐねぇど思うけんど、おめの気持ちに応えられなぐで、本当にすまねぇ。」
「いいんだよ。私、目が覚めたの。ラモンに恋するより、セシリアさんの死に向き合わなきゃって思えるようになったから。」
「そうけ。」
ラモンの心が痛む。懸念通り、ソラナの心に自分がいなくなってしまった事が確定したから。しかし、ソラナを目の前に伝えたい想いを抑える事が出来なかった。
「これからの話は、無視してもいいがら、聞いてくんちぇ?」
「何?」
「俺、おめにもう一度俺を好きになってくんにかな?っで思うようになっちまっだんだ。あの後がら、おめの事好ぎになっだ。」
「え?ラモン?」
ソラナの目がわずかに揺れた。ラモンは、そんなソラナに言った。
「けんちょも、だけんちょも、もう、おめの心さ傷つけた俺にはそんな資格ねぇっで事もわがる。だがら、俺がおめの事、諦められるまで、俺に片思いさせてくんちぇ?ソラナ、俺はおめに何もしねぇし、おめは俺に何もしなぐでいいがら、しばらくおめを想わせてくんちぇ?」
ラモンの目には大粒の涙が。それに戸惑いつつソラナは下を向く。
「すまね、ソラナ、困っぺ?だけんちょも、頼む。そして、俺の恋の最後の思い出に、おめをちっとだけ抱き締めさせてくんにか?」
「さ、最後なんて言わないでっ。何で?何でそういう事言うの?そんな事言われたら、せっかく蓋をしたのに、ラモンへの想い、止められなくなっちゃうっ。」
ソラナにも涙が訪れた。そして、ソラナはラモンに抱きつき、こう言った。
「これが最後にしないでね?ラモン。」
ラモンは、想定外のソラナの反応にしばらく驚きを隠せないでいたが、次第にソラナを優しく抱き締め返した。そして、こう告げた。
「今まで本当にすまね。傷つけちまった分、おめを絶対に幸せにする。」
「きっとだよ?ラモン、大好きっ。」
「俺も好ぎだ、ソラナ。」
その後、2人の唇は触れあった。
◆立候補
ソラナとラモンの心が繋がった直後の対戦前、控室にて、ラモンは言った。
「戦いの前だけんちょも、ちーっとばっかし話いいけ?」
5人は素直に耳を傾けた。そして、ラモンは話を続けた。
「『キング』、俺にやらしてくんにか?」
テオは、それに反応した。
「ほらな?決まったやろ?」
フェリクスが続けた。
「決まるまで、時間を要さなくてよかったです。これで走れますね?」
ソラナは言った。
「私とラモンで『キング』、掴もうね?」
そのソラナの穏やかな表情に、エルネストは何があったかを察し、こう言った。
「君らは、愛で繋がったんだね?そして、ソラナは前を向けた。素晴らしいよ。ラモン、君の『キング』、楽しみにしてるよ。」
ソラナもラモンも力強く頷いた。
その後、ラモンに与えられたソラナのマトゥーレインは、強い物だった。それを表すように、ラモンのデッキバングルのクラブは黒光りしているようだった。
これまでの薄いマトゥーレインでの戦いは、ラモンに戦闘の技術を身につけさせた。磨き抜かれた戦闘技術と、強いマトゥーレインは、ラモンを文句無しの勝利へと導いた。
その光景は、オセルスティにも届く。ラモンの父のホアキンは言った。
「なんか、今日のラモン、違うなぁ?気のせいだっぺか?」
ラモンの母のニルダはこう返した。
「私も感じるど?今日のラモン、強い。」
そして、2人は9月から始まった「好感を抱いたデッキ」への投票で「アニュラスデッキ」に票を入れた。
◆食への夢
それからというものの、ソラナとラモンは、すれ違った時間を埋めるが如く、対戦やトレーニング以外の日も顔を合わせ、濃密な愛を育てていった。
そんなある日、ソラナは言った。
「私、ラモンとこんなに幸せな時間、過ごせるとは思ってなかった。」
「そうけ?もっど、幸せにしてやっからな?」
「ありがとう、ラモン。」
そして、ソラナはラモンに短く抱きついた。その後、こう続けた。
「だから、私、このゲームが終わったらオセルスティで暮らしたい。ラモンの傍にいたい。」
「嬉しな。けんちょも、オセルスティの冬は、寒いど?」
「知ってるよ。」
