2-2.力なき今、必要な手を
「……うっ、ううぅ……ん? ここは……?」
「ようやく目が覚めたかい、ノア。ここはアンタの自宅さ。まあ『リース・ホーリーアローの』だけどね」
ちょいと夢心地の中にいたが、目を開けるとウィネの顔と胸が飛び込んでくる。後半の余計な言葉がなければ、思わず飛び込みたくなる絶景だ。
俺の肉体はリース・ホーリーアローのもの。偶然溺れ死んでいたこいつの体に乗り移り、心がノア・ブレイルタクトになっただけ。
おかげで蓄積していたダメージも残ったままで回復せず。俺はタラントに敗れ、惨めにもここへ運ばれたってことか。
一緒にいたファングレイジ家の連中もそのまま。汚職が目の前で起こっても、見過ごすことしかできなかった。
「……あの少女はどうなった? 他の住人も含めて無事なのか?」
「安心しな。みんな無事だよ。ここはブレイルタクト領でも見放された地なもんで、下手に怪我人なんか出たら面倒だったけどね。アンタが一番重症さ」
「……そうか」
「……無事を祝うって気分じゃないかい。まあ、アンタがノアならそうなるか」
守りたいものは守れたはずなのに、ヘドロのようにこびりつくやるせなさ。軽く体を起こしつつも、頭を抱えてモヤモヤしっぱなしだ。
俺はあの時、狙われた少女を助けたかっただけか? 違うだろ? ブレイルタクト領で無礼を働くギャング連中を、いっそあの場で全部叩きのめすつもりだったのだろう?
それなのに、今はこの様だ。できると思って勇んだ結果が、知り合いの女に介抱してもらっている。
「……ウィネが手当てしてくれたんだな。ありがとよ」
「どういたしまして。こっちも助けられた身だしね。……ただ、アンタも外身はリースだってことは理解してほしいもんだ。昔みたいにヤンチャな領主補佐とは違うんだよ?」
「……身に染みて理解したよ」
ウィネが手当て道具を片付けながら漏らす苦言はもっともだ。あんな醜態を晒して返す言葉もない。
ぶっちゃけ、かつてのような力が欲しい。それが高望みだってことは分かっている。体そのものが変わった今、昔と同じようなことはできない。
それでも、昔と同じ力が必要だ。こんな荒れ果てた領地の姿を見せられて、黙って見ていられるほど温厚じゃない。
「ん? 力……か。そういや聞きそびれてたが、このリースって女はなんで死んだんだ?」
「……そこはアタシでも預かり知らないところさ。本人に聞くわけにもいかないしね」
「己の無力さを嘆いていた……なんてことはねえか?」
「……成程。頭の回転はノアだもんね。ここまでのことで察しはつくか」
頭を掻きながらどうしても浮かんでしまうのは、リースの肉体についての不満だ。こいつがもっと強靭な体ならばと、ついつい他責に走ってしまう。
ただ、同時に気になることが一つ。リースは溜池に身投げして死んだのだが、どうしてそんなことをしたのだろうか?
遺書の文面は短かったが、気になる言葉があった。『無力な私をお許しください』という己を卑下する謝罪文だ。
「リースはね、地味で奥手な子なんだけど、心根は本当に優しい子だったのさ。ブレイルタクト領にこんな無法地帯ができたと知って、自分にできることを探し求めたんだろうね」
「そりゃまた、絵に描いたようなシスター様なことで。……だが、現実に対しては無謀だったってか」
「言ってくれるね。本人がいないからってさ。……でも、その通りだよ。アンタが死んでブレイルタクト領に蔓延った闇は大きく、リースみたいに普通の女の子がどうこうできる話じゃなかった。逆にあの子の方が心を蝕まれ……ご存じの通りの結末って流れだろうね」
俺の依り代となった女――リース・ホーリーアロー。無謀ながらも、こいつもこいつで感じるものはあったのか。
シスターの性分なんてものは知らない。そこまで深く関わることなどなかったし、今更死人に確認することもできない。
ただ、どこか今の俺と被るものはある。リースが命を絶った理由にしても、己の無力さを思い知らされたが故。
――もしもその無念を拭える力があるならば、それは俺も求めるものなのだろう。
「……俺はぶっちゃけ、リースって女のやったことは気に食わねえ」
「アンタねえ? あんまリースのことを悪く言わないでくんない? あの子だって一人で抱えて苦しんでる様子だったから、アタシも気にはかけて――」
「だったら、リースは己の無力を声に出したか? 誰かに助けを求めたか?」
「い、いや……。むしろアタシも近寄り難いぐらいで……」
「そこだよ。俺はそこが気に食わねえ。自分一人で抱え込んで、訴えることもなく死んでサヨナラか? 冗談じゃねえ。それは『逃げ』だ。オメェも含めて、周囲の人間が一番苦しむ愚行だ」
リースの過去は想像に難くない。女の足跡なんてものは、姿を見れば汲み取れる。
幸の薄そうな外見も、自らが救おうとした人々の毒気に逆にやられた故か。ミイラ取りがミイラになって、余計に暗さをまき散らす要因となったか。
これ以上を防ぐまいとも考えて、自ら命を絶つような真似もしたのだろう。それほどまでに絶望の色が濃いことも分かるし、そうしたくなる気持ちを否定はできない。
「人間、言葉にしなけりゃ気付いてももらえねえ。訴えるのは弱さじゃねえ。ただ弱音を吐くだけとは違う。自らにできないことを認め、できる人間に助けを認める――それが強さだ」
「ノア……」
だが、ついつい熱くならずにはいられない。かつても口にした言葉が無意識に紡がれる。
リースのやったことなど、ただの逃避に過ぎない。己に力がないことを悔やみ、己に無意味な責任の押し付け方をしたのみだ。
――だが、もしも『力があったならば』どうだ? 目的に必要な道筋が見えていたならば?
「ぶっちゃけ、今の俺は弱え。タラントにも後れを取った。そこは認めざるを得ねえ。……だが、まだまだこんなもんじゃねえ。『ノア・ブレイルタクトとして完全な力』を取り戻した時、ボークヘッド一派に荒らされたこの地を取り戻すことだってできる」
面倒な考え事は後だ。まずはこの地をどうにかする。俺の汚名のせいで穢されたようなもので気分も悪い。
とはいえ、今の俺の力ではいきなり変えるなんてのは無理だ。それも分かっているし、一歩ずつもう一度踏み出す必要がある。
そうすれば、俺が目指したブレイルタクト領をもう一度目にすることができる。同じ道をやり直すことにこそ、俺としての意味があると今は信じたい。
――そのために必要な一歩目についてはもう決めている。
「なあ、ウィネ。もう一度俺に力を貸してくれ。この地に蔓延る影もリースの無念も、俺が晴らす。そのためには、オメェの力だって必要だ」




