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来栖貴志君は嫌われ者です  作者: 結城智
第1章 小日向みかんを救え
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第1話 依頼人って君なのね

 面接場所には、ある喫茶店を指定された。


 その喫茶店は学校とはかけ離れた場所。白銀学園は仙台なのに、待ち合わせ場所は仙台市から一つ離れた市、富谷市にある喫茶店だった。


 交通費は支給するとのことだから、文句は言えない。いや、むしろ、ラッキー。依頼人には、バスで行くと嘘を付いている。実際は自転車をかっ飛ばし、近くのデパートにある自転車置き場に駐車した。


 ふふふ。ここで交通費を請求してやるぜ。千円は固いだろう。


 こんな姑息なことを考えることに、今はもう惨めさなど微塵も感じていない。全ては生きる為。プライドなど、当の昔に捨てている。


 俺は小学校の頃から使っている、年季の入った愛車を降り、目的地まで向かった。


 指定された喫茶店【キャッツ】は歩いて5分程で辿り着く。小さな店で、大きな看板はなかったが、ドアの前まで行くと【キャッツ OPEN】という看板があった。


 ドアの手前で俺は足を止める。今更だが、不安を覚えていた。


 ヤバい仕事だったらどうしよう。人に嫌われることはいくらでもするけど、法に触れる仕事ではないよな。警察のやっかいになって、退学になることは絶対に避けたい。


 中学を卒業したら、すぐに働くといった俺を怒鳴りつけ、母さんは親の務めだと言って、俺を高校に行かせてくれた。


 俺が働くといった時に見せた母さんの悲しげな顔は、未だ脳裏に焼き付いて離れない。


 でも、ここでチャンスを逃げてしまっては、俺は来栖家のお荷物のまま。妹の彩空だって年頃の女の子なのに、貧乏な生活に文句ひとつ言わず、健気に過ごしている。


 少し。ほんの少しでいい。お金があれば、彩空や母さんの助けになるはずだ。


 改めて覚悟を決めると、俺はドアを開けた。


 カラン、カラン。とドアベルが音を立てると「いらっしゃいませ」と、カウンターにいた女性店員が姿を見せる。


「一名様ですか?」

「えっ。一名?」


 笑顔で出迎えてくれる店員さんに、俺は躊躇する。店に入ると、コーヒー豆を挽いた時の香ばしい香りがし、室内には聞き覚えるあるクラシックが流れている。


 これはショパンの夜想曲か。曲のチョイスがなかなかいい店だ。喫茶店に入るのなんて何年振りだろう。いや、そもそもこんな洒落た店、入ったことない。入ってもファミレスくらいだし。それも誕生日や入学式のような祝いの時だけだから、行っても年に2、3回程度だ。


 店員さんは俺より少し年上。大学生くらいのだろうか。いっても二十代前半くらいだ。


 身長は百六十センチくらいで、華奢な体をしている。眉が太く薄化粧ではあるが、一般的に見ても美人と言って良い顔立ち。長く伸びた髪をポニーテールにしている。


「お客様?」


 俺が呆けていると、店員さんは目を瞬きさせ、首を傾げていた。


「あっ。実は俺……」

「あれ。その制服、白銀学園の子だよね」


 俺が喋り出した途端、店員さんの意識は、俺の服装の方に向けられる。


「柏木さん。その客は私の物よ」


 突然、奥の方から、こちらに歩み寄ってくる人物が一人。その人物に俺は目を奪われた。


「八重桜」


 そこにいたのは見覚えのある顔。彼女の名前は八重桜琴音やえざくら ことね俺と同じ学校の生徒。しかも同じ学年で、同じクラスメイトだ。


 ショートヘアの髪に、キリッとしたキレ目。身長も160センチ以上はあるだろう。同級生の女子の中でも一際、目立つスタイルの良さ。顔も学年内でも一、二を争う美人だと名高いようだ。


 ああ、これは誰かに聞いた情報じゃないよ。俺、友達いないし。ボッチをやっていると、勝手に情報が入ってくることがある。人は噂話しが大好きだ。休み時間、机にうつ伏せになって、寝たふりをしていると、暗い視界の中、聞きたくもない情報が耳に入ってきてしまうのだ。


 ただ、性格に難があるって噂もしていたな。どういう難なのか、よくわからない。まあ、俺が人の性格を非難できる立場ではない。しかし、なんで、彼女がここにいる?


