表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
来栖貴志くんは嫌われ者です  作者: 結城智
第3章 軽音楽の謎を追及せよ!
19/39

第18話 練習台デート

 土曜日。今日は快晴。空は雲ひとつなく冴え渡っている――俺の気持ちだけが曇天だ。


 休日返上で小日向の練習台。まあ、休みは家で本と音楽に溶けてるだけだし、外に出る口実くらいにはなる。


 仙台駅のステンドグラス前。待ち合わせの古典。コンコースを流れる冷房の風に、パン屋の甘い匂いと、アナウンスの機械声が混ざる。足音、キャリーの車輪、笑い声。人の波に飲まれながら、俺は壁際で腕時計を一度だけ見る。


 本当にここで合ってるのか。ごみごみしてるのは事実だし、俺が人混みと相性最悪なのも事実だ。

母さんは「昔はここに伊達政宗像があってねぇ、お父さんとねぇ」と、聞いてない惚気を二駅分は話してくれた。歴史は重い。俺の肩も重い。


「……貴志くん」


 耳に馴染んだ、少しだけくぐもった声。振り向くと、小日向が立っていた。


 白のノースリーブのワンピースに、淡いブルーの薄手カーディガン。肩から下げた小さなショルダーを胸の前でぎゅっと握って、視線だけ上げる。前髪の陰からのぞく瞳は、いつもより丸い。足元のサンダルのつま先が内向きに揃ってるのは、緊張の証拠。


「お待たせ……来てくれて、よかった」


 言ってから、ワンピの裾を指先でちょんと摘まんで小さく会釈。ついでに耳横の髪を、耳の後ろへそっとかき上げる。そういう動作、教科書に載ってるのか。


「なんだよ、それ。来ないと思ったのか?」

「ううん。貴志くんは……その、約束、守る人だと思ってた。でも、ちょっとだけ心配で。今日だって、ほんとは……め、面倒だったでしょ?」

「まあ、約束だしな」

「うっ……面倒のとこ、否定しないんだね」


 口をへの字にして、頬をぷくっと膨らませる。二秒でしぼむ。器用だ。


「俺の気持ちは二の次だろ。今日はお前が、意中の誰かを落とす練習だ」

「あっ、そ、そうだった。忘れてたわけじゃないよ? 設定、設定……えっと……」


 慌てて両手をぱたぱたさせ、天井のステンドグラスを見上げる。光がワンピースに反射して、裾がふわりと揺れた。


「じゃ、じゃあ……どこ行こう? 貴志君は、ええと……」

「……」


 俺が固まるのを見て、小日向も「あっ」と小さく声を漏らす。視線が泳いで、ショルダーのストラップを指先でなぞる。


「ごめん。そうだよね、普段、誰かと街出るタイプじゃ……いや、違う、そういう意味じゃなくて……!」


 必死に手を振る。耳までほんのり赤い。助け舟を出してやるべきか考えていると――。


「ね、ねぇ、貴志君。猫、好き?」

「大好きだよ」

「えっ! 好きなんだ。しかも大好き」


 目がぱっと開いて、肩が一段上がる。ワンテンポ遅れて、口元に笑み。

 ――そのリアクションは何点狙いだ。


「なんだよ。悪いのか?」

「ううん、全然。むしろ……好都合。犬派かなって思ってたから」

「誰がドーベルマンやねん!」

「え、ドーベンマン……やめてよ。貴志くんは、どっちかっていったら柴犬でしょ」


 うそ、今、なにげにディスられた? ああ、でも、そう言ったら柴犬に失礼だもんな。柴犬、実際、めちゃくちゃかわいいし。


「行きつけの店が、あるんだ。……猫の。よかったら、そこ行こ?」


 言いながら、俺の袖をそっと一回だけつまんで、ぱっと離す。誘導サインらしい。


 彼女は弾む足取りで人波の切れ目へ。俺は一拍遅れてついていく。快晴のガラスの光が、白い背中を薄く縁取っていた。


 猫好き? という質問をされた時点で、大体想像は出来ていたが、まさか俺がこの場所に生涯行くことになろうとは。


 ニャンニャンカフェという看板を見上げながら、俺は入口前に立っていた。いわば猫カフェって奴だろう。小日向は常連なのか、慣れた足取りで店に入って行く。


「二時間くらいでいいよね」


 店に入るなり、開口一番に確認され、俺はシステムがわからず、頷いた。


「ちょうど良かった。来週で期限が切れちゃう一時間無料券があったんだ。二枚分使えば、二時間でも1600円だよ」


 小日向はチケットを買う販売機の前にいた。押そうとしたボタンは【一時間大人800円。フリードリンク付き】と記載されていた。なるほど。猫触り放題で、一時間で800円ってことか。フリードリンク付きとはいえ、高額だな。いや、一般的には普通なのか? わからん。とにかく、猫が好きでも、そう行ける場所ではないな。


 無料券があるとはいえ、ここは甘えてばかりではいけない。と、俺は思った。


「小日向。ここは俺が払おう」


 財布を開く小日向に、割り込むようにして俺は言った。


 普段はこんなこと絶対言わない。ただ先日、十万円の収入を手にしたばかりだ。無駄使いしてはいけないとはいえ、こないだの依頼は小日向抜きだと、十万ではなく、七万になるはずだった。それにお邪魔役だと思っていたのに、最後の方は小日向の手引きにいろいろ助けてもらった借りもある。だから、ここで小日向の分を負担するのは、安いものだろう。


 財布を開け、千円札を取り出す俺を見て、小日向は驚愕した顔で体を震わせていた。


「貴志くん。どうしたの? もしかして、悪い仕事でも始めた」

「なんでそうなるんだよ」

「ダメだよ! 貴志君。白い粉とか売っちゃ」


 小日向は取り乱した様子で、俺の肩を揺らす。お前の頭ん中は彩空と同等か。てか、声デケェよ。店員さん、びびった顔で俺を見ているだろうが。


 俺は小日向を無視し、さっさと販売機で券を購入し、店員さんに渡した。


「あの、お客様」


 白い粉。という言葉を耳にした店員さんは、券を受け取ってくれず、オドオドした顔で俺を見つめていた。見ると年齢も俺達とそう変わらない、高校生くらいの女の子だ。


 この子、大丈夫か。先走って、店長や警察に連絡されたら面倒だよな。


「いえ。違うんです。彼女、小麦粉のこと言ってるんです」


 俺は適当なことを言って、その場をやり過ごすことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