表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
来栖貴志くんは嫌われ者です  作者: 結城智
第1章 嫌われる条件
5/39

第4話 来栖くんの陰謀

五限目が終わる。帰りのHP。連絡事項が終われば解散――の流れを、矢島が手を挙げてぶった切った。

「先生」

「どうした、矢島」


 相馬紅葉(体育・二十代後半・独身・肝は据わっている)の視線を受け、矢島は立ち上がって、教室最後尾の俺を指さす。


「さっき来栖が水槽を割りました。割ったのは仕方ないとしても、まったく反省してません。金魚にお墓なんて要らない、ゴミでいいって……最低だと思いませんか?」


 教室がざわつく。


「それは本当か、来栖」


 相馬先生の目は確認。内心でガッツポーズ。自分から釣られてくれるとはな、助かる。


「ええ、言いました」


 ここで終わりにする気は毛頭ない。俺は矢島へ視線を移す。勝ち誇った顔で髪をかき上げている。気の毒に。数十秒後には、その手で顔を覆う羽目になるのに。


「ただ、それを矢島に言われる筋合いはない」

「は? あるでしょ。わたし飼育委員よ。なのに、あんた、わたしにも久保田にも謝ってないじゃない」


 表面だけ見れば正論。だが表面は薄い。


「なあ矢島。さっき俺が倒した水槽、金魚は何匹いた?」


 不意の質問に、矢島の表情が揺れる。


「そんなの今、関係ないでしょ」

「関係ある。飼育委員なら答えられるはずだ」


 ひとさじの嫌味を添える。矢島の顔色が曇る。


「……正確な数までは知らないわよ。十匹くらいでしょ」

「そっか。――久保田は?」


 急に振られた久保田はおろおろし、「わ、わたしも十匹くらいだと思う」と矢島に合わせた。喉の奥で笑いが鳴る。


「な、なにがおかしいのよ!」


 矢島が声を荒げる。俺は笑いを切り、隣の小日向へ視線を移した。


「小日向。金魚、何匹だった?」


 小日向はぱちりと目を丸くし、前髪の陰からこちらを見て、小さく唇を開いた。


「……三匹」

「正解」


 ざわめきが一段高くなる。


「なんで小日向さんが知ってて、あの二人がわからないの?」

「知らないの? 矢島さんと久保田さん、世話しないから、ずっと小日向さんがやってたよ」

「嘘、押し付けじゃん」


 攻守交代。悪役の座は矢島と久保田へ。二人の頬から血の気が引く。


「最初は、十匹くらいいたんだろ。けど、お前らが世話を放棄したせいで半分以上死んだ。見かねて小日向がやっていた――今の答え方だと、何匹死んだかすら知らなかったようだが」


 死んだ金魚を埋めたのも、たぶん彼女だ。


「俺は小日向に責められたらいくらでも謝る。世話してたのは、本来の担当じゃなくて小日向だったからな。……で、矢島。胸張って『飼育委員』って言ってたが、なんで世話しなかった?」


 棘はきっちり乗せる。矢島は震え、涙目で睨んでくる――が、そこへ相馬先生がパン、と一発。


「はい、ストップ」


 場を切り、先生は黒板脇の棚から飼育ノートを取り出した。ページをめくり、すぐに眉が動く。


「……四月三週目から記録がないな。担当印、矢島・久保田。小日向は臨時で記名が続いている。矢島、久保田、説明を」


 教室の空気が一気に冷たくなる。二人は口をぱくぱくさせるだけ。


「それから、処置の話だが――お墓はいらない、適切に廃棄でいいは、飼育管理としては正しい。感情は別としてな。来栖の言い方は刺々しかったが、中身は間違っていない」


 どよめき。矢島の顔が強張っていくのが見て取れた。ざまぁないな。


「結論を言う。矢島、久保田。今日から一か月、放課後の正式な飼育当番と清掃を担当。小日向は免除……小日向、今までの分はありがとう。全員の前で謝意を表明する。二人は小日向に謝罪」


 矢島と久保田がうつむいたまま、かすれる声で「……ごめんなさい」と言う。教室の視線は冷たい。


「来栖」


 先生がこちらを向く。さて、俺にも一言あるか――と身構えたが、


「内容は正しいが言い方は気をつけろ」


 軽いジャブで済んだ。拍子抜け。いや、助かった。


「それと。飼育ノートは毎日提出。サボったら、当番は二倍に増やす。以上、解散」


 チャイムが鳴る。席に戻る俺の耳に、前列のひそひそが届く。


「小日向さん、ずっと一人でやってたんだ……」

「矢島たち、終わったな」

「相馬先生、容赦ねー」


 最後尾で矢島と久保田は小さくなっている。視線はもう俺には来ない。


「あと、来栖」

「……はい」

「後で職員室に来い」


 え。嘘、なんで俺が呼ばれるの?

 想定外……少しやり過ぎてしまったのだろうか。




 職員室。相馬先生は椅子に座り、眉間を押さえている。俺は直立。


「で、来栖。お前は何がしたかった?」

「何が、とは?」

「ばか者。不自然だろ。岩崎先生から聞いた。授業中に、足がつったと言って抜けたのに、保健室には行ってない」

「急に治ったんですよ」

「ほう。それでなぜ水槽を倒した」

「足がつってて、踏み外して」

「言ってることがあべこべだな」


 相馬先生は苦笑して髪をくしゃっとする。


「先生もいろいろ大変ですね」

「来栖。お前、いい度胸してるな」


 眉がぴくり。これ以上は殴られそうだ。自重しよう。


「なあ来栖。水槽を壊したの、小日向のためじゃないのか?」

「買い被りすぎですよ。違います」


 違う。これは金のためだ。即答すると、先生は長いため息。


「分かった。ただ、水槽代は弁償しろよ」

「また金魚、飼うんですか」

「飼わん。どうせ同じことが起きる。だが壊した以上、弁償は当然だ。ま、事故なら話は別だが」


 口元に意地悪い笑み。故意だと見抜いている顔だ。


「分かりました」


 素直に頷く。どうせ払うのは俺じゃない。――後で八重桜に請求書を回すだけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