1-7.ボークヘッド一派頭目:タラント・ボークヘッド
「いいぃ!? タ、タラントまで出て来ちゃったの……!?」
「へぇ……図体だけは立派じゃねえか。一応は頭目張ってるだけの威厳はあるってか?」
怯えるギャング連中の後ろから姿を見せるのは、完全に見上げるほど巨大な大男。生前の俺よりもさらに大きい。
名前はタラント・ボークヘッドか。ご丁寧に子分やウィネによる紹介も入ってくれる。
頭目としての威厳でも見せたいのか、全身に大層な鎧をまとっている。俺からすれば、むしろ『守りへの自信のなさ』とも見えてしまう。
「連中が固まったままだが、何かしらの術でも使ってンか? シスターがやったンか? ……まさか、錬術具か?」
「お? 錬術具のことを知ってんのか? 組織の上に立つだけあって、一応の知見はあるってわけね」
「ゲラララ! いつもは強がっても足が震えるシスターのくせに、今日はやけに強気じゃンか! 普段とのギャップが魅力的に映ンぜ……!」
もう下っ端雑魚どもの相手をする意味はない。管轄の繰糸を解除しても手を出すことはなく、俺とタラントの様子を離れて眺めている。
こいつもこいつでリースというシスターに気があるらしい。どいつもこいつも、ぶっちゃけ趣味が悪いんじゃないかと言いたくなる。
まあ、今は俺の心が宿ってるからな。リース最大のウィークポイントでもあった陰気さも中和されたか。
ノアとしてのイケメン度が乗り移ったのだろう。自分で言ってると恥ずかしくなるが。
「ちょ、リース!? もう挑発はやめなって! タラントの相手だけはマジでヤバいから!?」
「怖気んなよ、ウィネ。図体がデカかろうが関係ねえ。俺の実力はオメェも知ってんだろ?」
「知ってるけど、アンタこそタラントのことは……!?」
タラントとかいう頭目さえ倒せば、ボークヘッド一派は完全に終焉だ。ギャングの繋がりなんて頭を潰せば途絶えてしまう。
ウィネは助けた少女を抱えながらオドオドしているが、俺にとっては何もビビることなどない。見上げるほど大きな相手だろうと挑むのが、ノア・ブレイルタクトのやり方だ。
見たところ、装備しているのは鎧だけ。銃どころか武器の類も持ち合わせていない。
「……普段の陰気じゃねえと思ったら、随分とオレ様を舐めてくれる。だったら見せてやろうか! このタラント・ボークヘッド様の真の力ってのをよぉぉおお!!」
ゴゴゴゴゴ……!
「なっ……!? どうなってんだ!? 図体がどんどんデカく……!?」
そう思って余裕を見せていたのだが、こいつは俺も慢心してしまったか。タラントを見上げていた俺の目線は、さらにさらにと上がっていってしまう。
元々でも2メートルは超えていたが、今に至っては10メートルにも達するか? 鎧ごとタラントの肉体がどんどんと膨れ上がっていく。
別にこっちが小さくなったわけではない。他の人間も景色もそのままだ。本当にタラント自身が鎧ごと巨大化している。
――まさしく巨人。俺が小人になった気分だ。
「これぞ、オレ様の錬術具! あらゆる人間を踏み潰すことさえ可能とする絶対強者の証! 名付けて……巨漢の外鎧だぁああ!! ゲララララ!!」
「こ、こいつも錬術具の使い手だったのかよ……!?」
生前にやっていたギャング潰しと思って油断したか。タラントもまた、俺と同じように錬術具を持っていた。
名称を巨漢の外鎧。俺の管轄の繰糸と違い、肉体全身に作用するタイプのものか。
これは流石にマズったかもしれない。質量がここまで膨張するレベルとなると、俺とは次元が違ってくる。
「シスターさんの錬術具は知らンが、オレ様のモンより強いンか!? 下っ端の足止め程度しかできンなら、根本的に太刀打ちなんざできンぜぇええ!!」
「チィ!? ギャングのくせにこんな錬術具を持ってるなんてよ!?」
錬術具の強さの指標の一つに『干渉できる質量』というものがある。俺の管轄の繰糸のような糸では、膨れ上がった人体の質量との差は明白だ。
だからこそテコの原理だ何だを使った戦術なのだが、タラントは完全にこっちの頭上を奪っている。そこから繰り出されるパンチは、まさに質量と殺意を兼ね揃えた雨。
こうなってくると策や糸を巡らせる暇すらない。
――こいつを止めるには、糸の質量が圧倒的に足りない。10人、20人――いや、100人規模の糸が必要だ。
「元のパワーも半端ねえのか!? 並の人間の何倍にまで膨れ上がってんだよ!?」
「おいおい、どうしたンだ!? さっき下っ端連中をビビらせたみてえに、シスターさんも錬術具を持ってンだろ!? だったら使ってみなぁ! ちょこまか逃げンでよぉおお!!」
「クッソ……!?」
昔のギャングにこんな錬術具の使い手などいなかった。ギャング如きにここまで手こずった記憶はない。
完全に劣勢となり、できることなど糸を伸縮させて逃げ回るのみ。さっきまでが嘘のような無様さだ。
どうすればいい? こういう時、かつての俺ならばどうしていた?
何か手はあるはずだ。今できる最善策を――
「そんなに逃げてばかりだってンなら、こっちを先に潰しちまおうかぁぁああ!!」
「えっ!? ア、アタシ達!?」
「ひいぃ!?」
「ッ!? し、しまった!? ウィネ!?」
――考える暇も与えまいと、タラントは矛先を変えて来た。