「そうだ、そうだった。おめがオセルスティさ来だの、冬だっだがらな。」
そして、ラモンは思いつく。
「そうだ、寒い時はいづでも言っでくんちぇ?」
そう言ったラモンの腕は、ソラナを抱き締めた。
「こうやって、おめをあっためでやっから。」
「ラモン。」
ソラナのこれ以上ないと言う程の幸せな声が漏れる。そして、ソラナは続けた。
「幸せだなぁ。それでね?私考えたんだ。私、オセルスティで料理を作る人になりたい。ラモンの作った野菜を美味しくみんなに食べてもらいたい。そう、思えるようになったんだよ?ラモンが私を愛してくれたから。」
「そうけ?」
急に照れ臭くなるラモン。そんなラモンにソラナは夢の話の続きを聞かせる。
「そして、オセルスティの人だけじゃなくて、フィステリスの人にも、その料理を届けたい。キッチンカーで持って行って、あったかい料理、食べてもらいたい。だって、私とラモンが出会った場所だから。」
「んだなぃ。俺も、野菜、届けっから、一緒に行ぐべな。けんども、キッチンカーが盗まれねぇようにしねぇとな。」
「車も、盗まれちゃうんだ。」
「んだ。フィステリスの奴らは何でも盗んじまうんだ。だがら、トラックで野菜さ運べねぇんだ。」
「なんだか、複雑だね。そのおかげで、私たち出会えたようなものだから。」
「言われでみればそうだなぃ。」
穏やかな表情で、2人は見つめ合う。ラモンはこう続けた。
「んでは、今年でここから『出られる』ように、全力で戦うべな。」
「お願いね?ラモン。」
◆クラブの変身
12月10日。セイムスタイルでの戦いが組まれた。13年目のソールデッキがアニュラスデッキの相手だった。場内アナウンスは、こう案内した。
「マトゥーレイン、授与。なお、アニュラスデッキのクラブスートは、トランスフォーメーション・ステージとなります。」
それを聞き届けると、いつものようにソラナからスート4人にマトゥーレインが授与される。
スートレベル8のエルネスト、スートレベル7のフェリクス、スートレベル8のテオは、いつも通りの様子だった。
しかし、アナウンスで案内があった通り、スートレベル10のラモンは違う様子を見せた。清々しい光をまとったキングローブが出現。そのローブの襟には、クラブのマークが細かくあしらわれていて、ラモンを包んだ。それが終わると、王冠が出現する。こちらもクラブのマークがあしらわれている王冠で、それを見たソラナは、愛おしそうな目で言った。
「私たちの冠だね。」
ラモンの愛の戴冠が繰り広げられる。こうして、スートレベルキングとなったラモンは、エルネスト、フェリクス、テオと共にこの日の対戦の舞台であるいつものリングへと向かった。
◆クラブの王
指定されたリングに上がったラモン。そんなラモンの相手は、スートレベル9のクラブスートだった。お互いに、軽い会釈で敬意を示した。その後、場内アナウンスは、こう言った。
「ゲームスタートまで、後10秒。9、8、7、6、5、4、3、2、1。ゲームスタート!!」
相手は言った。
「おめ、変身は初めてけ?」
「んだ。」
「なら、戦い方わがんねぇな?」
「正直、外がら見でるだけじゃわがんねぇ所もある。」
「そうけ。慣れる前に、おめを倒させてもらうど。」
「それは、勘弁してくんちぇ。」
ラモンは、ソラナと掴んだ「キング」で負けたくない気持ちが溢れる。そして、こう言った。
「武器を我が手に!クラブカドル!!」
ラモンは、いつものように炎の棍棒をひと振りする。すると、炎がその軌道に合わせ、火の玉として残る。ラモンは、驚嘆の声を上げた。
「外から何度も見たけんども、やっぱ、この火の玉、すげぇなぁ!」
「そうけ?いづまでも残っで、困っちまうんだよなぁ。」
「すまね、目一杯使わせでもらうど!」
ラモンは、あえて相手に向かわずにリング上を棍棒を振り回しながら走る。相手は、こう言った。
「身動きとれねぇようにするつもりが?卑怯だど!おめ!!武器を我が手に!クラブカドル!!」
