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来栖貴志君は嫌われ者です  作者: 結城智
第2章 サッカー部の謎を解き明かし、廃部を阻止せよ
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第7話 新たな依頼です

 また、喫茶店キャッツに行くのか。と思っていたが、向った先はある教室だった。表札はない。きっと使われていない空き教室だろう。


「ここよ」

「ここよって。いいのか、無断で使用して」

「バカね、許可は取ってあるわよ」

「誰に?」

「相馬先生よ。友達と勉強したいから、この教室を使わせてくださいってお願いしたわ」

「マジかよ」


 それで簡単に許可が下りちゃうのか。俺だったら速攻、却下だろうな。まあ、八重桜は表面上、優等生だからな。相馬先生も問題を起こすなんて危惧はしていないだろう。


 教室の中に入ると、先客がいた。窓際にある一番後ろの席に座っており、ドアが開くとこちらに視線を向ける。恥ずかしながら、コミュ症の俺はこの瞬間、少し尻込みしてしまう。


「待たせたわね。音無君」


 八重桜は先頭切って中に入っていく。音無君と呼ばれた男は「ううん。僕も今来たところだよ」と、静かな声を答えた。


 小日向は八重桜の後ろに付いていくのかと思ったが、俺の横に並び、立ち尽くしている。


 ああ、そっか。小日向の奴、俺の前では口数も多いが、普段は大人しい奴。どちらかといえば、人見知りに入る部類。行った先に、クラスメイトがいれば、彼女も尻込みするのだろう。まあ、尻込みする意味合いが、俺と小日向では大分違うが。


「どうしたの、二人共? モアイ像みたいに並んで。早くいらっしゃい」


 突っ立って動かない俺達を八重桜は急かしてきた。


 クラスメイトがいる。という状況は正直やり難いが、これも仕事だ。割り切るしかないだろう。そう思い俺は歩み寄る。音無の前の席には八重桜。右の席には俺。右前の席には小日向という席順で腰を落とした。


「えっと、まずは自己紹介する必要あるかしら」


 クラスメイトなのに、なんで自己紹介する必要あるんだよ。と、普通は突っ込む場面だが、そう提案する八重桜の目は俺を見ていた。


「必要ない。音無凪人だろ。クラスメイトの」


 俺はぶっきらぼうに答える。とはいえ、相手が音無でなければ、ヤバかった。二年生になって、まだ二ヶ月程度。俺はクラスメイト全員の名前を把握していなかった。というか、知らない奴の方が多いかもしれない。ただ、音無に対し、俺は特別な印象を持っている。だから、名前も知っていた。


 音無凪人(おとなし なぎと) 身長は170センチ以上ある俺より若干低いくらいだから、クラスでは平均値の背丈。容姿も整っており、童顔に近い顔立ち。イケメンというより、人懐っこい犬みたいな顔をしている。けして口数が多いタイプではないが、クラス内では目立つ存在。交友関係が広く、クラスのリーダー的存在の男子にも、はたまたクラスで目立たない根暗の子達(俺を除く)にも慕われている存在。


 好かれる理由として、いつも物腰が柔らかい。後、嫌な役割も文句も言わず進んでやる。この2点だろう。一見して聞くと、小日向に似たタイプに聞こえるが、全然違う。


 小日向は物腰柔らかそうにしているが、自分の意に副わないことがあると感情的になり、意見を曲げない。大人しいとはいえ、喜怒哀楽は人並以上にはある奴だ。


 でも、音無は違う。喜怒哀楽がほぼない。気に食わないことがあったり、嫌なことがあっても彼は怒ったり、悲しんだりしない。いつも物腰柔らかで、笑顔を絶やさない。だから、周りに好かれ、頼られる。悪く言うと甘えられ、利用されてしまう。


 別にそれが悪いとか、気に食わないと言っているのでない。ただ、危うい奴だと思っていた。


「フルネームで覚えてくれて嬉しいよ。来栖貴志君」


 音無はいつも教室で見せる微笑みを浮かべていた。その横で、俺が音無の名前をフルネームで言った途端、小日向が露骨に驚いた顔をしていたのが、癪に障る。


「で。今回の依頼は?」


 余談は必要ない。俺は八重桜に顔を向けた。


「そうね。自己紹介も必要なさそうだし。早速、今回の依頼を伝えるわ。音無君、私の方から説明して問題ない?」

「うん。お願い出来るかな」


 八重桜は音無を一瞥すると頷き、そのまま、仕事の本題に入った。




 まずは来栖君。うちの学校、サッカー部が強豪なのは知っているかしら。


 知らない? あなた、体育館で話す校長先生の話しどころか、部活の表彰も全然見てないのね。


 まあ、いいわ。白銀学園はね、創立二十年と歴史は浅いけど、サッカー部は以前、全国大会出場の常連校でもある。確か十年前は全国ベスト4にもなったみたいだし、うちの卒業生でプロになった人もいるくらいの強豪校。


