4-10.社会回す、人の対応
「皆様、ありがとうございます。もう大丈夫です」
「シスター・リースも今日は休んでてください。ウィネさんの作ったビジョン掲示板を見ても、作業は順調ですので」
「お言葉に甘えさせていただきます」
自宅に戻ってベッドに寝かされ、殴られた腹に薬を塗って手当て。一応女の体なので、女性陣が手当てをしてくれた。
男としてはいい体験なのかもしれないと思うだろ? そんなことはない。むしろ、醜態が極まって恥ずかしい。
俺って、女の前では強がりたいタイプなんだよ。なのに手当てを任せるって、惨めすぎる。俺の体調を気遣って長居しないだけ幸いか。
「さて……セレンちゃん。ドアの向こうにいるんだろ? もう誰もいねえから入ってきてくれ」
「わ、分かったし……」
まあ、それはさておきだ。とりあえず無理に堪えなくていいぐらいに落ち着いたので、外で待っていたセレンちゃんを招き入れる。
少し語気も強めてしまうが『もしも起こり得た可能性』を考えると、どうしてもな。
「さっきの件だが、セレンちゃん的にも言いてえことがあった気持ちは分かるさ。……だが、相手が相手だった」
「で……でも! ノアさんが頭を下げるのはおかしいし! ファングレイジ家の連中が勝手に――」
「ブレイルタクト領に乗り込んでるのは事実……ではある。それでも、もしもあの時セレンちゃんが突っかかり続けたら、腹パンだけで済んでねえぞ? あのボルフって野郎はガチで人を殺せる人間だ。俺には分かる」
「アーシが……死んでたかもしれないってことだし……!?」
『俺がいたからああなった』のと同時に『俺がいなければもっと酷いことになっていた』可能性だってある。
少々怖い話になるが、セレンちゃんには理解してほしい。『命を捨てるような真似』については特にだ。何せ、こっちも一度は死んでる身なものでね。
「だ……だけど、ノアさんだって本気でやり返せば勝てたんじゃないし!? 管轄の繰糸……だったよね!? 錬術具があれば――」
「『錬術具があるから負けない』なんて簡単な話でもねえんだよ。仮に勝てたとしても、被害の方が大きい状況だった。……むしろ、負けてた可能性の方が高い」
あの状況においては、管轄の繰糸を使わないで正解だったと考えている。
抵抗の意志なんて見せてしまえば、ボルフも本気を出してやり返してきただろう。錬術具を使っていなかったのに、拳2発でノックアウトなんてたまったもんじゃない。
そんな奴が暴れ回れば、俺どころかセレンちゃん、挙句は他の住人にまで被害が広がっていた。そうなった時、一番いたたまれない気持ちになるのは誰なのか?
――事の発端となったセレンちゃんだ。
「そ……そんなこと言ったって、アーシ、間違ったことは言ってないし……」
「『事象として間違ってない』としても『行動として正しいかは別』ってところだな。相手との距離感だとかがある。ただ言いたい放題に訴えるだけじゃ、ワガママ言うガキと同じ。逆に上手く行かねえことも多い。難しいもんだ」
「……仮にノアさんが勝てたとしても、意識はして控えてたし?」
「ああ、するな。ただ力任せに従わせるだけなんて、ギャングの暴力と同じやり方だ。政治にしたら暴君の圧政だな。つまるところは匙加減。社会を回すってのは、当然のように見えて至極難しい。立場も人もそれぞれだ。……今回の件を通して、セレンちゃんにも理解してほしかったんでな。ちょっとばかし説教させてもらった。少しは理解してもらえたか?」
「うん……だし」
もしも俺の立場にいたのが別人たったらどうなっていたか? そこまでは語らずとも、セレンちゃんならば理解できる。
声色も落ち着いてきたか。己のやったことの意味を理解し、申し訳なさそうに頭を下げてくれる。
まあ、俺もこの辺りの説明は難しいんだがな。無駄に長々と説教を続ける場面でもない。
「今は俺がいるから、ヤベえ橋も代わりに担える。だが、いつまでも俺任せじゃ困る。セレンちゃんみてえな若い世代には、もっと先の未来も担ってもらいてえからな」
「……何て言うか、ありがとうだし。アーシ、もっと大人にならなきゃって思ったし」
「ハハハ。そう言ってもらえるなら、理解してもらえたってことだな」
「……シッシシ。ノアさんって、本当に教科書に書いてたような人じゃなかったし。お父さんが信頼してたのも分かって来るし」
軽く笑いを交えれば、セレンちゃんも笑顔で応じてくれる。下手に禍根が残るような締めくくりは俺も嫌だったからな。
それに、セレンちゃんが笑う姿なんて初めて見れたかもしれない。ちょいと独特な笑い声ではあるが、やっぱ可愛い女の子には笑顔が一番だ。
「まあ、ちょいときつい言葉になって悪かったな。俺もセレンちゃんがかばってくれた気持ちについてはありがた――イテテ……!」
「ちょっ、まだ無理に動かない方がいいと思うし?」
「大丈夫だ、このぐれえ。歩いてれば治る。見張るぐれえなら問題ねえ」
「そうは言うけど……ノアさんにばかり警備の負担をさせるのもどうかと思うし」
「それはそうなんだが、現状ではこうするのが一番なんだよな。俺も方針の口出しはできても、工事の人手にはなれねえから」
一段落したので警備に戻ろうとするも、少し殴られた箇所が痛んで心配されてしまう。ボルフの野郎、急所を的確に抉りやがって。この俺が女の前でみっともないったらありゃしない。
これは俺の弱体化云々もあるが、人員的なコストも割いた方がいいかもな。とはいえ、回せる人員もいないのだが。
管轄の繰糸を工事作業に使うのも厳しい。運搬には向いているのだが、使い続けると疲れが勝る。
結果として今の形とはいえ、俺一人による警備も無理があるか。ファングレイジ家相手にも警戒が必要となれば尚更だ。
「どこかに腕っぷしの強え人材でもいればいいんだが……流石にいねえもんな。いっそ、ウィネに武器でも作ってもらうか?」
考えられそうな対策として、高名な錬工師であるウィネを頼ることぐらい。ただ、これも最善には程遠い。
あいつって、マフォンやビジョンといった情報媒体を作るのは得意だが、武器の類を作るのは苦手って言ってたな。頼るのも忍びない。
かといって、都合のいい人材がその辺に転がってるわけが――
「……アーシ、警備ができそうな人達に心当たりがあるし」
「え? マジで?」
――あるというのか、セレンちゃん。