「八重桜? 私、あなたに呼び付けで呼ばれるほどの仲だったかしら」


 開口一番。八重桜は眉間に皺を寄せ、不機嫌な顔をする。面倒臭い奴だ。ここは関わらないでおいた方がよさそうだな。


「ああ、悪かったな」


 俺は適当に謝り、そっぽ向いた。が、八重桜は俺を睨みつけたまま、微動だにしない。


「まだ、なにかあるのか?」

「あなたバカなのかしら? さっき、柏木さんに、私の物って言ったでしょ」

「はっ? なんだよ、それ」


 意味不明だ。こいつ、俺がボッチだから、バカにしているのか。


「まあまあ、二人とも落ち着いて。用はあれでしょ。琴音ちゃんが、この子を呼んだんでしょ」


 苦笑を浮かべながら店員さんが、仲裁に入ってくる。


「まさか、お前があのメールを」

「お前? 私、あなたに、お前って呼ばれるほどの仲だったかしら」


 八重桜の眉間の皺が更に深さを増す。やれやれ、これじゃ、会話が一方通行だ。


「……悪い。八重桜さん。君が俺を呼んだのか?」


 ここは一旦、下手に出た方がいいと思い、俺は丁寧な口調を心がけた。


「そうよ。話しは座ってからしましょう」


 眉間の皺はなくなるが、不機嫌そうな顔は相変わらず。いや、もしかしたら八重桜の奴、普段から仏頂面なのかもしれない。


 俺は八重桜の後ろに着いていく。店はカウンターに6席。4人ほど座れるテーブル席が4席。その場で店内全体を見渡せるほど、こぢんまりとした店だった。店内も八重桜と店員さんの二人だけだ。


 八重桜はテーブル席に座るので、俺はその正面席に座る。八重桜のテーブルには、コーヒーが置いてあった。


「お客様。注文はいかがいたしますか?」


 座るのと同時に、水を持ってきた店員さんが注文を取りに来た。


「注文?」


 言われるがまま、俺はテーブルに置いてあったメニュー表を取る。


「ブレンドコーヒーでいいわよね」


 こちらが答えるより先に、何故か八重桜が注文していた。


 えっ、ブレンドコーヒー? 俺はすぐにメニューを探すと【ブレンドコーヒー 500円】という表示を見つけ、慌てて口を挟んだ。


「ちょっと待て」


 ふざけるな。なんで、コーヒー一杯が500円もするんだ。ここはボッタクリ店か。


「なによ。まさか、パンケーキも食べたいの?」

「そういうことじゃない」


 バカなことを言う八重桜に対し、俺は柄にもなく突っ込みを入れてしまった。


 てか、パンケーキも800円って、どんだけ高いんだよ。なにか高級食材でも使っているのだろうか。


「ああ、安心して。支払いは私がするから。来栖君は好きなものを頼んで頂戴」


 コーヒーを啜りながら、八重桜は太っ腹なことを言う。


「店員さん。ブレンドコーヒーと、パンケーキください」


 俺は即注文した。恥や遠慮なんていう単語は存在しない。奢ってくれるというなら、あやかろうではないか。例え相手が同級生の女の子だろうと。


 店員さんはそんな俺を見て、吹き出したよう笑う。なんだ、この人? 貧乏人をバカにしているのか。俺は店員さんを睨みつけたが、既に彼女の目は俺にではなく、八重桜の方に向けられていた。


