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来栖貴志くんは嫌われ者です  作者: 結城智
第2章 サッカー部の陰謀を解決せよ!
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第10話 八重桜の謎

 サッカー部の問題は、少なくとも校内の噂にはなっていない。


 噂は口止めしても広がる。なぜ広がるかと言えば、流した側に不利益がないからだ。逆に自分が不利益を被る類いの秘密は、誰も口外しない。守るのは相手の体面ではなく、自分の身。――だから、一年生は絶対に喋らない。刺激すれば逆効果だ。


 二年生から拾う? 善人そうに見えて三年と繋がっていた、なんてオチはありがちだ。橋は見えても、渡った瞬間に落ちる類いの橋。音無だって助けたいが踏み出せないから、俺たちに話を振ったのだ。


 まずは現状の押さえ込み。小日向に情報線を任せ、俺は証拠線を握る。そのために必要な道具が一つ。備品の購入申請――俺は携帯を取り出し、八重桜に電話した。


「はい、八重桜よ」


 3コールで出た。が、声に棘。夜の八時、食事中か?


「悪い。今、大丈夫か?」

「ええ、問題ないわ」


 言葉は肯定、声音は不機嫌。矛盾、または女心。


「……怒ってるのか?」

「意外ね。コミュ力ゼロの来栖くんが、声色で機嫌を読めるなんて」


 第一声から刃物。いつものことだ。


「そっか。よくわからんが、悪かった」

「よくわからないのに謝る男、最低ね。死ねばいいわ」

「で、なんで怒ってる」

「自分の胸に手を当てて三十秒考えなさい」


 言われたとおり考える。


「……十万は、さすがにぼったくり過ぎたか?」


 ぷつ、と通話が切れた。かけ直す。


「ハズレよ」

「電話切るなよ。俺はかけ放題プランじゃないんだぞ」

「ごめんなさい。イラッとしたのよ。ついね」

「で、理由は?」

「本当にわからないの?」

「わからない」


 深いため息ののち、刺突。


「来栖くん。今日、小日向さんと二人で帰ったわよね」

「……帰ったな」

「何の嫌がらせかしら?」

「何がだよ」

「私が小日向さんを、ラブで好きだって、知っているわよね」

「ああ……」

「解散のあと、あなたと音無くんが消えた隙に、私、小日向さんを誘うつもりだったの。なのに、彼女はよそよそしい。おかしいと思って後ろから見ていたら――あなたを待ってた。可愛い顔で」


 つまり、ストーカー列が二重だったわけだ……学校内だけか。まだ被害は軽傷で済んだか。


「○○ノートが手元にあったら、あなたの名前を書いてたわ。なかったから、代わりにハンカチ噛み切った」

「カバ並みの咬合力だな……。悪かった。次から気をつける」

「気をつけるって何? 小日向さんに一緒に帰ろうと言われたら断るつもり? ふざけないで。あなた、何様? 殿様? それとも世界の中心にでも立っているつもり?」


 うわ。導火線に火点いちゃったか。ここは黙るに限るな。


「ねえ来栖くん。自分の都合で女心を切り捨てられるほど偉い人間だった? あなた、ただのコミュ障・嫌われ者でしょ。殿様どころか、教室の隅に置かれた観葉植物以下よ。水も光も与えられず、枯れかけてるくせに、妙なプライドだけは天を衝いてる」

「……観葉植物以下は言い過ぎだろ」

「いえ、まだ優しい表現を選んだつもりよ。本音を言えば、カビの生えた三角コーナーの生ゴミレベル。存在は気づかれても、触れられるのは嫌がられる。そんなあなたが、選ぶ側に立ってるとでも?」

「なぁ。八重桜」

「なによ」

「俺、泣いちゃうよ」

「泣きたいのは私よ」

「なんでだよ」

「あなた。小日向さんと帰り道、コンビニに寄ったでしょ」


 ドキリ。心臓が二拍くらいリズムを外す……やばい、そこまで見られてたのか。


「そして、来栖くん。コンビニで小日向さんに『あーん』されてたわね」


 完全に血の気が引く。俺は学校内だけだと思ってた。尾行エリア、拡張してんじゃねえよ。


「あなたが、べろべろしていい? なんて最低なことを言った瞬間、天秤は一度こっちに傾いたわ。あなたを殴るか、アイスを奪って小日向さんの口元を独占するか」

「二択が地獄すぎる!」


 もう怖いんですけど。理屈を装った八重桜の選択肢が、ホラーよりホラーなんですけど。


 これ以上会話を続けたら命が縮む。ああ……こわいなぁ、こわいなぁ。稲川淳二もびっくりしてマイク投げ出すレベルだよ。


「で、何の用よ。早く用件を言いなさい」


 いきなり素にもどりやがった。自分から話を脱線させたくせに。


「いや、用意して欲しいものがあって――」

「ああ。それね、大丈夫。もう準備してるわよ」

「まだ何も言ってないけど」

「言わなくてもわかるわよ」


 嘘だろ。と思いながら確認すると、見事に自分が頼もうとしていたブツと一致していた。


「すごいな。お前、テレパシーでも使えるの?」

「言わなくてもわかるの。あなたのことくらい、私が誰より理解していなきゃ意味がないでしょ」


 えっ。なにそれ……めちゃくちゃ、キュンとするんですけど。


「……惚れてまうやろー!」


 我慢できずに俺は電話越しに叫んでしまった。


 ……プツ。プー、プー、プー。

 ――そして、電話は切られた。


 いや、ちょっと待って? ここで切る!?

