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3 出来ることからこつこつと

翌日はサーシャ姫の父親である国王陛下と謁見することとなった。一国の主と対面する機会などそうあるわけではない。緊張感が高まったけれど、穏やかな方で気さくに接してくれた。時折王女やウィルが間に入ってくれたのも助かった。


大したことができるわけではないが、何もせずぼんやりとしているのは落ち着かない。謁見後はウィルに図書館に連れて行ってもらうことにした。最初に現れた場所であるし、伝承や召喚について何かヒントになるようなものがあればと期待してのことだったが…。


「ユナ様、どうなさいましたか?」

「…文字が読めません」

コミュニケーションが取れるようになったので、てっきり文字も読めるのだと思い込んでいた。

しまったという表情のウィルを見ればうっかり失念していたらしい。何でも意思疎通は可能だが、読み書きは別とのこと。フィラルド語初級編という本を貸してもらい勉強することになった。調べものするなら文字が読めないことには話にならない。


見知らぬ言語だったが、元々そういった分野に興味があったため、集中しているあっという間に時間が過ぎた。同じ姿勢を取り続けたせいか、さすがに背中がきしむ。思い切り背伸びをすると、扉近くで背筋を伸ばして立っている少年と目があった。今朝食事を部屋に運んで来てくれた子だ。


「えっと、フェリクス、だったかな?」

呼びかけると大きく目を見開き、慌てて佑那のもとに駆け寄って答えた。

「はい! 救世主様!」

驚かせてしまったかと思って詫びると、勢いよく首を横に振る。


「とんでもないです! 名前を憶えてくださっていたので嬉しくて…。ありがとうございます‼」

顔を紅潮させて、嬉しそうに見つめるフェリクスは素直で純粋そうな子供だ。

フェリクスは食事の支度ができたため呼びに来たが、佑那が集中していたので邪魔をしてはいけないとずっと待っていたらしい。知らなかったとはいえ悪いことをした。


部屋に戻るとフェリクスは手際よくお茶をいれ、テーブルに昼食を並べる。自分一人で食べるには量が多すぎるが、貴族の食事としてはこれが普通らしい。賓客である佑那にも同じ待遇をということだが、贅沢過ぎて申し訳ない気持ちになる。

「フェリクスはもう食事をとったの? まだだったら一緒に食べない?」


一度は固辞されたが、再度声をかけると恐縮しながらも反対側の席に腰を下ろした。一緒に食事を摂りながら会話を交わすうちに打ち解けてくれたのか、徐々に会話が弾んでいく。十三歳のフェリクスは彼の母親がグレイスのお世話係として働いており、その伝手で彼自身も今年から下働きとして城内に出入りするようになったそうだ。


「救世主様の伝承はとても有名なんです。文献としてだけでなく、物語や絵本の題材にもなっています。ですからお世話係に任命されたときは本当に嬉しかったです。必要なことがあったら何でもおっしゃってください。お手伝いいたします!」

きらきらと期待に満ちた目に見つめられ、佑那は少し罪悪感を覚える。


仮に過去に自分と同じように外見をした人がこの国を救ったのだとしても、佑那は一般人に過ぎない。自分に出来ることなら力になりたいと思うけど、どうにもスケールが大きすぎる。いたずらに期待させてしまうわけにもいかない。


おまけに召喚されたわけでもないし、何でここにいるんだろう?


