5-1.もう一度、立ち直るために
ボークヘッド一派の根城については把握済みなので、今回は俺一人でも伺える。まあ『伺う』と言っても『おじゃまします』なんて挨拶はしないのだが。
徘徊している下っ端ギャングの目を盗んでコソコソと探索。もう顔も割れているし、見つかる訳にもいくまい。
「目立ちたくねえって意味では、リースの地味な容姿も便利に働くか。ボークヘッド一派の連中にはこういうのが好きな連中も多いらしいが、女に飢えてるだけで――っと、ヤベエのもいるな。ちょいと隠れるか」
潜入という意味でも管轄の繰糸は強い。糸を伸ばせば、普通なら目を向けない高所の物陰にも隠れられる。
狭い隙間に身を潜めて伺うのは、子分を引き連れた大男。頭目のタラントがノシノシと歩いてくる。
「あー、ダリい。流石にそろそろ女でも掻っ攫ってくるか? 年増の美人とかもいいよな。溜まりすぎてたまったモンじゃねえ。……お前らもついて来いよ? たまには女を侍らせンのも悪くねえぞ?」
「い、いや、俺達は遠慮しとくッス。先輩達から聞くに、俺達じゃ相手も厳しそうなんで」
「なんだよ。付き合いが悪いな、カスター達は。……まあ、無理にあそこ行くよりファングレイジのジジイに斡旋してもらう方が楽か。あのシスターの相手は確かに面倒だ」
聞き耳を立ててみれば、何と都合のいいことか。タラントの連れている部下の中に、お目当てのカスターまでいてくれた。
見た感じ、今の付き添いはカスターの派閥のお仲間さんか。タラントの提案にもあまりいい反応はしない。
普通はギャングの中で上に逆らう真似をするとどやされそうだが、肝心のタラントの方も同調するものがあるようだ。
――こいつら、マジに前回の一件で俺にビビってたのかよ。情けない。
「じゃあ、オレ様は他の連中連れてファングレイジ家に行ってくンぜ。留守の間は適当にしてろ。いいな?」
「分かったッス。野郎ども、楽にしてるッス」
「うっす」
そんなわけで、タラントは女を求めてファングレイジ家へ。カスターの派閥以外の子分も連れて行くらしく、こちらにとってはますます都合がいい。
内心罠とも思いたくなるが、調べてみてもそんなことはない。セレンちゃんを助けるために起こした騒動が、まさかこんな形で役に立つとはな。
これならば、下手に隠れ続けることもない。タラント達がいなくなったのを確認すれば、こちらから姿を見せることもできる。
「カスター・マイルスロウ様ですね? 少しお時間をよろしいでしょうか?」
「うおっ!? 誰!? どこからスか!? ……って、修道服の……シスター? えっと、まさか?」
「先程お話にも出ておりました『面倒なシスター』こと、リース・ホーリーアローと申します。聞き耳を立てていた無礼は申し訳ございませんが、こちらもあまり目立ちたくない立場ですので」
「そ、そりゃそうだ……てか、ここにいること自体がおかしいッスよね? 後、聞いてたよりは穏やかッス……」
この場に残った面々は俺――もとい、リース・ホーリーアローとは初対面だ。そのおかげなのか、他のボークヘッド一派よりも警戒は薄い。
不信感はあるようだが、いきなり俺が出て来たものだから軽く動揺はしているだけ。タラントに報告する様子もなく、これなら話をするのにもうってつけか。
「ご安心を。本日は狼藉のために参ったわけではございません。少々、お話がございまして」
「は、話って……何のッスか?」
「この場にいるのはカスター様を含め、かつて商工街の自警団であった方々で間違いありませんか?」
「そ、そうッスね。ボークヘッド一派内では新参で、下っ端もいいところッス……ぶっちゃけ」
「ならば好都合です。率直に申し上げますと、私の方であなた方を雇い入れたいと考えております」
「お、俺達を……雇い入れる?」
ここからは鬼が出るか蛇が出るか。あくまでリースとして、落ち着いた物腰で交渉を持ちかける。
過去の話でくすぐられるものもあるのか、反応としては悪くない。ボークヘッド一派内ではあまりいい立場でないのも幸いだ。
ならば、交渉次第で傾かせることもできるはず。『どちらにとって必要な人間か?』を際立たせれば、落としどころはあるだろう。
「現在、旧商工街の居住区には『戦える人材』が必要なのです。ボークヘッド一派にファングレイジ家といった勢力に狙われ、住人は安心して過ごすことができません。かつて自警団だったあなた方ならば、これ以上に適した人材もいないでしょう。どうか一考願えませんか?」
「俺達にもう一度、自警団をやれってことッスか。……だったら悪いが、断らせてもらうッス」
「ですが、このままボークヘッド一派に身を置いていても、先の見えた立場ではないでしょうか? 高くはありませんが、給金も工面いたします。かつて共にした皆様は、今もあなた方を必要として――」
「うるさいッスねぇ!? 今更そんなこと言われたって、できるわけねえだろうがぁぁあ!?」
付け入る隙はあると思ったのだが、こちらの話を聞いたカスターが見せるのは拒絶。さらには激昂。
俺が持ち出した話を聞きたくないかの如く、頭を振りながら気を乱してくる。
正直、これぐらいは予想ができていた。またギャングに身を落とした人間に、かつてお世話になった人々へ合わせる顔などない。
「確かにかつて俺達は自警団なんてこともやってたッス! だが、その前から元々はギャングだ! 今もこうしてギャングになったのも……結局はギャングとして生きるしかなかったって話なんス! 何も知らねえどこぞのシスターが、いきなり出て来て偉そうに語ってんじゃないッスよぉお!!」
「……その件については私も聞き及んでおります。住人の皆様と顔を合わせづらいならば、私の方でも取り繕いましょう。中にはあなた方とも親し――」
「だから! 余計なお世話って言いたいんスよ!? さっさと帰れッス! 地味シスターが! タラント様を呼ぶッスよ!? それでもいいんスか!?」
もう完全に聞く耳持たずだ。昔のことを話されるのが余程堪えるらしい。
本当にギャングってのは不器用な人間が多い。セレンちゃんのようにすぐには素直になれないか。
――やはり、こうするしかないか。俺も俺でプランBに移行しよう。
「……いい加減にしろぉお! テメェらもまたギャングに身を落として、それで満足だって言うのか!? 一度はやり直せたって言うのに……また同じことして迷惑かけるのが、幸せだとでも言いてえのかぁぁあ!? あぁ!?」
ここからはリースではなく、ノアの出番だ。