2-3.立ち上がるため、再び手を
「今の俺なんざ、領主補佐だった時みてえな発言力もねえ。それどころか、ノアとしては汚名まみれの悪人だ。……俺一人じゃ無理だ。オメェにも協力してほしい」
やることが決まれば、体に活力が戻ってベッドからも起き上がれる。人間、やっぱ心から動くものなんだな。
立ち上がって右手を伸ばした先にいるのは、俺が助けを求めた相手であるウィネ・アークロッド。こいつは優秀な錬工師だ。味方になれば心強い。
眼差しにも力を込めれば、ウィネの方もどこか心が揺らいで見える。言葉で示せるならば、言葉で示すのみ。それが俺のやり方だ。
「……一応、アタシも暇じゃないんだけど?」
「いや、暇だろ。最近は仕事もご無沙汰なんじゃねえのか? せっかく俺が作ったマフォンの流通経路でさえ、今はなくなっちまってんだろ? 転生してから持ってる奴を見てねえぞ?」
「……やれやれ、まあね。よく見てるもんだ。アタシの功績もアンタに関わってたからか、今は干されて開店休業状態さね」
「それを見返すことだってできるんだぜ? もう一俺と一緒にやってみねえか? ブレイルタクト領にデカい改革の花火をよ。この地から再びさ」
「なんとも甘美なセールストークだね。……ニッシシ。分かった。負けたよ。アンタに協力してやんよ。リースのことだってあるからね」
俺の言葉を聞き入れたリースは、力強く差し出した右手を握り返してくれる。マフォンの普及で協力した時のようだ。
ウィネの瞳にも力が戻っている。リースの死もあって落ち込んでいたが、やっぱりこいつみたいないい女には笑顔が似合う。
この笑顔こそ、俺が再び築き上げる笑顔の第一歩――なんてのは、ちょいとキザが過ぎたかな?
「まっ、アタシも落ち込んでばかりもいられないさね。リースのことはまだ複雑なものもあるけど、ノアが戻ってきたことにありがたさだってあるさ。……アンタでなきゃできないことだってあるからね」
「プラマイゼロぐれえに考えててくれ。リースの無念の分は、新たな体の持ち主としてやり遂げてやるさ」
「ニシシシ~。男前なセリフを吐くねぇ」
「お? なんだ? 俺に惚れたか? なんだったら、今からでも付き合うか?」
とはいえ、ブレブレだった気持ちもようやく昔みたいになってきたか。色々起こりすぎて揺れていたが、これぐらいストレートな方が俺達には似合っている。
ウィネにちょっとしたナンパ言葉を吐くのも懐かしい。まあ、実際にこいつとそういう関係になったことは――
「……ちょっと待って。アタシ、アンタと付き合ってたことあるんだけど?」
「……え? そ、そうだったか?」
――そういえばあった。
いかん。その辺りの記憶が飛んでる。ヤバい。ウィネのジト目が怖い。
馬鹿な。このノア・ブレイルタクトともあろう男が、付き合った女のことを忘れていただと?
「まさか……完全に忘れてたわけ?」
「い、いや……その……す、すまねえ。マジですまねえ。俺もどういうわけか記憶が飛んでて……」
「ハァ……まあ、いいさね。付き合ってた期間も3日だけだったし」
「え? 3日も付き合ってたのか?」
「……『3日も』ってどゆことよ? アンタ、いつか後ろから刺されるよ?」
確かに俺は結構な女と付き合っていた経験があるのだが、そこの記憶がやけにうやむやになっている。そういえば、管轄の繰糸の扱いにもまだできていない技もあったな。
どうにも、2年間死んでいた影響か。なんだかんだで記憶に支障が出ていてもおかしくはない。
だからって、仕方ないとも割り切れない。ウィネの俺を見る目が、今度はゴミを見るようなものへと遷移していく。
――迂闊に過去の女と接触し、本当に後ろから刺される未来がありそうで怖い。
「ハァ……まったく。アンタだって一度は死んだ身だし、お互い遊びだったこともあるから『まあいっか』で流してやんよ」
「あ、ありがとよ。やっぱ、オメェは優しいところもあるよな」
「……ただし、もう一つ言いたいこともあるのよね。こっちは今後の面でも重要だし」
「へ? な、何がだよ? 今度は改まって……?」
女の件については俺もこれ以上詮索されたくない。不必要なボロは勘弁だ。
ただ、ウィネにはまだ言いたいことがある模様。『この際だから』とばかりに顔を近づけつつ――
「アタシ、さっきも『今のアンタはリース・ホーリーアロー』だって言ったよね!? なのに、何を思いっきり『ノア・ブレイルタクトのまま』で色々やっちゃってんの!? 口調とか全部含めてさぁ!?」
「えっ、ええぇ!? あ、あれって、そういう意味で言ってたのか!?」
――さっきボークヘッド一派とやり合った時のことを蒸し返されてしまった。
確かに『俺』とか男口調を散々使ってはいたが、これについては仕方ないと割り切れるのではなかろうか? 体こそ女になったが、心については男なわけだし。
つうか、ウィネの言葉ってアドバイス的なものじゃなかったのかよ。忠告かよ。
「オ、オメェだって錬工師なら分かんだろ? 管轄の繰糸が扱えるのは、ノア・ブレイルタクトの心があるからこその話だしよ? ……そもそも、女言葉なんて分かんねえし」
「約30人の女と付き合ったプレイボーイが聞いて呆れるね! 女心ぐらい理解しなさいっての!」
「お、おう……なんか、すまん。あっ、ちょっと落ち着きてえし、タバコ吸ってもいいか?」
「ダメ! さっきも吸ってたでしょ!? リースはそんなにポンポンタバコ吸わないの! 第一、アタシとアンタが別れた理由もタバコの云々かんぬんで――」
そこからも次々に飛び出るウィネの注文――もとい、リースとしての在り方。落ち込みを超えたと思ったら、世話焼き染みた苦言を俺へ突き刺してくる。
思えば、ウィネはタバコが苦手だったか。だが、ここは一応リースの――もとい俺の自宅なわけだ。喫煙加減ぐらいは許してほしい。
リースも自宅でどれぐらい吸ってたかなんて、ウィネが知るはずはないし――
「あのー、すみません? シスター・リースはいらっしゃりますでしょうか?」
――などと揉めていたら、来客の声がドアから聞こえて来た。