19 側近の想いと罰
「陛下、お待ちください。残念ながらその娘はフィラルド国王女ではございません。私は陛下を謀ったものに罰を与えようと…」
「誰がそのような勝手を許したか」
いつもより低く冷たい主の声にアーベルは困惑していた。
きちんと伝わっていないのだろうか。
アーベルが街で見聞きしたことは、フィラルド国王女の婚約だった。最初は姫君が攫われたことに対する対外的な理由だと思っていた。姿を見せないことに不審に思わせないための方便として、異国に嫁いだことにするのだろうと気に留めなかったのだが、遠国の魔術に秀でた王子を婿に迎える話を聞き、疑念が湧いた。
決定的になったのは、姫の姿を描いたポートレートを目にしてからだ。柔らかくカールした金色の髪と薄いハシバミ色の瞳は城にいる姫とは似ても似つかない。周囲の人間を問いただしたところ、その絵は城に出入りする画家が描いたものであり間違いなくサーシャ姫であること、そしてフィラルド国には王女が一人だけであるという事実だった。
主が姫をかばう可能性もあったが、真実を知れば陛下も態度を変えるだろう、そう思っていた。魔王は偽りを嫌い、虚偽の報告や誤った情報を伝えた者には常に容赦しなかった。いくら姫に好意を寄せていても、むしろそれ故に裏切られたと感じるであろうと予想していたのだが、魔王はアーベルに対して怒りの感情を向けている。
「姫と身分を偽って近づくなど、何らかの奸計があったかと。場合によってはフィラルドに制裁を与える必要が―」
「どうでもよい」
右手を掲げ、アーベルに向かってまっすぐに伸ばす。魔力が一瞬で集約される。主が本気で怒っていることに、ようやく気付いてアーベルは愕然とした。
「陛下、どうか私の話をお聞きください!」
「言い訳は聞かぬ。お前は我の大事な者を傷つけた」
アーベルより自分の偽りを魔王へ告げられた時、佑那は覚悟を決めていた。どんな言葉を投げられても自分は受け止めるしかないのだと。だが一切の非難も軽蔑の言葉も聞こえてこなかった。
驚いた様子すらなく、ただ怒りを自分ではなくアーベルに向けている。そしてその怒りを物理的にぶつけようとしていることが分かり、佑那は慌てて魔王を止めようとした。アーベルの行為はすべて魔王のためにしたことだったからだ。
「陛下、ダメです。止めてください!」
魔王の袖を引きながら、必死で言いつのる。
「そもそも私が嘘をついたから悪いのです。アーベルさんは悪くありません」
「そなたは嘘をついていないだろう」
「え?」
「そなたは一度たりともフィラルド国王女だと名乗ってはおらぬ」
確かにそうかもしれないが、否定をしなかったことも事実だ。
「それでもあなたが勘違いしていることを知っていて、否定しませんでした」
「勘違いなどしておらぬ。我はそなたが王女でないことを知っていた」
聞き間違いかと思った。だが佑那だけでなくアーベルも同じように固まっていた。
「「いつからですか!?」」
思いがけず二人の声が重なる。
魔王は不快げに眉を上げるが、淡々とした口調で答える。
「最初からだ。フィラルド国王女だと思って攫ったわけではない」
それから魔王は佑那に顔を向けて、諭すように言った。
「アーベルには罰を与えねばならぬ。あれは我の許しもなく、独断でそなたを傷つけた」
彼らの決まり事を知らない佑那が魔王の決定に口を挟む権利はない。だがアーベルの行動には魔王を守ろうとする思いが込められていて、その原因となったのが自分である以上ただ黙って見ていることはできなかった。
「…分かりました」
握りしめていた手を外しながら佑那は答える。
「でしたら、私にも罰を与えてください」
「…姫」
魔王はどこか戸惑うように佑那を見つめる。
「勘違いさせてしまうような行動をとった私にも責任があるのです」
魔王に忠実なアーベルにだけ罪を負わせたくはない。
「…今回だけだ」
暫しの沈黙のあと、魔王が仕方ないというように告げた。
アーベルは膝をつき深々と頭を下げて、恭順の意を示す。それから魔王は佑那を抱きかかえると、傷の手当てのため自室へと移動した。




