第12話 証拠
八神が持ってきた相談は、要するにこうだ。
試合直前なのにサッカー部の空気が最悪。次期主将候補の阿久津と、同級の音無に振っても「気のせい」と流される。ギャルめの見た目に反して、八神の部への熱は本物で、今年こそ全国へ――と本気だ。今のままじゃ無理、と彼女は踏んでいる。
ただし、いじめや喫煙の件は、彼女はまったく知らないらしい。余談だが、八神・音無・阿久津は小学校からの仲で、少年団→中学サッカー→強豪の白銀学園と歩みを同じくしている。八神が「全国」を是が非でも掴みたいのは筋が通る。一方で、音無はどこか投げやりだ。まあ、八神が真実を知れば、小日向みたいに「そんな部、潰れればいい」と言い出す可能性だってないわけではない。
最後に八神は言った。
「部の問題を解決して。結果的に全国へ行けないなら諦める」
その言葉に、俺は返事をしなかった。なのに彼女は問い返すこともなく「お願いね」とだけ残して去っていった。
ついでに小日向情報では、八神は阿久津が好きらしい――本当、どうでもいい。
八重桜にこの手の話題を振れば「興味ないわ。それより小日向さんと何かしたら罰金百万円よ」と別方面から砲撃されるのがオチだ。
前日、音無と別れたあと、俺はサッカー部の部室に小型カメラを仕掛けた。
最近のガジェットは恐ろしい。ボールペン、腕時計、ボタン、車のキーに化ける。名目は防犯や調査用、実態は……まあ語るまでもない。今回も実態寄りだ。
翌日、八神との会話を終えてから、人のいないタイミングで回収。正直、一日で引っかからないかもと思っていたが――杞憂だった。画面には、言い逃れ不能の映像。吐き気とともに、やるべき順番が固まる。
俺は八重桜にメールを送る。
〈明日放課後、話がある。サッカー部の映像が手に入った。一緒に確認したい〉
返ってきたのは即レス。
〈了解。キャッツで十六時〉
学校で視聴は危険だ。店を貸し切るだろうから都合はいい。柏木さんには申し訳ないが、対価は払ってるし文句はないはずだ。コーヒーもうまいし、俺も助かる――と、その時点で俺は一つ、致命的な見落としをしていた。
約束の十分前。札は【CLOSE】やはり貸切だ。
ベルが鳴り、柏木さんがいつもの調子で「いらっしゃい、来栖くん」
視線の先、定位置には八重桜の横に――小日向。
「待たせたな、八重桜」
「あら早いわね。もっとのんびりでよかったのに。むしろ遅刻してくれた方が助かったわ」
がっかり顔はやめてほしい。
「あのさ、八重桜さん」
「なに。さん付けはあなたに似合わないわ。気持ち悪い。頭でも打った?」
突き刺さるブレードトーク。八重桜は今日も絶好調だ。
「なんで小日向がいる」
「だって今回は、あなたのパートナーでしょう? 呼ぶのが筋だわ」
「そ、そうだよ……のけ者、やだし。わ、私も、行くって……言ったから」
小日向は指先でもじもじ、控えめに主張する。
「今日の映像は刺激が強い。小日向には見せるべきじゃない」
「知らないわ。誤解してるみたいだけど、私は依頼人であって協力者じゃない。知恵袋の役目は契約に含まれてないの。私が用意するのは、必要物品までよ」
冷ややかで、筋が通っている。悔しいけど正論だ。
「……そうか。なら帰る」
椅子を引くと、ちょうど柏木さんが注文を取りに来て目を丸くする。
「あれ、トイレ? その前にオーダーいい?」
「いえ。――俺、帰ります」
「来栖くん、落ち着きなさい」
八重桜の声が、少しだけ鋭くなる。茶化しは消え、真っ直ぐ刺す。
「俺は冷静だよ。――いや、八重桜に言われて冷静“になった”。お前の言う通りだ。依頼人であるお前を頼ろうとした俺が間違ってた」
