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来栖貴志くんは嫌われ者です  作者: 結城智
第2章 サッカー部の陰謀を解決せよ!
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第7話 ぼくはガラケーです

 翌日。


 依頼を無事に片づけた俺には、いつもの日常が戻ってきた――ように見えた。


 クラスの空気も驚くほど静かで、水槽を壊した件で白い目を向けられることもなかった。矢島と久保田は露骨に俺を避けていたが、それもむしろ好都合。


 俺はぼっちだ。嫌われ者のほうが、心地いい。


 ……そう思っていたのだが。


 放課後、掃除当番。

 俺は黒板消し担当を押しつけられていた。みんなは雑巾で床を拭いたり、机を運んだり、わいわいとグループで作業している。もちろん、俺に声をかける者はいない。


 ――が、俺は知っている。黒板消しは、サボり効率が最強だ。


 ぱんぱん、と二回窓の外で叩けば、それだけで、仕事をしたことになる。

 他のやつらが汗を流して雑巾を絞る横で、俺はひとり涼しい顔。


 孤立? いやいや、これはむしろ“労働の最適化だ。


「……貴志くん」


 不意に声をかけられて振り向くと、小日向が雑巾を手に立っていた。頬にはうっすら汗。

彼女は俺をじっと見上げて、首をかしげた。


「黒板、もうとっくに綺麗だよ……ちゃんとやってるふり、してない?」

「ふりじゃない。結果がすべてだ。黒板は白い、俺は潔白」

「……屁理屈」


 小日向は呆れたようにため息をついた。


「みんな頑張ってるのに……貴志くんだけ楽してるの、不公平だよ」

「不公平じゃない。分業だ。俺は黒板担当、お前は床担当。持ち場を全うしてるだけだ」

「……でも、ほんとはもっと叩けるでしょ? 二回じゃなくて、十回とか」

「それは努力って言うんだ。俺は最適解を選んでる」

「……最低解、の間違いじゃない?」


 ぐさり。小さな声なのに妙に響く。俺は黙って黒板消しをもう一度、窓の外で叩いた。


 ぱん、ぱん。

 小日向は小さく笑った。


「やればできるんだ。……ちょっと安心した」


 その笑顔に、不覚にも目を逸らしてしまう。


「別に。証拠作りだ」


 そう言いながら、俺は黒板消しを強く握りしめた。

 ――ほんの数分のやり取りだったのに、不思議と胸の奥にざわめきが残った。


 だが、そのざわめきがすぐにかき消される出来事が、このあと待っていた。


 掃除を終え帰宅準備をして廊下へ。すると、背後から「貴志くん」と呼ぶ声。振り返らずとも分かる。小日向だ。小走りの足音が近づいてきた。


「……今度はなんだ」


 俺は素っ気なく返す。


「ごめん。さっき教室じゃ言えなかったから」

「教室で?」


 眉をひそめる俺に、彼女は一瞬迷ったあと、言葉を絞り出した。


「このあいだは……ありがと」


 頬をかすかに赤らめ、ぺこりと会釈。怒っている様子はないらしい。安堵したのも束の間、彼女の眉は切なげに下がる。


「でも……ああいうの、もうやめてね。自分を傷つけるの」

「傷ついちゃいない」


 即答すると、彼女は目を泳がせ、困ったように視線を落とした。


「……そういう強がりが、一番心配なんだよ」


 小さな声は、廊下のざわめきにすぐにかき消されていった。


「悪かった。もし傷つけたなら謝る。けど、もうやるなは聞けない」

「どうして。お金のため?」

「ああ」

「そんなに……欲しいの?」


 幻滅した色。カチンと来る。


「勘違いするな。欲しいんじゃない。必要なんだ」


 娯楽の小遣いとは違う。生活と、妹の将来がかかってる。必要なら俺は嫌われ役でも悪魔でもやる。白い粉は売らないが。

 怯むと思った小日向は、逆に一歩詰めてきた。近い。パーソナルスペースが崩壊する。


「なら……わたし、力になれないかな?」


 上目づかい。俺が一歩退く。


「なれないわ」


 口が滑った。お姉口調。彼女は吹き出す。


「じゃあな」


 離れようとすると、腕をつかまれた。


「ライン、交換しよ?」

「は? なんで」

「なんでって言われると……困る。けど。友だちになりたい、から」

「俺は思わない」

「でも、わたしは思う」


 揺れない。八重桜が言っていた。おとなしく見えるけど、芯が強いと。


「小日向。俺、ガラケーだぞ」

「うそ。教えたくないだけでしょ」


 面倒だ。ポケットから実物を出して見せる。彼女は目を丸くする。


「うそ、ほんとに……」

「Eメールだ。やり取りする相手なんて母親と妹くらいだし、電話で足りる」

「……友だちとの連絡は?」

「俺が友だちいるように見えるか」


 決め顔で言って自分で刺さる。涙が出る。男の子なのに。


「じゃ、番号とアドレス。教えて」


 観念して交換した。


「来栖くん。こんなところにいたの」


 背後から声。八重桜がこちらへ。小日向は慌ててスマホをしまう。


「二人が一緒は珍しいわね……正確には、来栖くんが誰かと一緒が珍しい、かしら」

「いちいち言い直すな」

「邪魔だったかしら?」

