1-4.死した後、名は穢され
「……は? 俺が悪童だって? な、何の冗談だよ? 俺がブレイルタクト領のためにどれだけ尽くしたか、知らねえわけはねえだろ?」
「アタシみたいに直接アンタを知ってる人間はね。……ただ、歴史の教科書は今言った通りさ。アンタの名前は悪人として残されてるよ」
「嘘だろ……!? ちょ、ちょっと待て! リースって女がシスターだったなら、どっかに教科書だってあるはずだろ!? 調べるぞ!」
ウィネの言葉を聞いてもにわかには信じられない。俺が悪童? 歴史を穢した悪人だって? マジで冗談じゃない。
教科書にもそう記されているらしいが、実際に見るまでは信用できない。幸い、シスターってのは教育面にも仕事で携わっている。
室内をくまなく調べれば、最近のものらしき教科書が棚の奥にしまわれているのが見つかった。やけに埃も被っているし、仕事に熱心だったとは思えないような扱いではある。
だが、そんなことはどうでもいい。今俺が知りたいのは、今の時代における俺の扱いの真実だ。
「マ……マジかよ……!? マジでウィネの言った通りの内容が記されてるじゃねえか……!?」
「信じたくないだろうけど、これで理解できたでしょ? こうして奇跡的に転生なんてできたわけだけど、もうノア・ブレイルタクトに居場所なんてない。むしろ、下手にバレれば何が起こるかも分かったもんじゃないさ」
「う、嘘だ……こんなはずが……!?」
淡い希望を抱いてページをめくるものの、待っていたのは非情な現実。俺の願いが否定され、ウィネの語る言葉が真実だと突きつけられてしまう。
拡大を図った教育面については『ノア・ブレイルタクトのせいで数十年の遅れが発生した』などというデマカセ。
そんなはずがあるか。俺が注力したからこそ、ブレイルタクト領は王国全域を見ても上位に入る学力指数を示せたんだ。
『産業面では多額の賄賂で公私混同』だって? ふざけるな。
あの時は多額の融資を募って落ち込み気味だった産業を再建したんだ。俺自身は借金まみれだっての。
警察を含む法についても『無駄に規則を増やして領民を重圧』などとぬかされている。そんなはずがあるものか。
確かに規則は増やしたが、全ては下がらない犯罪率に対応するため。善良な領民の理解も得て、着実に治安は向上していた。
――俺がやってきたことが、全部『身勝手な悪行』扱いされているってことか?
「お、おまけに……何だこれは……!? 『2年前の堤防決壊については、ノア・ブレイルタクトの杜撰な工事体制が原因』って……ふ、ふざけんな! 俺はあの事故で死んだんだぞ!? なのに……なのに、こんなことって……!?」
「……そう言いたくなる気持ちは分かるさ。いや、アタシでは計り知れないか。でも、これが現実。アンタが生きてた時と違い、この2年でブレイルタクト領は大きく変わっちまったのさ」
「あ、ありえねえ……!? マジふざけんなよ……!?」
突き刺さる現実は俺の身を振るわせてくる。ここまでの怒りは初めてだ。
何がどうしてこうなった? 何がそもそもの原因だ? 今、ブレイルタクト領はどうなっている?
「そ、そもそもだ! ここが俺の死んだ場所だってんなら、商工街があった辺りだろ!? もう一度確認する!」
「ちょ、ちょっと!? ……いや。自分の目で確認した方がいいだろうね」
さっきまでは気に留めていなかった記憶も繋ぎ合わせれば、この地にしてもおかしなことになってくる。
俺が死んだ時の河川氾濫があったとはいえ、2年も経っていれば復旧してもおかしくない。それだけの体制は築いていたはずだ。
なのに、外へ飛び出て目に飛び込んでくるのは、まるで修復されていない街並みの数々。
氾濫の被害に遭ったであろう家屋に人の気配はほとんどなく、俺の知る活気などどこにもない。まばらに見える人の姿には生気さえも感じられない。
舗装が剥がれてぬかるむ足元。崩れた看板も合わさり、まるでスラム街のような様相。
――俺が栄華を目指して築いたものが、この2年で完全に失われていた。
「決壊した堤防にしたって、何だよあれは……!? 完全に放置じゃねえか……!?」
「『悪人ノア・ブレイルタクトが死んだ地』なんて呼ばれてるせいでね。ここは領内からも見放されちまってるのさ」
「ここは河川から流れる砂が、加工資源として有用なんだぞ……!? 見放していい地区じゃねえだろ……!?」
「……それさえも今のブレイルタクト領にとっては、悪名を抑えて取るものじゃないってこったね」
「ふざけんなよ……!? マジで何がどうなってんだよぉぉおお!?」
堪えきれずに溢れる絶叫。今この時代という絶望が、苦痛となって膝を突かせてくる。
まばらに生気の見えない人々の姿は特に辛い。俺はこんな光景を見ないがために、様々な工夫を凝らしてきたんだ。
言葉で形容などできない。できるはずがない。俺が生きていた頃の全てを否定された絶望は、地面に拳を打ち付けて吐き出すことしかできない。
――もう、ノア・ブレイルタクトの足跡など夢の跡だ。
「……アタシもなんて声をかければいいのか分かんないね。リースの死にしても、まだ整理できて――って、ヤッバ!? アイツ達、こんなタイミングで現れんのかい……!?」
「……あ? あいつら――って、なんだ? やけにガラの悪い集団が見えるが……?」
絶望に打ちひしがれて俺が動けないでいると、ウィネが何かを見つけて焦り始める。
俺も少し顔を上げれば、目に入ってくるのはやたらと厳つい集団。わずかに残された領民と違い、活力自体は感じられる。
――だが、あまりいいものではない。むしろあれは『暴力』の類だ。
「オラオラァ! 最下層の低級民族どもがよぉ! おとなしく持ってるもの出してもらおうかぁ!」
「ボークヘッド一派様のお通りだぞ! ゴルアァ!」