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喚ばれてないのに異世界召喚されました  作者: 浅海 景


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14 手放せない理由

「出かけるぞ」

魔王からそう告げられたのは朝食を済ませてからすぐのことだった。何処に行くのかと尋ねても教えてくれず、代わりにミアから暖かそうな衣類を着せられる。ここに連れてこられてから外に出るのは初めてだ。


着替えを終えて連れていかれた屋上には栗毛の馬らしき動物がいた。通常の馬よりもずっと大きいし、角があるから多分魔物なのだろう。

魔王は佑那を抱え上げて魔物に乗せると、自身もそのまま後ろにまたがった。屋上からどうやって降りるのだろうかと不思議に思ったがすぐに疑問は解消した。魔王が手綱を引くと馬が空を駆け上がる。


馬というより、むしろペガサスのような魔物だったようだ。

高いところは苦手ではないが、さすがに少し怖い。つかむ場所もないため魔物の背中に置いた手に力が入る。

「大丈夫だ」

後ろから耳元で囁かれると、腰に回された手に力がこもった。


いつも以上に距離が近いことに思い至った途端、今度は別の意味で鼓動が早くなる。

そのおかげで怖さを忘れることができたが、何かが削られたような気分になった佑那だった。


到着した場所は森の中で、辺り一面雪に覆われている。防寒着のため寒くはないが、生い茂った木々が日差しを遮っているのでかなり深く雪が積もっているようだ。佑那が住んでいた場所ではこんなに雪が積もることはなく珍しさも相まって、ザクザクした雪の感触に童心に戻りそうになるのをこらえる。

きょろきょろと辺りを見回す佑那に魔王が手を差し伸べる。ぼんやりしていたため、理解が追い付かず首を傾げてしまった。


「この辺りは滑りやすい」

「あっ、ありがとうございます」

わざわざ言われなくても分かりそうなことを言葉にされて、佑那は恥ずかしさに赤く染まった顔を見られないよう俯き加減で魔王に手を引かれて付いていく。しばらく森の中をゆっくり歩いていたが急に視界が開けた。


目の前には大きな湖が広がっていて、太陽が凍った湖面を美しく輝かせている。風もなく穏やかで静かな光景は神秘的といってもいいぐらいだ。

声もなく自然の美しさに見とれていた佑那だが、繋がれた手の感触に隣を仰ぎ見る。


「綺麗ですね」

静謐な雰囲気を壊したくなくて、佑那は小声で囁く。

「気にいったか?」

「はい。連れてきてくださってありがとうございます」

魔王は頷くとすぐに佑那から顔をそらした。


もしかして、照れている?


その可能性に気づいて佑那は必死に笑いをこらえた。まるで思春期の男の子みたいで、可愛いと思ってしまったのだ。考えてみれば魔王の言葉はいつもシンプルで分かりにくいことも多いが、ストレートに返してくれる。勝手に連れてこられたことを除けば、とても紳士的だで魔王を知れば知るほど、悪い人だとは思えない。


それに比べて私は……。


グレイス姫を守るためとはいえ身分を偽っているし、求婚の約束だって守る気もない。澄み渡った光景とは裏腹に佑那の心は重く沈んでいく。

「どうした?」

魔王に声を掛けられ佑那は慌てて表情を取り繕った。


せっかく連れてきてくれたのに、暗い表情するのは失礼だろう。森のほうに顔を向けると、木陰の間に小さな動物が姿を見せていることに気づいた。ふわふわの白い毛皮にくりくりとした目がかわいらしい。

誤魔化すように魔王に話しかけたのは、特に意味がなかった。

「見てください。可愛いですね」

「欲しいか?」


一瞬何を聞かれたのか分からなかった。佑那が理解する前に魔王は軽く手を振ると、バチッと鋭い音がして小動物が仰向けにひっくり返る。

「……何をしたんですか!?」

声が震えそうになったのは寒さのせいではなかった。


「捕らえやすいよう気絶させた」

「止めてください!」

足を踏み出した魔王の腕をつかんで必死で止めながら、佑那は先ほどの言葉の意味をようやく理解した。魔王は不思議がるように首をわずかにひねったが、佑那の言葉に頷くと様子を窺うかのように佑那に向き合う。


だが佑那は白い毛皮から目を逸らせなかった。距離があるせいか倒れたままピクリとも動かないように見える。

本当に気絶しているだけ?


