第8話 小日向さんには好きな人がいるようです
あの後、すぐに話しを終え解散。そのまま、一人で帰ろうと思っていたのだが。
「なんで、付いて来るんだよ」
帰宅時。自転車を押して歩く俺の横に、小日向が並んで歩いていた。
一旦は解散。といって、4人ともバラバラになった。俺は帰る前にトイレに行き、下駄箱のところまで向かうと、いきなり後ろから「貴志君」と、小日向に声をかけられたのだ。
正直、怖い。小日向は解散したようにみせかけて、俺がトイレ入ったところを待ち伏せし、下駄箱に向かうところまで、ずっとつけていた。ストーカーと言われても文句は言えまい。
「一緒に帰ろうと思って」
「だから、なんで一緒に帰るんだって話しだよ」
「ダメなの?」
面倒臭そうな声を出すと、小日向はムスッとした顔をする。ああ、お得意の逆ギレか。ムスッとしたいのは俺の方だぜ、全く。まあ、俺も自転車なら、無視して、立ち去ればいいのだが。一緒に帰ろうなんて言われること自体、久々過ぎて、ちょっと動揺している自分がいるのも事実。
「なぁ、小日向。お前、友達いないのか?」
「それは利害関係なしで信じ合える友達のこと?」
「違う。世間一般に言う友達」
「じゃあ、いるよ」
「なら、俺に構うなよ」
「どうして?」
「友達に言われるぞ。来栖と関わると、ろくなことがないって」
「貴志君と関わると、ろくなことないの?」
「は? こないだ起きた金魚の件で、お前、巻き添え喰ったろ。忘れたのか? 言いたくないが、少なからず、罪悪感はあるんだぞ」
「それは、お金をもらっているから?」
「それもあるけど。お前さ、あの事件以降、矢島や久保田にイジメられたりしていないか?」
「えっ? なんで私がイジメられるの? 悪いのはあの二人でしょ」
ポカンとした顔をする小日向を見て、俺は「いや、別に」と言って、目を逸らした。
内心、ホッとした。今回の事件が切っ掛けで、矢島や久保田に陰湿なイジメを受けてないだろうか。と心配していたが、取り越し苦労だったみたいだ。
「てか、罪悪感があるなら、八重桜さんの仕事断ればいいのに」
「だから、金がいるんだよ」
「バイトしなよ」
「バイトじゃ効率が悪いんだ」
まあ、本音を言うと、バイト先での人間関係が億劫だから、普通にバイトをしたくなんだけど。それを言うと小日向に『そこは努力しようよ』と、説教されそうだから、口にはしない。
「というか、小日向。お願いだから、俺の邪魔はしないでくれよ」
こっちが順調に任務を遂行しても、小日向の邪魔で全て台無しになる可能性が高い。今回は特に、情報が周りに漏れないよう細心の注意を払う必要がある。
「わかった。貴志君がそう言うなら私、邪魔しないよ」
「本当か?」
「うん。その旨、八重桜さんに伝えておくから」
ああ、とんだクソ野郎だ。一瞬でも、小日向のことを良い奴だと思った自分が恨めしい。
嫌な顔を露骨に出してしまったか。俺の顔を見た小日向はクスクスと笑う。そこ笑うところじゃねぇだろ。と、突っ込んでやりたい。いっそのこと、十万を諦めて、7万を確実に取りに行った方が賢明だろうかと、考えたのもつかの間「貴志君。私、手伝ってあげようか?」と、小日向が予想外の提案を投げかけてきた。
「邪魔してあげようか? の間違いじゃないよな」
「完全な疑心暗鬼だね」
小日向は苦笑する。誰のせいだよ。と言ってやりたい。
「手伝うって、なにをしてくれるんだ?」
「うーん。例えば、貴志君が苦手とすることとか」
「俺が苦手とすること?」
「うん。例えば、情報収集とか。今回の件、サッカー部の現状とか、人間関係の情報があった方がいいでしょ。でも、貴志君、人に話し聞くの、苦手そうだし」
小日向の提案に俺は驚いた。それはまさに俺が必要とする協力だったからだ。
情報収集。言うまでもなく、それは自分が最も不得意なこと。人と話すのも苦手なのに、自分から率先して話しかけ、情報を取りに行くなど、無理ゲーに近い。
しかし、今回の依頼、情報がある、なしで動きやすさが変わってくる。だから、もし、小日向が代わりに情報収集をしてくれるというなら、願ってもない申し出だった。
「……で、いくら欲しいんだ?」
俺は苦し紛れに交渉へ入る。出来るだけ、出費は最小限に抑えたいが。
ところが俺の問いに対し、小日向はキョトンと鳩のよう顔つきになり「なんの話し?」と尋ねてきた。
「報酬だよ。悪いが、渡せても一万だぞ」
知らん顔するなんて嫌らしい奴だな。ダラダラと交渉するのも嫌なので、俺は単刀直入に自分が出せる最高額を提示した。
