5-8.陰に潜む、暗躍の意志
「タ、タラントを暗殺って……本気で言ってるんスか!?」
「あくまで選択肢としての話だ。……ただ、冗談でこんなこと口にしねえよ」
俺の話を聞けば、カスターにも動揺が走って声が荒くなる。抑えてほしいとは思うが、反応としては当然か。
奴はオツムこそ残念で人間としてはゲスだが、厄介なことに腕っぷしは立つ。巨漢の外鎧という錬術具が相手では、俺の管轄の繰糸も簡単には通用しない。
ただ『殺す』というだけでも骨が折れる。だからこその『暗殺』という選択肢。それでもハードルが高いのは事実だが。
「仮にタラントを殺るならば、それこそ周到な準備も必要だ。後ろ盾のファングレイジ家も相手する可能性があるし、殺しとなれば事が大きい」」
「そ、そりゃそうッスよ……!? 俺だって、流石にそこまで考えたことは……!?」
「相手との力量差を考えれば当然の忌避だな。……俺も口にはしたが、躊躇するモンはある」
おまけに『人を殺す』という行為には大きなリスクが伴う。いくらこの一帯が無法のスラムと化していても、後で何がどう尾を引くかも分からない。
下手をすれば、被害はこの集落にまで及ぶ。ギャングどころか、ファングレイジ家の報復だってあり得るか。
――すなわち、今以上の敵を作る危険性だって孕んでいる。俺でも捌き切れる自信がない。
「まあ、流石にすぐ暗殺とまではしねえよ。今の俺じゃ、タラントとの真っ向勝負は分が悪い。この集落に迷惑かけるだけだ」
「よ、よかったッス……。姉御の気迫を見てると、ほっとけば今すぐにでも始めそうなほどだったッス……。それでユリーさんに迷惑かけるのは勘弁ッス……」
「お? 誰よりもユリーさんのことが心配ってか? ……やっぱ、惚れてんのか?」
「だ、だから、そんなんじゃないッスって」
まあ、血生臭い話も今することではない。ちょいと話題の矛先を変えれば、カスターも別の意味で狼狽える。
こっちもこっちで気になってはいた。人の死を語るより、生きた先を語る方が心も潤うというものだ。
カスターはユリーさんに惚れているのだろう。子持ちの未亡人が相手であっても、惹かれるだけの魅力がある。
実際、俺も魅了されるものはある。若い人間にはできない包容力というものがあるのかね。やっぱ。
「女将さんは……あくまで憧れッス。俺みたいなギャングのチンピラじゃ、亡くなった旦那さんと比べる以前の話ってもんッス」
「同じ線で比較することもねえだろ。……とはいえ、そこはオメェもよく語る『筋を通す』ってところか」
「そうッス。会長さんにも世話になってたッスし、曲がりなりにも寝取るような真似はできないッス。むしろ、娘のセレンちゃんも含めて守ることこそ、俺の通すべき筋と心得てるッス」
「……フッ、そうかい。どうにも、俺が余計な茶々入れるのも野暮らしいな」
とはいえ、カスターにも線引きはある。憧れはあくまで憧れのままにしたいってわけか。
そういう気持ちについても理解はできる。釣り合いの取れない男女関係ってのも不幸なものだしな。
――でもまあ、そうやって考えるからこそ、汚れ役を買って出てでも守りたい気持ちもあるのだろう。
「俺的にはどっちかと言えば、姉御の方が好みのタイプッスね! こんな立場でなければ、正当に交際を申し出たかったッス!」
「……やめろ。また動きを縛られてえのか?」
「す、すんませんッス……。でも、そういう気の強さが魅力的ッス!」
「……ハァ。一人の時に勝手に語ってろ」
それは別として、俺に色目を使うのはやめてくれ。ゾッとする。
カスターは『リースの容姿』と言うより『ノアの性格』に惚れたのだろうが、余計に悪寒が走ってしまう。
『惚れ込んだ男』が女になって、マジで惚れてどうするんだか。俺にそっちの趣味はない。中身は今でも男なんだ。
とはいえ、男友達というレベルでなら丁度いい。正体を明かせずとも、素を出せる相手というのは貴重だ。
そんな奴だからこそ、俺も気を遣いたくなるのかもな。
「ほれ、作業の手が止まってんぞ? 駄弁るのは構わねえが、やることぐらいはやれ」
「わ、分かってるッスよ。姉御は仕事にキツい人ッスね……」
「『仕事には』な。それに、もうじきお楽しみの時間だってあんだろ?」
思うことはあれども、流石に雑談が過ぎたか。予定ではもうそろそろ時間になるし、最後の締めぐらいはキッチリとしたい。
カスター達の作った薪だって活用してるんだ。真面目にやらないと罰が当たる。
――そうこう考えているうちに、時間を知らせる人物がこちらへ歩み寄って来てくれた。
「カスターさんに皆様方。お疲れ様です。ご飯の用意ができましたので、どうぞこちらにお越しくださいませ」