第13話 サッカー部の崩壊
その日の夜、二通の封書を書いた。
一通目は沢村宛。
『サッカー部における喫煙・一年への暴力を把握しています。あなたがそれを知りながら、処理している事実も。明日16時、三年と二年の全員を視聴覚室に集めてください。証拠映像は十分。下手をすれば、あなたの教師人生はそこで終わります』
これで顧問は動く。呼び出さざるを得ない。
二通目は小林宛。
文面はまったく別物だ。鍵は彼。彼の演技を、こちらの台本に乗せる。
――サッカー部を潰さずに止める。そのための一手として。
封を閉じ、ポケットへ押し込む。
明日は、駒が動く音を聴く日だ。
約束の十分前。視聴覚室の前はざわつき始めていた。二年と三年だけが呼ばれているらしい。
「沢村、なんだって呼び出しだ?」
「さあな。三年と二年だけ、だそうだ」
「嘘だろ。まさか、あれか?」
「落ち着け。それに、沢村は見て見ぬふりって話だ」
俺は隣の空き教室で耳を澄ませていた。やれやれ、顧問の隠蔽は半分バレている。
「何を始めるのかしら?」
耳元で色の薄い声。振り向くと、八重桜が膝をついて同じ高さで身を潜めていた。距離、近い。
「お前、なんでいる」
「あなたの動きがいつもより人間だったから。尾行しただけよ」
「……小日向は?」
「連れてこようとしたけれど、消えていたわ。いい子はよく逃げるの」
肩の力が抜ける。だが彼女は続ける。
「で、どうせ『来るな』って言うんでしょう? 却下。これは私の依頼。あなた一人に悪役を押しつける趣味は、持ち合わせていないの」
「……八重桜」
「それに、楽しそうだもの。独り占めは感心しないわ」
最後は視線をそらして小さく。はいはい、本音はそっちね。
十六時。俺と八重桜は扉を開けた。三十人前後の空気が、ざわりと揺れる。
「誰だ、あいつ」
「女の方、八重桜じゃね?」
二年の何人かは俺を知っている。だが視線はほぼ全て八重桜に吸い寄せられた。そのまま、俺たちは壇上に上がる。
「――お集まりいただき、ありがとうございます。まずは上映会をいたします」
余計な前口上は不要。
俺は集まった人の反応もお構いなしに、動画を再生させた。
十秒で数人の顔が凍り、終盤、沢村の指先が床の吸い殻を拾う場面で、全員の目玉が一斉にそっちへ動く。顧問、自分で証拠回収。実にわかりやすい。
音はない。いい反応だ。映像を落として、俺は片方だけ口角を上げた。
「いかがでしたか。胸糞の悪いショートムービーでしたね。お楽しみいただけましたでしょうか?」
「お、お前、盗撮だろ! 犯罪だ!」
「そうだ。警察呼べ! 退学だ!」
最初の野次は読み通りだ。
俺は肩を竦め、わざとらしく俯き、すぐ顔を上げる。
「そうですね。警察でも教育委員会でも呼んでください。一緒に地獄に落ちましょう」
途端に息が止まる。顧問に向けて、軽く顎をしゃくった。
「沢村先生。悪い生徒がここにおります。お好きな機関へ、どうぞ」
沢村は無言で視線を逸らす。そこで、低い声が場を割った。
「……条件はなんだ」
小林慎二。サッカー部部長。鍵はこいつだ。
「三年生は全員、本日付で退部してください。以後、部室にもグラウンドにも近寄らないこと。どなたか一人でも破られた場合、連帯責任で即時拡散します」
一拍。ざわめきが爆ぜる。
「ふざけんな!」
「全国がかかってるんだぞ!」
「お静かにしていただけますか」
俺はパイプ椅子を横蹴りにして、金属音で騒音を叩き潰した。弁慶が悲鳴を上げたが、顔には出さない。きっと、悪役は痛がらない――はず。
「全国がどうこうは俺には関係ない。選択肢は二つのようで、一つです。ご理解いただける方は、いま頷いてください」
「拒否したら?」
小林が温度を測る目で訊く。
「映像一式を外部へ提出するだけです。校内は信用いたしません。外側から固めます」
「……そしたら、部は活動停止で廃部だな。俺たち三年は全員、人生終了コース」
「そうですね。小林先輩のプロの夢も、灰皿のように踏み潰されますね」
三年の顔から血が引く。ひとりが苛立って前に出かけ――隣に抑えられる。いいね、その小刻みな肩。恐怖は正しく伝わっている。
小林が短く息を吐いた。
「沢村先生。飲みましょう」
「いいのか、小林。お前はプロの話――」
「流出したら、プロどころじゃないです。俺たちは終わる。先生もただじゃ済まない」
理屈は冷たく、正確。三年の喉がまとめて鳴る。後列の二年が小声で囁いた。
「確認いたします。以後、接触禁止。どなたかお一人でも破られましたら、全員ご一緒に道連れです。お名前で検索なさったとき、一生あの動画が最上段に出てくる地獄を差し上げます」
出ていきかけた小林が踵を返す。
「来栖、だったな。最後に一つ。誰かに頼まれてやったのか?」
二年にどよめき。音無だけが無表情でこちらを見ている。
「残念ながら、俺に頼むやつなんていないですよ。一年にも二年にも友人はゼロです。疑うなら、アンケートでもとったらいいです。来栖と友達ですかと」
自嘲は事実、武器にもなる。
「なら、なぜだ」
「見世物が好きなんです。高みにいる方を引きずり下ろす瞬間というのは、最高に絵になりますんで。それと、うるさい栄光の合唱は苦手なんです」
「なら全部ばら撒いて潰せばいい」
「簡単に壊したらつまらないでしょう。三年が抜けた白銀がどこまで落ちるか……ゆっくり、楽しませていただきます」
二年の列がざわつき、「クズだ」と吐く声。俺は肩をすくめ、小さく笑った。悪役に似合う反応だ。
小林は二年へ振り向く。
「聞いたな。俺たちは降りる。だが――勝て。阿久津、音無、お前らが引っ張れ」
それだけ言って、あっさり背を向ける。去り際、他の三年も「悪かった」「勝てよ」とだけ残して消えた。最後だけ、先輩面だ。




