3-3.ボークヘッド一派頭目:タラント・ボークヘッドⅡ②
「あ、顎に蹴りが入ったし!? あんな空中で旋回しながら!?」
「こ、小癪な真似を……! たかがこんな蹴り一発ぐらいで……!」
旋回しながら遠心力を乗せたキック。タラントの顎にクリーンヒットした感触はあった。
現状ではこれが精一杯か。これ以上は俺もちと厳しい。
「いつつ……! タラントの図体もだが、リースの体もそこまで頑丈じゃねえからな……! だが、チャンスは今だ! セレンちゃん、逃げるぞ!」
「えっ!? わわっ!? アーシまで飛んでるし!?」
何せ今の俺はリースの体だ。いくら計算して攻撃を加えても、無理が生じるのは仕方がない。
とりあえず、俺としてもこの一撃を加えられればそれでよかった。タラントに向き直ることもなく、セレンちゃんを抱えて逃走にシフトだ。
今ならば管轄の繰糸で宙を舞い、連中との距離を離すこともできる。
「逃がすかぁぁああ!!」
「タ、タラントがまだ来るし!? さっきの蹴り、効いてないし!?」
「安心しろ。効いてねえわけじゃねえ。あの馬鹿が気付いてねえだけだ」
「え? へ?」
背後から迫るタラントの声を聞き、セレンちゃんも警告の声を上げてくれる。だが、心配は無用だ。
デカい図体に馬鹿な単細胞なせいで、タラント自身が気付けていないだけ。俺の攻撃はもうとっくに届いている。
ガクンッ!
「うっ!? ど、どうしたンだ!? オレ様の体が……動かン!?」
「ど、どうされたのですか!? タラント様!?」
「タ、タラントが膝を着いたし!?」
「脳震盪だよ。どれだけデカくても、顎に遠心力の乗った蹴りが入ったんだ。衝撃はとっくに脳に達し、足元を震わせてるさ」
巨漢の外鎧で大きくなろうとも、人体構造そのものは変わらない。顎への衝撃は脳を揺さぶる。
タラントの足元は震えていたし、本人が気づかず『まだ動ける』と錯覚していただけ。タラントがデカすぎるせいで、下っ端ギャングも身動きが取れていない。
ここまで来れば逃げ切れる。今回はタラントを倒すことが目的ではない。
――セレンちゃんを助け出せれば百点満点だ。
■
「ウィネ! 待っててくれたか!」
「ほうほう。今回は無事なようで。セレンちゃんも一緒だし、ひとまずはめでたしだね」
ウィネが待っている場所まで逃げればもう安心だ。管轄の繰糸も解除し、宙を揺られる旅も終わりとなる。
計算通りだったとはいえ、セレンちゃんには刺激が強かっただろう。抱きかかえていた手を離せば、ゆっくりと地面にへたり込んでしまう。
「少しセレンちゃんを休ませた方がいいな。ウィネ、オメェは先に帰って、ユリーさんに報告してくれ」
「はいよ。落ち着いたらゆっくり歩いて帰るといいさね。……それと、いつまでもその口調はやめなっての」
「お、おう。そうだったな。……なんとも、面倒な使い分けですね」
元居た場所も遠くはない。少し時間をかけて帰る方が、セレンちゃんにとっても都合がいいだろう。
ウィネにもお願いして先に帰ってもらい、俺はセレンちゃんの傍で静かに様子を伺う。
口調も戻しておかないと、流石に言い訳にも無理が生じそうだしな。下手なことは喋れない。
「……あ、あの……シスター・リース。ありがとう……だし」
「私へのお礼は構いません。こうして動いたのも、あなたのお母様の嘆願あってのことです。言葉を交わすならば、この後にどうお母様と話されるかを考えた方がいいでしょう」
「そ、それは……そうだし。……でも、お母さん絶対に怒るし。アーシ、謝っても許してもらえると思えないし……」
それでも、セレンちゃんの方から言葉を振られれば、リースとして返す必要はある。
まあ、不安に思うのも仕方ない。勝手な真似をした子供を叱るのは、親として当然の話だ。
ユリーさんも嘆いてはいたが、セレンちゃんと再会すれば言いたいことはあるに決まっている。一人でギャングのアジトに乗り込み、あまつさえ仲間になろうとしたことは愚行でしかない。
――ただ、どうにもセレンちゃんの論点が少しズレている。ここはリースの立場を借りながらも、ノアとして言葉を紡がせてもらおう。
「あなたはお母様に『許してほしい』から謝るのですか?」
「ゆ、許してほしい……し」
「それはそうでしょうね。とはいえ、責はセレンさんにあります。もしもあのままだったならば、再びお母様に会うことも叶わなかったでしょう」
「そ、そこは理解してるけど、何が言いたいんだし?」
「悪いのはセレンさん……あなたです。謝罪とは『己の不備を認めた人間が行うこと』であり、それ以上でも以下でもありません。謝罪の結果『許す許さない』は別の話です」
「そ、それは……分かるし」
許してほしい。そう考えるのは偽りなき本心だろう。だが、この親子の間で今回のことは『セレンちゃんが加害者、ユリーさんは被害者』といった構図だ。
加害者が許されるかどうかなんて、被害者のさじ加減次第。当人がいない今ここで考える話でもない。
「では、あなたは『許してもらえない』となれば『謝る必要はない』と思いますか? このまま謝罪もせず、なし崩しに元へ戻ることを望みますか?」
「……それは違うし。アーシ、自分が悪いって分かってるけど、逃げるだけってのは分かるし」
「そこまで理解いただけているならば、後は帰ってからの話でしょう」
この子は利口だ。説明すれば、己の愚かさも理解できる。
今はこれぐらいで大丈夫だろう。少しは嘆きも綻んでいるのが表情から見て取れる。後は当人達が会ってからだ。
「お母様には、下手に誤魔化すことなく本心を述べてあげてください。……あなたのお父様も、そうして道を築いたお人ですから」