第11話 サッカー部マネージャー
次の日。俺はいつも通り、ぼっちな日常を消化していた。休み時間は机にうつ伏せ、ウォークマンのイヤホンで世界をミュート。
え? 貧乏なのにウォークマン? 中学の誕生日だけは我儘を通した。音楽はいい。性別も国籍も関係なく、ただ鳴る。ギターに手を出したい時期もあったが、今は彩空の学費が最優先だ。
暗い視界のまま音だけが流れる世界で、肩をとん、と叩かれる。顔を上げると、小日向が困ったように腕を抱えて立っていた。ため息をひとつ、イヤホンを外す。
「貴志くん。……いつも休み時間、寝てるよね。話しかけ……にくい、よ」
開口一番、説教だ。
「誰も俺に話しかけないだろ。それに、教室ではむやみに話しかけるなって」
と言いかけて口をつぐむ。小日向の横に、見慣れない女子が立っていた。肩口でふわりと揺れる栗色のウェーブ。軽く流した前髪が額に影を落とし、琥珀がかった大きな瞳は普段は人懐っこそう、でも意思の通った眉が芯の強さを匂わせる。目つきは強め――いや、俺にだけか? 若干、睨まれてる気がするが。
「ねぇ、みかん。本気なの?」
彼女は俺から目を逸らさず、小日向の肩を肘でつつく。
「大丈夫。貴志くんは……ぼっちで、ちょっとひねくれてるけど。悪い人じゃ、ないから」
いきなりディスられた気もするが、評価は微プラスらしい。
「で、用は? その人は?」
俺が尋ねると、二人とも目を丸くした。
「ちょっと! クラスメイトの綾だよ。嘘でしょ、顔くらい覚えてよ」
「大丈夫、みかん。来栖だし……八神綾。みかんとは中学からの友達」
八神は苦笑しつつ自己紹介。俺は頷く。
「それで、その八神さんが俺みたいな害虫に何の用を?」
「害虫には用はないけど、来栖にはあるわ……ここじゃ話せない。放課後、体育館裏に来て」
「なんだ、告白か、俺」
冗談を口にした瞬間、叩いてきたのは八神じゃなくて小日向だった。
ぽすっ、と拳で肩を小突かれる。
「ば、ばかじゃないの……綾が貴志くんみたいな、その……ぼっちで根暗な人、好きなわけないでしょ。勘違いしないで……ばか、鈍感、ハゲ!」
顔を真っ赤にして早口でまくし立てる。ぼっちで根暗は否定しようがないが、最後はただの八つ当たりだ。
八神が俺と小日向を見比べ、肩をすくめる。
「今のは言い過ぎよ、みかん」
「そうだぞ。それに俺、まだハゲてないし」
父さんはハゲてきてるから、三十年後はどうなってるかは知らんが。
小日向は「……ごめん」と蚊の鳴くような声で落とし、視線を落とした。ほどなくチャイム。授業が始まっても、肩に残った感触だけがやけに鮮明だった。
で、俺はなんで殴られたんだ? 答えは出ない。けれど、さっきの赤い頬を思い出して、イヤホンの音量を一段下げた。放課後、体育館裏。さて、何の用件だ。
まさか放課後、二日連続で体育館裏に呼び出されるとは思わなかった。
「で、用件はなんだ?」
そこにいたのは八神。それから、なぜか小日向まで付いてきている。やれやれ。面倒ごとを抱えてる時に限って面倒だな。
「実は私さ、今サッカー部のマネージャーやってるの」
開口一番の報告に、思わず目が飛び出た。横を見ると小日向がドヤ顔。なんかむかつく。
……でも、繋がった。サッカー部のマネージャー=八神。小日向とは中学からの友達。そして今回の依頼。偶然じゃない。小日向は最初から八神を当てにして、情報係を買って出たってわけか。
「最近、サッカー部の空気が悪いの。ピリピリしてるっていうか……阿久津くんと、凪の様子もおかしいし」
ビンゴ。今抱えてる火種と直結だ。が、一点だけ引っかかる。
「ちょっと待て。その相談、なんで俺にする?」
友達でもないし、クラスの問題児に投げる案件か? 小日向が吹き込んだにしても確認はしておく。八神は一瞬きょとんとした後、肩をすくめた。
「誰かに相談しなきゃって思ってた。でも同級生の女子には無理。翌日には廊下中に広まってるだろうから」
「でもここに小日向はいる」
「は? ばか言わないで。みかんは別よ。信用はしてる。でも、相談はしない」
「えっ……」
小日向が素でショックを受ける。目の前でそれ言うか普通。八神はすぐに「あ、違うの」と表情を和らげた。
「みかんは昔から正義感の塊。解決できないことでも背負い込む。放っておけないのは分かるけど、無理するみかん見るの、私はいやなの」
なるほど。優しい言い回しに見えるが、実際は違う。俺も小日向には相談しない。心理テストやったら、感情に流されがちって出るタイプだし。
「で、来栖。金魚の水槽、わざと壊したんでしょ?」
唐突に核心を突いてきた。なんで今その話? 反射的に小日向を見ると、ぶんぶん首を振る。
「うそでしょ、マジだったんだ……。凪の言う通りじゃん」
「今、なんて?」
俺が詰めると、八神は口を押さえた。
「……凪がね、言ってたの。来栖くんは悪役を演じただけ、小日向さんを守るための、ね。私は信じなかったけど」
「買いかぶりだ。偶然が重なっただけだ」
即否定。ところが――。
「違うよ、綾。来栖くんは私を助けるために水槽を――その、理由は言えないけど。中の金魚はオモチャだったの。生きてる金魚は事前に移してあって……ね、来栖くん」
満面の笑みで暴露しないでください。俺は小日向の頭をわしっと掴む。
「いだっ、いだだっ! なんで掴むの!」
いや、掴みたいのはこっちの心だ。
「……ま、話が逸れたけど。来栖に相談したら、なんとかしてくれる気がしたのよ」
「買いかぶりだ」
「かもね。でも私、こういう勘は当たるの。で、乗ってくれる? くれない?」
ここで嫌だと言えたら苦労しない。金が絡む以上、使える情報は全部欲しい。
「……まずは話を聞こう」
そう返すと、八神は小さく笑って「ありがとう」と言い、部の内情を語り始めた。




