第2話 最初の試練
「お待たせしました、ブレンドです……パンケーキは、ちょっと焦らしてから出すので。待っててね?」
柏木さんがコーヒーを置く。彼女は俺と八重桜の顔を交互に見て、柔らかく微笑んだ。
なぜだ、妙にフレンドリーだ。貧乏人をバカにしているのか? いや、そういう目ではない。変な勘ぐりはしまって、俺は一口、飲む。濃いのに重くない。家のインスタントとは別世界。金があったら通いたい、くらいには美味い。
「では、入門テストの内容を伝えるわね」
俺のカップの動きを一瞥してから、八重桜は本題に切り込んだ。声は一定、刃はよく研がれている。
来栖くん。クラスで金魚を飼っているのは知っているわね
本来の担当は、飼育委員の矢島さんと久保田さん。けれど二人は『部活が忙しい』を免罪符にして、世話をさぼるのが上手。どちらがやるかで言い合いばかりしているわ。その結果、最初は十匹近くいた金魚が、今は三、四匹。数字は、怠慢に正直ね。
見かねたのかしら。最近は小日向さんが世話をしている。図書委員で、飼育には関係ないのに。矢島さんも久保田さんも、見て見ぬふり。むしろ、代わってくれてラッキー。きっと、その程度ね。
私、小日向さんが好きなの。誤解しないで。ライクではなく、ラブのほうよ。女同士? 愛に取扱説明書は付属しないわ。
だから、今の状況は我慢ならない。一度、矢島さんと久保田さんに抗議したの。すると『小日向さんが好きでやってるから、いいじゃないか』って、悪気なく言われたわ。殴る価値もあったけれど、近くの男子に止められた。本人にもやめるよう説得したけれど、『好きでやってるから』の一点張り。自己犠牲は美徳じゃないのに、彼女はそれをやめない。
入門テスト。最初の依頼を伝えるわ。
一つ。小日向さんが金魚の世話を『しなくて済む』状況を作りなさい。達成できれば、入会金の十万円を支払う。
後、ボーナス・チャンス。矢島さんと久保田さんに、これ以上ない屈辱を与えなさい。成功したら十万円に三万円を加算する。
やり方は、来栖くんに任せるわ。遂行に必要な物があれば申請して。妥当なら手配する。期限は今週中。今日は火曜日だから、金曜日までに解決して。
――来栖くん。あなたに、頼めるかしら
喫茶店を出た俺は、自転車を停めたデパートへ歩いた。
まさか八重桜のやつ、尾行してないよな――と三度ほど振り返る。異常なし。よし、バスで来たと嘘は貫ける。自転車で来たとばれたら、交通費の1200円が没収だ。千円ちょっとでも、家では立派な数字。母さんのレシートが一枚、軽くなる。
それにしても、コーヒーもパンケーキも美味かった。金があれば常連になっていた。今度、彩空も連れていけたら――いや、そのためにはまず入門テストを片付けるのが先だ。
小日向を金魚の世話から降ろす。矢島と久保田には、二度と同じことをできないくらいの屈辱を。金曜までに。説得は時間がかかる。俺に話術はないし、人脈もない。ぼっちの俺の声なんて、たぶんBGMにもならない。
――じゃあ、どうするか。
手は、もう頭にある。
スマートじゃない。嫌われ者まっしぐら。たぶん、教科書の余白に黒マジックで塗りつぶすタイプのやり方だ。もし八重桜の頭にも同じ手があったなら、あいつは俺に劣らず性根が腐っている……いや、腐ってる、で合ってるんだろう。人に恨まれても依頼を遂行する腐った人間として、俺は呼ばれたのだから。
それでも――金魚が減っていくのを黙って見ているよりは、ましだ。
母さんの家計簿と、彩空のノートと、教室の水槽。俺が動く理由は、嫌われることより重い。