相手は、炎の棍棒を手に、火の玉を避けつつ、ラモンの所に走る。そして、ラモンの所にたどり着くと、ラモンに棍棒を振りかざす。ラモンは、一転棍棒を防御に使う。ラモンは言った。
「すまね、サーバント・フェアリーでおめの動き、止めだぐねぇがら、こうすんだ。」
「ん?使えばいいべぇ?」
「けんども、アリエスの重さとレオの痺れ、どっちもおめにやっだら、つれぇべぇ?」
「それが、キングの権利だし、これは『興行』でもあるっつー事忘れでねぇか?観客は、そういう所も観にきでんだど?」
相手は、ラモンを睨みつけ、こう言った。
「2年目の甘いキングは、負けっちめぇ!!知識の森から、サーバント・フェアリー召喚!サジタリウス!!」
相手のサジタリウスの矢がラモンを貫きはじめる。ラモンは、それに鈍い声を上げる。そして、こう言った。
「おー、きつい仕置きだなぃ。おめに覚悟があるようだがら、やらせてもらうど!」
「耐えでやる!13年目のプライド、見せてやるど!!」
ラモンも覚悟を決め、こう唱えた。
「知識の森から、サーバント・フェアリー召喚!アリエス!!レオ!!」
ラモンが召喚した羊型の妖精、アリエスは、ひと鳴きし、相手の動きを鈍らせる。隣に出現した獅子型の妖精、レオは大音量の咆哮を響かせ、相手を痺れの地獄に落とす。ラモンは、控えめに言った。
「すまね、つれぇべぇ?」
「謝んな!それでこそ『キング』だ!!」
相手は、もはや何も出来ない。ただただ、相手のサジタリウスの矢がラモンに飛んでくるだけとなった。そんな中でも、相手はラモンに声をかけた。
「小さぐなっでんでねぇ!『キング』の風格、見せろ!!」
そして、こう叫んだ。
「ファイアー・ストライク!!」
相手の棍棒から、炎が発射される。それは、ラモンを取り囲む。ラモンは、言った。
「いづもより、熱ぐね。これが、『キング』なんだな。」
そして、ラモンは相手に軽く会釈し、こう続けた。
「キング戦の相手、務めてくれで、ありがとなぃ。とどめだ。」
相手も、会釈を返した。それを炎の海の中でラモンは見届け、こう唱えた。
「知識の森から、サーバント・フェアリー召喚!サジタリウス!!」
ラモンのサジタリウスが矢を放ち始めたのをラモンは確認するとこう叫んだ。
「ファイアー・ストライク!!」
ラモンの棍棒から発射された炎は、サジタリウスの矢と共に相手を直撃。相手は、膝から崩れ落ちた。
そんな中、運営のカウントが始まる。
「勝敗確定まで後5秒。4、3、2、1。」
運営は、こう宣告。
「勝者、アニュラスデッキのクラブスート、ラモン・ジスカール。」
ラモンは、言った。
「ソラナ、最初で最後のキングで勝でだど。」
ソラナは、自らの席で言った。
「ラモン、素敵な勝利だったよ。」
◆クラブたちとの殿堂入り
ほぼ同時に他の3人のスートたちも勝利を収めた。完全勝利がアニュラスデッキに訪れた。
競技後、「トランスフォーメーションフラッグ」が贈られる。
そして、4日後の12月14日。この年の「リアルトランプゲーム」は閉幕を迎えた。「ビクトリーフラッグ」と「ポピュラリティーフラッグ」もアニュラスデッキは手にする事が出来た。
翌日の15日。殿堂入りしたデッキとして、アニュラスデッキの6人は、アニセトと面会をしていた。
アニセトは、明らかに苛立っていた。
「我ながら、情けない。諸君の『レベルリセットへの偽りの動機』を真に受けた私がな!!」
そして、アニセトは、禍々しい棒を繰り出した。ラモンは慌てた。そして、叫んだ。
「それ、ただの棒じゃねぇんだっぺ?」
アニセトは自嘲とも取れる笑みを浮かべ答えた。
「よくも、ゲームマスターである私に『偽りの弁』を述べたな!それへのペナルティと共に、私の本懐をここで遂げる!ソラナ・アルシェを殺害する事によってな!!」
ラモンは、アニセトに背を向けるようにしてソラナを抱き締める。
「嘘ついだの、俺だっぺよ!俺を罰してけろ!!俺は!俺はどうなってもいい!!これ以上、ソラナを傷つけねぇでくんちぇ!!」
アニセトは、それに返す。
「それもひとつの罰、だな。」
ラモンの危機に、ソラナは声を張り上げた。