溜息を飲み込んで答えの出ない問いを頭から振り払う。とりあえず目の前のできることをするしかない。今の佑那がすべきことはフィラルド語を覚えることと、あの時の本を探すことだ。

ふと思いついてフェリクスに読み書きができるか訊ねてみると、元気な肯定が返ってきた。


「実は私、フィラルド語の読み書きができないの。私の先生になってもらえないかな」

「お、俺なんかが、救世主様にお教えするような立場ではないです!」

「なんでも手伝ってくれるって言ったじゃない?」

「それは、そうですけど…」

フェリクスの仕事は佑那の身の回りの世話と話し相手だと聞いている。恐縮していたがしつこく頼むと最終的には承諾してくれた。


「ありがとう! あ、それから私のこと救世主様じゃなくてユナって呼んでね。じゃないとフェリクス先生って呼ぶから」

そう冗談交じりに告げるとそんな失礼な真似はできないと必死で反論され、結局ユナ様と呼ぶことで落ち着いた。真面目な彼には悪いが、なんだか弟ができたようでかわいいと思ったのは内緒にしておこう。


それからしばらく佑那はフェリクスにフィラルド語を、ウィルにはカナン大陸や魔物について教わりながら一日の大半を図書館で費やした。

「フェリクスは教え方上手だね。おかげで子供向けの本なら辞書なしでもなんとか読めるようになったよ」

休憩時間にお茶を飲みながら、そう伝えるとフェリクスは顔を真っ赤にして否定した。


「いえ、違います。それはユナ様が聡明でいらっしゃるからです。それに教え方が上手だとしたら、ウィル様のおかげです。俺に読み書きを教えてくれたのはウィル様ですから」

ウィルは紅茶を一口飲んで、苦笑した。

「そんな風に言ってもらえるほど、教えてないだろう。せっかくユナが褒めてくれたのだから、素直に礼を言えばいい」

以前から二人のやり取りに親密さを感じていたが、幼いころからの付き合いなら納得だ。


「昨日は子供向けの救世主伝承読み終えたのだけど、他の書物も内容はほとんど同じなのですよね?」

「ええ、もちろん古文書のほうが多少難解な表現やその他の事項も表記されていますが、要点は変わりません。もう少しユナの読解力が上達したら、原書をお見せします」

ウィルにも丁寧な口調を止めてもらうよう頼むと敬称だけは取ってくれたが、まだ距離感がある。あくまで賓客という立場を周囲にアピールするためだと言われれば強くは言えないが、自分よりも年上で立場も上のため、ちょっと落ち着かない。


「どうやって国を救ったか分かれば、今後の方向性も分かるんだけど…。こういうのって口伝えで受け継がれていたりしないの?たとえば前任の筆頭魔導士の方からとか」

フィラルド王国における魔導士の地位は高い。魔導士は魔術を駆使し、王族を守る役目もあるが、城の内政にも深くかかわっているため、文献の整理や記録なども任せられている。以前読んだ本の中で、昔の王族が機密度の高い情報を後継者に口伝で継承するという場面があったことから連想したことだった。


佑那の言葉にフェリクスが気まずそうな表情を見せ、失言に気づいた。

「あ、ごめんなさい。何も考えずに聞いてしまったけど、話しちゃいけないこともありますよね」

「いえ、大丈夫です。先代の筆頭魔導士は私の師でもあるのですよ。私はもともとフィラルド北部の山間部に近い農村の出身なのですが、たまたま師匠が訪れた際に素質を見込まれて弟子にしてもらいました。私が王都に来たのはそれからです」

懐かしむようにウィルは目を細めて話し始めた。


「師匠はかなり変わった性格でしたが、私とは相性が良かったのでしょう。修行自体は厳しかったものの実の子供のように可愛がってもらいました。ですが私がようやく一人前として認められるようになったころ、魔物に襲われてこの世を去りました」

道理でフェリクスが困ったような顔をするわけだ。不躾な質問をしてしまった佑那は自分の発言を悔やみながら謝罪した。


「…ごめんなさい。つらいこと思い出させてしまって」

「いえ、昔のことですから。でも師匠が生きていたらユナを見て驚いたでしょうね。まだ幼い頃に救世主伝承の話をしたら、『国の危機を救うのは我ら魔導士の役目で救世主などに頼らん』などと息巻いていましたから」

冗談交じりに告げるウィルの言葉で空気が和む。穏やかな午後のひと時はゆっくりと過ぎて行った。

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