「だから落ち着きなさいって言ってるの」
胸の真ん中を指で突かれたみたいに、足が止まる。隣で小日向が肩をすくめ、うさぎみたいに小さくなった。
「さっきも確認したわね。あなたの協力者は誰?」
「おいおい、本気で言ってるのか。小日向にあの映像を見せるなんて、可哀相だろ」
「あなた、将来父親になったら、子供を一番ダメにするタイプね」
「……は?」
思わず間の抜けた声が出た。
「子どもが挑戦しようとすると止める親。失敗したら、怪我したら、傷つくからやめなさい、ってね。そうやって、子どもの持つ可能性を先に折る。親が教えるのは、転ばない方法じゃない。転んでも立ち上がる力よ。結果なんて二の次」
「良いこと言ってる風だけど、小日向は俺の子どもじゃない」
ぼそっと突っ込むと、隣で小日向が頬を赤くして、視線を泳がせた。
「ば、ばか……。なんで、わ、私が……その……貴志くんの、子どもを……」
声が裏返って、口元を押さえる。前髪をそっと耳にかける仕草までセットだ。大丈夫か、こいつの脳内。
「小日向」
「……な、なに?」
呼ぶと、囁くみたいな返事。まだ赤い。
「サッカー部の部室に、隠しカメラを置いた」
「……か、隠しカメラ? それ、犯罪じゃ……」
痛いところを刺してくる。
「ああ、ギリギリ黒寄りだ。でも、おかげで“イジメの証拠”は取れた」
「……ほんとに、あったんだ……」
信じたくなかった、という色の瞳。ここで迷う。見せる価値がなきゃ、ただのトラウマだ。
「――見せて。貴志くんが引っかかった違和感、私も見つけたい。私が拾えたら、貴志くんの感覚は確信に変わるでしょ?」
思いのほか、まっすぐな声。怖がってるのは分かる。けど、目は逃げていなかった。
「きつかったらすぐ言え。即停止する」
「……うん。私、そんなにヤワじゃないから」
拳をぎゅっと握る。肩は小刻みに震えてたけど、見なかったことにしてやる。
「じゃ、私も観るわ。退屈してたし。怖かったら手、握ってあげる。小日向さん」
無表情でとんでもないことをさらっと言うな。
俺は気にせず、再生ボタンを押し、ノートPCを小日向の前へ滑らせた。
狭い部室。三年らしき連中が一年に暴行を加えている。顔は外して、みぞおち、肩、太腿。嫌らしいほど計画的だ。着替えで上半身を見せた一年の身体に、古い痣が点々――日常化している。
「さっきどこにパス出してんだよ、やる気あんのか」
「今年は全国だ。下手こいたら小林のプロの話も飛ぶだろうが」
暴力に正当化のセリフを添えるのは、どの界隈も同じらしい。隅では煙草の煙。会話から、吸ってる中心の一人が部長、小林だと分かる。手は出さない。ただ、煙を吐き、踏み潰した吸い殻を床に残して去る。
顧問は、もっとひどい。全員がはけたあと、沢村先生が入室。周囲を見回し、落ちていた吸い殻を拾ってビニール袋へ。
証拠、隠滅。イジメの映像より、こっちのほうが寒気がした。
俺はモニタを見ながら、心のどこかでこれは使えると冷たい笑いを噛み殺す。小日向は、真逆。肩が震え、何度も呼吸が乱れて――停止したときには、机に額をつけてぐったり。
「大丈夫か」
「……うん」
大丈夫な返事のトーンじゃない。俺がお気に入りにしている猫の動画でも見せるか――と考えた瞬間、顔を上げた彼女の目に芯があった。
「ねえ、部長の小林先輩……ちょっと変、じゃない?」
その一言は、映像より鋭く俺の肺を刺した。
「どこを見て、そう思った」
その答えを耳にした時、俺の疑問は確信へと変わった。
俺はPCを閉じ、深呼吸を一つ。長引かせる価値はない。動くのは早いほうがいい。