「やめて!もう、やめようよ!!アニセトさん!!」
アニセトは、そのソラナの声に気圧された。ソラナは、ラモンの胸の中から離れ、言った。
「こんな言葉で、アニセトさんを止められるかわからないけど、言わせて?アニセトさんは、苦しい思いをしてきたんだよね?でも、私も苦しかったんだよ。私は、アニセトさんの苦しみをわかってやりたいけど、きっと全部わかってあげられない。でも、アニセトさんも私の苦しみは全部わからないよね?とってもさびしいって思ってる。だけど、こうも思ってる。きっと苦しいのは、私とアニセトさんだけじゃないって。私は、そんな人たちの『苦しみ』にこれから大切な人と向き合うことにしたよ。勿論、その人たちの中にアニセトさんもいるよ。私は、アニセトさんの望み通り死んでやることは出来ない。その代わり、精一杯、アニセトさんの『苦しみ』に向き合うから、これから前を向いて!きっと出来るよ!!」
アニセトは、それを聞き、言った。
「前を、向け、だと?」
ラモンはそれに返した。
「んだなぃ。おめが前向いだ所、見だぐなっだ。オセルスティで、見守っから、俺らを解放してけろ?」
「ふん、お前たちに背負えるか?私の『苦しみ』が。」
ソラナは答えた。
「一生かけてやる。私、最期の日までアニセトさんを忘れないから。」
「そうか。」
アニセトの手の棒が消滅。それは合図だった。アニュラスデッキとアニセトの別れの。
アニセトの部屋を退出するなり、テオが安堵のため息をつきつつ言った。
「もしかしたら、あのお人、ソラナに何かやらすんやないかって思ってたんやけど、ホンマにやろうとしよった。」
エルネストが言った。
「それだけ、ソラナを殺したいっていう執念があったんだろうね。」
ルシアが続ける。
「はー、あたしだったら途中で諦めるかも。ある意味、立派。でも、その熱意、別の所で使えばいいのに。」
フェリクスが言った。
「その悪しき熱意を、ソラナとラモンは見事に挫きましたね。お疲れ様でした。」
ソラナはラモンと見つめ合い、こう言った。
「お互い、傷つけたくなかったから。」
「んだなぃ。無傷でいがった。」
◆クラブたちとの帰還
後日の事だった。アニュラスデッキだった6人は、寮から退去し、ソラナの自宅に一旦集まった。そこには、ラウラがいてこう言った。
「こんなに嬉しい日が来るとは、去年の今頃は思ってなかったです。アニュラスデッキの皆さん、ありがとうございました!」
ソラナも言った。
「私も、お母さんと会えて嬉しいよ。みんなのおかげだよ。ありがとう!」
ルシアが返した。
「まぁ、『非日常』っての?たっぷり味わえたわ。いい意味でも、悪い意味でも。けど、全部あたしの一生の思い出になりそう。こっちこそ、『刺激』、ありがと。」
テオが返した。
「ホンマ、一時期はどうなるかって肝冷やしとったけど、なんとか作戦通り、ソラナ救えてよかったで。」
フェリクスがそれに続けた。
「同感です。あなた方と連携できた事は、私にとっての財産となるでしょう。こうやって、ラウラさんの所にソラナを返してやれましたからね。」
エルネストもそれに反応。
「この経験を誇りに、僕はこれから生きていくよ。また、どこかで会えればいいね?」
ソラナはそれに返した。
「きっと、きっとだよ!!」
ラモンも、言った。
「そん時は、俺ら、どうなってんだべな?」
ソラナがそれに反応した。
「みんな、幸せだといいね!!」
そして、1人、また1人と、ソラナと微笑みの別れをし、「故郷」へと帰っていった。1人の例外を除いて。
「みんな、行っちまっだな?」
「そうだね?ラモン。」
「俺もけぇらねぇどいげねぇけんども、まだ、ソラナの近くにいでぇ。」
ソラナは微笑んだ。
「なら、ちょっと旅に付き合ってくれる?」
◆クラブとの墓参
ラウラは、ソラナの言葉に反応した。
「もしかして、ルクセンティア?」
ソラナはゆっくり頷く。
「パパとママ、おじいちゃんとおばあちゃんと会えそうなんだ。お母さん、行こう?」
ラウラは、首を横に振った。
