よくある令嬢の逃避。
ごきげんよう、転生者ですわ。
ふと前世の記憶を取り戻したら、テンプレっぽい状況におりましたの。
ええ、転生ものによくある、不遇の立場。
両親が貴族で政略結婚で不仲、母の死後、継母と同年の姉妹(どちらが姉でどちらが妹なのかは不明、誕生日なんて祝われた事ございませんもの)が現れ、あれよあれよという間に幼女ながら屋敷の端の部屋に閉じ込められました。
可哀想な記憶を取り戻す前のわたくし。
例え不義の子であろうとも姉妹、仲良くしようとしていたのに。
まるで他人事のように一度だけ過去の自分を憐れんだら、忘れる事にしましょう。
テンプレのドアマットヒロインなら、この後はデビュタントまでドアマット状態に甘んじるのでしょうが、わたくし、そんなのはごめん被りますわ。
三歳半から厳しい令嬢教育を受け、五歳ながら令嬢らしく育ったとは言え、前世はごく普通の会社員、今世で言うと平民でしたもの。
さて、閉じ込められているということは令嬢としてはまだ利用価値があると父は思っているのでしょう。
部屋に有るものは、ベッド、サイドテーブル、本。
もちろん娯楽用の本などありませんわ、全て貴族に必要だと思われる教本のみ。
ぱらぱらと前世で身に付けた速読法で軽く流し見ながら並べ替え、手に取りやすい場所に今欲しい知識や追々身に付けたい技能の本、取りにくい場所に必要度の低い知識や将来的に要らなくなりそうな知識の本、と分類しました。
今世では魔法なんて技術がありますわ。
高位貴族は血統を掛け合わせて高い魔力を持つようにしている反面、実践は雑事と下位貴族に押し付けて、高位貴族になるほどに学園を卒業すれば実践の機会はなくなる事は閉じ込められる前に教わりました。
というか、両親がそれですわね。
子爵家や男爵家の者がメイドや召し使いとして仕え、魔法を使い身の回りのお世話をする。
ギリギリ高位貴族に引っかかる伯爵家ながら、無駄にプライドの高い父は魔法を使える者ばかり雇っていますわ。
将来何になるにしろ、便利ですので魔法は覚えておきましょう。
そんなこんなで知識を蓄え能力を磨き、まだ六歳ですが1人でもなんとかやっていけそうな自信が付きましたので脱出しましょう。
置き手紙はお約束の「探さないでください」かしら?
久しぶりに街に出てきた「僕」は、十五歳程度の少年の幻を纏って馴染みになった雑貨店に工芸品を納めがてら情報収集をした。
前世の伝統工芸品程品質は良くないが、伝統工芸品にアイデアを貰った僕の作った工芸品はそこそこ人気があってそこそこの値段で売れる。
試行錯誤の結果が金額にあらわれてにんまりする。
結局、伯爵は行方不明になった「わたくし」の事は探しすらしなかったみたいだ。
まあ、醜聞になるのを嫌ったのだろう。
「娘が一人」が「娘が一人」にかわるだけだし、誤魔化すのも簡単だったのだろうし。
そこまで考えて、要注意人物の接近が魔法レーダーに表示されたので、店員が引き留めるのを振り切って雑貨店を出る。
人目の無い瞬間に建物の屋根に魔法で飛び乗り、他から見えないように幻を纏いなおすと、眼下を要注意人物……現在地を治める侯爵家の子息が護衛を連れて雑貨店の中に入って行った。
工芸品を気に入ってくれるのは嬉しいんだけど、お抱え職人になる気はないし、放っておいてくれないかなぁ……。
黒漆に純鉄で作った箔を貼り、透明な漆でコーティングした大皿を入れた箱を抱えた子息の姿に笑みがこぼれる。
そうそう、それが今回一番の品だよ、見る目があるね。
目的の相手に会えなかった落胆と良い品を手に入れた喜びの混じった複雑な表情の子息を見送ってから、街を出る。
自分の力で、自分の為だけに作った、魔境の大岩をくりぬいた中にある和風の我が家に帰るのだ。
大岩をくりぬいて作った自宅は、一階は魔法で作ったステキなタイルに飾られたキッチンとお風呂と作業場で、二階は魔法で錬成した光ファイバーで外の光を取り込んでいるので明るく(一階にも繋げてるのでそっちもまあまあ明るい)、虫が入らないように網を付けた吸排気口(外からは目立たないように作られている)があるので常に新鮮な空気を取り込んでいて、外からは岩壁に見えるブラインドがついた窓と、い草っぽい植物で作った畳もどきが敷かれていて、濃いめのブラウンに塗られた木製の壁に白木で作った木組細工のパーティションが置かれた夢のお部屋。
押し入れもお布団もあるよ!
もちろん全て自ら採取した魔境の素材を使い、令嬢の魔法で作られています。