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3.

pixivにも同様の文章を投稿しております。


(ゆるふわ設定なので、細かいことは気にせずふんわり読んでいただけると助かります)

 繁華街から少しだけ外れた夜の路上、ロリータタンバリン少女は今日も赤いタンバリンを上手に打ち鳴らす。そして、その前にはしゃがみ込んで、なにやら甲高い声で唄う説也がいた。聴くと、「赤いタンバリン」というフレーズを繰り返している。少女は、説也の歌声に合わせて、にこにことタンバリンを小刻みに打ち鳴らしていた。

「おまえ、なんでいつもいるんだ」

 唄い終わったらしい説也に声をかける。

「よく行くコンビニが近くなんだよ」

 説也は素っ気なく答える。

「ということは、家が近いのか」

 創介は、思ったことをすぐ口にする。

「俺んちも、この近くなんだ」

 そう言ってみたが、説也は答えない。沈黙が下りたので、話題を変えてみる。

「さっきの、なんて曲?」

「『赤いタンバリン』。BLANKEY JET CITYの」

 あのフレーズそのままだった、と創介は思う。

「ぴったりだろ」

 そう言って、説也はロリータタンバリン少女を見る。少女は、「ありがとう」と微笑んだ。

「あなたも、なにか唄いますか?」

 そう尋ねられ、

「遠慮します」

 創介は慌てて首を横に振る。歌は苦手なのだ。

「そうですか」

 少女はにっこりと頷いて、またタンバリンを打ち鳴らし始めた。

「いつもいっしょにいる女の人、彼女?」

 なぜだか、説也は唐突にそんなことを聞いてくる。視線は、目の前の少女に定められたままだ。

「ちがうよ」

 彼女などいない創介は即答する。しかし、そう言ってから、どの人だろう、と考えてしまう。いつもいっしょにいるような女性に心当たりが全くないのだ。

「ところで、どの人のことだ?」

 創介は尋ねる。

「いつもいっしょにいる女が、そんないっぱいいるのかよ」

 説也は顔をしかめる。

「ちがう、いない。ひとりもいないから聞いてる」

「でも、おまえ、いつもいっしょにいるじゃんか。髪の短い、背が高くてなんかこうキリッとした、きれいな人」

 そういう外見のひとは、ひとりしか知らない。

「桜澤さんか」

「うん、そう」

 説也は、こっくりと頷いた。

「いつもはいっしょにいないだろ」

 創介は言う。

「そう、だっけか」

「いっしょにいるのは、英語の授業の時だけだ」

 そういえば、と創介は思い出す。今日の英語授業の前に、桜澤さんから託ったものがあった。

「せつ、井下」

 下の名前を呼びそうになって、慌てて言い直す。また馴れ馴れしいと言われたらたまらない。なぜだかわからないけれど、説也に嫌われたくなかった。説也が立ち上がって、創介を見る。

「これ、桜澤さんから」

 創介は、ジーパンのポケットからストラップを取り出す。

「オニヤンマのヤゴだ」

 言いながら、そのストラップを説也の手に握らせた。

「なんで? なんで桜澤さんから?」

 説也は上擦った声で、なんで? を繰り返す。

 そんなにオニヤンマのヤゴがうれしいのか。創介は驚く。桜澤さんといい説也といい、昨今の若者は虫が好きなのだろうか。

 創介は、桜澤さんからストラップを預かった経緯を話す。


「樋口くん、それミイデラゴミムシ!」

 桜澤さんが、創介の携帯電話についたストラップを指して、歓声に近い声を上げたのだ。英語の授業が始まる前、桜澤さんと予習のノートを見せあいこしている時だった。

「どうしたの、それ。樋口くんもこのシリーズのガチャ集めてるの?」

 なんだ、どうした、桜澤さんのこのテンションは。創介は少し驚く。この虫のストラップは、自分が知らないだけで若者の間で流行ってるのだろうか?

「井下説也からもらった」

「井下くんと仲よくなったのね」

 桜澤さんにそう言われ、創介は首を傾げ、それを半分だけ否定する。

「いや、まだ。これから仲よくなるところ」

 それが、正確な答えのような気がした。

「井下のほしいのが出なかったらしくて、俺にこれをくれた」

「井下くんがやってるのね、虫ガチャ」

「そう」

「井下くんは、なにがほしかったの?」

「オニヤンマのヤゴだって」

 創介の言葉を聞いた桜澤さんは、ぱちん、と手を叩いた。

「私、持ってる」

 桜澤さんは、リュックサックからスマートフォンを取り出した。そのケースには、オニヤンマのヤゴらしき虫がぶら下がっている。想像していたよりもグロテスクなその外見に創介は、うげ、と思う。

 スマホケースからストラップを外し、

「これ、井下くんにあげて」

 桜澤さんは、オニヤンマのヤゴを創介の手に握らせる。ヤゴの脚がてのひらにちくちくあたり、しかもその全身にあしらわれた細かい毛の感触がリアルに気持ち悪い。創介は再び、うげ、と思う。どうしてみんなこんなストラップをほしがるんだ。