「別にいらないけど」
「えっ。いくらだって?」
「だから、いらないって言ったの!」
聞き直すと、小日向は苛立ったように声を出す。
いらないだと? こいつ、正気か。いくら貧乏でないにせよ、欲しいものの一つや二つあるだろう。
「なぁ、小日向。俺からすると、タダほど怖いものはないんだ」
「貴志君の心は本当、歪んでいるね」
呆れたような視線を俺に向けると、小日向は深い溜息を漏らしていた。別に歪んでなどいない。当然の思考だ。
「悪いが、俺は小日向を信用していない。なんなら、報酬とは別に、もし裏切った場合のペナルティも提示したいくらいだ」
「酷い言いようだね。まあ、私の今までの言動を聞けば、心配になるのも無理ないけど」
てっきり怒るかと思ったが、小日向は納得したように頷き、歩いていた足を止めた。その足につられ、俺も足を止める。小日向は空を見上げ、何かを考えているようだった。
しばらく経ってから、小日向は俺の方に視線を戻す。
「じゃあ、一つお願いごといいかな?」
その時、小日向は何故か微笑んでいた。ただ、なにかを企んでいるような微笑みではなく、少し緊張したような固さのある微笑みだった。
「なんだ?」
聞きたくはないが、聞かざる得ないだろう。と思い、俺は頷いた。
「この依頼が無事に解決したら。私とデートにしてよ」
小日向は目を伏せ、緊張したような面持ちで言う。
「悪い、小日向。日本語で言ってくれるか?」
「いやいや、どう聞いても日本語だったでしょ!」
俺のボケに小日向は速攻で突っ込んできた。いや、実際はボケたつもりではないのだが。
「冗談だろ?」
「冗談じゃないよ」
「お前、デートとか言って、俺のこと陥れようとしてるんだろ」
「貴志君の心は本当、歪んでいるね」
だから、歪んでいない。当然の思考だ。
きっと、こういうのはデートだと期待させておいて、途中から誰かが大きなパネルを持ってきて、ドッキリ大成功とか言うんだろう。そんな古風な手には引っかからんぞ。
「わかった。白状するよ。絶対に秘密してよね」
俺が疑心でいると、小日向は観念した様子で切り出してきた。絶対に秘密だと。こいつ、やっぱり、俺にドッキリを仕掛ける気だったのか。
小日向は大きな深呼吸すると、真っ直ぐに俺を見た。
「私ね、好きな人がいるの。でも、勇気が出せなくて告白も出来ない。私、どんくさいし、これといった取り柄もない。その人ともあまり話したことないから。その……貴志君を練習台にしたいの」
「練習台ってお前な」
「あっ、ごめん。傷つけること言ったよね」
呆れたような声を出す俺に対し、小日向は慌てた様子で謝ってくる。
なんというか、悲しいことにしっくりきてしまった。確かに練習台にするなら、俺が一番適任だろう。他の男子に頼んだら、面倒臭い結果しか生まないはずだ。
普通に練習台。なんて言われたら、機嫌を損ねるだろうし、下手な噂が広まる可能性がある。ただ練習台という言葉を伏せた場合、更に面倒臭くなる。
本人には言わないが、小日向の顔は可愛い部類に入る。正義感が強く、右と言ったらそれを曲げない頑固な性格。という面倒臭さはあるが、根は無垢だし、優しい奴だ。
だから、練習台の男が小日向のことを好きになってしまい、面倒臭くなる。という方向性になる可能性が一番高いと考える。
それを加味して、来栖貴志という男は練習台に適任だろう。
俺は噂を広げる相手がそもそもいない。百歩譲って、仮に俺が小日向を好きになり告白しても、小日向は迷わず断り、その後の生活になんの支障も出ないことは確実。何故なら、俺は学校では誰とも話さないから、小日向も俺と関わらなくてもなんの支障も違和感もない。そして、その事実は誰も知らないまま、時は流れ卒業式を迎えるだろう。
「わかった」
俺は小日向の出された条件に承認した。正直、小日向の色恋沙汰を手伝うというのは面倒臭いが、一万円を失うよりは断然いい。
「嘘、本当?」
目を大きくして、小日向は驚いている。
「なんだ。断られると思ったのか?」
「うん。だって、練習台なんて言われたら普通、気分悪いでしょ」
「別に。ていうか、俺の場合、練習台になるかも怪しいぞ。女子とデートなんてしたことないし」
まあ、妹である彩空が女子としてカウントされるなら、話し別だけど。
「ううん、大丈夫。私も初めてだから」
俺の言葉に対し、小日向は不安げな顔をするかと思ったが、逆にパッと顔を明るくさせ、嬉しそうに笑っている。
その後の帰り道、小日向は終始上機嫌だった。