「じゃあ、1時間くらいでいいのかな」

「ええ。ありがとう。いつも助かります、柏木さん」

「いいよ、平日だし。お客さん、そんなに来ないから。でも、あんなにもらって大丈夫なの?」

「構いません。また、頼むかもしれませんので、その時はよろしくお願いします」

「全然。いつでも、大歓迎だよ」


 なにやら意味ありげな会話をする二人。店員さんは、俺の方に視線を移すと「では、ごゆっくり」と言って、店から出て行った。


「なんの話しだ?」


 当然、俺は話しが気になって尋ねる。質問された八重桜の視線は、店員さんの後ろ姿から、俺の顔へとシフトする。


「今からこの店を一時間ほど、貸し切りにしてもらうのよ」

「貸し切り。なんで、また?」

「他人に聞かれたくない話しをするからよ」


 八重桜に、なにバカなこと言ってるの、あなた? みたいな顔をされる。


 いやいや、聞かれたくない話しとはいえ、店を貸し切りにする奴はいないだろう。えっ、俺の常識が間違っている? 最近、流行っているのか、店を貸し切りにするの。なにせ、友達もいないから、変わり続ける世の中の常識が全然わからん。


「とはいえ、あの若い店員さんが勝手に判断していいのか?」

「来栖君。勘違いしているようだけど、柏木さんはこの店のオーナーよ」

「えっ、オーナー。あんな若い子が」


 あの人、まだ二十代前半くらいだろ。そんな人が一人で店を切り盛りしているのか。


「来栖君。人を見かけで判断しない方がいいわ。柏木さん、まだ20代前半だけど、コーヒーの知識も豊富だし、数々のコンテストで入賞している優秀な人よ。出来ることなら毎日、柏木さんにコーヒーを入れて欲しいくらいだわ」

「へぇ。そう」


 柏木さんが凄いはわかったけど、正直どうでもいい情報だ。早く本題に入って欲しいから、ここは軽く相槌を打っておいた。


「聞きたいことは山ほどあるが、まずは入会金十万円っていうのは本当か?」


 なにをさせられるのかという不安はもちろんあるが、それより目先の金が第一優先。これが嘘だったら、俺は速攻で帰るつもりだ。


「ええ。本当よ」


 八重桜は、俺の目を真っ直ぐに見つめて頷いた。嘘を言っている目ではない。まずは一安心だ。


「でも、この場ですぐ十万円は渡せないわ。まずは最初のミッション。この仕事を出来る素質が、来栖君にあるかどうかのテストを受けてもらわないと」

「テストだって。話しが違うじゃないか。俺はこれといった特技はないぞ」


 いきなり、門前払いになる可能性が出てきて、俺は焦ってしまう。


「特技を披露してもらう必要はないわ。メールに書いたでしょ。根暗で、捻くれていて、コミュ症でボッチな人。人に嫌われようが、なんとも思わず、淡々と依頼を遂行できる腐った人間であれば出来る」

「じゃあ、俺じゃなくても出来るってことか」

「とんでもないわ。この仕事はね、他の人ではやり遂げられない。来栖君、腐ったあなたにしか出来ないことだと、私はそう信じている」


 と、八重桜は期待した眼差しを真っ直ぐに向ける。


 なんだ、この複雑な心境は。大きな期待してくれているようだが、実際のところ、無茶苦茶に貶されているんだよな、俺。


「わかった。でも、法に触れることとか出来ないぞ。退学にはなりたくないからな」

「ええ。それはないから、安心して頂戴」


 口元を緩ませ、八重桜は意地悪な笑みを浮かべている。なんだか、とんでもない爆弾に手を突っ込んでいる気がするが、後には引けない。ここは覚悟を決めよう。


「はい。お待たせしました。パンケーキは後で持ってくるから。ちょっと、待っててね」


 そんな時、柏木さんがコーヒーを持ってきた。俺の前に置くと、何故か俺と八重桜の顔を交互に見つめ、ニコニコと嬉しそうな顔を浮かべていた。


 なんだ、一体。てか、俺に対して、柏木さんの口調が急にフレンドリーになっている。くそ、やっぱり、貧乏人をバカにしているんだな。


 ちょっとカチンときたが、俺は構わず、出されたコーヒーを一口飲んだ。濃くて苦い。けど、ちっとも舌にもたれない。家で飲むインスタントコーヒーとは格が違う。これは美味い。はまってしまうな。


 この時、先程まで貧乏人と罵った柏木さんへの恨みは消えていた。


「じゃあ、入門テストの内容を伝えるわね」


 八重桜は俺が一口、コーヒーを飲むのを一瞥すると、本題を口にした。

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