2-7.先のため、今を知る
ウィネが文通ったのはマフォンの説明書ではない。リース・ホーリーアローの説明書だ。
わざわざ箇条書きで送っており、これなら俺もすぐに理解できる。リースがどういう女だったかについては、今後表向きに繕う上でも必要だ。
「ハァ!? 『タバコは1日1本まで』だって!? んなこと、なんでオメェが把握できてんだよ!?」
「訪ねた時のタバコの減り具合を見れば分かるさね」
「もう今日は2本目だぞ……!? えーっと、他には――年齢は現在で22か。俺が生きてれば2個下でウィネと同じだな。だが身長や体重は別に必要なく――チッ。胸はAカップの72センチか。やっぱ貧乳だな」
「……わざわざ胸のサイズを口にする必要が一番なくない?」
「男性との交際経験なし――だがリースって、処女ではねえみてえだぞ?」
「そういう情報もいらないっての!?」
なお、余計な情報も多い。つうか、あんまり有用な情報がない。
一番欲しい対人関係や経歴についてはないに等しい。交友関係は本当にウィネだけだし、過去についてはウィネでも知らないとのこと。本当に『同郷出身ってだけ』だな。
これでは何のための説明書なんだか。取り繕うより縛られる気分だ。
「ったく、リースのこともひとまずはいいよ。それより、今この辺りの生活基盤の方が知りてえ。住人からじゃまともな反応もねえからよ」
「ほいほい。余計なお世話を失礼しました。この辺の生活については、一応の商売もあるにはあるね。ブレイルタクト領の中央から見放されている分、闇ルートが別に出来上がったって感じでさ」
こんなものより欲しい情報はある。ウィネに尋ねてみれば、ここまで落ち込んだ地の生活も垣間見えてくる。
旧商工街地区も今となっては無法地帯。ボークヘッド一派による勝手な支配下に置かれている。
そんな中でできることとなれば、かつて繁栄の要因となった資源による商売だ。これについては昔と変わらず採取できるらしく、それを元手にたまに来る商人とやり取りしているらしい。
とはいえ、昔ならば加工技術でより大きな富を築けていた。今は資源をそのまま金銭代わりに取り扱い、生活に必要な品を揃えているとのことである。
「そうやって抜け道のルートが残ってるのは、ボークヘッドのバックにファングレイジ家がいる影響もあるだろうな。あっちの目的はタラントみてえな横暴とはまた違う。領民には生きててもらって、物に女といった献上品を確保してえんだろ」
「ご推察の通りで。生かさず殺さずって感じだけど、ギリギリのラインで生きることはできてるね。……本当にギリギリのラインで」
「住人そのものは減っちまってるがな。残ってる人間については、ほとんど旧商工街の住人か。……いなくなった人間については、最終的に『ボークヘッド一派が絡んでる』ってことだな?」
「まあね。他所に移ろうにも移れなかった人達が残り、移れるならば他所に行っちゃってね。……中には、ボークヘッド一派に流れちゃった人だっている」
ウィネは人里離れた地で半ば隠居生活をしているらしいが、それはこいつが優秀だからこそに他ならない。全員が全員、同じように振る舞うのは無理だ。
俺の言葉の『含み』も理解してくれたウィネが語るのは、ここまでギャングが蔓延った要因にも繋がる。生活がままならなくなれば、なりふり構わず強い力に従うのは世の常だ。
あの河川氾濫に始まり、どれだけ勢力図が塗り替わったことだろうか。
――俺が生きていればこんなことにはならなかった。掘り返せば掘り返すほど、嫌な現状しか溢れてこない。
「まあ、闇とはいえ商人と繋がれるルートがあるのは助かる。となれば、まず優先すべきは防衛線かもな。ボークヘッド一派のちょっかいがあると、何をするにしても波に乗れねえ」
「……本当にノアらしい考察なことで。そこらへんはアタシも任せるしかないし、納得もできるよ」
「まあ、本当はボークヘッド一派を潰せれば早えんだがな。現状でできることとなれば、水を引いて堀を作るなり――」
それでも、俺はこの地を再建すると決めた。現状でまとまった情報を整理し、可能な手段を模索していく。
ぶっちゃけ大変だし、完成形のビジョンも見えない。まあ、こんなことは昔からあった。
一歩一歩着実にだ。昔と同じ感覚で手を広げても、今の俺では零して全部台無しにする可能性さえ孕んでいる。
「昨日と違って、随分慎重に動くことで。いっそ領主屋敷に突入とか考えないわけ?」
「んなこと、今の俺にできるかっての。『ブレイルタクト領』って名前のままならば、今領主をしてるのもブレイルタクト家の人間だろうよ。そこを押さえおくだけで十分だ。下手に先走る場面でもねえ」
「……ぞうやって自分を押し殺すのもノアらしいね。ホント、昔を思い出すよ」
考え事している間にタバコも吸い終わり、ウィネの忠告もあるので吸い殻を携帯灰皿へ。一服のおかげもあって、先走る気持ちも抑えられる。
本当はもっとやりたいことだってある。もっと先に見える真実にだって手を届かせたい。領主屋敷に殴り込んで、こうなった真相だって問い詰めたい。
だが、今じゃない。昨日からずっと自分にも言い聞かせている。今の俺では手が届かないし、今この地をこのままにもできない。
ボークヘッド一派にファングレイジ家。これらの問題を解決しないことには、俺も安心して先へと進めない。
時間はかかるだろうが、これこそが最善にして一番の近道だと信じている。俺が方々に揺らいでしまっては、全て叶わず瓦解することだろう。
「……よし。いったん引き上げ――って、なんだ? 誰か走って来てねえか?」
「本当だね? あれは……ユリーさん? 慌ててるようにも見えるけど……?」
ひとまずの区切りをつけようとすると、こちら目がけて丘を駆け上がる人影が見える。昨日会っているから見覚えもあり、ユリーさんであることはすぐに確認できた。
だが、あの慌てようはどういうことだ? 何せ、あんなことがあっての昨日の今日だ。妙な胸騒ぎを覚えるが――
「シスター・リースにウィネさん! あ、あの! 娘を――セレンを見ませんでしたか!? 朝からどこにもいなくて!?」
「セレンちゃんが……!?」