 今のセリフ、俺の人生でトップ3に入る黒歴史なんですけど!


 そして、誰もいなくなった。俺の尊厳もろとも。




 次の日。昼休み、俺は音無を体育館裏に呼び出した。


 放課後、体育館裏で話がある――一文だけ送る。アドレス交換など不本意だが、連絡用に番号とメールは交換済みだ。LINE? 無言でガラケーを見せたら、天然記念物を見る目をされた。地味に傷つく。


 ほどなくして、音無が小走りで来る。


「ごめん、待った?」

「いや、今来たところだ」


 あたりに人影はない。音無は一度だけ周囲を確かめ、やわらかく笑った。


「……で、どうしてこんな場所? 僕、ここで告白されるのかな」

「残念だな。作者は既婚で子ども二人の健全なクズらしい。BL展開はない」

「ダメだよ、作者さんの個人情報晒しちゃ」


 自分で言っておいて何だが、何の会話だこれは。咳払いして本題に戻る。


「サッカー部の部室の場所。それと、普段は何時まで残ってる?」

「部室は近い。あとで人目を避けて案内する。活動は十七時までだけど、人が途切れるのは十八時前後かな」


 即答。普通なら「何に使うの?」が先に来る。なのに彼は問わない。すでに先読みしている顔だ。


「ねえ、来栖くん。僕からも一ついい?」

「なんだ」

「どうして、依頼を書き換えたの? 問題を止めるだけなら、方法は単純だ。君はいまから部室にカメラを仕掛け、一次証拠を押さえる。拡散すれば、いじめは止まる。部は活動停止になる。五万円、確定だ」


 穏やかな声で、核心を刺してくる。わかってて黙っていた口だな。


「なのに君は、問題を止めたうえで、サッカー部を無傷で残す方法を選んだ。難度は跳ね上がる。どうして?」

「十万になるからに決まってる」

「リスクが過大だよ」


 音無は顎に指を添え、薄く笑う。無色透明の笑顔だが、底が見えない。


「……じゃあ、俺からも。お前はサッカー部を潰したいのか」


 一拍。彼の笑みが、ほんのわずかに温度を失った。


「いいや。望まないよ」


 間髪入れず、元の柔らかさに戻る。芝居がうますぎる。


「なら、僕がカメラを仕掛けようか。僕なら入っても怪しまれない」

「断る。お前は信用ならん」

「ひどいなあ。でも、もし僕が、本当は潰したい側だったら、どうする?」

「どうもしない。阻止するだけだ」

「依頼人は僕だよ?」

「俺の依頼主は八重桜だ」

「じゃあ、彼女に内容変更を頼めばいいね」

「無駄だな」

「なんで?」

「それじゃ、面白くないもの。って、笑って切られる」


 短い付き合いだが、容易に想像できる。


「それにしても、十万を平然と出せるのは大したものだね」

「出所が不明なのが、少し怖いけどな。家が金持ちなんだろうな、きっと」

「お金持ちではあるみたいけど……八重桜さん、親とは縁切ってるって噂だよ。今住んでるアパートと学費も自分の稼ぎで出してるみたい」

「どういうことだ?」

「お金そのものより、お金の流れを見るのが得意みたいだよ。指標カレンダー、資金の入り口と出口、ニュースの温度。朝は寄り前の板を眺めて、資金が集まる場所を先回り。数%だけ抜いて、すぐ引く。大型はイベントだけ、決算またぎはしない。IPOは当たれば即売り、当たらなければ二次で薄く。損切りは三分で迷わない。そうやって、雪だるまを転がす」

「高校生が、そんな器用に?」

「うん。中学のときに親の同意で作った口座で小さく始めて、手法は自分で磨いたらしい。いまはフリマの回転も混ぜてる。季節物を先回りで仕入れて、週末だけで現金化。統計コンテストと企業のデータ分析コンペで賞金も取ってる。数字を読むのが速いんだ」

「……だから十万が千円みたいな顔で出てくるのか」


 相槌をうつが、音無の言ってる言葉、八割以上、意味不明なんだけど。


「そう。でも、面白いと思ったことには惜しまない。逆に、面白くなければ一円も動かない」

「なるほどな……で、その情報をお前が知ってる理由は?」

「……それは企業秘密かな」


 音無はいたずらめいた笑みだけ残し、何も明かさない。やはり掴みどころがない。


「部が切り上げるまで時間がある。全員がはけたら僕から連絡しようか」

「遠慮する」


 こいつの親切は、返す刃を内蔵している気がする。


 穏やかで、誰にでも優しい顔。物語の終盤で仮面を外すタイプ。そういう匂いがする。


「いつかお前の化けの皮、剥いでやるからな」


 指を向けると、音無は瞬きを一度。


「そのときは、手加減してね」


 柔らかな声のまま、刃だけを含ませてきた。やっぱり、油断ならない。

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