 ただここ最近、同じ宮城県内にいる名門の英育高校が強くて、毎年決勝で負けている。


 でも、今年の三年にはプロのスカウトからも声がかかっている三年の部長、小林先輩と司令塔である副部長の須藤先輩がいるから、全国大会出場も夢じゃないって盛り上がっている状態よ。

でも、そんな白銀学園のサッカー部が今、まずい窮地に立たされているわ。


 まずは、小林先輩を筆頭に、煙草を吸っているものが続出している。部室で吸っているから、今はバレていないけど、いつ周りに気付かれるかわからないし、サッカー部の誰かが密告する可能性も高い状況。


 そして、一番の問題は今、サッカー部内でイジメが発生している。三年生が一年生に対してだったかしら。激し過ぎる練習の強要に加え、暴行が加えられている。顔に傷はないみたいだけど、体は痣だらけになっているみたいよ。


 ということで、今回、来栖君に頼みたいことは一つ。


 今起きているサッカー部の問題を解決してほしい。煙草というより、イジメの方をね。前回同様、やり方は来栖君に任せるわ。




 サッカー部の問題を解決して欲しい。噛み砕けば、イジメをなくすということ。はっきり言って、やり方を問わないのであれば、かなりイージーな仕事といっていい。


「音無。質問いいか?」


 俺は腕を組み、質問を八重桜ではなく、音無の方に向けた。


「なに?」

「サッカー部にあるイジメをなくすこと自体、やり方を問わなければ簡単だ。但し、それをした時のリスクは考えているのか?」

「それは、サッカー部のことを心配してくれているのかな?」


 俺の遠回しな問いに対し、音無は顔色一つ変えずに芯のある回答を返してきた。その回答に俺は少し戸惑いを覚える。


 こいつのこの顔、確信犯だ。だとすると、音無の奴、全てを想定して依頼を出してきたのか。


「ああ、そうだ。煙草もイジメも、騒ぎ立てれば問題になる。そしたら、煙草を吸った者、イジメをした者はそれなりの処分が加えられるだろう。ただ、同時にサッカー部の活動停止は免れないと考えた方がいい」


 当たり前のことだ。音無もバカじゃない。そのことに気付かないはずがないのだ。その指摘に対し、音無は困ったような顔で苦笑する。


「正直、仕方ないことだと思うよ。ここまで事態が大きくなるまで、なにも出来なかったのは事実だから。連帯責任だよ」


 と、諦めたような表情で音無は語る。


「なら本心は、サッカー部の問題を解決し、サッカー部が存続することを望んでいるんだな」

「……まあ、出来るのであれば」


 音無は複雑げな顔で頷く。素直に肯定しない、その歯切れの悪さが気になりはしたが、俺はある提案を投げかけた。


「それなら、サッカー部を活動停止にせず、今ある問題を解決してくれ。という依頼でいいじゃないか?」

「そんなこと出来るの?」

「出来なくはないが、それなりの労力がかかるな」


 と言って、俺は八重桜の方を見た。


 こちらの言いたいことを察したのか、溜息を漏らした八重桜は「いいわよ。今回の仕事、5万を相場としたけど、今言った内容であれば、十万にしてあげるわ」と報酬アップの許可が下りた。


 ラッキー。これで十万かと喜んだのもつかの間、


「但し、ミスったら報酬は0よ」


 と、八重桜から冷たい眼差しを向けられた。


 ヤバい。計画は頭にあるが、ここは油断せずに任務を遂行しないといけないな。


「えっ。十万ってなに? お金かかるの」

「ああ、いいのよ。音無君は気にしなくて。これ、私の趣味みたいなものだから」


 目を白黒させる音無の問いに、八重桜は話しを逸らす。


 なんだ。音無の奴、金銭が発生していること知らないのか。そりゃ、めでたい奴だな。


 しかし、前から気になっていたが、八重桜は何故こんなことをするのだろうか? 趣味と言っているが、それも疑わしい。なにより、学生の身分で何故、そこまでの大金を持っているのかも不明。


 八重桜の素性は謎だらけだが、まあ、この際どうでもいい。俺は金さえもらえれば、問題ないし。


「ダメだよ!」


 交渉成立。後は依頼を遂行するだけだと思い、話しを終話に持っていこうとした途端、小日向が口を挟んできた。


 小日向は眉を上げ、怒った顔をしている。この瞬間、俺は嫌な予感がした。


「そんなことして、罰せられないなんて可笑しいよ! そんな部活、なくなってしまえばいい」

不快な眼差しを小日向は俺や八重桜ではなく、依頼人である音無に向けていた。

「煙草の件はどうでもいいよ。自分の体だしね。勝手に早死にすればいい。でも、イジメられている一年生はどうするの。その子達が、もし自殺したら? 自殺しないまでも心に傷を負ったら? そしたら責任取れるの? 音無君や他の子達だって、知っていて誰も助けなかったんだよね。だったら同罪だよ!」


