4-8.時と場合、含めた対応
「ボークヘッド一派に肩入れしてるファングレイジ家の親子だし……!?」
「セレンちゃん、下がってな。ここは俺が相手する」
ボークヘッド一派ではないものの、立ち位置としては似たり寄ったりか。ブレイルタクト領という他所様の地に巣食うファングレイジ家の親子が、こちらへ歩み寄って来る。
とっくに還暦は迎えたであろうじいさんに、赤髪に黒いコートで冷たい威圧感をさらけ出す息子。纏う空気の鋭さはタラント以上にも見える。
こういう輩はなおのこと俺が相手するべきだ。単純な喧嘩にも終わらない。
セレンちゃんを腕で制して前へ出て、俺が二人の相手をする構図を自然と作る。
「ファングレイジ家のお方が何用でしょうか?」
「ケヘッ。またこの間のシスターさんかい。随分と様変わりしたこの場所含め、あんた、ここの代表にでもなったってかい?」
「代表というほどのものではありませんが、お話ならば私が伺いましょう。他の方々もお忙しいので」
「……フーン。そうかい。まあ、別にワッシらも通りがかっただけだ。そう身構えることもないさ。美人が顔をしかめることだってない」
見た目的にはタラントのような凶暴さは見えない。対応する物腰については丁寧だ。
とはいえ、この二人もボークヘッド一派に肩入れする不逞貴族。今だって父親であるビートの方が俺と話しながらも、油断ならない動きが片隅に見える。
――息子のボルフが離れて目を光らせている。
「特段用件がないのでしたら、申し訳ございませんがお引き取り下さい。色々とやることもございますので」
「やることってのは、この場所、立て直すってことで? いやー、これはちょいと困ったもんだ。ワッシらもボークヘッド一派との立場ってもんがあってね。勝手な真似されると、今後の計画、組み直さないといけないわけなんだが?」
「……そうですか。それは考えが及ばず失礼しました。ですが、何も事を大きくするわけではございません。こちらの生活もありますし、ボークヘッド一派からの干渉もございません。……どうか、この辺りでご容赦を」
「……ケヘッ。そうかい」
だからこそ、こっちも下手な真似はできない。せっかく持ち直し始めたこの地のためにも、荒事だけは避けるべきだ。
健気なシスターらしく、姿勢を整えて頭を下げての懇願。そうすれば、ビートも迂闊に手出しはできない。
貴族相手の交渉というのは、先に手を出した方が負けだ。相手に大義名分を与えてしまう。
いくらギャングを後ろ盾にしていようとも、下手すれば方々に敵を作る可能性だってある。ビートもそれは分かっているらしく、歯痒そうにしながらも手出しはしてこない。
今の俺は弱い。どれだけ糸を練り回しても、リースの体では限度もある。
この場においてはどうにか乗り切りたいが――
「ちょっと待つし! そもそも、勝手な真似してるのはそっちだし! シスター・リースが頭を下げるのとか、おかしいし!」
「セレンさん……!?」
――あろうことか、セレンちゃんの方が後ろから声を張り上げて来た。
「アーシ、この間勉強したし! 『他所の貴族が他の領地で好き勝手はできない』って!」
「ほーう? ワッシに口ごたえかい。えらく気の張ったお嬢ちゃんだ。だが、その話は所詮『貴族のしきたり』ってやつでね。別に国の規則が定めたものでもないんだよ」
「王国規則の一つ――『貴族間での関与には国の認定を必要とする』だし。そのしきたりにしたって、この辺りの規則が絡んでるし」
「……ケヘヘッ。こいつは言われたか。お勉強、よくできてるじゃないの? おぉ?」
俺が一方的に言われ続けるのが気に食わなかったのだろう。そう考えてくれることはありがたい。
俺が教えた勉強内容についても理解が深く、しきたりの大元となった規則も述べてくれる。こうやってパッと出てくるあたり、セレンちゃんは本当に賢い。
――だが、行動そのものは賢くない。ビートの目つきも鋭くなり始める。
「世の中、覚えた知識だけじゃどうにもならないことだってあるよ? 未熟なままじゃ、世間の流れ、読み切れないことだってあるよ?」
「な……何だし。そっちが悪いことしてるのは事実だし」
「……そうかい。なら、ちょいとお灸、必要か。……ボルフ、軽く頼む」
「かしこまりました、父上」
セレンちゃんとしては『怖気たら負け』と考えているのだろう。そういう気概は嫌いじゃないし、俺も好きなタイプだ。
それでも、今この場での対応としては最悪だ。ビートの述べる『世間の流れ』ってのも、あながち間違ってはいない。
向こうも軽く苛立ちを覚えたのか、息子のボルフを前に出してくる。これはマズい。ボルフの方はヨボヨボジジイのビートとは違う。
――体躯や目つきを見れば、過去の記憶から感じ取れる。こいつはかつての俺と同じように『戦える人間』だ。
「む、息子の方が……何する気だし……!?」
「ご安心を。一発で済ませます。自分も弱いと分かった相手を、無駄にいたぶる趣味はありませんので」
「ッ……!?」
その矛先はセレンちゃん。ゆっくり近寄りながらも、右手の拳は力が込められている。
緩やかな構えながらも、放たれる威圧感。これはマズすぎる。
次の瞬間には、鋭い拳がセレンちゃんの腹目がけて放たれ――
――サッ ボゴォンッ!
「ガハッ!?」
「えっ!? シ、シスター・リース!?」
――間に割って入った俺の腹へと突き刺さった。




