第4話 来栖くんの陰謀
五限目が終わる。帰りのHP。連絡事項が終われば解散――の流れを、矢島が手を挙げてぶった切った。
「先生」
「どうした、矢島」
相馬紅葉(体育・二十代後半・独身・肝は据わっている)の視線を受け、矢島は立ち上がって、教室最後尾の俺を指さす。
「さっき来栖が水槽を割りました。割ったのは仕方ないとしても、まったく反省してません。金魚にお墓なんて要らない、ゴミでいいって……最低だと思いませんか?」
教室がざわつく。
「それは本当か、来栖」
相馬先生の目は確認。内心でガッツポーズ。自分から釣られてくれるとはな、助かる。
「ええ、言いました」
ここで終わりにする気は毛頭ない。俺は矢島へ視線を移す。勝ち誇った顔で髪をかき上げている。気の毒に。数十秒後には、その手で顔を覆う羽目になるのに。
「ただ、それを矢島に言われる筋合いはない」
「は? あるでしょ。わたし飼育委員よ。なのに、あんた、わたしにも久保田にも謝ってないじゃない」
表面だけ見れば正論。だが表面は薄い。
「なあ矢島。さっき俺が倒した水槽、金魚は何匹いた?」
不意の質問に、矢島の表情が揺れる。
「そんなの今、関係ないでしょ」
「関係ある。飼育委員なら答えられるはずだ」
ひとさじの嫌味を添える。矢島の顔色が曇る。
「……正確な数までは知らないわよ。十匹くらいでしょ」
「そっか。――久保田は?」
急に振られた久保田はおろおろし、「わ、わたしも十匹くらいだと思う」と矢島に合わせた。喉の奥で笑いが鳴る。
「な、なにがおかしいのよ!」
矢島が声を荒げる。俺は笑いを切り、隣の小日向へ視線を移した。
「小日向。金魚、何匹だった?」
小日向はぱちりと目を丸くし、前髪の陰からこちらを見て、小さく唇を開いた。
「……三匹」
「正解」
ざわめきが一段高くなる。
「なんで小日向さんが知ってて、あの二人がわからないの?」
「知らないの? 矢島さんと久保田さん、世話しないから、ずっと小日向さんがやってたよ」
「嘘、押し付けじゃん」
攻守交代。悪役の座は矢島と久保田へ。二人の頬から血の気が引く。
「最初は、十匹くらいいたんだろ。けど、お前らが世話を放棄したせいで半分以上死んだ。見かねて小日向がやっていた――今の答え方だと、何匹死んだかすら知らなかったようだが」
死んだ金魚を埋めたのも、たぶん彼女だ。
「俺は小日向に責められたらいくらでも謝る。世話してたのは、本来の担当じゃなくて小日向だったからな。……で、矢島。胸張って『飼育委員』って言ってたが、なんで世話しなかった?」
棘はきっちり乗せる。矢島は震え、涙目で睨んでくる――が、そこへ相馬先生がパン、と一発。
「はい、ストップ」
場を切り、先生は黒板脇の棚から飼育ノートを取り出した。ページをめくり、すぐに眉が動く。
「……四月三週目から記録がないな。担当印、矢島・久保田。小日向は臨時で記名が続いている。矢島、久保田、説明を」
教室の空気が一気に冷たくなる。二人は口をぱくぱくさせるだけ。
「それから、処置の話だが――お墓はいらない、適切に廃棄でいいは、飼育管理としては正しい。感情は別としてな。来栖の言い方は刺々しかったが、中身は間違っていない」
どよめき。矢島の顔が強張っていくのが見て取れた。ざまぁないな。
「結論を言う。矢島、久保田。今日から一か月、放課後の正式な飼育当番と清掃を担当。小日向は免除……小日向、今までの分はありがとう。全員の前で謝意を表明する。二人は小日向に謝罪」
矢島と久保田がうつむいたまま、かすれる声で「……ごめんなさい」と言う。教室の視線は冷たい。
「来栖」
先生がこちらを向く。さて、俺にも一言あるか――と身構えたが、
「内容は正しいが言い方は気をつけろ」
軽いジャブで済んだ。拍子抜け。いや、助かった。
「それと。飼育ノートは毎日提出。サボったら、当番は二倍に増やす。以上、解散」
チャイムが鳴る。席に戻る俺の耳に、前列のひそひそが届く。
「小日向さん、ずっと一人でやってたんだ……」
「矢島たち、終わったな」
「相馬先生、容赦ねー」
最後尾で矢島と久保田は小さくなっている。視線はもう俺には来ない。
「あと、来栖」
「……はい」
「後で職員室に来い」
え。嘘、なんで俺が呼ばれるの?
想定外……少しやり過ぎてしまったのだろうか。
職員室。相馬先生は椅子に座り、眉間を押さえている。俺は直立。
「で、来栖。お前は何がしたかった?」
「何が、とは?」
「ばか者。不自然だろ。岩崎先生から聞いた。授業中に、足がつったと言って抜けたのに、保健室には行ってない」
「急に治ったんですよ」
「ほう。それでなぜ水槽を倒した」
「足がつってて、踏み外して」
「言ってることがあべこべだな」
相馬先生は苦笑して髪をくしゃっとする。
「先生もいろいろ大変ですね」
「来栖。お前、いい度胸してるな」
眉がぴくり。これ以上は殴られそうだ。自重しよう。
「なあ来栖。水槽を壊したの、小日向のためじゃないのか?」
「買い被りすぎですよ。違います」
違う。これは金のためだ。即答すると、先生は長いため息。
「分かった。ただ、水槽代は弁償しろよ」
「また金魚、飼うんですか」
「飼わん。どうせ同じことが起きる。だが壊した以上、弁償は当然だ。ま、事故なら話は別だが」
口元に意地悪い笑み。故意だと見抜いている顔だ。
「分かりました」
素直に頷く。どうせ払うのは俺じゃない。――後で八重桜に請求書を回すだけだ。




