44 明かされる事実
目を覚ました佑那は飛び起きてシュルツの姿を探した。見慣れた部屋の中で一つだけ異なるのは握りしめていた黒い上着―シュルツが身に付けていたものだった。
また置いて行かれたのだと心が黒く塗りつぶされていくような虚無感に襲われかけた時、ガチャリとドアが開く。
「ユナ?!どうした、どこか痛むのか?」
佑那を一目見るなり、慌てて駆け寄るシュルツの姿に佑那は混乱した。
「シュルツ、本物?本当に?」
子供のような物言いだったが、シュルツは安心させるかのように佑那をぎゅっと抱きしめた。力強い、でも気遣うような優しい感触に不安な気持ちが溶けていく。
「傷つけて済まぬ。我の傍にいれば人であるユナが不幸になると思ったのだ。…あの魔導士から、気に食わないが、色々と指摘されて気づいた」
佑那はシュルツの立場を慮って自分の言動を気にしすぎたし、シュルツは佑那を大事に思い過ぎて手放そうとした。相手への想いが空回りして結果的に傷つけあうことになったのだ。
「私もごめんなさい。もっとシュルツを頼れば良かったのに、一人で悩んで考えすぎたから心配かけてしまったんだよね」
性格も考え方も育った環境も違うけれど、こういう不器用なところは同じなのだろう。
自然に笑みを浮かべた佑那の顔にシュルツの顔が近づいてきて―。
コンコン、という軽いノックの音で中断された。
「気が利かない…いや、わざとなのか」
ぼそりと呟くシュルツの声が聞こえたが、佑那は赤くなった顔を両手で抑えつつも返事をした。
「ウィル、その…大丈夫?」
微かに香る軟膏の匂いでウィルが怪我をしたことに佑那は遅まきながら気づいた。佑那から引き離すために魔力で部屋の隅まで吹き飛ばされたのだ。歩き方に問題はなさそうだが、下手をしたら骨が折れていてもおかしくなかった。その原因となったのが自分なのだから、肩身が狭い。押し倒される前の言葉から、ウィルがシュルツを誘い出すために芝居を打ったのだと今なら分かる。
「ユナのせいではありませんから、大丈夫ですよ」
「自業自得だ。我を呼び寄せるためとはいえ、ユナに怖い思いをさせたのだから」
「……貴方は反省してくださいね?」
シュルツに対するウィルの遠慮のない言い方に佑那は少し驚いた。まるで親しい間柄のようだと言えば二人の機嫌を損ねるかもしれないので口にはしないが、随分慣れているようだ。
そんなことを考えていると、ユナの視線に気づいたウィルからさらりと衝撃的なことを知らされた。
「魔王陛下は毎晩ユナの様子を見に来ていましたから、流石に慣れるというものです」
「え…」
「!!」
驚いてシュルツを見ると口元を片手で覆ったまま、顔を逸らしている。
今までのことは夢じゃなかった…?
「お陰でお互いの国情について確認することが出来たのですが。…ああ、ユナは聞かされていませんでしたよね?グレイス姫の婚約者殿が無知な貴族を焚きつけて戦争に発展するところだったんですよ」
次から次へと明かされる事実に佑那はただ目を瞠ることしか出来ない。
「攻めてこようが追い返せばよいと思っていたが、人が傷つけばユナが気に病むだろう。だから手放そうと…」
シュルツが唐突に佑那を遠ざけたのも、思った以上にそれが現実味を帯びていたからなのだろう。
「大事にすることと伝えないことは違いますよ」
「お前だって言わなかっただろう」
不貞腐れたように告げるシュルツだが、ウィルは容赦しない。
「私はちゃんと機を見計らっていただけですが、貴方は言うつもりがなかったでしょう?」
「……」
沈黙は時に雄弁だ。自分よりもはるかにシュルツのことを理解しているようなウィルに、何となく釈然としない想いを抱いてしまう佑那だった。
ともあれ水面下で両国の橋渡しをすることになったウィルは和平条約に漕ぎつけることが出来たらしい。シュルツも三大公に承認を取り、フィラルド国王との合意も概ね得られているとのことだ。
何から何までウィルの世話になっている状態で申し訳なさを感じていたが、ウィルはさらにとんでもないプレゼントを準備していたのだった。




