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来栖貴志君は嫌われ者です  作者: 結城智
第1章 小日向みかんを救え
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第3話 嫌われ者の末路

 5時限目が終わると、今日の授業は終わりになる為、帰りのホームルームが始まる。


 いつものように先生が連絡事項を伝え、最後、そのまま、帰りの挨拶がされるはずだが、一人の生徒が「先生」と言って挙手する。挙手したのは矢島だった。


「どうした? 矢島」


 先生が尋ねると、矢島は席を立ち上がり、一番後ろの席にいた俺に視線を移した。


「さっき、来栖が水槽を割ったんです。割ってしまったことは仕方ないけど、全然、反省の色もないし。死んでしまった金魚に対しても、お墓なんて作る必要ない。ごみと一緒だって言ったんですよ。最低だと思いませんか?」


 矢島がそう言うと、また教室内がザワザワと騒ぎ出す。


 俺のクラスの担任は二十代後半の女性で、相馬紅葉先生。体育教師でもあり、経験が乏しいわりには肝が結構座っている。美人だが独身だ。きっと性格に難があるんだろうな。


「それは本当か? 来栖」


 相馬先生は僕に視線を向ける。それは疑っているような目ではなく、確認を取るような目だった。


 この瞬間、俺は心の中でガッツポーズをしていた。


 やったぜ。まさか、自分から餌に付いてくるなんて。とんだバカ野郎だ。


 自分に視線が集まる中、俺は椅子に寝そべるように寄りかかると「ええ。確かに言いました」と、頷いた。ただ、これでは終わらない。俺はすぐに矢島に視線を向ける。


 矢島は正義感ぶって、勝ち誇ったような笑みで髪をかき上げていた。


 可哀想に。後、数秒後に屈辱を味わうというのに。


「ただ、そんなこと矢島に言われる筋合いはないけどな」

「は? 筋合いあるわよ。私、飼育委員なのよ。なのに、あんた私どころか、久保田にも謝ってないじゃない」


 確かに。一見して聞くと、その通り。正論だ。俺は飼育委員が世話している水槽を壊してしまったんだ。本来、俺は飼育委員である矢島、久保田に対し、謝るのが筋ってもんだ。


「なぁ、矢島。さっき、俺が倒した水槽の中に金魚。何匹いたと思う?」


 俺が突然の質問を投げかけると、矢島は面食らった顔をした。


「なによ。そんなの今、関係ないでしょ」

「関係あるんだな、それが。いいから答えてみろよ。わかるだろ、飼育委員なんだから」


 嫌味たらしく俺が言うと、矢島は部が悪い顔をする。


「正確な数までは知らないわよ。10匹くらいでしょ」

「そっか。なぁ、久保田。お前も飼育委員だったな。お前はわかるか?」


 いきなりのスルーパス。話しを振られた久保田は躊躇しながら「わ、私も10匹くらいだと思うけど」と、矢島の口裏に合わせていた。その答えに対し、俺はクククッ、と悪役みたいな笑いを漏らす。


「な、なにが可笑しいのよ!」


 矢島は焦ったような顔で声を荒げる。俺は一旦、笑いをやめると、隣りの席に座っていた小日向に目を向けた。


「小日向。お前は金魚が何匹いたかわかるか?」


 急に話しを振られた小日向は、驚いたように目を丸くする。俺の目をジッと見つめると、複雑な顔で目を背け、呟くような声で「3匹」と答えた。


「ああ、正解だ」


 俺がそう言うと、また教室内がザワつきだす。


「えっ。なんで小日向さんが知ってて、あの二人がわからないの?」

「あんた知らないの。あの二人は全然世話しないから、ずっと小日向さんが金魚の世話してたんだよ」

「嘘。それって完全に押し付けじゃない」


 攻守交代。この瞬間、教室にいる悪役が俺ではなく、矢島と久保田にシフトする。二人は顔面蒼白。矢島なんかは足まで震わせていた。


「確かに最初は、10匹くらいはいたんだろうな。でも、お前等が金魚の世話を放棄したせいで、金魚は半分以上死んだ。だから、見かねて小日向が世話をするようになったのだろう。まあ、今の話しぶりだと、金魚が死んだ事実すら、気付いていなかったんだな」


 そう。だから、死んだ金魚は全て、小日向が一人で処分したに違いない。それこそ、お墓を作って土に埋めたのだろう。


「俺は小日向に責められたら、いくらも謝るさ。だって、金魚の世話をしていたのは本来、世話をしなければならない矢島、久保田じゃなくて、小日向だったからな。あれ、ちなみに矢島はなんで今まで金魚の世話してなかったわけ? 飼育委員だって、さっき胸張って言ってたよな」


 俺が嫌味たっぷりに言うと、矢島は体を震わせ、今にも泣きそうな顔で俺を睨みつける。


「はいはい! もう、いいでしょ」


 場を収めるように、相馬先生は手を叩き、生徒達を黙らせた。


「来栖。この後、職員室に来い」


 そして、何故か俺が呼び出しをくらう。


 マジか。これは想定外だった。ちょっと、やり過ぎたかもしれないな。




 職員室。


 相馬先生は椅子に座り、眉間を抑えながら唸っている。俺はその前で立たされている状態だ。


「で、来栖。お前はなにがしたかったんだ?」


 相馬先生は困ったような顔を露骨にする。目は完全に問題児を見る目だ。


「なにがって、なにがです?」

「馬鹿者。明らかに不自然だろ。岩崎先生(体育の先生)に聞いたぞ。お前、授業の途中で足吊ったといって、授業を抜けたそうじゃないか。それなのに、保健室に行っていないんだろ」

「ああ。足が急に治ったんですよ」

「ほう。じゃあ、なんで水槽を倒してしまったんだ?」

「いや、足が吊ってたんで。踏みはずしてしまい」

「お前の言っていることは、完全にあべこべだな」


 やれやれ、と相馬先生は苦笑を浮かべ、髪の毛をクシャクシャにしていた。


「先生もいろいろ大変ですね」

「来栖。お前、いい度胸してるな」


 相馬先生の眉の辺りがピクリとなる。なんだ、なにか気に障ることを言ってしまっただろうか。


「なぁ。水槽壊したのは、小日向の為じゃないのか?」

「先生。買い被り過ぎですよ。そんなわけないじゃないですか」


 そう、違う。これは小日向の為ではない。全て金の為だ。


 即答する俺に、相馬先生は長い溜息を漏らすと「わかった」と、諦めた様子で頷いた。


「あー。後、水槽代は弁償しろよな」

「えっ。また金魚、飼うんですか」

「飼わん。飼ってもどうせ、同じことが起きるだろう」

「じゃあ、なんで?」

「なんでって、壊したんだ。弁償するのが当たり前だろ。まあ、壊したのは事故であれば話しは別だが」


 と、相馬先生はニヤリと意地悪な笑みを浮かべる。


 どうやら、相場先生は俺が故意で水槽を壊したと思って疑わないようだ。ここで反論しようものなら、更に話しがややこしい方向に転びそうなので、俺は素直に「わかりました」と頷いて見せた。


 どうせ、弁償するのは俺じゃない。後で八重桜に相談しよう。

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