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喚ばれてないのに異世界召喚されました  作者: 浅海 景


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22 閑話 出逢いと想い② 〜魔王サイド〜

無意識のまま手を伸ばし、気づけば城に連れて帰っていた。娘はきつく目を閉じたままだ。きっとこの状況にも気づいていないに違いない。

声をかけようとしたが、名が分からない。侍女とはいえ王女と行動を共にしていたのだから、貴族階級の娘だろうと推測し、敬称で呼びかけてみる。娘は弾かれたように目を開き、周りをきょろきょろと見渡して困惑の表情を浮かべている。


さて、どうしたものか。


戸惑っているのは実は自分も同じだった。考えなしに行動するなど初めてだったのだ。

このまま外に立っているわけにもいかず、部屋に連れていこうと抱きかかえた。抗議の声が聞こえてきても構わずにいたが、礼を言われた時には驚いて歩みを止めてしまった。


この状況でどうして礼を言うことなどできるのか。


アーベルから声をかけられなければ、ずっとそのままだったかもしれない。

自分でも珍しいことをしているという自覚はあったが、他者から見てもそうなのだと分かって逆に落ち着きを取り戻した。それから娘を寝室に置いて浴室へ向かいながらずっと自問していた。


何故連れて帰ってしまったのか。

変調の原因があの娘であることは分かった。はたしてどう扱うべきだろう。不可解なことではあるが、不快ではない。落ち着かないのに不快ではないことにまた違和感を覚える。芋づる式に分からないことばかりが増えていく。


視界に入れなければ問題ないのだから、いっそ城に戻してやってもよいのではないか。

そう思ってみたが、答えは否だった。手元に置いておきたいと思ったのだ。


なぜあの娘が自分に影響を与えるのか、それが分からないまま手放すわけにはいかない、ということか。

自分の思考に納得して、湯浴みを終えることにした。考え事をしていたため、思いの外時間が経っていたようだ。


そのまま娘を寝室に放置していたが、どのみち外には出られまい。だが、急に連れてこられて困惑している、いやそれよりも怯えているだろう。力の弱い魔物すら恐れている人間からすれば魔王である自分など忌まわしい存在でしかない。記憶の奥底にあった悲痛な泣き声が耳に甦って、重苦しい気持ちで寝室へと向かった。


……眠っているのか。


自分が目にした光景にそれ以外のあらゆる事態を想定したが、娘はすやすやと寝息を立てて眠っていた。すでに時は真夜中を大幅に回り、眠りについていることは何ら不思議もないが、つい先ほど攫われた娘がこうも無防備に眠りこけているのは予想していなかった。  


ベッドの片隅で丸くなっている娘を見て、どうするべきか思案する。よく見れば寒いのか時折震えている。毛布を掛けてやると眠ったまま嬉しそうにたぐりよせた。

その様子を見て自分も休むことにした。起こさぬよう細心の注意を払いながら娘のかたわらに横になった。

何故自分がただの人間の娘をそんなに気遣うのか、疑問に思うこともなく。


すやすやと寝息を立てる様子が、何とも心地よさそうに見えて抱きよせる。柔らかくて温かい。その感触に満足してそのまま眠ろうとするが、さすがに他者の気配に気づいたのか娘が目を覚ました。

ぼんやりした顔から驚いた顔に変わる様子は中々見応えがあった。抵抗する娘をそのまま抱きしめていると諦めたのか、大人しくなったので温もりを感じながら眠りについた。


翌日も娘の態度は変わらなかった。多少警戒した様子はあるが、物怖じせずにはきはきとした口調で問いかけてくる。変わった娘だ、と興味深く話を聞いているうちに、娘から微かに甘い匂いが香った気がした。手に口づけた後に本当に甘いのか確認すべく舐めてみると、怯えられた。


失敗した。そんな顔をさせたいわけではなかったのに。


警戒心を解くべく、フィラルドへの魔物の侵入を防ぎたいという彼女の願いを叶えることにした。特に手間なわけでもない。ただそれだけのことなのに、娘は呆気にとられたあと、丁寧に礼を述べる。その様子がとても好ましいものに感じられた。以前娘の笑顔を見て感じたものに近いが、もう少し別のものが混じっている気がする。


そばに留め置きたいが、奴隷のように扱いたいわけでもない。もっと近い位置にいて欲しいと思い、気づけば心の赴くままに求婚していた。婚姻を結んでまで自分の傍に縛り付けておきたいと思うほど、この娘に執着している自分に呆れる。

