2-6.領主補佐の仕事、再び
ウィネに強烈な脇腹溝内ツッコミを受けた翌日、俺は朝から外をうろついてみる。
まだリースになって2日目だ。調べて手に入る情報なんて腐るほどある。
体が痛むと言っても、弱音を吐くつもりはない。これぐらいの強硬、昔にだってやった話だ。現状、一番痛いのはウィネにやられた脇腹だが。
「……確かにこの辺りは、かつて商工街があった地域で間違いねえな。地理的には見覚えがある。……もっとも、人も景観も全然変わっちまったがよ」
調査の方は順調だ。実際に目で見て、これまで聞いた話との照合もできる。
リースが溺死していた溜池は河川とも隣接し、ここ一帯は当時の事故から手つかずといったところか。ギャングの蔓延といい、ブレイルタクト領から切り離された印象さえも受ける。
そして、一番気になるのは人々の反応だ。昨日俺があれだけ暴れたのにも関わらず、声をかけても反応は渋い。
「あの、昨日のことは私どもは関係ないので……」
「できれば、こっちも関わりたくなくて……」
「ボークヘッド一派やファングレイジ家に逆らったら、何をされるか……」
会った全員、大体こんな感じ。極力俺に関わりたくない気持ちが見え透いている。
いや『俺に』というより『自分以外の人間に』と言った方がいいか。気持ちが完全に萎えており、下手な変化を避けている。
だからこそ、孤独という檻に閉じこもることでの自己防衛。理屈としては分かるが、なんとも悲しい話だ。
かつて栄華を築いた商工街も今は昔。兵どもが夢の跡か。
「まあ、昨日の俺の行動で怪しむ奴がいねえのは幸いか。まさか、ここにいるのが『リースじゃなくてノア』なんて思う人間もいねえよな」
幸いと言うべきなのか、関与を避けるおかげで俺の正体もバレていない。管轄の繰糸は余程目を凝らさないと見えない糸でもあるので、傍から見ている分には何が起こっていたかも分からなかったことだろう。
俺がノアだとバレてしまえば、ボークヘッド一派やファングレイジ家が動く。それは俺だって避けたい。今のままじゃ、まともに太刀打ちさえできない。
「タラントの野郎も錬術具持ちなんだよな。昔はギャングなんてあぶれた領民でしかなかったってえのに。……どこか他所から流れてきてんのか? あそこに見えるモンも含めて、ブレイルタクト領の勢力図は想像以上に激変してるだろうしな」
ひとまず、ギャングや貴族の話は後回しだ。まだまだこの地だけでも足りない情報はある。
堤防こそ決壊したままだが、現状を見るにまた氾濫という恐れはない。何せ、河川の向こう側の景色が大きく変わっているからだ。
小高い丘を登って確認すれば、2年前とは全く違った光景が目に入る。あれのおかげで、河川の水も抑えられているのだろう。
「デケえ森だな……。いくら2年経ってるからって、普通あそこまで森は広がらねえだろ? エルフが関与してれば可能か……?」
河川を挟んだ対岸に広がるのは広大な森。その森に河川の水が使われる形となり、以前のような堤防さえ不要となったということか。
確かに理には適っている。ただ、俺からすればこの対処法には疑問が残る。
あれほどの規模の森となれば、森の番人たるエルフが関わっているとしか考えられない。とはいえ、連中は昔から偏屈だ。
一応あの森もブレイルタクト領内とはいえ、エルフと人間では種族という壁も大きい。文化や常識も違って来るから、簡単に話を進められたものでもない。
俺もエルフ相手には苦労したものだ。ここら一帯を管理する女王様とも交渉し、上手いことバランスを保ったんだったか。
――そういや、エルフの女王とも交際経験ってあった気がする。これはまた別の意味で注意しておこう。
「だが、あそこまで大きな森となると、互いの生存圏とかどうなってんだ? 2年で森を拡張しすぎだろ?」
「アンタならそう言うだろうね。まっ、アタシもエルフなんて別種族のことまでは知見の外でさ。とりま、おっはよーさん」
「おお、ウィネか。おはようさん」
そうこう昔の女のことが頭によぎっていると、これまた昔の女が後ろから声をかけてくる。こいつはこいつで割り切る性格だから、余計な真似さえしなければ安全か。
俺にも協力してくれるし、ロクに右も左も分からない今となっては貴重な味方だ。他の領民と違い、暗さに気がやられているわけでもない。
「オメェも来たことだし、俺もちょいと一服入れさせてもらうか。……フー」
「アンタって、一息入れる時はいっつもタバコだね。この機会だし、少しは減らしたら? 健康に悪いよ?」
「体に良くても心がもたねえよ。先を考えてると、滅入って何かしらルーティン入れたくなるモンだ」
「まっ。吸い殻は個人で処分願います。それに、こっちもアンタに頼まれてたものを渡す時間が欲しいし。はい、マフォン」
「おう。ありがとよ」
朝から色々回って気分的にも疲れていたし、タバコに火を点けてしばしの休憩。そのタイミングでウィネも頼んでいたものを手渡してくれる。
2年前なら領内で主流にもなっていたマフォン。今後は連絡経路も確保したいし、これ以上に最適な手段もない。
そもそもの開発者であるウィネならば、俺用に1台用意することは造作もない。今はまだウィネしか連絡先はないが、いずれは他の人々にも再度普及させたいものだ。
――こういった人と繋がる手段がないのも、人々の心を閉ざす要因だろうしな。
「今後は俺もオメェに通話ったり文通ったりするだろうから、できるだけ気にかけて――って、なんだこれ? オメェからすでに1通文通ってんのか?」
「ちょいとした取扱説明書ってことで」
「別にマフォンの仕様自体は変わってねえんだろ? だったら別に説明書なんて――」
俺用のマフォンを受け取り、慣れた感覚で画面を操作してみる。ここについては発展していなかったのはありがたい。下手に機能が増えていても、扱いに困っただけだろう。
ウィネはご丁寧にアフターアービスまでしてくれているが、そんなものは必要ないほどに扱えて――
「……おい、ウィネ。なんだこれは? 『リース・ホーリーアローの在り方』……って?」
「そのまんま。リースの取扱説明書」