2日目
泳いでるだけでも腹は減るもんだ。
エサはどうやって取るんだろうか。
どうやら、ここの魚が熱帯魚ということは、なんとなく俺にも分かってきた。
「あ、美しいアロワナさんだ」
俺は勇気を出して話しかけてみた。
「お腹空きませんか?」
「ええ。あまり前を泳がないでくれます?食べちゃうといけないので」
「俺を食べたり……するんですか?」
「お腹が空いてると、つい。ということもあります」
急いで腹部に移動した。
「あ、こんな所に黒子がありますよ」
「そう?」
「可愛いですね」
「そう……」
いい感じでアロワナさんとコミュニケーションを取っていたら、水面に何かが降ってきた。
近くの魚たちが一斉に上に向かって泳いでいく。
「食べてきたら?」
「あ?エサなの?」
「お腹空いてるんでしょ?」
俺も水面に顔を出して口をパクパクしてみた。
その時、ちらっと人の顔が見えた。
(あ、果穂の母ちゃんだ)
隣の家「田所さんちのお母さん」だった。
ここって……
深月の部屋か?
昨日、今日と意識してなかったけど、遠くまで行こうとすると透明の壁にぶつかっちまう。
なんだ、熱帯の海じゃなくて、深月が飼ってる水槽の中だったのか。
ガラスの壁に顔を押し付けて外を見てみると、見覚えのある整然とした部屋だった。
やっぱり。
「そうだ!アロワナさんもエサ食べに行ってくださいよ」
「私は後でいい」
そう言うと「ズワア~ァン」と行ってしまった。
俺は食べ足りなくてまた水面に顔を出した。
「え?もうお終い?」
エサが無くなってた。
皆もしょんぼりと散り散りに泳いでいった。
「アロワナさん、一口も食べれなかったんじゃないですか?」
「うん……でも……」
アロワナさんだって腹ペコのはずなのに!
俺は急いで水面から顔を出しパクパクした。
(田所のおばちゃん!頼むよ!もっとエサくれよ!)
近くにいるかどうかも分からないけど、一生懸命アピった。
(あ、おばちゃん、戻ってきてくれた!)
その瞬間、ズサッと大量のエサが降ってきて、水面が見えなくなった。
すかさず仲間たち(と思っているのは俺だけだろうけど)がやって来て、パクパクしまくった。
が……
エサはどんどん沈んでいき、水槽が濁ってしまった。
そこにアロワナさんが登場して、口を開けてスワァ~スワァ~とエサを食べてくれた。
「すみません、アロワナさん」
「ありがとうございます。アロワナさん」
皆が口々にお礼を言っている。
「無理しないでください、アロワナさん」
ネオンテトラさんが言った。
「どういうこと?」
俺はアロワナさんの近くに行った。
「来ないでって言ったでしょ」
「アロワナさん、無理してるんですか?」
「普段は別のエサを食べるのよ」
「俺とか?」
「そんなところよ」
「じゃあ、なんでそれ食べてるんですか?」
「水が汚れると苦しいじゃない?」
よく見ると濁った水で遠くが見渡せなくなっていた。
そして、もっとよく見ると、みんな一斉にフンしやがって……
◇◇◇
田所のおばちゃん、エサやり、下手かよ。
恨んでいたら、突然、網ですくわれた。
「痛って!」
チャポンと白い壁の水槽に移された。
「ネオンテトラさん」
「青いグッピーさんも捕まっちゃったのね」
「どうなるんですかね、俺たち」
「お水を変えてくれるんだと思うわ」
ああ、そういうことか。
おばちゃん、エサやり失敗したから、掃除してくれるんだな。
アロワナさんは大丈夫かな。
大きな体と綺麗な鱗が、傷付けられないか心配だった。
水槽がグラグラと動き出した。
うえっ、気持ち悪い。
酔いそうだった。
どうやら1階のキッチンに連れて来られたらしい。
そこに聞き覚えのある音楽が流れてきた。
「ちゃちゃちゃんちゃちゃちゃちゃっちゃん、ちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃん」
まさかだろ!
まさかだろ!
ないって!
マジで!
やめろって!
「お風呂が湧きました♪」
おばちゃん!
あー、そうだった。
田所のおばちゃんはぶっ飛んでるんだった……
一体、俺たちをどんな目に合わせる気だよ……
アロワナさんに酷いことしたら、許せないぞ。
また、白い水槽が揺れた。
どうやら、これは洗面器だな。
いよいよヤバイ。
本格的に……
このタイル。
天井見ただけで分かっちゃった。
風呂場だ。
まさか、お湯に付けたりしないよな?
「いつもこうなのか?」
ネオンテトラさんに聞いた。
「こんなに揺れるのは初めてよね」
意外かもしれないが俺は、人間出身のグッピーだからな、幸いこの最悪な状況を把握できているが、ここでのん気に泳いでいる、生まれてこの方ずっと熱帯魚だった奴らには分かってないらしい。
「ピンチだ」
「何が?」
「お風呂だ」
「何それ?」
駄目だ。どうしよう。
このまま、湯船に放たれたら茹で上がっちゃうぞ。
とにかく外の様子を見に行こう。
洗面器からじゃ、天井しか見えないんだ。
自信を持て。
俺は、陸上強豪校のハイジャンプ、部内記録保持者だ。
しっかりと助走を取りたい。
「悪いんだけど、少し、端にどいててくれないか?」
「なんで私たちがあんたのいう事聞かなきゃ……きゃっ」
最後まで聞いてる場合じゃない。
最初は大きく、徐々にスピードを早めて、ここで踏み込む!
背筋を反るように体を伸ばして、高く、高く……
ピョーン
(痛い!痛い!)
わき腹が風呂場の床に擦れて、鱗が剥げた。
その瞬間、小さめの水槽に入れられてるアロワナさんを見付けた。
良かった。まだ湯舟じゃない。
でも、どうやって助ければいいんだ?
息も苦しくなってきた。
バタバタするしかなくて、暴れていたら、おばちゃんが素手で俺を捕まえて、洗面器に戻した。
「あんた、何やってんの?」
「ネオンテトラさん……どうしよう、俺……」
その時、水の外がガチャガチャと騒がしくなって、電気が消されて、静かになった。
「あれ?」
◇◇◇
水の中は時間の感覚がまるでない。
しばらく泳いでいたと思うけど、次に電気が着いたときに、水面から見えたのはおばちゃんじゃなかった。
(おじちゃーん!)
嬉しくて、ちゃぷんと水から跳ねてしまった。
おじちゃんが水槽を洗ってくれたみたいだ。
また、深月の部屋の水槽に戻ってこれた。
「みんな、無事でよかったよ!」
俺は人間並みの頭脳があるから、この奇跡に涙が出そうになったけど、魚たちには伝わらなかった。
「大袈裟ね」
と、カラフルな魚たちに笑われた。
「アロワナさん!」
最後に水槽に戻ってきたアロワナさんの近くに行った。
「大丈夫でしたか?」
「ええ、何とか」
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あお