31 毒入りの菓子
「失礼します」
ミアが室内に入ると、何だか妙な空気が流れていた。間の悪い時に入ってきてしまったのか、と引き返そうとすると陛下が姫様の手を引いて席に着いた。
姫様は何か物言いたげな様子だったが、こちらに顔を向けるとようやく笑顔を見せてくれた。山盛りのマフィンの籠やジャムやクリームの小瓶をテーブルに並べ、お茶を蒸らす。エルザの言葉と花束の事を伝えようと思っていたが、今は止めておいたほうがいいだろう。そう思って邪魔にならないよう花瓶を別のテーブルの方に運ぶ。
顔を上げると姫様が怪訝な様子で花瓶を見つめている。ミアの視線に気づくと、何でもないと言うように首を横に振った。少し気になったが、お待たせするのも悪いだろう。
「姫様に召し上がっていただきたくて、作りすぎました。いろんな種類から選べたほうが楽しいかなと思ったので、どれでも好きなものを召し上がってくださいね」
『すごく嬉しい! ありがとう』
素直な感想をすぐにノートに書きこんでくれるので、作った甲斐があったというものだ。
『どれも美味しそう。いろんな種類を食べてみたいから、半分こしませんか?』
おずおずと陛下に向けて紙を見せると、陛下は了承したように頷いた。普段はあまり召し上がらないが、姫様から誘われると断らない。姫様は真剣な様子でマフィンを見つめると、まずはドライフルーツ入りのものを手にして半分に分けて陛下に差し出す。
「それはマルメロのドライフルーツ入りです」
中に入っているフルーツの種類に興味を示す姫様に声を説明すると、興味深そうな顔をした。きっと食べたことがないのだろう。
マフィンを口に入れようとしたとき、突然大きな音が響いた。
「触れるな!毒だ」
陛下の鋭い声に思わず身を強張らせた。先ほどの音は陛下がテーブルを叩いたからだと、遅れて気づく。
いや、そんなことよりも今陛下は「毒」とおっしゃらなかったか。
同じく呆然としている姫様に陛下が歩み寄り、手に持ったままのマフィンを奪った。
「ユナ! 何か口にしたか!?」
その剣幕に固まったまま、ユナは首を横に振る。
「そうか。では手を洗ってきてくれ。毒が付着しているかもしれぬから」
姫様は、はっと何かに気づいた様子で、慌てて陛下の袖を引っ張りながら訴える。
「ああ、我は大丈夫だ。あの程度の毒は効かぬ。だがそなたにとっては危険なものだ」
心配そうな表情で見つめていたが、言われたとおりに洗面所に向かう。姫様がドアの向こうに消えると、陛下が声を発した。
「…お前か」
一瞬何を言われたのか分からなかった。だがその意味を理解した瞬間、恐怖で体が震えた。
「違っ、違います!私、そんなことしていません!」
「誰が作った」
「…私です」
ミアは混乱していた。今日仕入れた食材は全て市場で買ったもので、調理に使う前に試食をしたが異常はなかった。他の材料も以前から使っているものばかりで、毒など入っているはずがない。
「陛下、お呼びでしょうか」
気が付くとアーベルの姿があった。いつの間にか陛下が呼んだのだろう。
「菓子に毒が混入していた」
それだけで状況を察したようだ。アーベルは固い表情でミアに向きなおる。
「ミア、私の部屋から離れるときに鍵は掛けたか」
「はい。いつも必ず確認しています」
「部屋に来る前に誰かと接触したか」
「…誰にも会っていません」
ミアは泣きそうになった。説明するほど、自分以外に毒を仕込むことができる者がいない。
「ユナ、我のそばにいよ」
戻ってきた姫様がミアに近づこうとして陛下に止められていた。疑われても仕方ないのだが悲しかった。
『ミア、この花は誰が準備したの?』
テーブルに置いた花瓶を指さしながら告げた姫様の言葉にはっと気づいた。
「エルザです。姫様に謝罪をしたいと言って訪ねてきました」
「その時のことを詳しく話せ」
アーベルから言われて、エルザが訪ねてきた時の様子で思い出しながら、できるだけ詳細に説明した。
「でも両手で花束を持っていて他の物を持っているように見えなかったし、目を離したのも花瓶を取り出す、ほんの僅かな間だけでした」
エルザが毒を入れたなど信じたくない。だが説明すればするほど自分かエルザ以外に該当者はいない。
「エルザを呼べ」
感情のない静かな声で陛下はアーベルに命じた。




