第17話 友達
小林先輩が角を曲がって見えなくなる。残ったのは、落ちた体温と、風に鳴るフェンスだけ――のはずが、背中に視線の重み。振り向く。
……うわ。やっぱり来たか。
夕陽を背に、八重桜・小日向・音無。三人とも影が長い。俺は小さくため息を落とす。うまく撒いたつもりだったけど、世の中そんなに甘くない。
「やっぱり、裏で手を引いていたのね」
腰に手、顎を少し上げて、八重桜は勝ち誇った顔をしている。
「貴志くん」
音無は複雑そうな顔をする。いつも微笑んで、なにを考えているかわかないやつだが、この時ばかりは、やっと人らしい顔をしたか。と思った。
「なんで、助けてくれたの?」
理解不能、というより確認する目だ。
「なんの話だ?」
俺は逆に問う。助けた覚えはない。少なくとも、誰かにそう思われたい動機は、俺のOSにインストールされてない。
「来栖くんは、部を存続させればよかったはずだ。なのに、あそこまで悪役を被ってまで、僕を――」
「助けてない」
食い気味に切る。買いかぶりは体質に合わない。ついでに言えば、凪。お前は自分を過小評価しすぎだ。
「仮に工藤を呼ばなくても、音無が辞めるって聞いた一年は、どうせ走ってきた。それがお前の築いた信頼だ。俺が小日向に頼んだのは一個だけ。音無が辞めることを伝えろと言っただけ」
「……うん、そうだよ」
横で小日向が、胸の前で指をぎゅっと絡めてうなずく。前髪の隙間からのぞく目は、まだ少し赤い。
「伝えたら、工藤くんがすぐ一年生たちを集めてね。絶対に止めるって。イジメの映像の子達と、同じ人たちとは思えないくらい、たくましかった」
音無は唇を噛み、視線を落とす。納得していない顔だ。今日の彼は珍しく、歯車が噛み合ってない。
「音無。依頼の中身、覚えてるか?」
「……イジメの解決と、部の存続」
「そう。で、俺も最初は、映像ぶち撒けば一発だな、って思ってた。でも、逆効果なんだ」
「え。なんで?」
「動画を出せば、三年は即処分。活動停止――その後、どうなる?」
凪の目がわずかに大きくなる。やっと届いたか。
「逆恨みが発生する。部が消えても……矛先は残る。むしろ激化する」
「そう。『漏らしたのは誰だ』ゲームが始まる。俺らがやったのは、状況を人質に取っただけ。『従わなきゃ公開』ってね。だから、人質は殺さない。あの映像は流さない。それが一番、早くて被害が少ない」
風が抜け、フェンスの影が揺れる。凪は顔を上げ、「ありがとう」と小さく笑った。氷面に淡い光が差すみたいな笑い方だ。ずるい。
「勘違いするな。別にお前のためでも、部のためでもない。すべては報酬のためだ」
俺は八重桜の方に目だけ流す。彼女は「はいはい」と肩をすくめる。目尻に、ちょっとだけ甘いものが混ざってるのは気のせいだと思いたい。
「……それでも、礼は言うよ」
凪は一歩近づいて、まっすぐ俺を見た。そこに、さっきまでなかった熱がある。
「君は、嫌な役を選んでくれた。僕は――絶対忘れない。ねぇ、来栖くん。これからも、その……友達でいてくれる?」
「嫌です」
視線を逸らし、ポケットに手を突っ込む。八重桜と小日向の視線が刺さるので、これが限界だ。音無は目を細めて、ふっと笑った。
「了解。嫌は、僕の辞書では、よろしくだ」
すごい翻訳機能だな、超ポジティブじゃん……でも、まぁ、嫌いじゃない解釈だ。自分で思って、舌打ちしたくなる。
ひと段落。十万。彩空の学費。キャッツのパンケーキ。彩空に食べさせてやりたい。
だけど、行ったら、八重桜とばったり、なんて引きは勘弁してほしい。
「同級生に相手にされないからって中学生に、は感心しないわ」
みたいな台詞を、平然と撃ってくるからな、こいつは。
裾がくい、と引かれる。見ると小日向。耳まで赤くして、うさぎみたいに近い。
「……来栖くん。こないだの約束、忘れてないよね?」
約束。脳内で、面倒くさいのフラグが立つ音。けど、彼女の不安げな目を見て、ちゃんと再生される。
ああ、あれだ。練習台。デートの。
俺の顔色で理解したのか、小日向は小声で続ける。
「あとで連絡するから」
言い残して、何食わぬ顔で二人の輪へ戻る。音無と八重桜は、何やら真面目に話している。音無の横顔は落ち着いて、どこか嬉しそうで――俺の腹のどこかが、むず痒い。
めでたしめでたし、って締めたいのに。画面の隅に未消化タスクが一個。でかいのが。今さら削除はできないやつだ。
夕陽が沈みかけ、フェンスの影が長く伸びる。俺は伸びた影を跨いで、心の中でだけ、そっとつぶやく。
……まぁ、いい。やることはやる。俺はそういう役だ。




