1日目
「おはよう、賢也!」
すらりとした女性が隣の家から現れた。
「おはよう、果穂。今日は朝練中止だな」
「うん。大会近いからやりたいんだけどねぇ」
5月なのに、じんめりとした朝だった。
「げ、深月、おはよう」
「げって何?」
「いやぁ、お前、高等部に上がったばかりだよな……」
「そうだけど」
二人は隣の家に住む、幼馴染だ。
「なんか、果穂より背高くないか?」
「そうなんだよ~聞いてよ。私だって小さい方じゃないよ?だけど、深月ってば身体測定で170cm越えてたって言うんだよ~」
「ひゃ、ひゃくななじゅう?俺と5cmしか変わんないじゃんか!」
俺たちは同じ中高一貫校に通っていた。
……いた。
そう。
俺はこの春から大学生になったのだ。
そして俺たちは、陸上部だった。
俺と深月はハイジャンプ、果穂は200m走の選手である。
「俺の在学中にお前が来なくて、良かったよ」
「なにそれ。部内記録持ってるくせに、嫌味?」
「まさか。一年生の有望株が来たら、俺が霞んじゃうかもってだけの話」
駅に向かって三人で並んで歩く。
霧雨は風に煽られて、傘をさしてても前面からしっとりと濡れてくる。
いつもの見通しの悪い交差点、ここからは道幅が狭くなるから一列になって歩く。
「ねえ、今度の大会、見に来るでしょ?」
「おう、応援するからな。果穂の団扇作って行こうかな、ほら、ピカピカのフリフリ付けてさ」
「あははっ、いいねぇ!是非、お願いするよ」
その瞬間、時間が止まった。
ように思った。
キキッーッ
トラックが止まった。
ように思った。
ガッシャーンッ
荷台に押しつぶされた。
ように思った。
ピーポーピーポー
◇◇◇
なんて気持ちがいいんだろう。
ゆらゆら
ふわふわ
浮いてるみたいな。
少し頭がぼぅっとするな……
暑くもなく、
寒くもなく、
体が軽くて良い気分だ。
きらきらと動く世界。
なんとも美しい。
俺のヒレは綺麗な青だな。
俺の……
ヒレ?
あれ?
魚になってないか?
まさか、だよな。
ちょっと泳いでみた。
めっちゃ、いい感じ。
ええ?!
いやぁ、今は嫌だよ。
せっかく大学生になったのに。
俺、まあまあモテるし。
もっと人間を堪能したいよ。
あー、もったいない。
あー、もったいないよ。
その時、俺の近くを大きくて白いテカテカしたものが「ズワア~ァン」と通り過ぎた。
く、くじらかな……
長いあごひげを垂らした魚が近付いて来た。
こいつも色が綺麗だな。
俺のことをちらっと見て「ぷいっ」だって。
あんまり「ぷいっ」ってされたことないんだけど。
ショックなんですけど。
凹んでたら、赤い尾ひれをユタユタさせながら、一匹の魚が泳いできた。
「やあ、青いグッピー」
え?
俺、グッピー?
「や、やあ、赤い……金魚?」
不機嫌そうに行ってしまった。
マズったかな。
それにしても……
グッピーかよ……
色のついたメダカだろ?
あー、マジで勘弁してほしい。
だけど、なんて気持ちがいいんだ。
魚も悪くないかもな。
いや、人間が一番だけど。
魚は二番目にいいかも。
また、大きくて白いテカテカしたものが「ズワア~ァン」と近くを通った。
俺も、グッピーじゃなくて鯨がよかったな。
ん?
たぶん、
鯨じゃないな。
俺がグッピーなら、鯨はもっともっと大きいはずだもんな。
同じグッピーらしい仲間を見付けた。
「あの、綺麗な色のグッピーさん」
「ネオンテトラよ。見て分かんないの?」
「すみません。ちょっと、頭がボーっとしてて」
「ネオンテトラさん、ここはどこですか?」
「水の中よ」
「ですよね」
ネオンテトラ、ネオンテトラ……
ちゃんと覚えておかないと。
「あの、ネオンテトラさん、あの白くて大きいのは……」
「アロワナさんのこと?」
「そう!アロワナさんのこと」
「それが?」
「綺麗ですよね」
「ふんっ」
ネオンテトラさんも怒らせてしまったみたいだ。
参ったな。
ちっとも友達が出来ないや。
俺は、のんびり泳いだ。
ここはどこの海だろう。
綺麗な石が敷いてあって、
綺麗な藻草が生えていて、
綺麗な熱帯魚がたくさん。
天国なのかな。
俺、やっぱり死んだのかな。
トラックにはねられたんだよな。
家に帰りたいな。
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あお