「本当はヤマトタマムシがほしかったの。でも、ヤゴが出ちゃって。中古で悪いんだけど、ほしがっているひとのところへ行くのがいちばんだもの」

 桜澤さんは、うれしそうに言う。

「そ、そうだな」

 創介は勢いに押されて頷く。

「私、井下くんと話したことないから、樋口くんから渡しておいて」

「わかった」

 創介は、そのストラップをジーパンのポケットにしまったのだ。


「桜澤さんが……桜澤さんの……」

 ぶつぶつと呪文のように呟きながら、説也は頬をピンク色に染め、手に持ったオニヤンマのヤゴをうっとりと眺めている。

 タンバリンの音が楽しげに響く。

「そうか」

 創介は納得する。

「説也は桜澤さんのことが好きなのか」

 創介は思ったことをすぐ口にする。しまった、下の名前で呼んでしまった。そう思ったけれど、説也は創介の言葉に固まってしまい、別段文句を言う気配はない。

「おまえ、誰にも言うなよ」

 説也は創介を睨みつけ、そう言った。

「わかった。誰にも言わない」

 創介は頷いた。オニヤンマのヤゴのストラップも、桜澤さんがつけていたのを見て、ほしくなったに違いない。そう考えると、なんだか健気でいじらしい。創介と頻繁に目が合ったのも、説也が桜澤さんを見ていたからなのだろう。

「さっきの、よく行くコンビニの話」

 説也がぼそりと言う。

「おれんちは別にこの近くじゃないんだけど、コンビニの向かいのサクラ書店てとこで桜澤さんがバイトしてて、おれは、それを時々コンビニの窓から立ち読みしながら見てて」

 ぼそぼそ話す説也に、

「ストーカーじゃないか」

 創介は思ったことをすぐ口にする。ぎょっとしたように、説也が創介を見る。

「やっぱり、ストーカーって思う?」

 ショックを受けている様子の説也を見て、否定したほうがいいのだろうか、と一瞬考えたが、

「思う」

 創介はやはり思ったことを口にしてしまう。

「本屋さんに直接行って、本を買ったらどうですか」

 いつの間にか、タンバリンを打ち鳴らすのをやめていた少女が、横からにこにこと声をかけてきた。

「それなら、ただのお客さんです」

「そうだ。そうしろ」

 創介も、その意見に乗っかる。説也は、情けない表情でゆるく頷いた。

「でも」

 創介は言う。気がかりなことがあった。そして、その「気がかり」を、創介はすぐに口にした。

「桜澤さんは結婚してるぞ」

 先ほどよりもさらにぎょっとした様子で、説也は創介を見る。

「……うそだ」

 思わず、というふうに呟かれた声は、非常に弱々しい。

「本当だ。本人から聞いたんだから、間違いない」

 追い打ちをかける気はないのだが、創介の言葉は確実に説也を追い込んでいく。

「うそだ。ねえ、うそでしょ?」

 説也は混乱しているのか、赤いタンバリンを持ってにこにこと立っている少女にまで、すがるように尋ねている。

「本当ですよ」

 少女は、気の毒そうに眉を下げて説也に言う。

「ん?」

 創介は思わず疑問符を口にした。少女の口ぶりが気になったのだ。まるで、桜澤さんを知っているかのようだ。そんな創介の疑問を察したのか、

「あなたたちの『桜澤さん』は、わたしの姉です」

 少女は言った。

「ちなみに、サクラ書店は姉の嫁ぎ先です」

 創介は、少女の顔をまじまじと見る。そう言われれば、雰囲気は全然違うが、顔立ちは似ている。いまはロリータファッションに合わせて、かわいらしさが引き立つようなメイクをしているが、メイクを落とし服を変えたら、桜澤さん同様シャープな美人になりそうだ。

「姉は、高校卒業と同時に本屋さんと結婚しました」

 少女の言葉に、説也はストンと力が抜けたようにしゃがみこんでしまう。

「おまえ、この子が桜澤さんの妹さんだって知ってて、いつも見にきてたのか?」

 説也の気力はもう無いに等しい。にも関わらず、創介は思ったことをすぐ口にして説也に更なるダメージを与える。

「ちげーよ、知らなかったよ! 偶然だって!」

 説也は甲高い声で叫ぶ。

「たたきますか?」

 桜澤さんの妹さんは説也の前にしゃがみ込み、タンバリンを差し出す。

「気持ちいいですよ」

 説也は黙って、タンバリンを受け取った。

 立ち上がった説也は、めったやたらにタンバリンを打ち鳴らす。説也は泣いていた。桜澤さんの妹さんが、きれいな声で『赤いタンバリン』を唄った。やることのない創介は、歌に合わせて手拍子をする。

ありがとうございました。

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