じわじわと恐怖が押し寄せてくる。そんな中小動物がわずかに身じろぎしたように感じた瞬間、大きく身を震わせ飛び起きた。辺りを忙しなく見渡すと素早く身をひるがえし森の中に消えていく。


恐らくはほんの数十秒の出来事だったのだろうが、佑那にはひどく長く感じられた。緊張が解けて冷たい雪の上に座り込んでしまう。


頭上で魔王が自分を呼んでいる声がするが、顔を上げられない。抱きかかえられるようにして体を起こされると、魔王は佑那の頬に触れられながら問いかけた。


「何故、泣く?」

自分の些細な一言がきっかけで動物を傷つけてしまったことに、そして魔王の躊躇いのない行動に佑那はパニックに陥っていた。


「姫、泣かないでくれ。頼むから」

涙が零れるたびに魔王が冷たい指で優しくぬぐう。その落差が佑那の動揺に拍車をかけて、涙が次から次へと溢れてくる。ようやく泣き止むと魔王は佑那を抱きかかえ、もと来た道の方向に戻り始めた。


「…下ろしてください」

目を合わさずに告げた声が硬く響いたことに自分でも分かった。


「逃げませんから」

逡巡するような気配に佑那が言葉を重ねるとそっと下ろされたが、代わりに手を繋がれる。強く握りしめられた手の感触に自分もあの小動物と同じなのだと佑那は思った。逃げる間もなく捕まったから、あんなふうに傷つける必要がなかった。


人質なのだから、ペット扱いなのだからどんな風に扱われても文句は言えない。

今までは何とも思わなかったのに、何でこんなに苦しいのだろう。


目頭が熱くなって、奥歯を強くかみしめる。意識をそちらに集中していたため、魔王が歩みを止めていたことに気づくのが遅れた。

「そなたが泣いていたのは、我があの獣を捕らえようとしたせいか」

否定するために首を横に振った。声を出せばきっとまた泣いてしまう。子供のような振る舞いも被害者面することもしたくなかった。


「そなたがあれを気に入ったのだと思ったが、違ったのか」

可愛らしい姿にはしゃいだ声を出したのは佑那だ。だから魔王に悪気があったわけではないのだろう。可愛いから、気に入ったから手に入れる、その思考は魔物では当たり前なのかもしれないが、佑那はそうではない。


小さな体躯から発せられた鳴き声には痛みが含まれていた。自分のせいで他の生き物が傷付けられたことが悲しくて怖かったのだ。


「姫、そなたが嫌がることはしたくない。だから教えてくれ。泣かせてしまったのは何が原因だ」

魔王の問いかけに答えられずにいた佑那だが、その言葉に思わず顔を上げた。僅かに眉をひそめた魔王は真剣な表情で佑那を見つめている。


それを見た瞬間、価値観が違うのだと心から納得した。佑那にとって当たり前だと思うことが魔王にとっては違うのだ。躊躇なく動物を傷付けた魔王の行動が理解できなくて怖かった。でもそれは常識が違うせいで、言葉にして伝えればお互いに理解しようとすることはできる。


魔王が続けてこんなに言葉を発することは珍しい。それは本当に佑那のことを理解したいと思っているからではないだろうか。


繋がれた手に少し力をこめて、佑那は魔王を見ながら口を開いた。

「私のせいで、動物に怪我をさせてしまったのが、悲しかったからです」

魔王はわずかに首を傾けたのは、納得できる理由ではないからだろう。

「…あなたは私が逃げようとしたら、同じことをしますか?」

「せぬ」


即答してくれたことに、ほっとしながら佑那はさらに訊ねた。

「どうしてですか?」

「そなたを傷つけたくない」

「それと同じことです。私もあの子を傷つけたくなかったです。可愛いとは思いましたが、連れて帰りたいとは思いませんでした。あの子の居場所はここですから」

魔王は考え込むように一点を見つめた後に、佑那に視線を戻す。


「浅慮だった。済まぬ」

自分の言いたいことが伝わったようで、佑那の心は少しだけ軽くなる。

「いいえ。私も何も伝えないまま嫌な態度をとってしまって、ごめんなさい」


文化の違い、考え方の違いは人それぞれであることを十分理解していたつもりなのに、思い至らなかったことを佑那自身も反省していた。

そんな佑那に魔王が静かな声で告げた。


「姫が謝る必要はない。我はそなたを手放してやれぬ」

佑那が自分をあの小動物に重ねたことに気づいたのだろう。それだけにその言葉は胸に刺さった。

「…どうして」

思わず小さな呟きが漏れたが、魔王にはちゃんと届いたようだった。


「そなたを愛しいと思っているからだ」

「そんなの、勘違いです。あなたは私のことを何も知らないのに…」

「知らなければ駄目なのか?勘違いかもしれぬが我はそう思っている」

魔王が一歩近づくが、佑那は咄嗟に身を引いてしまう。手放せない理由、それは佑那が一番あり得ないと思っていたものだった。


もっと別の理由でなければいけなかったのに。


気づけば佑那は無意識に叫んでいた。

「だって、そんなのやだ! 私、家に帰りたいもん!」

ずっと我慢していた気持ちが涙と共に溢れ出す。先ほどよりも子供のように激しく泣きじゃくる佑那を魔王は無言で抱き寄せた。

「やっ、嫌だ、放して!」

「すまぬ。姫の望みは何でも叶えてやりたいが、それはできない」


抵抗する佑那に構うことなく、魔王は抱きしめながら優しく佑那の頭を撫で続けた。ようやく泣き声が途切れた頃には佑那の体力は限界を迎えていた。

寒さのために佑那の体が小刻みに震えていることに気づいた魔王は慌てたように城へと引き返したのだった。

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