2-8.思い、暴走して
「おい! セレンちゃ――いえ、セレンさんがいないとはどういうことでしょうか?」
「朝起きたら、ベッドにも居なくて……! いつもはこんなことないのですが……!?」
こっちも思わずノアとしての口調が飛び出しそうになるほど、ユリーさんの動揺は見て取れる。どうにかリースの演技には戻せたものの、あまりいい予感はしない。
ただ娘が出かけただけならば、ここまで取り乱すこともないはずだ。何より、今この周辺には若い女の子が朝一で出かけるような場所もない。
ならば、どこに出かけたというのか? それが分からないからこその困惑なのは、火を見るよりも明らかだ。
「遠出……ってこともないよね? この周辺はボークヘッド一派のせいで、下手な動きも取りづらいし」
「は、はい……。誰かを頼ろうにも、まともに頼れる相手もいなくて……」
「……それで私達の姿を見て、声をかけてくださったのですね」
「お、お願いします! 街も夫も失い、あの子だけが私にとって生きる希望なんです! もしものことがあっては、本当にどうしようも……! ううぅ……!」
いなくなった理由が見えないとはいえ、母親が涙まで流す事態は異常だ。サプライズで何か考えているとも思えない。
この人はここまで暗く落ち込んだ旧商工街の中でも、まだしっかりと心に柱を持てている。その要因こそ、娘のセレンちゃんなのだろう。
そんな柱が揺らいでしまい、今にも崩れそうなメンタルの限界。助けまで求められて、放っておくことなどできはしない。
「何か手掛かりはありませんか? どんな些細なことでも構いません。セレンさんが行きそうな場所について、心当たりがあるならば何でも」
「そ、そうは言いましても……! 昨日はあの子もボークヘッド一派に襲われ、夜に少し話をして寝たきりで……!」
「その夜の会話の内容は話せますか?」
「か、会話の内容……ですか? セレンも気が立っていて、大したことなど話していませんが……」
この地を立て直す前にやることができた。それも早急にだ。
たった一人のためなどとは思わない。その一人が未来を紡ぎ、より大勢を救う姿を俺は見て来た。
そんな人間の家族が助けを求めてくれたならば、助けない理由などない。
「そ、そういえばあの子……就寝前にボソリと『このままよりギャングになった方がマシ』と口にしたような……?」
「ッ!? ねえ、リース。これってまさかと思うけど……!?」
「……ええ。ますますもって急いだ方が良さそうですね」
どうにか繋ぎ合わせた話から見えたのは、セレンちゃんが自らギャングになろうとしていたという仮説。昨日あんな目に遭ったせいで、かえって心のタガが外れたか。
あの子はこんな環境にあっても気が強い。だからこそ、抜け出したい気持ちも強く表面に出てしまったのだろう。
だが、ギャングになってめでたしめでたしなんて簡単な話なはずがない。連中にとってセレンちゃんのような女の子は、餌であっても仲間にはなりえない。
今のセレンちゃんは、そんなことも理解できないほど暴走しているのだろう。
「ボークヘッド一派はここから東の方を根城にしてる。氾濫の影響を免れた地域だけど、かえって危険地帯と化してるね」
「ありがとうございます、ウィネ。少し案内をお願いします」
「え? え? ま、まさか、あなた方で向かうおつもりですか!? そ、そんなの危険すぎます! いくらなんでも!」
「ご心配は痛み入ります。けれど、迷える子羊をそのままとするのは、シスターの役目に反しますので」
「シ、シスター・リース……」
別にシスターどうこうなんて関係ない。これは単なるそれっぽい謳い文句だ。
これで納得させるのは難しいが、少しでも話を遮れればそれでいい。後はウィネと共に場を離れ、小走りしながら言葉を交わす。
「ここから東となると、かつては商工街でも一番栄えてた地域か。ここからでも、いくらか建物も見えるな。とはいえ、あのデカブツ巨人の根城とあっちゃ、廃墟であっても驚かねえよ」
「ギャングのパラダイスにはなってるだろうね。アタシも流石に踏み入れてはいないしさ」
「十分だよ。……ウィネも安全なところで待機しててくれ。突入は俺一人でやる」
「正直、アタシがいても邪魔にしかならないからね。……ただ、一つだけ約束してほしいことがある」
「ん? 何をだ?」
エリーさんとも完全に離れれば、リースの演技をやめてノアに戻る。ここからはシスターにはできない仕事だ。
下手をすればタラントとの再戦もありえるし、こちらも急なことで準備も何もない。それでも、昨日を知っている分だけ考えることもできる。
ウィネの約束というのも同じことだ。それを耳にすれば、忘れず心に留めて動けばいい。
「絶対に無茶はしないこと! セレンちゃんを助けたらすぐに戻ってね!」
「了解! 美人との約束は破らねえよ!」