「ううん。大丈夫。今、終わったところ……」


 小日向は小声で早口。背を向ける。


「で、用件は」

「喜びなさい。新しいお仕事よ」


 笑みが含みを帯びる。嫌な予感より、先に数字が頭をよぎる。これで説得材料が増える。


「じゃあ、詳しく――」


 と言いかけて口をつぐむ。八重桜の視線が別方向へ。そちらを見ると、さっき去ったはずの小日向が、背中を向けたまま立ち止まっていた。


「小日向さん。どうしたの? そこで固まって」


 声は不思議そう。ただ、顔は、しめしめという感じ。さっき、わざと大きな声を出したな――聞かせるために。


 小日向が振り返る。困り顔。目が泳いでいる。


「……そのお仕事、わたしも、入っていい?」

「なぜ?」

「それは……」


 詰まる彼女。八重桜の口元がさらに意地悪く、どこか楽しげに上がる。


「もしかして、来栖くんの仕事を横取り?」

「違う、違う。そうじゃない!」


 両手をぶんぶん。俺は疑心が芽生える。


「小日向。俺の仕事を狙って――」

「だから違うって!」

「わたし、お金……興味ない」

「ボランティアのつもり? 逆に気持ち悪いわ」

「貧乏人の俺をバカにしてるのか」

「……何言っても、地雷なんだね」


 どん引きの顔。なんだ、逆ギレか。


「まあ、いいわ。ついてきなさい、小日向さん」

「ちょ、八重桜。まさか俺の――」

「落ち着きなさい、来栖くん」


 視線ひとつで制圧。刃の角度は一定。


「前にも言ったでしょう。わたしの依頼は、あなたにしかできない。根暗で、捻くれて、コミュ症で、ぼっち。人に恨まれても気にしない来栖くん、限定」

「だから言い直すな」

「ただし――小日向さん。ついてくる条件が二つあるわ」

「……なに?」


 小日向は息をのむ。八重桜は、ゆっくり指を二本、立てた。


「まず一つ目。守秘義務。依頼の内容は、他者へ一切口外しないこと」


 当たり前の条件なのに、小日向の肩がぴくりと上がる。


「……一つ目、守れる?」

「……うん。守る」

「分かったわ。二つ目――こちらが本題」


 八重桜は、めずらしく視線を泳がせ、ポケットからスマホを出した。


「連絡先を交換しましょう。電話番号と、LINEも」

「……それが条件?」

「不満?」

「ううん。意外、で」

「どうして? ガラケーの彼とは交換できて、わたしとはできないの?」


 強気な口調の奥に、わずかな焦り。こいつ、自分から聞くのは慣れてないらしい。


「……いいよ。ほんと、意外で。八重桜さんみたいに綺麗で友達多い人が、わたしの番号、欲しがるなんて」


 小日向が目を伏せる。卑屈な響きに、八重桜の眉がわずかに寄った。


「小日向さん。どうして、わたしに友達が多いと思うのかしら」

「え……。だって……いつも、人が集まってるし……ファンクラブあるって……噂も」

「勘違いよ。集まってくる子たちは友達じゃない。ただの群れ。ファンクラブも同じ。勝手に作って、勝手に騒いでるだけ」

「……え?」

「……え?」


 互いの間で空気が噛み合わない。八重桜はあえて無表情を浮かべ、淡々と問いを重ねる。


「では、あなたの定義を教えてちょうだい。“友達”とはなに?」

「……利害関係なしで……信じ合える関係、だと思う……」


 小日向は迷わず答える。弱々しい声に、けれど芯はあった。

 八重桜の口元に、わずかな笑みが宿る。


「なるほど。立派な理想ね。じゃあ、もう一度聞くわ――あなたは本当に、わたしに友達が多いと思うの?」


 小日向の顔に影が差す。言葉が詰まったその瞬間、俺が口を挟んだ。


「悪いが、その議論は空回りだな。小日向。お前の定義は綺麗だが、幻想だ。


 友達の始まりなんて、大抵二つしかない。趣味や話が合うか、利害が一致するか。後者は大人になるほど増える。利益が消えれば、誰だって離れる。家族は戸籍で縛られるが、友情はただの服だ。合わなきゃ、脱ぎ捨てる」


「――要するに、そういうこと」


 八重桜が冷ややかに追認する。

 小日向は黙り込む。寂しさよりも、不満の色が濃い。今にも噛みつきそうな気配。根は弱くない、むしろ意外と強い。


「まあ……それはそれとして。早く交換しましょう、小日向さん」

「……うん」


 俺と小日向は紙に番号とアドレスを書いて渡す。八重桜と小日向はQRコードで一瞬。最先端は速い。


 交換を終えると、八重桜は何かを思い出したように、唐突に口を開いた。


「あのね、小日向さん。さっき、あなた……自分を地味で取り柄がないって言っていたけど。私はそう思わない。あなたは、まっすぐで優しい……憧れるくらいに」

「え……ええっ……」


 小日向の耳が、みるみる赤くなる。視線が、なぜか俺に向けられた。


「貴志くん……どうしよ……」

「どうもしなくていい」


 慌てて暴走を止めながら、俺は複雑な思いに沈む。

 小日向は優しい。だからこそ、幼い。融通が利かないところがある。

 仕事の現場では理不尽が山ほど出る。そのたびに、きっと受け入れられない。……その優しさが、いずれ足を引っ張る日が来るかもしれない。

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