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TS.シスターは彼なのか?  作者: コーヒー微糖派
0節目:かつての栄光
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0-2.訪れし、唐突な最期

「堤防の決壊!? 氾濫だと!? ならば、早急に各所への手配を――」

「そっちは親父で頼む! 俺は現場に急ぐからよ!」

「お、おい!? ノア!?」


 マフォンからの連絡は親父にも聞こえていたらしく、すぐさま判断して動いてくれる。ならば、俺は俺で動くべき場面だ。

 執務室の窓から飛び出し、目指すは現場の堤防。結構高いところから飛び出したが、俺の錬術具(アーツファクト)があれば問題はねえ。


「頼むぜ……管轄の繰糸(アドミニストリング)! 糸で導いてくれ!」


 両手首に装着したリングから放たれるのは、細く鋭く頑強な糸。これが俺に使える錬術具(アーツファクト)――管轄の繰糸(アドミニストリング)という能力だ。

 こいつを使えば高所に糸を伸ばしながら体を運ぶことも可能。移動に関しては俺の右に出る奴もそうそういねえ。

 荒事にも使える能力だが、今は人命救助のためだ。むしろ、そっちの方が性に合ってる。


 ――この力はあらゆる意味で『未来へ繋ぐ糸』だ。


「にしても、なんでまた河川が氾濫なんて……!? あの堤防は俺も携わってたが、耐久面は何の問題もねえはずだ……! ここ最近の天候からも考えらんねえし……!?」


 向かいながらも気になるのは、何故堤防が決壊したのかという話だ。

 確かに現場となる商工街は昔から河川との位置取りが悪く、氾濫の危険性は孕んでいた。だからこそ、俺も率先して堤防の設置を行った。

 ただ、そうであっても俺の想定できる要因のどれとも結びつかねえ。本当に決壊したのかさえも疑わしく感じちまう。


「ッ!? マジかよ……!? マジで氾濫しまくってんじゃねえか……!?」


 そんな疑念という希望さえも、現場を見れば一瞬で吹き飛んじまう。糸を巡らせて辿り着いた俺の目に入るのは、堤防を越えて商工街に水が入り込む光景だ。

 頑強に作ったはずの堤防には亀裂が走り、その先にいる人々は慌てて逃げ始めている。様子を見るに、決壊自体は急に起こったということか?


 ――いや、今は原因の考察をするべき場面じゃねえな。


「おい、会長! どういう状況だ!?」

「ノ、ノア様!? わ、我々もどうして決壊が起こったのか、皆目見当がつかず――」

「原因どうこうなんざ後でいい! 住民の避難と被害範囲は!?」

「は、はい! 住民には避難を促し、すでに警察や救助にも連絡は行っております! ただ、到着にはまだ少し時間がかかると……!」


 今何よりも優先すべきは人命だ。いずれにせよ堤防が決壊したのは事実であり、俺の不手際とも言わざるを得ない。

 だったら、なおのことジッとなんてしてらんねえ。補佐とはいえ、俺はこの地を任される立場なんだ。

 考えろ。今できる最善策を。被害を最小限に食い止められる方法を。


「救援が来たらすぐ住民避難に向かわせろ! 俺が時間を稼ぐ!」

「時間を稼ぐって――ノ、ノア様!? お一人で危ないですよ!?」


 堤防は亀裂こそ入っているが、まだ完全に崩壊したわけじゃねえ。救援到着にも時間がかかっているし、俺なら時間稼ぎもできる。

 会長の呼び止める声も無視して、再び起動させるは管轄の繰糸(アドミニストリング)。射出した糸があれば、高ささえも乗り越えられる。

 決壊した堤防があるのは人の密集地帯。もしも完全に崩れてしまえば、その被害の大きさは計り知れん。


「あ、あれは……ノア様か!?」

「ノア様! 一体何を!?」

「俺に構ってんじゃねえよ! テメェらは逃げることを優先しろ! 命を無駄にすんじゃねえ!」


 堤防に辿り着くと逃げ惑う住人も反応を示すが、言葉強めに避難を促すのみ。目線を向けるべきは堤防の決壊だ。

 近くで見てみれば、ますますどうして決壊したのかも分からねえ。ただ、この程度ならばまだ俺の力で食い止めることはできる。


管轄の繰糸(アドミニストリング)! こいつで堤防の亀裂を……抑え込めれば……!」


 俺自身の肉体を中心に両手の管轄の繰糸(アドミニストリング)から糸を巡らせ、亀裂を縫いつけるように抑え込む。

 かなり強引な手段だし、やってる俺の負担も半端じゃねえ。とはいえ効果自体は感じられ、漏れる水量は減っている。


「み、水も滴るいい男って、こういう意味じゃねえんだがな……! だが、少しでも長く持ちこたえねえと……! せめて、全員が安全な場所に逃げるまでは……!」


 無論、こんなのは一時凌ぎにしかならねえ。亀裂を全身で抑え込みつつ、逃げる人々へと目を向ける。

 まだ救援は辿り着いてねえみてえだが、住人は最小限の荷物で女子供を連れながら逃げてくれている。避難訓練とかやっといて正解だったか。


「にしても……ふんぎぎぎ……!? 警察も救助も……いつになったら到着すんだよ……!? こうなったらこっちも、もう少し能力を使って……!」


 ただ、肝心の救援の姿がまだ見えねえ。こっちも長くはもたねえが、こうなったら俺にできる全てを出し尽くすしかねえ。

 管轄の繰糸(アドミニストリング)はただ糸を出すだけにも留まらん。能力なんてものは、応用次第で如何様にも――




 ガンッ!!



「アガッ!? な……何が……!? 後ろ……から……!?」




 ――そう考えて準備をしていると、突如後頭部に走る激しい衝撃と痛み。そこを起点として、全身にまで駆け巡っちまう。

 河川にあった岩か倒木でも突っ込んで来たのか? やべえ。今ので完全にバランスを崩した。


「ブハッ! ゴボッ!? ハァ、ハァ! ち、ちくしょう……! 流され……て……」


 管轄の繰糸(アドミニストリング)で縫い合わせた亀裂も綻んじまった。俺の体も激流に捕らえられ、逃れることさえも無理な話か。

 俺が育んできた街へと流れ込んじまう濁流。もう止める術がねえ。どうにかしてえが、俺も俺で体が言うことを聞かねえ。


 ――濁流の奥底へと飲み込まれ、衝撃と窒息の苦痛だけが襲い来る。


「俺……死ぬのかよ……? まだ……やりてえこと……腐るほど……あんの……に――」


 次期領主としても有望視され、いろんな未来だって描いてた。苦労もあるが、その先の成果は手にしてきた。

 それがこんなタイミングで終わりってか? こんな唐突に終わりってか?


 畜生。こんな悔しさの中で死ぬのかよ? やりてえことを数え出したらキリがねえって言うのによ。


 本気で惚れた女だっていたのに。そいつに熱い想いも伝えられず、最期は冷たい水の中なんて笑えもしねえ。




 ――ああ、嫌だ。ノア・ブレイルタクトがこんな呆気なく終わるなんてよ。



□=□=□

ここまでは実質プロローグ。次話から本編です。

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