1-1.時間よ、もう一度
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――俺は……死んだのか? あれからどうなったんだ?
ずっとずっと冷たい水の中を漂って、声を出すこともできずにどれほどの時間が経ったんだ?
俺の体はどうなった? まだこの水底なのか?
いや、体はないのか? 意識だけがここにあるのか? これじゃまるで地縛霊じゃないか。
ああ、嫌だ。ここから出してくれ。この冷たい水底から俺を引き上げてくれ。
俺にはまだやりたいことがある。どうか、俺にもう一度生きる時間を与えてくれ。
――そのためだったら、どんな姿であっても構わない。
ゴポ ゴポ
なんだ? 何かが流れて来たのか?
人の形――こいつも溺れたのか? 金髪で青い修道服を着たシスターか?
身動きもしないし、目も虚ろに開いてやがる。まさか、死んでるのか?
貧相な体つきだし、幸の薄そうな顔をしてやがるな。ただ、俺が死んだ時のように怪我はなさそうだ。まだ水で膨れたりもしていない。
ああ、羨ましいな。俺は訳も分からぬまま、ズタボロになって死んだってのにさ。
なあ、名前も知らないシスターさん。あんただって本当は死にたくないかっただろ? あんたはなんで死んじまったのさ?
なんて言っても伝わるはずがないか。お互いに死んでるんだもんな。
――でも、やり直せるもんならやり直したいもんだ。シスターさんだってそう思うだろ?
■
「うっ……ううぅ……。あ、あれ……? ここは……どこだ? 俺は一体……?」
水底で遺体相手に独り言を語る地縛霊。それが俺のやっていたことのはずだった。不思議と覚えている。
そこで一度意識が途絶えたのだが、次に気が付くとそこは陸地だった。ずっと見ていた水底などではない。
近くに溜池があるが、ここがさっきまで俺の沈んでいた場所だということか? 俺は河川の氾濫に飲み込まれて死んだはずなんだが?
「クッソ。マジで意味が分かんね――って、あれ? これ、人の体なのか? でも、俺の体じゃ……?」
まるで理解できない事態を前に、ついつい頭を掻く仕草を交えてしまう。そう『頭を掻く』という行為ができてしまう。
さっきまでの俺は実体などなく、ただ水底に沈むしかなかったはずだ。なのに、今は人の体を使って動かすことができてしまう。
「い……今、何がどうなってんだ? こ、これって本当に俺の体なのか?」
それでも感じてしまう妙な違和感。まるで『俺が俺ではない』みたいだ。
体を動かした時の感覚もまるで違うが、地面を這うように溜池の方を確認してみる。さっきまで俺がいたと思われる場所ならば、何かしらのヒントだってあるはずだ。
――そう思って水面に顔を向けた時、違和感の正体にも気が付いた。
「ッ!? こ、これ……俺の体じゃねえ……!? この女の体って、まさか……!?」
水面に反射して映るのは、青いベールを被って幸の薄そうな女の顔。長い金髪も記憶に新しい。体にも目を向ければ、貧相な体と修道服が目に入ってくる。
間違いなく俺の体ではない。だが、全く知らないわけでもない。こいつはさっき俺が見た女の姿だ。
――俺は今、溺れ死んでいたはずのシスターの体に意識が宿っている。
「な、なんでだよ……? なんで俺がこんな姿――ん? この両手首についてるリングって、まさか……!?」
ますます意味が分からなくなり、池のほとりに座り込んで頭を抱え込んでしまう。その時ようやく、この女が身に着けている『あるもの』が目についた。
俺だからよく分かる。むしろ、俺でないと完全には理解できない。
ある意味、これは『俺が俺である証』といったものだ。
「管轄の繰糸……!? 俺の錬術具がこの女の手に……!? だとすれば、もしかしてにはなるが……!?」
溺れ死んだはずのシスターが両手首につけているのは、俺専用の錬術具――管轄の繰糸だ。この俺自身が間違えるはずがない。
錬術具とは『個々の才覚』によって扱える人間が決まっている。言うなれば、それは『自身の一部』と言っても過言ではない。
そう考えれば、俺の脳内にも仮説が成り立っていく。いや、仮説なんて曖昧なものでもない。
――これは実感。理論など考えるまでもなく導かれる真実だ。
「て、転生したってのか……俺は……!? このシスターに憑依することで……!?」