4-7.受け入れるは、今の姿
「……ほーう。俺のことを売る気はねえってか? だが、オメェの父親は俺の悪名のせいで死んだようなもんだろ?」
「……確かにそう考えることはあるけど、だからってノア・ブレイルタクトが直接的な原因でもないし。お父さんだって、あなたのことは尊敬してたし」
一度大事を乗り越えたからなのか、セレンちゃんは少しずつでも本心を述べてくれる。語る言葉に激情や衝動は感じない。
俺がわざと煽る言葉を語ろうとも落ち着いた物腰。多分、セレンちゃんも真実を知りたかっただけだ。
「アーシ、今はここにいるあなたにいてほしいし。シスター・リースでなくても、ノア・ブレイルタクトであっても……色々教えて導いてくれるあなたがいいし」
「……俺の正体を見破ったのも、深くは関係ねえって話か?」
「うん。ただあなたのことが知りたかったってだけだし。周囲の話とは違う本当のことを知りたいし、気になる人のことは……もっと知りたいし」
「へへっ。『気になる人』なんて、随分と嬉しい物言いじゃねえか」
こんなことを尋ねる恥ずかしさもあるのだろう。セレンちゃんの顔には赤みも差し掛かっている。
俺の正体を知りて尚、セレンちゃんが嫌悪することはない。むしろ、不覚にも可愛らしささえ感じてしまう。
――まあ、悪く思われてないのならば何よりだ。俺にはまだ、ここでやるべきことがある。
「セレンちゃん。俺がこの地を再建してえって気持ち自体に嘘はねえ。だからこそ、ノア・ブレイルタクトの名前自体は伏せていた」
「でも、手腕については当時のものが残ってるってことだし。だからこそ、こんな短期間で色々と立て直すこともできたし」
「そこについては、セレンちゃんや他の住人の影響がデケえがな。いずれは俺が口出しせずともやっていけるだろ。……だが、今じゃねえ」
「あなたの全てを託せるまでは……ってことだし?」
「ハハハ。セレンちゃんはマジで殊勝だな。余計な説明の手間も省けて助かる」
そのことはセレンちゃんも理解してくれており、話自体もまとめに入っている。
まあ、俺もなんとなくこうなる流れは読めていた。可愛い子の気持ちなんてのは、顔を見れば汲み取れる。
「……よし。スッキリしたし。えっと……ノアさん。今後ともよろしくお願いするし」
「おうよ。ただ、人前では今後も『シスター・リース』でお願いするぜ。セレンちゃんにはバレちまったが、ノアの名が広まれば面倒にしかならねえからな」
「フフン! それはもちろん分かってるし!」
セレンちゃんとしても、はっきりしないモヤモヤを晴らしたかっただけのようだ。俺の言葉にも笑顔で返してくれる。
最初はツンツンしていたのに、今となっては本当に素直でいい子。見た目も可愛らしいし、歳がもっと近ければ交際を申し出ていたかもな。
今も体が女とはいえ、心は男のまま。ついつい意識して決め顔までしてしまう。
「……セレンちゃん。アタシもそう言ってもらえるのは嬉しいものがあるさ。でも、1つだけ注意してほしいことがあってね」
「え? ウィネさんから? 何だし?」
「ノアに変な色目使うのはやめときなよ? コイツ、こんな風になってもタラシなのは変わってなくてね。昔のプレイボーイまでそのまんまさね」
「……おい、ウィネ。オメェ、俺のことを何だと思ってんだ? 節操なしの野獣か何かと思ってねえか?」
「そういえば、お父さんも『ノア様と娘を合わせたくはないかも』とか言ってたし。……あれって、そういうことだったし?」
「セ、セレンちゃんまで……」
なお、横でおとなしく聞いていたウィネには不評。セレンちゃんに余計な注釈まで添えられてしまう。
まあ、ここ最近は緊張しっぱなしだったし、こういう緩い時間も愛おしくはある。だが、ジト目で女二人見つめるのはやめてくれ。ウィネのちょっかい出しが。
――3日で別れたこと、根に持ってそうだな。
■
「ふあ~……」
「おや? シスター・リース、お疲れですか?」
「ええ、少し。ですが大丈夫ですので、ご安心を」
結局、昨日は女二人――いや、三人か? まあ、夜中まで駄弁って寝るのが遅くなってしまった。
セレンちゃんにも『ユリーさんが心配する』と言ったのだが、ウィネが変に火を点けるものだから、着地点を完全に見失ってしまった。
今も欠伸が零れる始末。こういう生理現象は男女問わず受け取られるのか、演技の必要もないのは幸いか。
「皆様は引き続き、日常の業務をお願いします。私は少し入口の方にいますので」
「入口で何を?」
「ちょっとした見張りですね。堀を作ったとはいえ、盤石でもありませんので」
「そういや、シスター・リースってスイッチ入るとメチャクチャ強いんだよな。……恐縮ながらお任せします」
とりあえず、今日も今日とていつも通りにやることはある。俺も今日は見張りの役を買って出よう。
堀によって侵攻を妨げることができるとはいえ、入って来られるルートは当然ある。そこまで考えた防衛線を作るにはコストが足りない。
ならば、そこを俺が見張ればいい。生憎とこの中で一番強いのは俺だ。再建の労力だって割きたくはない。
「タラントが出てきたら、流石に俺一人じゃどうしようもねえだろうがな~……。人いねえもんな~……」
「ノアさん、おはようだし。見張りをしてるらしいけど、なんだか眠そうだし?」
「ああ、おはよう。セレンちゃん。そっちは全然大丈夫そうだな。つうか、普通に俺のことを『ノアさん』って呼ばねえでくれよ?」
「だって、誰もいないし。ノアさんだって、男口調で独り言してたし」
「ハハハ。それを言われたら世話ねえな」
見張ってるだけだと退屈なものだが、セレンちゃんがこちらを見かけて声をかけてくれる。今日はウィネもいないし、話し相手にも丁度いい。
思えば、俺が素で話せる相手なんて、今のところウィネとセレンちゃんだけか。自分をさらけ出せる相手がこんなに貴重になるだなんて、男だった時には思いもよらなかったな。
「今のところ、ボークヘッド一派が迫ってる気配もねえな。つうか、ここ最近は音沙汰なしか」
「ノアさんに蹴り飛ばされたことで、タラントもビビってたりするし?」
「そんなタマか、あいつ? ともあれ、用心に越したことはねえよ。注意は払っておくさ。……ふあ~。ちょっと一服入れるか」
「……そうして動いてくれるのはありがたいんだけど、ちょっとは休んでほしいし。昨日の夜だって、話をしながら資産をまとめたりしてて、全然休んでる気配がなかったし」
話をしつつ別のことをするのなんて、俺にとっては領主補佐時代からのお家芸。多重タスクなんてお手の物。とはいえ、疲労がたまっているのは誤魔化しきれない。
一応、セレンちゃんに夜まで付き合ったのが原因でもあるんだがな。まあ、俺に気を使ってくれる子の前で弱音は吐けない。
これぐらいの眠気なら、タバコで紛らわすこともできるが――
「ほーう? 見ない間にこの場所、随分変わったじゃないの?」
「そうですね。父上」
――ボークヘッド一派とは別の来客が近づいてきた。




