0-1.役割、担いし過去
結構長いことブランクがあってからの復帰1作目です。
よろしくお願いします。
「ノア様。教育に関する予算案なのですが――」
「産業の税率も検討いただきたく――」
「今後の治安維持のため、警察にもご検討を――」
「医療面でも教会組織を納得させ、共同体制を固める必要が――」
「分かった、分かったから。1個ずつ言え。順番だ、順番」
本日も我が領主屋敷は騒がしい。各部門のお偉いさんが、書類を手にこぞって押し寄せてくる。
まあ、仕方ねえ話だ。俺はこの地を統治するブレイルタクト家の長男、ノア・ブレイルタクト。まだ正式に世代交代したわけじゃねえが、親父からは運営の大半を任されている。
ぶっちゃけた話、俺が優秀だからこその話だ。少し前まで『時代遅れ』だ『ギャングの横暴』だ何だで冷え切ってたブレイルタクト領も、ようやく軌道に乗って盛り返している。
「――よし。交渉事は終わりだな。また後日書類を刷って――って、こういうのも面倒だな。どうせなら、書類の手間を省けるシステムでも作るか? とりあえず、タバコでも口にして――」
「一息入れつつも間に考え事か、我が息子よ。そういった何気ない考えが、この地に確信を生むのかもしれぬがな」
「おお、親父。休んでなくていいのかよ?」
「老いたとはいえ、まだ引退したわけではないのでな。少しぐらいなら体も起こせるさ」
業務に目処がつき、俺一人となった執務室。一服のために引き出しからタバコを取り出せば、本当の領主である親父が姿を見せる。
今日はまだ顔色がいい方だが、元々体は弱い方だ。そこに領主としての激務が重なり、結果俺に白羽の矢が立ったというのが現状である。
とはいえ、俺もそこまで嫌な気はしてねえ。これでも結構成果は残してるし、達成感だってある。
「それに、一息の合間に話ぐらいはしたいと思ってな」
「だったらマフォンを使えばいいだろ。部屋にいても話せるんだし」
「便利ではあるが、味気ないものもあるだろう。便利なのは認めるがな」
「親父みてえに古い世代だけじゃできなかったろ?」
「フフフ、反論の余地もあらぬ。これまで限られた人間しか使えなかった錬術具を産業として成り立たせたのは、王国中枢でも評価されているとのことぞ」
親父と話しながら手に取った板こそ、俺の功績の一つと呼べるものだ。
錬術具というのは『個人の才覚』によって使える人間が限られている道具のこと。俺も個人で使えるものはあるが、この板の形状をしたマフォンは違う。
離れていても会話ができ、簡単な文通も可能。誰にだって扱える。最近は『会話する』とか『文通を送る』なんて造語も作られるぐれえには浸透してきた。
こういった新しい技術を導入するのは、ぶっちゃけ古い世代では難しいものがあった。『俺だからできた』なんて鼻を高くしてえもんだ。
――作ったのは俺じゃねえがよ。まあ、繋いだのは俺だし。
「社会ってのは『人と人の繋がり』だ。ブレイルタクト領だけでなく、もっと広い範囲にも通用する。マフォンの普及は俺自身マジで大成功だと思ってる。開発者を口説くのは骨が折れたがよ」
「ああ、あの魔女さんのことか。彼女は大層な錬工師だったな。よくあれほどの逸材を見つけたものだな?」
「そういう普通なら目の届かねえところに目を向けることこそ、上に立つ者の資格ってもんだろ。親父には足りなかったんじゃねえか? フー」
「フフフ、息子に説教されてしまうとはな。これは引退も遠くはないか」
火を点けたタバコをふかしながら、ちょっとした愚痴交じりの談笑。親父も最近は体力のせいなのか、引退の話をほのめかすことが増えてきた。
ただ、こっちもすぐに跡を継ごうとまでは考えてねえ。正直、今の立ち位置が一番やりやすいって気持ちもある。
