5-3.筋を貫く男、それを知る憧れ
【まあ……! そのお声は確かにカスターさんの……! ユリーです。お久しぶりです。元気にしておられましたか?】
「え、えっと……元気ッス! 今だって元気よく体動かしてるッス!」
「……思いっきり縛られてる最中だろが」
俺のマフォンから聞こえてくるのは、ウィネのマフォンを借りたユリーさんの声。このためにわざわざウィネには取り次いでもらっていた。
カスターも相手が分かれば、縛られながらもカラ元気で取り繕う。セレンちゃんが言ってた通り、ユリーさんには頭が上がらないようだ。
【シスター・リースはご無事でしょうか? あの人、すぐに危険な橋を渡るものでして。カスターさんと話をすると言っていましたが……】
「いや! ご心配には及ばないッス! シスターさんも『話がしたい』とおっしゃる以上、こっちから手を出すわけがないッス!」
「……『そっちから手を出していない』ってのは、なんとも微妙なラインだがな」
「シィ! さっきからやかましいッスね! 女将さんに聞こえたらマズいッス!」
ただまあ、何と言うか……本当にどんだけ頭が上がらないんだか。マフォンを耳に当てさせている俺にも内容は聞こえるが、何とも言えない温度差だ。
管轄の繰糸で拘束されたまま、マフォン越しのユリーさんには頭を下げる動きまで交えるカスター。よく見せたいと思う気持ちがここまで透けて見えるのも珍しい。
いっそ清々しいまでの露骨さではあるが、ユリーさんの話には非常に素直。これならば、要望を通すこともできるかもしれない。
【それで、シスター・リースとのお話はどうなっておりますか? 私としても、カスターさんのような人達が一緒なら心強いのですが?】
「……女将さん。流石にそれはできない相談ッス。あの日から2年、状況も変わったッス。今更俺達のような荒くれが、皆さんと一緒できるはずがないッス。筋が通らないッス」
ただ、話題に上がると期待通りとはいかない。ユリーさんの説得を受けても、カスターは頑固なままだ。
これは少々困ったな。正直、ユリーさんでダメなら他の手も思いつかない。
この空気を荒らすことも得策ではないし、何かもっと別の方法を――
【そうですか。それは残念です。……ですがもしかすると、カスターさん達はすでに『私達を守ってくれている』のではないでしょうか?】
「は? へ? え? お、女将さん? きゅ、急に何の話……ッスか?」
【あらあら。図星を突かれるとすぐ動揺するところは、昔と変わらないのですね】
――考えようとしていたのだが、何やら話の流れがまた変わり始めた。
【カスターさん達がボークヘッド一派に入ってから、私も寂しい気持ちはありました。ですが、その時を境に襲撃の頻度も少し落ち着いていました。もしもボークヘッド一派が本気を出せば、この辺りの人間など全員奴隷になっていたことでしょう】
「い、いや……別に……そんなこと……ないッスと言うか……何と言うか……」
ユリーさんが言うには、カスター率いる旧自警団がいるからこそ、ボークヘッド一派の狼藉を抑えられているとのこと。
確かに頭目のタラントはオツムが弱そうだし、生かさず殺さずで住人達を飼うようなタイプにも見えない。むしろ巨漢の外鎧なんて錬術具もあるのだから、見境なしに暴れてとっくに全滅していた可能性もあるか。
「……おい、そこんところどうなんだ? オメェらも旧自警団なんだろ?」
「え、えーっと……まあ、その通りです。カスターさんには『内側からボークヘッド一派を制御する』って思惑もあって、俺達もそれについて行った感じで……」
「ここ最近はタラントも久々に痛い目を見たせいか、上手いこと言いくるめて抑えてましたし……」
「なーるほど。気が付けば助けられてたってか。意外と考えてんじゃねえか」
カスターとユリーさんの会話には割り込みづらいので、拘束した他の部下に確認すれば認めてくれる。ただ単純にギャングに下ったわけでないのは、俺としてもどこか安心する。
やり方としては不器用と言えども、それがカスターなりの『筋の通し方』というものなのだろう。
「……正直、俺もそこまで大層なことを考えてたわけじゃないッス。ただ、ユリーさんやセレンちゃん達が酷い目に遭うのは嫌と思っただけで……実際はタラントの下で生計立ててたのは間違いないッス。セレンちゃんがこっちに来ちまった時だって、俺達は何も手出しできなかったッス」
【それでも、カスターさん達が私達を思ってくださっているのは事実です。ありがとうございます】
「……女将さんに感謝される筋合いはないッス。俺達がまたギャングやってるのは事実ッスし、だからこそ一緒にいるのは……筋が違うッス。迷惑もかかるッス」
『ギャングになれば食いっぱぐれない』という気持ちもあったのだろう。ただ、どうしても旧商工街との関係は絶ち切れなかった。
だからこそ下っ端として危ない橋を渡りながらも、かつての知人へ被害が及ばないように善処していた。『女将さん』と呼ばれて慕われるユリーさんにはお見通しだったか。
それでも、カスターは一線を引いて意見してくる。『ギャングの立場に変わりない』というのが尾を引いているようだ。
【そう……ですか。残念ですが、私からこれ以上申し出るのも野暮なのでしょう。カスターさんの人柄は心得ておりますので】
「すんません、女将さん。俺達はもう……同じ線の上にはいられないんッス」
【……ですが、一つだけ私個人から要望があります。大した話ではありませんので、聞き入れてはいただけませんか?】
「な、何ッスか?」
こうなってくると、ボークヘッド一派から引き抜くのも難しい。頑固に腹を括った男の気持ちも無下にできない。
ユリーさんもよく理解しているからこそ、警備を願い出る要望はここまでとしてくる。俺も今は異論はない。
――ただ、ユリーさんにはまだ言いたいことが残っている。
【たまの機会で構いませんので、よろしければまたお食事だけでも伺ってくれませんか? 昔のように、カスターさんや皆様にも手料理を振舞いたいのです。……それが私の願いです】