 罵声を浴びせられた音無は、反論することもせず「そうだよね」と頷いた。適当に促している感じでもない。音無の顔は責任に押し潰されそうな顔をしていた。


 小日向よ。お前の言いたいことはわかる。言っていることは正論であるし、間違ったことは言っていない。ただ、今はそんなこと、どうでもいいのだ。


「なぁ。八重桜」

「なにかしら。来栖君?」


 俺は怒りに顔を染めている小日向を無視し、八重桜の方に視線を向けた。八重桜はこの状況下で口元を緩めている。


 気に食わない。まるで、俺が今から何を言うか、察しているような顔だ。


「小日向はやっぱり、邪魔だ。今後の仕事に支障をきたす」

「ええ。そうね」


 俺の言葉に対し、八重桜は全く動じることなく頷いた。 ええ。そうね。だと? 一体、こいつ何を考えているだ?


「悪いが、小日向は今回の仕事に関わりを持たせないでほしい」


 察しが悪い八重桜に対し、俺は率直に言った。その言葉に小日向は衝撃を受けた顔をするが、八重桜は表情一つ変えず「ダメよ」と即答する。


「何故だ? このままだと、小日向は周りに情報を漏らすかもしれないぞ」

「それは困るわね。小日向さん、約束守れないの?」

「……情報は漏らさないよ。それは守るけど」


 けど。なんだよ。と、突っ込みたい場面だが、俺が突っ込むより先に八重桜が「なら、小日向さんを外すわけにはいかないわ」と、とんでもないことを口走る。


「私は、小日向さんに、依頼した仕事内容を他者に他言するな。と伝えただけ。だから、小日向さんが来栖の邪魔をするのは一向に構わないわ」


 えっ。今、八重桜なんて言った? 俺の耳が可笑しくなったか。


「一向に構わないってお前、それで仕事ミスったらどうするつもりだ」

「あら。来栖君は小日向さんの存在を言い訳にする気なの?」

「言い訳する気はない。ただ、小日向がいることで障害になるのなら、外すのが適任だろう」

「それじゃ、面白くないじゃない」


 面白くない、だと? どういうことだ。八重桜の言葉の意図が全く理解できない。


「どうしても小日向さんを外すというなら、今回の仕事の報酬を十万から、7万に変更するけど。どうする?」


 十万から、7万か。確かに小日向がいるリスクは高いが、3万の差額はかなりでかい。3万といったら実家の1ヶ月分の家賃に相当する。


「音無君には悪いけど、私は別に依頼が失敗しようとどうでもいいのよ。サッカー部がどうなろうと、私は痛くも痒くもないもの。何度も言うけど、これは私の趣味だから」

その言葉に対し、音無は不信感を持つかと思ったが、逆だった。

「趣味で僕の力になってくれるの? そんな大金を払ってまで」


 と、音無は目を丸くしていた。


 冷静に考えれば確かにそうだ。八重桜は音無の依頼に対して、成功しようが、失敗しようがどうでもいいと言っているが、それであっても力を貸すという事実は変わらない。成功したあかつきには、八重桜は十万という大金を払うのだ。音無からすれば、助けてくれる相手には変わりない。


「ええ、払うわ。私は退屈しているの。だから、いいネタがあれば、利用させてもらう」

「そして、俺も利用されているわけか」

「あら。いいのよ、来栖君。嫌なら、辞めてもらっても」

「いや、それとこれは別の話しだ」

 

 俺は慌てて否定した。せっかくの収入源。こんなところで、失うわけにはいかない。


「あの、私は……いない方が」


 突然、小日向は場の雰囲気を気にしながら、おずおずと手を挙げる。


「ダメだ、小日向。お前にはいてもらわないと困る」

「えっ。貴志君?」


 慌てて俺が小日向の腕を掴むと、何故か小日向は顔を赤らめていた。


「小日向がいないと、報酬が7万になってしまうからな」


 と、俺は小日向の目をジッと見つめ、頷きかけた。途端、照れていた小日向の顔が、急に真顔に戻り、そして不機嫌顔に変貌する。


「あっそ。もう、知らない」


 そう言って、小日向は何故かふくれて、そっぽ向いてしまった。


 なんだ、一体? さっきは一緒に仕事したいって言ってたくせに。


 本当、女という生き物はなにを考えているかわからないな。

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