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喚ばれてないのに異世界召喚されました  作者: 浅海 景


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33/46

33 二人の幸せ

「痛みや違和感はないか? 無理をしてはならぬ」

声を掛けてソファーに座らせようと手を引くが、ユナは俯いたまま動かない。まさかまた声が出なくなったのか、と焦燥に駆られているとユナはようやく口を開いた。


「…ごめんなさい」

小さな弱々しい声だった。シュルツには謝られた理由が分からない。

「…私のせいで、ごめんなさい。私が、シュルツといるから」

「何を言っている。被害を受けたのはそなただろう」


彼女が一緒に食べることを提案しなければ、自分が先に口にいれていなければ命を落としていたかもしれない。そう考えるとぞっとした。

それなのにユナは首を横に振った。

「シュルツ、お願いがあるの。…少しの間だけ抱きしめてくれる?」


言われたとおりに抱きしめると、抱きしめ返してくれた。何度も繰り返した行為であるのに、何故か今は不安しか感じない。先ほどの言葉の意味も、悲しそうな笑みも、何か取り返しのつかないことが起こりそうな嫌な予感がする。

それを振り払うようにユナの髪を撫でると、背中に回された手に力がこもった。


「もう、大丈夫。ありがとう」

声は届いていたが、離す気にはなれなかった。そのまま抱きしめていると背中をポンポンと叩かれた。

「話したいことがあるの。このままの状態で話しても良いけど、せめて座らない?」

そう言われてようやく体を離すと、ユナに手を引かれソファーに腰を下ろした。


「ユナ、我の側にいてくれ」

そう懇願してみるが、寂しそうに笑うだけで何の言葉も返ってこない。それだけで彼女の話がどんなものか想像がついた。

「シュルツ、ありがとう。声が出せるようになって良かった。ちゃんと伝えられるのって大切だね」

ユナは一つ息を吐くと、覚悟を決めたように話し始めた。


「まずは、声が出なくなったのはシュルツのせいじゃないから、自分を責めないでほしい。原因はきっと急激に環境が変わったことで、心身に負担がかかってしまったからだと思うわ」

「我がそなたを攫ったのだから、それは我のせいだろう」

「それは違うよ。フィラルド城もここも私にとってはあまり変わりがないの。以前も話しましたが、この世界は私がいた世界とは随分違っているから」

穏やかな口調で語るユナが今にもいなくなってしまいそうで、彼女の手を握り締める。


「ある日気づいたらフィラルド城にいて、そこで私は救世主だって言われたの。私の外見と現れた状況が伝承に出てくる救世主と同じなんだって。みんな優しくしてくれたし困っているなら力になりたいとは思ったけど、特別な能力があるわけでもないから、ただ言葉やフィラルドについて学びながら過ごしていたわ。シュルツに会うまでは」

言葉を切ると、視線を下に向け繋いだ手を握り返してくれた。


「シュルツがすぐに魔物の侵入を止めてくれたから、救世主として役目を果たしたのだと思ったし、だったら帰れるのではないかと思ったけど、方法が分からなくて。シュルツとの約束を先延ばしにしていたのに、私はずっと元の世界に戻ることばかり考えていたの。シュルツはずっと私に優しくしてくれたし、すごく大事にしてくれていたのに、ごめんなさい」

「そなたの立場からすれば当然だろう。それに我の行動は全てユナの歓心を得るためのものだから、気にすることはない」

ユナはシュルツの言葉を聞いて悲しそうに微笑んだ。触れた手が微かに震えていて包み込むように握りしめた。


「声が出なくなって、時間がたくさんあったからずっと考えていたの。シュルツが私を想ってくれるのは私が救世主だからかもしれないって。伝承には救世主の役割は詳しく書いていなかったけど、救世主が現れて魔物による被害がなくなったと伝えられていた。どういう方法か分からないけれど、救世主は魔物の力を削ぐことができるもの、魅了させるような力があるのだと思う。…だからシュルツの私への執着はその作用によるものじゃないかな」

「ユナ、それは違う」

否定しようとするがユナは早口で遮った。


「だってシュルツは私の願いを聞いて魔物の侵入を止めてくれたし、私を守ろうとしてアーベルさんやミアを排除しようとした。未遂だったけど、それって私がいたからでしょう。それにエルザは私を狙っていたけど、結果的にシュルツに毒入りマフィンを食べさせてしまうことになったし、もっと毒性の高いものだったら…命だって危なかった。だから…」

今にも泣き出しそうな目でユナはシュルツを見て言った。


「私はシュルツと一緒にいては駄目なの。きっと不幸にしてしまうから。たとえ一緒にいられなくてもシュルツが幸せになれるのなら、そのほうがいい」

ユナはぎこちない笑顔を浮かべて繋がれた手を離そうとするが、力を込めて繋ぎ止める。

「我がユナを愛しいと思うのは我の意思だ。異世界の人間であることや救世主であることは関係ない。どうか信じてほしい」

ないことの証明は難しい。そしてまた自分の想いと救世主の能力の因果関係を見つけることもまた困難だ。


ただし、前例があれば別だ。


でも、と続けようとしたユナを手で制して席を立った。

「ユナはこれが読めるのだろう」

シュルツが差し出したのは、初日に佑那が興味を示したあの古びた薄茶色の本だった。



表紙に綴られた文字をユナが口にする。

「エリーゼ・ロス?」

「母上の名前だ。やはりユナにはこの文字が読めるのだな。これは我の母上が書いた手記だ。彼女は恐らくはそなたと同じ世界から来た人間だった」

ユナは口を押さえて目を大きく開いている。


「最初にそなたが本棚を見たとき、この本に目を留めたように見えた。それに病を得た時に作らせたポリッジは我が母上に作ってもらったものだ。だからずっとそうかもしれぬと思っていた」

