2 押しかけ救世主(仮)
異世界の救世主って召喚されちゃったってことかな?それにしては不審者扱いされたのはどうしてだろう?
言葉が通じるようになったが状況はさらに分からなくなっていく。
別の部屋に案内されると、改めて自己紹介をされた。姫と呼ばれた美しい女性はフィラルド国の王女でグレイスと名乗った。きらきらと輝く金色の髪が柔らかくカールし、薄いハシバミ色の瞳をしている。
ウィルと名乗った魔導士は姫の斜め後ろに付き従っている。アッシュグレーの髪にブラウンの瞳、二十代後半ぐらいの容姿をした男性である。
フィラルド王国、魔導士、救世主、ファンタジー的な単語が飛び交い、もはや何から質問していいか分からない。
「先ほどは失礼しました。ユナ様におかれましてはまだ混乱されていることかとは存じますが、まずはこの国についてご説明させていただきます」
王女が現れて以来、ウィルの言葉遣いはさらに丁重なものへと変化していた。
フィラルド王国はカナン大陸の北西部に位置し、西部は海に面しているもののそれ以外は山に囲まれた国である。主な産業は林業で、フィラルド産の材木は香り、品質ともに大陸随一と言われており、気候も一年を通して穏やかで農業・漁業ともに盛んな国だ。
政治的にも安定しており、豊かな国として認識されているにもかかわらずフィラルド王国の人口はそう多くはない。他国から移民の受け入れを奨励しているが、近年減少の一途をたどっているその最たる原因が魔物の存在だった。
フィラルド王国北部は魔王が支配する領地に隣接しているため、常に魔物に襲われる危険性がある。もちろん国としても野放しにしているわけではなく、国の重要な地位に魔導士を置き国民を守るべく対策を講じているのだが、境界から近い村ではどうしても被害が出やすい。
ここ最近魔物の動きが活性化してきたとの報告もあって、身を守るすべをもたない一般の国民は生命を守るためにフィラルドから離れるようになった。
他を頼る伝手もなく、金銭的に移住が難しい者は細々と畑を耕して苦しい生活を続けていくしかない。山林に入り木材を伐採すれば、より良い収入になるが、魔物に襲われる可能性が高くなる。そうして人が立ち入らない山は荒れ、魔物の絶好の生息地となるという悪循環となっている。魔導士も絶対数が少ないことと、倒しても現れるイタチごっこで最善策を模索していた。
「そんな状況であなたが現れたのですよ」
一息つき、こちらをうかがうウィルと柔らかな微笑をたたえたグレイス姫。
「…先ほどグレイス姫様が私を救世主とおっしゃいましたが」
「我が国に伝わる言い伝えです。古文書によると王国に危機が迫るとき、異世界より救世主が現れる。その者漆黒の髪と瞳をもち、災いを取り除く、とあります」
その特徴、日本人なら結構な割合で当てはまりますから!
「えっと、こちらでは珍しいのですか? この髪と目の色は」
「近しい見た目の者はおりますが、どちらも兼ね備えた者は一人もおりません。遠い極東の地にはそういう容姿の者もいると聞いたことはありますが、これまで私は見たことがありません。ただ外見に黒い色を持つ者は総じて魔力が強いとは言われています。そのため古文書に記載されていても救世主の特異性を示すための誇張だと考えられていました」
そんな人物が急に現れたら警戒されるのも無理もない。
でも魔力とか言われても、困る。多分そんなの持ってないよ?
「その救世主はどうやって災いを取り除くのでしょう?」
「具体的な方法は何も示されていないのです。歴史上フィラルド王国が魔物によって滅亡の危機にあったことは間違いありませんが、救世主について詳しい資料が残されておりません。ですから伝承や何かの暗喩ではないかと思っていたのですが、あなたが現れた以上実際に起こったことである可能性が高いと思われます」
「申し訳ないのですが、私は自分が救世主だと思えません。何か特別な能力を持っているわけではありませんし。……ないですよね?」
異世界チートがあるのかと若干期待を込めて聞いてみたが、ウィルもグレイスも曖昧な表情を浮かべていたため、察した。
魔力とかちょっとワクワクしたのに。
そんなことを考えていると、ずっと聞きたかったことを思い出した。
「そういえば私どうやって召喚されたんでしょうか?」
「そこなのですが、……召喚しておりません」
「え…ええーっ?!」
喚ばれてないということは、つまり勝手に押し掛けた状態?それは警戒される。完璧に不審者だわ!
「いえ、少なくともフィラルドで召喚した者はいないということです。召喚魔法自体、かなり高度で難しく、成功率も低いもの、そんな人材がいれば流石に知られていないということはないでしょう」
「あの、では私の扱いってどうなります?」
わざと侵入したわけじゃないからせめて罰しないで欲しい。
顔色を変えた佑那にグレイスが焦ったように声を掛ける。
「もちろん賓客として相応の対応をさせていただきますわ!ユナ様のご意思でこちらにいらしたわけではありませんもの。万が一救世主でなかったとしても、異世界からお越しになった方を放り出すような真似はいたしませんわ」
王女であるグレイスにそう言われて佑那はほっと息を漏らした。
「……正直申し上げますと私は初めてお見掛けしたとき、あなたが救世主であると確信を持てませんでした。ただもしかしたらあなたも我々もあなたが持つ能力に気づいてないだけかもしれません。我が国にしばらくご滞在いただき、その可能性を探っていただくのはいかがでしょうか? その上でご協力いただけるかどうかご判断いただいてかまいません」
ウィルの言葉からは佑那に負担を掛けまいという気遣いを感じられた。
王族の客人や救世主候補として王宮にとどまることは多少気が引けたが、この世界に不案内な佑那にとってはありがたい申し出だった。
「分かりました。お世話になります。よろしくお願いします」
そう言って佑那は深々と二人に頭を下げた。