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来栖貴志くんは嫌われ者です  作者: 結城智
第3章 軽音楽の謎を追及せよ!
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第21話 自宅訪問

 まさか、同級生――しかも女子を家に上げる日が来るとは。胃がきゅっと鳴った。


 駅前の喧騒を抜け、線路沿いの細い道。夕方の風がマンションの壁をすり抜け、どこかのベランダからカレーの匂いが漂ってくる。俺は歩きながら、先に地雷を処理しておくことにした。


「小日向。一応、言っとくぞ。うちは月三万五千円のボロアパート。部屋は二つで、六畳の洋室が食卓・テレビ・作業場の全部。もう一つの五畳の和室に家族三人で寝る。俺の部屋? ない。で、今日は妹がいるかもしれない。つまり、距離三メートルに妹、って状況になり得る」


 普通ならドン引きして「やっぱりやめる」が正しい反応だ。ところが彼女は、ぱっと顔を明るくして前髪を耳にかける。


「えっ、妹さんいるの? 会ってみたい!」


 テンション上がった。なぜだ。


「妹さん、まさか貴志くんと一緒で、ひねくれてないよね?」


 悪戯っぽく笑って、俺の横顔を覗き込む。頬が少し膨れて、目尻がやわらかい。


「まさか。彩空は俺と違ってハイスペックだ。頭もいいし……俺が言うのもアレだが、可愛い。何より、あいつは優しい。自分がハズレくじ引いても、誰かが笑ってたらそれでいいって、素直に思えるタイプだ」


 口に出してから、やけに風が涼しい。小日向は歩みを半歩緩め、ストラップを指でくるくる弄びながら、目を細めて微笑んだ。


「な、なんだよ、その顔」

「ううん。……貴志くんって、本当に優しいんだなぁって」

「は?」


 優しい、この俺が? どこの異世界転生だ。脳にウジでも湧いたのか、と言いかけて飲み込む。前髪の陰から向けられる、素直な眼差しに毒舌は鈍る。


 錆びた外階段が見えてきた。踏むたびにギシッと鳴る音が、今夜だけやけに大きい。俺は咳払いして、いつもの調子を取り戻す。


「勘違いするな。俺は優しくない。事実の羅列だ……で、騒ぐなよ。階段、音で大家が出る」

「はーい」


 小日向は口元に指を当てて、しー。そのまま小走りで一段目をぴょこん。

 可愛いな、おい……階段はギシギシ鳴った。俺のメンタルも鳴った。

 ――ようこそ、現実へ。ここから先は、俺の生活圏だ。




 玄関の鍵を回した瞬間、六畳ワンルームの向こうからテレビの音と、間延びした声が飛んできた。


「おかえり。早かったね」


 彩空のやつ、やっぱいたか。うちの構造は残酷だ。玄関を開けたら、キッチン越しに生活の全てが丸見え。庶民派リアル脱出ゲーム。


 スウェットでソファにだらんと寝転んでいた彩空が、俺の背後から聞こえた「お邪魔します」にビクッと跳ね起きる。優しげな声。前髪の陰から、ぺこりと控えめな会釈。


「え、嘘。女の子? お兄ちゃん、誘拐してきたの?」


 テンパり方の方向が斜め上だ。けど、その一言がツボに入ったらしく、小日向は口元を押さえて「ふふっ」と肩を震わせた。廊下で靴をそろえる仕草まで丁寧で、座敷童レベルに礼儀正しい。


 畳側に正座して、小日向は深くお辞儀した


「初めまして。わ、私、貴志くんのクラスメイトの……小日向みかん、です」


 その丁寧さに釣られて、小町風の妹も正座スイッチが入り、深々と頭を下げる。


「は、初めまして! お兄ちゃんの妹の彩空です。お兄ちゃんが女の子を連れてくるなんて初なので、ただいま絶賛パニック中です!」


 そして即座に俺へ矛先。


「てか、お兄ちゃん。お客さん連れてくるなら事前連絡してよね? 私この格好だし、お菓子もないし!」

「だ、大丈夫だよ、彩空ちゃん」


 小日向が袖口をきゅっと摘みつつ、柔らかく微笑む。「ケーキとジュース、買ってきたの。四つ……お母さんの分は、冷蔵庫に入れておこう、かな」


 この一言で妹の機嫌メーターが一気に青から緑へ。


「小日向さん……大好き! じゃあ私、飲み物用意するね」


 ヤカンが鳴く。彩空は手際よくマグを並べ、インスタントココアとお茶を用意。テーブルには小日向が買ってきた小さな箱――開ければ、いちごのショート、ガトーショコラ、モンブラン、チーズタルト。庶民の祭壇、完成。


 三人で卓を囲むと、小日向はそっと膝をそろえて座り、箱をこちらへ押しやる。視線は下、でも時々、前髪の隙間からこちらを盗み見る。


「これ、貴志くんの好きなの、あるといいなって……その、当てられる自信は、ないけど」

「十分だ。というか、完璧だ」


 言い切ると、彩空がニヤニヤしながら肘で俺の脇腹を小突く。


「はい出ました、不器用な褒め方。お兄ちゃん、もうちょい可愛く言えないの?」

「言語仕様の問題だ。アップデートは予定していない」


 小日向は小さく笑って、カップを両手で包む。


 湯気越しに、頬がほんのり色づく。ちょこん、と並んだケーキと、三人分の湯気。狭い部屋のはずが、妙に広く感じた。


 ――誘拐? ちがうな。拉致されたのは、こっちの心かもしれない。少なくとも、今日だけは。

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