下手に領主にまでなっちまったら、マジで個人の時間までなくなっちまう。俺だってまだ22歳。領地運営とは別にやりたいことだってある。
「して、ノアよ。お前はいつになったら結婚するのだ?」
「……引退話から急に世継ぎの話かよ。流れぶった切んなよ。俺も今薄っすらと考えてはいたがよ」
で、そのやりたいことというのは親父にも先に言われた話だ。ついついタバコを吸う口元も歪になっちまう。
今の俺は国全体で見ても婚期まっただ中の年齢。多忙の中とはいえ、そういうものに興味はある。
「儂としても、次期領主には世継ぎの目処が立ってから就いてもらいたい。孫の顔も見たいしな」
「『孫の顔が見たい』が9割だろが……。それにこんな多忙の中じゃ、まともなデート時間も確保できねえっての」
「これでも工面はしておる。領主補佐の今ぐらいしか機会はないぞ? ……それに噂程度で儂も耳にしておる。視察と称して、お前が女性と練り歩いておることはな」
やはり親子というものか。親父にはどうにも俺の思考も行動も見抜かされている。どこかニタニタされながらの尋問は気分が悪い。
まあ、ぶっちゃけ俺はかなりのイケメンだ。おまけに仕事もできるとなれば、言い寄ってくる女は結構なもんだ。
相手を選ぼうと思えば選べる立場ってのはありがたい。選り好みしなければだが。
「生憎、どの女も俺の性には合わねえ。見てくれに財産狙いっつうか……ピンと来るものがねえんだよ」
「確かにお前が付き合った女性は10人にも上るという話も聞いてはおるが……」
「違えよ。30人は下らねえよ」
「……多すぎるぞ。そこまで付き合っていまだに結婚まで行く相手はなしか? いっそ、マフォンの開発者である魔女さんなどと付き合ってはどうだ? 結構お前の好みのタイプであろう?」
「あいつとは3日で別れた。『タバコやめろ』ってうるさかったし」
「……サイクルも早すぎる」
別に立場がどうってだけでもねえ。ただ、俺自身が納得できねえってだけの話だ。
女を選べるからこそ、誰がいいかととっかえひっかえでの交際。おかげで巷じゃ俺はプレイボーイ扱いされちまってる。事実だし言い返す気も何もねえが。
「まあ、親父も焦んなっての。いずれ時は来るさ」
「いや、お前自身のことであるぞ? 仕事は手早い癖に、なんでこんなところで呑気なんだか……」
「オンとオフを切り替えてるだけだっつの」
とりあえず、この話題は切り上げておきたい。親父の相手がめんどくせえ。
親父の言いたいことも分かるんだが、俺も何も無策ってわけじゃねえ。考えた上で話さねえだけだ。
親父はまだ気付いてねえが、俺には本命と言える相手がいる。だからこそ、迂闊なことは口走りたくもねえ。これまでとは訳が違う。
机の引き出しにタバコをしまいつつ、ちょいとした用意についても確認。親父がこんな話題を持ち出すもんだから、ついつい気になっちまう。
――もしも上手く行けば、望む未来もそう遠くはねえはずだしな。
「とりあえず、親父も自分の部屋で休んでろよ。俺は少し今度のエルフとの会食について整理があるし――って、なんだ? マフォンに通話か?」
気持ちを切り替えながら机に向かおうとすると、俺のマフォンに通知が入ってくる。相手は商工会の会長だ。
仕事の話というのは段取りを組んで欲しいところだが、ここで無下にしては後々の印象も悪い。業務上の対人関係ってのも面倒なもんだ。そう思いつつも、マフォンの通話ボタンを押してみる。
――もしこれが本当に仕事の話だったならば、どれだけよかったことか。
【ノ、ノア様! 大変です! 商工街付近にある堤防が決壊を! は、氾濫しています!】
「な、何っ!?」