5-7.薪割りと共に、募る懸念
そんなわけで、ここ数日旧自警団が行っているのは薪割りだ。カスターの得物が斧なので都合もいい。
襲撃と称して、破壊するのは火種にも使える丸太。一応の言い訳ってところだ。一応の。
露骨なまでの薪割りで、タラント達が『襲撃と言いつつ危害は加えない』というアピール。むしろこっちのためになってるという日々の活動。
いっそここまで清々しく露骨な方が、住人達からの心象は良くなる。おかげで苦言を呈する人間も減って来た。
「まあでも……真面目にやってるのなら、アーシも口出しはしないし。それじゃ、これにて失礼だし」
「お? どうせだったら、タラント達と話していかねえか? 今なら外野もいねえしよ?」
「こっちもこっちで忙しいし。……それに、何話せばいいのかも分かんないし」
とはいえ、関係がしっかり繋がるまでには至っていない。様子を伺っていたセレンちゃんも、用がなければ立ち去ろうとする。
まあ、まだまだ最初の段階だ。ここから少しばかり時間もかかるだろう。
「……まあ、また今度はお菓子の差し入れでもするし。アーシもお母さんに教わってる最中だし」
「……ハハッ。そうかい。そいつはカスター達も喜ぶだろうよ」
それでも、着実に歩みは進めている。できた溝が大きい分、これぐらいの速度が丁度いいか。
「さーてと……調子はどうだ? カスター?」
「シスターさん、ウッス! 脇目もふらず、丸太の破壊に精を出してるッス! 順調ッス! これでいいんスか?」
「いいんだよ。言葉でどうにもならねえならば、態度で示すしかねえ。露骨とはいえ、少しずつでも理解してもらうためにもな」
「……あれ? シスターさんの口調がスイッチ入った時みたいになってるッス?」
「オメェらはこっちの方がやりやすいんだろ? まあ、余計な人間もいねえ時は俺も好きにやらせてもらう」
「よく分かんないんスけど、シスターさんがいいなら俺達もオッケーッス。……あっ。だったら『姉御』って呼ばせてもらってもいいッスか? そっちの方がしっくり来るッス!」
「……それも好きにしろ」
こっちもこっちで立場的な遠慮もなくなる。ウィネやセレンちゃんがいないならば、カスター達だけに合わせた対応もできる。
カスターも大概の馬鹿なので、俺の正体を勘繰ることもない。過去に会ってる上に『惚れ込んだ男』なんて言ってたんだがな。
まあ、だからこそ気楽ではある。姉御呼びも百歩譲って認めよう。
「俺もシスターなんて立場だからか、周囲の目で下手な態度が取れねえんだよな。ちょっとタバコも吸わせてもらうぜ」
「タバコぐらい、俺達は大丈夫ッスよ。にしても、なんだか姉御も意外と溜め込んでるんスね」
「裏表のねえ人間なんざいねえよ。誰しもがどこかで、他人の知らねえ自分を潜めてる。そこについては、今のオメェらにも言える話だろ?」
「……そうッスね」
「そして『潜める』って行動にはストレスも伴う。本当はオメェらだって、他の住人達と面と向かって向き合いてえんだろ?」
「それは……当然そうッス。でも、ここで俺達が出戻るのは――」
「『筋が通らない』……って、言いてえんだろ? 分かってるよ。だからこそ、こんな回りくどい手まで使ってんだからな。……とはいえ、もっといい手も用意してえんだがよ」
一服ふかしながら、薪割りを続けるカスターとの談笑。こういう時だから進められる話だってある。
タラントの機嫌を伺うために自ら汚れ役を買って出ているのはありがたいが、内心では『いつまで続けられるのか?』って気もしている。
カスター達の心理面だけでなく、今のままタラントを制御し続けられるとも考えにくい。ある意味で一時しのぎの現状か。
「俺としては、オメェらもボークヘッド一派を抜けて一緒になってほしいんだがな。相手がギャングという一個団体ならば、こっちも一枚岩となって守る方がいい。今の組織力じゃ、小細工を続けてもへばるだけだ」
「な、なんだか、姉御ってシスターらしからぬ考え方をするッスね。……仮にそれができたとしても、俺は得策とは思えないッス」
「何かタラントについて不都合でもあんのか?」
そんな状況を打破したい思惑もあるからこそ、気長な根回しとは別の方法も考えたくはなる。カスター達の意見を汲みたくはありつつも、もっと強固な礎だって築きたい。
ただ、カスターにもちょっとした反論がある模様。近くにいるからこそ分かる危惧もあるということか。
「タラントの野郎なんスが……正直、裏でやってることはもっとヤバいッス」
「女を掻っ攫って、ファングレイジなんて貴族を盾にしてることがか?」
「そんなのは俺が知る範囲だと『外側』に過ぎないッス。あの野郎に目をつけられた女がどうなるか……そ、それを思い出すと、寒気が止まらないッス」
「……そこまでヤベえのか?」
「ハッキリ言うと『生きて帰れた女はいない』ッス。俺も一度だけ見たことがあるんスが……思い出したくないッスね」
カスターが語るタラントの詳細については、その様子を見ただけでも推察ができてしまう。馬鹿であっても気概を見せるこいつが身を震わせるなんて相当だ。
タラントに捕まった女は、さしずめ『欲望を吐き捨てるための人形』にでもされたのだろう。そういえば、最初に襲ってきた時も趣味の悪いことを言ってたな。
思い返せば、セレンちゃんは本当に運よく逃れられたってことか。俺も思い出すとゾッとする。
「被害に遭った女の遺体も、タラントや側近の連中が極秘裏に処分しちまってるみたいッス。そこら辺を任されてないってことは、俺達も信頼という面で線引きされてるみたいッスね。そこも知れた方が都合がいいとは思うんスけど……」
「だからって、オメェも無理にタラントの懐に入り込もうとするんじゃねえぞ? 今の話し方を見てるだけでも、タラントの『真のヤバさ』ってのはヒシヒシと感じやがる。……だからこそ、俺ももう一歩先まで考える必要がありそうだ」
「ど、どうするつもりッスか?」
話を続けていくと、タラントのヤバさと同時にカスターの危うさも見え隠れしてしまう。どうにも、下手に守るのも得策とは言えないか。
ボークヘッド一派頭目、タラント・ボークヘッド。奴をどうにかしない限り、この地に安寧など訪れない。
本当はもっと下地を拵え、組織的に大きくしてから動こうと思ってたんだがな。攻める必要があるならば、俺にだって考えはある。
「暗殺だよ。タラントの野郎をぶっ殺す。そうすりゃ、諸悪の根源も何もありゃしねえ」