20 二度目の求婚
肩の傷は思ったより深く、傷口からはまだ血が滲みでていた。手当てを受けている間、話しかけようとするが鋭い目つきで制され、口をつぐむ。
……何となく怒っているような気がする。
やはり先ほど魔王の判断に口出ししたのは差し出がましいことだったのだろうか。包帯を巻き終わったところで、佑那は謝罪を口にしようとするが、魔王のほうが先だった。
「そなたは、アーベルのことが好きなのか?」
「えっ!どうしてですか?違いますよ?」
思わぬことを言われて慌てて否定するが、魔王の表情は変わらない。
「怪我をさせられたにもかかわらず、かばっていただろう」
横を向いてぽつりと言葉を漏らす魔王は、まるで拗ねているように見える。
「それは先ほど説明したとおり、私にも非があるからです。私が好きなのはアーベルさんではなくて…むぐぅ」
話の途中で魔王は佑那の口元を手の平で覆った。
「言うな」
ちゃんと想いを伝えようとしたのに、拒否されてしまった。
「そなたの想い人を知ってしまったら、何もせぬ自信がない」
何て物騒な…。違う人を好きにならなくて良かった。
多分魔王だったら本当に実行するのだろう。そう思いながらも本当に愛されているのだと実感してじわじわと頬が熱くなる。
佑那は口元にかぶせられた手をそっと押しのける。
「分かりました。言わないので、少しだけ目を閉じていてもらえますか?」
訝しげな表情を浮かべながら、言うとおりにしてくれた魔王の頬に佑那はそっとキスをした。唇を離すと魔王が険しい顔で佑那を見つめている。
「…あなたが言うなとおっしゃるから、行動で示したのですが…、すみません」
やっぱり勝手に触れたりするのは、はしたないことだったかと反省して佑那は素直に謝った。言い終わると同時に佑那は魔王に腕を引かれて、抱き寄せられていた。
「姫、それはそなたが我を……想ってくれていると理解して良いのだろうか」
その声と目がやや不安そうに見えるのは気のせいではないだろう。魔王の背中に手を伸ばして佑那は抱きしめ返す。
「はい。私はあなたが好きです。今更ですけど姫ではなくて佑那、と呼んでくれますか?」
「ユナか。良い名前だ」
そうして名前を呼びながら魔王は佑那の額や頬に唇を落とす。
「我の名はシュルツという。名で呼んでくれるか?」
低くかすれた声が耳元で囁かれて、思わずぞくりとした。それを誤魔化すために、慌てて名前を呼んだ。
「シュルツ、様ですね」
「そなたは我の配下ではないのだから、呼び捨てでよい」
そう言うと佑那の唇をふさいだ。短い口づけを何度かくり返したあと、徐々にそれは長く深いものへと変わっていく。それについていくのが精一杯で、佑那はすっかり余裕をなくしていた。だから合間に漏れる吐息がシュルツを煽って激しさを増す原因になっていることにも気づいていない。ようやくシュルツの唇が離れたかと思うと、そのまま首筋に口づけられた。
初めての感覚に思わず身を引くと、肩の傷がソファーの背もたれに当たった。
「痛っ!」
その声にシュルツがすぐさま反応して、動きを止める。
「…ああ。怪我をしているのに、済まぬことをした。怪我が癒えるまでは無理をさせぬ」
少々不穏な言葉が混じっていた気がする。一抹の不安を感じる佑那をよそに、シュルツは居住まいをただすと佑那の手をとって片膝をついた。
あ、これはまずい?!
慌てて止めようとするが、シュルツはそのまま言葉を告げる。
「ユナ、我の花嫁になって欲しい」
しぐさも言葉も完璧な二度目のプロポーズだ。この状況でノーなど言えるはずがない。ましてやお互いの気持ちが分かった状態で断る道理もないだろう。そのまま受け入れてしまいたいという気持ちもあったが、自分はまだ彼にはすべてを話していない。
「ごめんなさい。シュルツのことは好きですが、結婚はまだ早いというか、もう少し待って欲しいです」
表情にこそ出ないが、動きが止まっているのは断られることを想定していなかったからだろう。誤解を解くべく、必死で言葉を付け足す。
「あの、信じてもらえるかどうか分かりませんが、私はこの世界とは違う別の世界から来た人間なんです」
反応がない。やはり簡単には信じてもらえる話ではないのだろう。思わず口にしてしまったが、唐突すぎてきちんと受け止めてもらえないのかもしれない。
「…ユナが異世界の者であることと結婚できぬことに何の関係がある」
首をわずかに傾けてシュルツは不思議そうに言った。
「え、あの、私が異世界の人間だとご存知だったんですか?」
「知らぬ。その可能性は感じていたが」
え、そんな程度のことなの?結構重要なことだと思っていたのだけど。
魔王にとって、どうやら佑那の素性はどうでも良いらしい。
「…えっと、私たちは文化も考え方も全く違います。ですからお互いにもっと分かり合うための時間が必要だと思います。これから生涯を共にするのであれば、大切なことではないでしょうか」
「我はそなたを愛しているし、そなたもそう言ってくれた。それで充分だろう」
だからと言ってすぐに結婚とは性急だろう。そもそも魔族にとってはかなり重い契約だというのに。
「何故そんなに急ぐのですか? 私のいた世界ではお互い想い合っていても、しばらくお付き合いをしてから結婚することが多いです」
「…求婚する理由は、我がそなたを真に想っていることの証だからだ」
胸がきゅっと締め付けられた。飾り気のないまっすぐな言葉に顔が熱くなるのを感じる。
「そなたが望まぬなら結婚せずともよい。ただ我は…ユナにそばにいて欲しい」
そう言って佑那の指先に口づけを落とす。
シュルツへの想いに嘘はない。それでも元の世界に帰ることを未だに諦めきれていない自分がいた。こんな状態で結婚するのはシュルツに対して不誠実だと佑那は思っている。一緒にいたいと願うからこそきちんと向き合って彼の想いに応えたいのだ。
「シュルツ、私はあなたのことが好きです」
そう口にすると大切そうに抱きしめられた佑那は、温もりと心地よさに包まれながら想いを返すように背中に回した手に力を込めた。
第1章完結です。
魔王視点の閑話を挟んで第2章スタートです。




