6 情報収集は大切です
やばっ!完全に寝落ちしてた!!
緊張がゆるんだとはいえ、身の安全が保障されていないのに思い切り寝ていたことを反省する。身体を起こそうとすれば背中を押される感触と、顔に何かが当たった。
えっと、これってもしかして……。
そっと顔をあげると魔王と目があって悲鳴を上げそうになった。
何でいるの?!っていうか何で気づかないの、私―!!
とりあえず離れようともがくが、両腕で背中を抱え込まれてびくともしない。
「~~あの……離して、ください」
「駄目だ」
そっけなく言われて、逆に抱きしめられていた腕に力が込められる。
いーやーだー!何で?抱き枕代わりなの?
しばらく必死に抵抗したが、抵抗すればするほど抱き寄せられることに気づいて佑那は仕方なく力を抜いた。力では敵わないし、とりあえずこれ以上何かされるわけでもなさそうだと半ば自棄になった結果でもある。それでものんきに眠れるわけもなく、佑那は怯えながら早くこの状態から解放されることを願った。
どれくらい時間が経っただろうか。チリンと軽やかな風鈴のような音が聞こえて、佑那を抱きしめていた力がようやくゆるんだ。ベッドから起き上がった魔王が部屋から出て行き、安堵の息が漏れる。
ほっとしたのも束の間、すぐに昨夜アーベルと呼ばれていた男性が入ってきた。彼は佑那に着替えを手渡すと、準備ができたら隣室に来るよう告げて出て行く。冷たい眼差しと義務的な口調に歓迎されていないことが分かる。
好きで来たわけじゃないし、嫌ならさっさと解放して欲しい…。
渡された袋を開けるとドレス以外にも靴や装飾品が入っていた、一目で高級と分かる光沢のあるシルクのドレスだ。お城でも当初貴族の娘が着るようなドレスが用意されたが、着なれないことと動きやすさを重視して城内を歩いても見咎められない程度のカジュアルなものに替えてもらっていた。
与えられた衣服に戸惑ったが、ずっと夜着のままでいるわけにもいかない。人質だが粗雑に扱うつもりはないのかもしれないと少しだけ前向きな気分になった佑那はドレスに手を伸ばした。
寝室から出れば食事の用意が整っていた。テーブルの上には、パン、チーズ、ハム、オムレツ、様々な果物などが並べられている。アーベルは佑那の分のお茶を注ぐと、一礼し部屋から出て行った。
正面を見ると魔王は無表情でパンを口に運んでいる。
お茶を淹れてくれたぐらいだから食べてもいいということなんだろうけど…
静かすぎてとても気まずいが、昨夜のうちに決めたことがある。佑那は紅茶を一口飲むと切り出した。
「あの、お伺いしたいことがあるのですが、今お話ししてもよろしいですか?」
魔王はわずかに眉を上げたが、無言で小さくうなずく。
「ここはどこですか」
「我の城だ」
……天然じゃないよね?
それは何となく分かっていた、というかそれ以外の場所だったらびっくりする。ここがどの辺りか知りたかったのだけれど、聞いてはいけないことだったのだろうか。
気を取り直してそれよりも大事なことを聞くため再度質問する。
「どうして私を攫ったのですか?」
「……そこにそなたがいたからだ」
……何だか哲学的な答えだが、まったく意味が分からない。
機嫌を損ねないように少し質問を変えてみる。
「昨夜、城にしん…、お越しになった目的は何ですか?」
事実だとしてもさすがに本人に向かって侵入者呼ばわりは良くない気がする。
「…ただの気まぐれだ」
魔王はふいと顔をそむけて答える。不快な質問だったのだろうか。
さらに質問を重ねようとするが、食事をとるよう再度促されたため口をつぐむ。魔王の機嫌を損ねるのは得策ではない。パンを手にとりながら、先ほどの回答を思い返す。
魔王の言葉を信じるならば、「気まぐれで城に侵入してたまたまそこにいた姫(だとおもった佑那)を攫った」ということになるが、何だかしっくりこない。
だって、そんな計画性のないことするか、普通。
他に目的があったと考える方が自然だろう。昨夜寝付けない中で、佑那は今後のことを考えていた。
まずはグレイス姫として振舞うこと。佑那がグレイスでないと知られれば再び城に侵入され、今度は本当にグレイスが攫われてしまう。そうなれば佑那を生かす理由などないし、殺されてしまう可能性が高い。
フィラルド国王女でなければ人質として価値はないだろうし、加えて異世界から来たことがバレれば救世主として見なされる恐れがある。この国で救世主がどんな風に伝わっているか分からないが、危険な存在だと見なされれば佑那自身に力がなくてもどんなひどい目に遭うか分からない。
次にフィラルド王国と魔物の争いを止めさせること。佑那は救世主じゃないかもしれないが、フィラルドではとても良くしてもらった。そのことに恩義を感じているし、困っているなら助けたいと思っている。それにフィラルド王国への侵攻が進めば、攫われているはずのグレイスの存在に気づかれてしまう。そうすれば佑那が偽者だとバレて殺される可能性が高い。
いずれにせよフィラルドを護ることが自分の身を護ることにも繋がるのだ。そのためには情報収集が必須である。何故近年魔物が侵入するようになったか。その原因と魔王の狙いが分かれば解決の糸口になると佑那は考えた。
まだその話題に触れるのはハードルが高いけど。
先ほどの会話からして簡潔ではあるが、聞いたことには答えてくれる。ちょっとずれている感じはするけど、会話が成立する相手であれば話し合いの余地はあるはずだ。
何とか魔王の目的を聞き出さねば!