「なんだか、私はお邪魔なようだから、留守番するわ。」
ソラナは、顔を赤くした。そして、こう言った。
「ご、ごめん、お母さんが心配してた時に、私ったら。」
「いいのよ、私は。かえってよかったわ。ソラナがいつかのようにずっと落ち込んだ生活送っていたわけじゃないってわかったから。」
「ありがとう、お母さん。」
「ラモンさん?『娘』をよろしくね?」
ラモンの顔は引き締まった。
「任せてけろ。」
そして後日。ルクセンティアの墓地にソラナとラモンがいた。ラモンは6人分の墓を目の前にして、ソラナが失った者の大きさを改めて噛み締めた。
「一気にこの人たち、亡くしたんだな?辛かったべぇ?」
「そうだよ。だけど、少しずつ受け入れて来たし、これからも受け入れていくから。」
ソラナは、大丈夫だと思ったが、いざ6人の墓を目の前にすると、言葉と裏腹に涙を止められない。ラモンは静かにソラナを包むように抱き締めた。
「無理だけはすんでねぇど?」
「うん。」
「ソラナの親父さん、お袋さん、じい様ら、ばあ様ら、俺ら、一緒に生ぎでいぐがら、見守ってくんちぇね。」
◆美味しいものを
E.E.236年、オセルスティの某所に新しいレストランが開業した。名を「ワームス」と言う。
そこの厨房で、忙しくしている女性の人影が。この店のオーナーのソラナ・アルシェだ。そんなソラナの元に、とある3人が訪ねて来た。その手にはたくさんの荷物が。
1人目が声をかける。
「おーい、ソラナー、追加の野菜持っで来たどー。」
「ラモン!助かるよ!!」
2人目が声をかける。
「いやー、忙しそうだなぃ?」
「ホアキンさん!でも、嬉しい忙しさです!!」
3人目が声をかける。
「たけんども、無理しちゃ駄目だがんね?」
「ニルダさん!時間見て休憩しますから!!」
そして、夜までソラナは忙殺されたが、その時間も終わりを告げる。再び店に来たラモン。ソラナにこう言った。
「迎えに来たど。けえっぺ。」
「うん!」
帰りの車中、ソラナは言った。
「いっぱいお客さん、来てくれて嬉しい!けれど、これじゃ、キッチンカーまで手が回らないなぁ。」
「今やんねぐでもいいべぇ。まずは、店、安定させんのに専念しだらいいど思うど?」
「そうだね。きっと時間はいっぱいあるよね?みんなからもらった時間が。」
更に時は過ぎ、E.E.240年。オセルスティにて赤い魔法石を手にソラナはこう言った。
「自動運転開始。行き先はフィステリス駅前。」
その声に応えて魔法石は、ソラナの所有するキッチンカーを動かした。そんなキッチンカーの後を追う小型のトラックもあった。その車内には2人の男性の姿が。
そして、2台の車は、フィステリスの駅に着く。ソラナはキッチンカーから降車すると、同時に小型のトラックから降車した男性に声をかけた。
「ラモン!アダンさん!今日も頑張ろうね?」
「んだ、頑張っぺ!ソラナ!!」
「よろしくなぃ!ソラナさん!!ラモンさん!!」
この年の前年に始まった名付けて「フィステリスステーションマルシェ」。ソラナの料理と、ラモンやアダンが作った野菜等が安価で提供される定期的なイベントだ。
その日イベントの準備に忙しくしていたソラナの目に、とある男性の姿が映る。そして、ソラナは動きを止めた。
「え。」
その様子に気づいたラモンが尋ねた。
「どうしたんでぇ?ソラナ。」
「あ、あの男の人、私の財布盗んだ人。」
その男性は、ソラナとラモンの所に近寄って来る。2人は警戒した。しかし、その男性は、急に頭を下げた。驚くソラナとラモン。
「俺、ゴヨ・バローって言うんだけど、凄く前にあんたの財布、盗んで悪かった。」
「え、覚えてたんですか?」
ソラナは、戸惑った。それに返答するゴヨ。
「『カモ』の顔は覚えておく質なんだ。けど、すげぇいい事してるあんた見たら盗みしてるの、恥ずかしくなってきた。お詫びに、このマルシェの手伝い、させてくれないか?」
ソラナは驚きの表情。ラモンは言った。
「金、くすねるんじゃねぇど?」
「そんな事しない!」
「じゃあ、よろしくお願いします!」