魔王である自分が求婚などしても拒否されるに決まっているのに。


この娘のことになると、どうも冷静さを失っているような気がしてならない。無言で俯いてしまった娘に呼びかける。何と続けてよいか思案していると、娘が思いもよらぬ提案をしてきた。断れなかったことに驚きつつもひどく安堵している自分がいた。遠回しな断りだったのかもしれなかったが、それでも彼女は自分が魔物であることを理由に拒絶しなかったのだ。そのことが妙に嬉しく感じられた。


侍女が茶を運んできた時、彼女が嬉しそうに菓子を口にしていたことを思い出して、添えられた菓子を与えてみた。不審そうな表情をしたのも束の間、菓子だと気づくといつかと同じように満面の笑みを浮かべる。自分の心が高揚していくのが分かった。


じっと見つめていると、視線を感じたのか彼女がこちらに顔を向けた。先ほどの笑顔から一転、見る間に表情が曇っていく。その様子に耐えられず、自室を後にした。分からぬことは多々あるが、あの笑顔を見ていたい。

彼女が自分に好意を抱いてくれたのならば、あの笑顔を向けてくれるのだろうか。


娘の態度は自分だけでなく、他の魔物にも同様であった。恐れることなく会話を交わし、侍女のミアに至っては他愛ないことを楽しそうに話している。自分より先に他の魔物に笑顔を見せたことに釈然としない思いを抱かない訳でもなかったが、娘の笑顔の回数が増えることは喜ばしいことだった。

彼女が喜ぶと自分も嬉しい。


娘の感情に自分の感情が引きずられることに気づいたころ、アーベルから自分が抱いている感情について教えられた。他者を愛しいと思うことなどありえないと思っていたのに。


もっと彼女が喜ぶ顔が見たくて、自分の気に入っている場所に連れて行った。この時期の湖はひときわ美しいと感じる。彼女がどう思うだろうと心配していたが、目を輝かせて喜んでくれた。目の前の光景を気に入ってくれただけとはいえ、彼女が自分に向けて笑顔を見せてくれたのは初めてだった。


身体の底から嬉しさが込み上げてくるような感覚に、つい欲がでた。それだけで満足すればよかったのに、彼女が目に留めた獣を捕らえようとして逆に悲しませてしまったのだ。何故泣くのか理由が分からずに狼狽えることしかできなかった。差し伸べた手を振り払われ、明確な拒絶に心がきしんだ。


何とか聞き出した答えに言葉をかけることができなかった。彼女と獣の扱いは同じものではないと伝えたかったが、どう違うのかと問われれば答えることができなかったからだ。愛玩動物のように扱うつもりはなかったが、自由を奪い閉じ込めていることには変わりがない。帰りたい、と涙をこぼしながら訴える彼女に自分の謝罪の言葉など何の意味を持たないだろう。


そばにいてくれるのならどんな願いでも叶えてやりたいと思うが、彼女の望みは自分の元から去ることだ。大切にしたいのに傷つけてばかりで、力などあってもまるで役にたたない。

一緒にいると満たされた気持ちになる。だが自分だけがそうであっても意味がない。同じ気持ちを返してほしいと望むなど、いつからこんなに強欲になってしまったのだろう。


ぼんやりと彼女と出会った時の事を回想していた。

目の前では熱を出した少女が苦しそうに喘いでいる。そばに付いていようと腰かけると、困惑したような表情で遠回しに退室を促されたが拒否した。内心疎ましく思われているのかもしれないが、病状が悪化してしまったらと思うと心配で仕方がない。


自分が余計なことをしなければ、風邪を引かせることもなかっただろうに。


そしてあのような拒絶をされることも。自分の言動ながら腹立たしく思う。

だがあのような状況になるのは時間の問題だったのだろう。無理やり攫った彼女に好かれたいなど随分と都合のよい話だ。手放さないのは自分の都合に過ぎないのだから。どれだけ嫌われようと、そばにいてくれるのならもう何も望むまい。


苦しそうに少女が身じろぎをした。熱に浮かされているせいか掛布を押しのけようとしているのを止めて肩まで掛けなおす。可哀そうだが、体を冷やすのは良くないとアーベルから言われている。


代わりにそっと額に手を当てると心地よさそうな顔になる。真っ赤に染まった頬にも手を触れると、頬をすり寄せ袖口をぎゅっと握りしめられた。


「―っ!」

思わぬ反応に声を上げそうになって、慌てて口元を押さえる。

嫌われてもいいなんて嘘だ。


つい先ほど決意したことなどすっかり霧散してしまった。自分は彼女に必要とされたいし、愛されたい。

「愛している。そなたの心を得られるのなら、何でもするのに」


そう小さく呟いた声は彼女には届かない。代わりに反対側の手で優しく頭を撫でる。僅かでも自分の想いが彼女に伝わるようにと願わずにはいられなかった。

出逢いから熱を出した頃の魔王視点でのお話でした。

次回から第2章スタートですが、視点が変わります。

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