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来栖貴志くんは嫌われ者です  作者: 結城智
第1章 嫌われる条件
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第3話 作戦実行

 翌日、教室。俺はいつも通り、休み時間に机へうつ伏せ。昨日話をした八重桜も、完全に他人の顔で、目も合わせない。


 チャイムが鳴るや、小日向は水槽を抱えて教室を出る。水替えだろう。すれ違いざま、八重桜が静かに歩み寄って手を貸し、扉の前で一度だけ矢島と久保田を射抜くように睨んでから出ていった。


 矢島と久保田は、それぞれ別の女子グループの輪の中心で和気あいあい。視線は金魚にも小日向にも向かない。――知らん顔、か。小日向もバカだ。放っておけばいいのに、わざわざ厄介事へ首を突っ込む。


 小日向みかん(こひなた みかん)クラスでは目立たない。おとなしくて、おどおど――に見えるが、八重桜いわく、意思は強くて行動が速い……らしい。


 身長は150センチほど。まっすぐな黒髪が背に落ち、たれ目の童顔。前髪の陰から、こちらをのぞくたびに小動物みたいだ、と誰かが言いそうなタイプ……が、今日何度か見た限り、俺は別に「守ってやりたい」とは思わなかった。感情はさておき、助けるのは助ける。金になるなら、俺は誰のヒーローにでもなる。


 さて。猶予は金曜までだが、今日のほうが都合がいい。


 5限は体育。教室は一時的にもぬけの殻になる。俺の作戦には、空白の時間が必要だ。

 今日は校庭でサッカー。試合の途中、先生に「足をつった」と告げて保健室へ――と言い残し、実際は教室へ直行した。さすがぼっち。俺が抜けても誰も気づかない。気づかれないのは、まあ、助かる。

事前の下準備を終え、ちょうど良いタイミングで授業終了のチャイム。正直、気は進まない。だが、すべては金のため。割り切る。


 廊下のほうから、ざわざわと人の気配。戻ってくる。俺は水槽を床へ叩きつけた。


 ガシャーン、と想像以上に高い音。水が弾け、ガラス片が跳ねる。足元は一瞬で水浸し。クラスメイトが雪崩れ込む。


「なに今の音?」

「うわ、水槽割れてる」

「来栖、お前なにやってんだよ!」


 安易に考えていたが、ガラスは本気で飛ぶ。運が悪ければケガだった。まあ、誰も近寄って来ないから安全ではある。心配の一言? もちろん、皆無。


「……しまった。手が滑った」


 わざとらしく困った声を出し、掃除ロッカーからほうきとちりとりを取り出す。割れたガラスと金魚を、ためらわずすくっていく。単純作業。俺の得意分野。


「おい、まだ生きてんじゃねーか? 来栖、見てねえぞ」

「最低。血も涙もない」


 ――やべぇ奴、認定。想定内だ。


「……貴志くん」


 想定外の人物が、すっとそばに来た。小日向だ。

 前髪が揺れて、たれ目がこちらをのぞく。声は小さいのに、まっすぐ届く。


「ああ。悪いな、小日向。お前の大事な水槽を割った」


 俺の淡々に対し、小日向はちりとりの中へ視線を落とす。しばらく沈黙。


「……金魚、死んじゃったの?」


 顔を上げ、わずかに首を傾げる。


「そりゃ、死んだだろ」

「……そっか。お墓、作ってあげよ?」


 ふっと、微笑む。頬がうっすら色づく。

 ……ドキッとしたのは、焦りのせいだ。たぶん。


「なんで?」

「……可哀想、だから。気持ち、の問題。貴志くんの不注意で、死んじゃったなら……埋めてあげたい」

「思わないな。死んだものはゴミ袋行きだ。埋めたって、何も変わらない」


 周りがざわつく。


「あいつ、やっぱ最低」

「小日向さん、かわいそう」

「反省ゼロ」


 完全アウェー。それでも小日向は目をそらさない。指先を小さく握って。


「……わたしが片づける。だから、ほうきと、ちりとり。貸して?」

「それはダメだ」


 差し出された手を、即座に退ける。


「……どうして」

「割ったのは俺だ。自分で片づける」

「……じゃあ、お墓は?」

「作らない」

「……わたしは、作りたい」


 小さな声。けれど折れない。三度目の沈黙。

 参った。助ける相手に、正面から邪魔されるとは。


「――小日向さん。ここはわたしに任せなさい」


 間に入ったのは八重桜。小日向の肩に軽く触れ、俺を見る。


「来栖くん。あなたが反省しているのは分かったわ。でも、小日向さんは“お墓を作りたい”。ずっと世話をしていたのだから、その気持ちは叶えてあげましょう」


 真っ直ぐな視線。すべて知っている、みたいな目つき。


 気づいてるな、こいつ。俺の仕掛けに。

 ここで突っぱねると、むしろ怪しい。俺はうなずいた。


「……頼む」


 ほうきとちりとりを八重桜へ渡す。八重桜がガラスを寄せ、俺と小日向は雑巾で床を拭く。


 野次馬は席へ戻る者、まだこちらを盗み見る者。俺は視線を気にせず、手順どおりに証拠を片づけていった。

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