「…シュルツのお母様も救世主だったの?」

「それは我には分からぬが、その答えはこれに書いてあるかもしれぬ」

ユナの視線が本に注がれる。

これでもう後戻りはできない、とシュルツは思った。


ユナの仮説が正しかったと分かれば、彼女はやはり自分といることを拒むかもしれない。だが、疑念を抱えたままでは彼女を苦しめることになるのは明らかだ。

「母上のことはあまり覚えていないが、よく泣いていた。ここでの生活を気に入ってなかったのだろうし、父上や我のことも厭っていたから。そなたが知れば同じように思うかもしれぬと思って黙っていた」

軽蔑されるだろうがそんなことは最早どうでも良かった。彼女にこれ以上自分自身を責めて苦しんで欲しくない。


「我には母上の言葉が分からぬからそなたに託そう」

「これはお母様の形見なのでしょう。だったらシュルツが持っておくべきものだよ。それにシュルツのお母様の個人的な手記を私が読むわけにはいかないよ」

「良いのだ。どのみち我には読めぬから。そなたが知りたいことが書かれているかもしれないだろう」

なおも本を差し出すと、壊れ物を扱うようにそっと胸に抱いた。


ユナは少しためらった後、手記を開いて読み始めた。真剣な表情でページをめくっているが、だんだん辛そうな表情に変わっていく。それでも彼女が読み進めるのを止めるわけにはいかなかった。最後のページを読み終え本を閉じた後、それを抱きしめたままユナはしばらく動かなかった。

やがて小さく消え入るような声で告げた。


「お母様も、私と同じように救世主として扱われていました。だけど…」

言葉を切り、泣きそうな表情で手を握り締めた。

「ユナが言いたくないことは言わなくて良い。母上の身に起こったことは口にするのも不愉快なことだったろうから」

「そんなこと……ただ悲しくて申し訳ない気持ちになってしまうの。私とはずいぶん状況が違っていたから」

ユナが言葉を選ぶように答えた。


彼女は言えないだろう。母上を苦しめていたのは父上と自分の存在なのだから。恐らく父上は母上を無理やり自分の物にした。そうして生まれた子供もまた感情を持たず、母に興味を抱かなかった。彼女はどれだけ孤独であっただろうか。


「救世主だから我がユナに魅かれているという、その仮説が正しかったとしても我には関係ないと思えるのだ。たとえそうであっても、この想いは消せぬから。ユナは初めてできた大切な存在だから失いたくない。」

差し伸べた手が震えそうになるのを必死でなだめる。父上の仕打ちを知って自分もそうであるかもしれないとユナに思われてしまうこと、そして母上に無関心であったことを軽蔑されるかもしれないという恐れを抱いていた。


「それでもユナが我のことを嫌いでないのなら、どうかそばにいて欲しい。初めて見かけたその時からずっと我はユナを愛している」

一筋の涙がこぼれ落ちた。

「ミアが、教えてくれたんです」

涙をぬぐうこともせず、穏やかな笑みを浮かべてユナは言った。


「好きな人を不幸にしてしまうかもしれないなら、その不幸を帳消しにするぐらい幸せにしたらいいんだって。でも私には…シュルツを幸せにする方法が、分からなくて。私、何もできないし守られてばかりで役に立たないけど、シュルツを幸せにしたい。二人で一緒に幸せになりたいの」

彼女はどうしてこんなに真っ直ぐに自分の欲しい言葉をくれるのだろうか。

強く抱きしめると、背中に手を回して抱きしめ返してくれた。


ずっと閉じ込めておきたいと思っていた。外の世界は活気と魅力にあふれていて、ユナはいずれ自分を見限ってしまうだろうと思っていたから。だがそれは自分がユナを信じていないだけだった。真剣に考えた上で一緒にいることを選んでくれていたのに、疑念に囚われて迷っていたのはシュルツのほうだったのだ。


出会ったことすら奇跡であるのに、ユナに魅かれ、そして同じ想いを抱いてくれた。それがどれだけ貴重なことなのか、忘れてはいけない。自分の愛情を一方的に押し付けるのではなく、相手の習慣や考えを尊重しなければ意味がない。


ユナが与えてくれた感情は温かいものばかりではなかった。だがそれ以上に得たものは大きく、単調な世界に豊かな色彩を添えた。いつかユナが自分から離れることを望むなら、彼女が幸せでいられるなら、そうしようとシュルツは心に誓った。


第2章完結です。

佑那視点の閑話を挟んで第3章スタートです。

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