25 重すぎる罰
シュルツは落ち着きなく部屋の中を歩き回っていた。
ユナが街に出かけてからずっと鳥を操り、様子を窺っていた。楽しそうな表情に愛おしさを感じると同時に暗い感情が心の奥底で芽生えた。城にいる時よりもずっと明るく見える笑顔に、彼女が本心から自分を好いてくれているのかという疑念。
本当に彼女の意思で戻ってきてくれるのか。
ユナにもミアにも告げずに様子を窺っているのも彼女の身の安全のためだけではなく、監視しているという自覚があったからだ。
何事もなく森に向かうのを見てようやく安心しかけたが、その直後に起こったことは到底許容できることではなかった。同調した鳥を使い、周囲一帯の鳥を集めて狼藉を働いた輩を襲わせようとしたが、それより早くアーベルが異変に気づいたため事なきを得た。
「陛下、戻りました」
アーベルが扉を開くとユナが室内に入ってきた。こらえきれずそのまま強く抱きしめる。
「シュ…陛下、すみません。ご心配おかけしました」
他の者がいるときは皆と同じように陛下と呼ぶ。シュルツ自身は名前で呼ばれるほうが好ましいのだが。
「…怪我はないか?」
「大丈夫です。ミアが守ってくれましたから」
その言葉に思わず眉をひそめる。
あれが守ったといえるのか。
ミアを一瞥すると両膝をついて頭を下げている。
「姫様を危険な目に遭わせてしまい、申し訳ございません!」
「もう良い。ここから出ていけ」
びくりと体を大きく震わせたのが視界の端に移るが、既に興味はない。
ユナに視線を戻すと、目を大きく見開いて呆気に取られたような表情をしていた。落ち着かせようと肩に手を添えると、我に返ったように質問を浴びせてくる。
「今の、どういう意味ですか!?出ていけってこの城からっていう意味じゃありませんよね?」
「あれは役目を果たせなかった。もうここにいる必要はあるまい」
「そんなことありません。私は無事でしたし、あの子はちゃんと私を守ろうと―」
「だが実際はそうではない。そなたが無事だったのはアーベルが間に合ったからだ」
普段より強い口調に一瞬ユナが怯む。
「…でも、ミアは私の大事な話し相手なんです。お願いですから、辞めさせないでください」
「代わりの者を用意させよう」
「他の人がミアの代わりになるわけないでしょう!」
「我にとっては代わりが利かないのはそなただけだ」
そっけなく告げると、自分が怒っていることにようやくユナも気づいたようだった。
ユナは数秒考えこむと、おずおずとシュルツに尋ねた。
「…シュルツが怒っているのは、私がミアをかばったせいですか?」
守られる立場であるはずのユナに守られるなど本末転倒ではないか。すぐに逃げもせず、あまつさえミアをかばって男たちの言いなりになろうとするなど論外だ。その怒りをユナにぶつけるつもりはなかったが、彼女の行動は看過できるものではなかった。
無言が肯定の意であることを悟ったのか、ユナはなおも食い下がってきた。
「それは私が勝手にしたことですから、悪いのは私です。ミアのせいではありません」
ユナが必死になればなるほどシュルツは気に入らない。
「責任を負うのはそなたではない。それに一度だけだと言ったはずだ」
以前アーベルをかばった際には特別に許したが、二度はない。
「姫様、陛下のおっしゃるとおりです。今までお世話になりました」
膝をついたまま二人の応酬を聞いていたミアが、必死で言葉を募るユナを止めようとする。
「やめて!私はミアにいて欲しいの。……シュルツ、もう二度と街に行きたいなんて言わないから、お願いします!」
ユナはシュルツに向き直り、懸命に懇願する。今にも泣きだしそうな表情に心が痛む。だがこのまま許せばユナはまた同じことを繰り返すだろう。
彼女を失いたくない、絶対に。
アーベルに視線を向けると、心得たように立ち上がりミアを扉へと促す。
深々と頭を下げ、扉の向こうに消えていくミアをユナはなすすべもなく見つめていた。
唇を噛みしめ立ち尽くすユナに手を伸ばすが、拒絶の声とともに振り払われた。
「……もう二度と、あんな危険な真似をしないと誓うなら、ミアの処分は検討しよう」
「私は、あのとき最善だと思える行動をしただけです」
震えそうな声で、しかしはっきりと口にする。二人でいるときの口調ではなく、敬語を使うユナがやけによそよそしく見えた。
「そなたはミアに構わず逃げるべきだった。それが最善だ」
「そんなことできません!」
「ならばミアへの処分はそのままだ」
こらえていた涙がこぼれ落ちる。思わず手を伸ばしかけるが、先ほどの拒絶を思い出し途中で止めた。
「そんなの、ひどい……。シュルツなんか大嫌い!」
そう言うなりユナは背を向けて寝室へ駆け込んだ。投げつけられた言葉が重く胸に響く。いずれ嫌われるかもしれないとは思っていたが、こんなに早いとは思わなかった。
今朝まであんなに笑顔を見せてくれていたのに。
胸の痛みと息苦しさでシュルツはしばらくその場に立ち尽くしていた。
ミアはアーベルの私室で顔を洗っていた。時折こぼれる涙は香辛料がまだ残っているせいだと自分に言い訳をしながら、何度も顔を洗う。
自分に泣く資格なんてない。
姫様を守れないばかりか、逆に庇われてしまった。陛下の信頼を失ってしまったのも当然だし、結果的に姫様まで悲しませてしまうなんて、侍女失格だ。
タオルで顔を拭き、洗面所を出るとアーベルが待っていた。
「アーベル様、今まで大変お世話になりました。拾っていただいたご恩に報いるどころか、ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ございません」
幼いミアを拾ってくれたのはアーベルだった。他の魔物に襲われかけたところを救われて以来、彼に仕えていた。恩を仇で返してしまった形になって心苦しい。
「出ていく必要はない。陛下はああ言われたが、姫が望まぬことをそのままにするとは思えない。お許しが出るまでは私の部屋で雑用を頼む」
思わぬ言葉にミアは戸惑った。役目を果たせなかったのは事実なのに。
「お前は出来るだけのことをしたが、少々運が悪かった。処罰として城外追放はやや重すぎるし、それに姫が悲しまれるだろう」
ミアはアーベルの言葉に顔を上げた。男たちからの暴力にも陛下の下した処分からも自分を必死に庇った姫様。このままミアが姿を消してしまえば心を痛めるだろう。優しい彼女を傷つけたくはない。陛下の命令は絶対だが、その陛下も姫様を悲しませるような真似はしない。
「お前はまだ姫の侍女として働く気はあるか?」
反省することも責任を取ることも放棄はしない。だが今できることは、アーベル様の言いつけを守りながら自分に出来ることをもっと増やすことだ。また姫様の侍女に戻れるように。
ミアは新たな決意を胸に勢いよく返事をすると、アーベルは軽く頭を撫でてくれた。




