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TS.シスターは彼なのか?  作者: コーヒー微糖派
5節目:再び堕ちた者達
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5-4.不器用な男、実直な願い

「お、俺達に飯を……ッスか?」

【はい。夫が生きていた頃はよくしていましたよね? 共に暮らすことができないならば、少しでも共にできる時間が欲しいのです。どうか、ご理解いただけませんか?】


 ユリーさんの要望は至極単純。昔と同じように、カスターやその仲間達との時間を過ごしたいだけ。

 『ギャングだった過去』で身を縛るカスターに対して、ユリーさんがぶつけるのは『自警団だった時の思い出』か。本人もそこまで考えているわけではないだろう。

 ただ、己で己を閉じ込めてでも貫く筋には、純粋な願いというものは染みるものだ。


「だ、だが……俺が皆さんのところに行くわけには……」

「いいじゃねえか? オメェもボークヘッド一派なわけだし、ちょいと『偵察と脅しをしてきましたー』なんて言っとけば筋は通る。少しばかり食い物の土産でも持ち帰れば、タラントだって納得するだろ?」

「か、簡単に言うッスね……。いや、実際にタラントってそれぐらい簡単な奴なんスが……」

「方法云々は俺がどうにかする。……で? ユリーさんの申し出への返答はどうするんだよ?」


 ユリーさんの話を聞いて、カスターの心は大きく揺れている。本来の形とは違っても、この絆は繋がせたい。

 結局、社会を回すのは人と人の繋がりだ。真っ当な絆があるならば、俺も背中を押したくなる。


「オメェらはどうなんだよ? この際、正直に言え。タラントといった邪魔者も今ならいねえし、こんな機会は滅多にねえぞ?」

「……お、俺は一度でも、ユリーさんに会いたい気がします」

「俺も……です。ユリーさんの作る美味い飯、また食べたいです!」


 いまだ返答に困るカスターとは別に、周囲の部下にも声をかければ後押しになるか。口にする願望は皆同じだ。

 どれだけ自分の中に筋があっても、一緒についてきた仲間の言葉も重なれば変わってくる。カスターの筋というのも、同じ気持ちを持つ仲間の支えあってのことだったのだろう。


 ――そして、奥底に眠る気持ちについても同じだ。




「うぅ……グッス! じゃ、じゃあ……女将さん! 俺達、本当に……飯を食いに行っても……いいッスか……!? うあぁ……!」

【はい。もちろんです。その時が来るのを心待ちにしております】




 ようやく口にできた頑固者の本心。男泣きする姿にツッコむのも野暮だ。

 それだけカスターにとって重い決断だったのは間違いない。部下達の中にも涙を流して同調する者までいる。

 もう管轄の繰糸(アドミニストリング)による拘束も必要ない。密かに解除しても、カスター含めて全員が心から身を震わせるのみだ。


 ――本当に不器用にしか生きられない連中だ。そういう奴は嫌いじゃないがな。


「確かに俺は『何も知らねえで偉そうに語ってた』だけだったか。……悪かったな。オメェらの気持ちに気付いてやれなくて」

「ヒッグ……俺達も気持ちを口にすれば、これまでの全部が瓦解しそうな怖さはあったッス。でも、やっぱり我慢には限界があるッスね。……シスターさん、ありがとうッス」

「それこそ気にすんな。オメェらには今後もボークヘッド一派を内側から監視してもらいてえしよ」

「ヘヘッ。そこは任せてくださいッス」


 ユリーさんとの通話(テル)も終えれば、カスターも憑き物が落ちたような表情となる。涙で瞼を腫らしていても、こっちの方が男前だ。

 結局のところ、警備の話は成り立たなかった。だが、カスター達には同じぐらい大事な役割を担い続けてもらう。

 そのためのガス抜きと考えれば、ユリーさんとの食事会も大きな価値がある。繋いで正解だった事実は変わりない。


「また俺の方でも色々手立てを考えるし、詳細はまた伝える。オメェらが飯食いに来る時になら話せるだろ」

「なんだかんだで、シスターさんにはお世話になったッス。今後ともよろしくッス。……でも、本当に大丈夫なんスかね? ユリーさんは認めてくれても、他の住人はいい顔しないッスよね……」

「それは覚悟しとく必要はあるだろ。だが、逃げんじゃねえぞ。オメェは確かにユリーさんに『飯を食べに行く』と伝えたんだ。……男に二言はねえ。吐いた唾を飲み込むな」

「……ヘヘッ。中々に男前なシスターさんッスね。そう言われると、俺達も『行かないって選択』はできないッス! なあ、野郎ども!」

「ウッス!」

「カスターさんにお供しますよ!」


 カスターだけでなく、部下達もこの提案は快く了承。不安なこともあるが、先の展望は明るいだろう。

 俺もできうる限りの助力はする。ここの連中もすでに覚悟を示したのだから、背中を押すことに迷いはない。


 ――真っ当に前を見る人間には誠心誠意の助太刀。それがノア・ブレイルタクトのやり方だ。


「……にしても、シスターさんを見てるとちょっと昔のあの人を思い出すッスね」

「昔のあの人? 誰のことだよ?」

「ノア・ブレイルタクトっていう昔の領主補佐ッス。最近は色々言われてるらしいッスけど、俺からすれば『惚れ込んだ男』ってもんッス。思えば今って、あの人に散々ボコボコにやられ時に似てるんスよ。シスターさんと一緒にいると、どういうわけかあの時の面影が……?」

「……フッ。俺はこれでも一応女だぜ? 男の影を重ね合わせられても、何も言えやしねえよ」

「す、すんませんッス。別に悪い意味ではないんスが」

「まあ……いいさ」


 そんな俺自身のかつての面影は、自然と過去を知る者にも感じ取れている。

 正体までは迂闊に明かせないが、悪い気はしない。上塗りされた悪名だけでなく、確かな足跡も残されている。


 ――今俺が歩んでいるのは、かつてへの再生にも繋がる道だ。

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